はじめに

この「化学でPython」シリーズでは、化学の分野で有用な Python ライブラリを紹介しています。

今回紹介するのは、DeepChem です。

DeepChem とは？

創薬・材料科学などの分野に深層学習（ディープラーニング）を応用するときに便利なオープンソースライブラリです。

公式サイト: Link
GitHub: Link (⭐️6.3k+)

インストール

pip で簡単にインストールできます。

terminal

pip install deepchem

!

依存関係と警告について
DeepChem は RDKit などに依存しています。Google Colab では RDKit が標準でインストールされていないため、以下のコマンドで事前にインストールしてください。

pip install rdkit

また、DeepChem が内部的に使用している RDKit の一部のAPIが非推奨となっているため、DEPRECATION WARNING が表示されることがあります。この警告はコードの実行には影響しませんが、気になる場合は以下のコードで抑制できます。

import warnings
warnings.filterwarnings('ignore')

基本的な使い方

まずは、最も基本的な使い方を見てみましょう。

DeepChem に組み込まれているデータセットを読み込んで、簡単な分子特性予測モデルを作成します。

import warnings
warnings.filterwarnings('ignore')  # RDKit の非推奨警告を抑制

import deepchem as dc

# MoleculeNet から Delaney 溶解度データセットを読み込み
# このデータセットには分子の水溶解度(logS)が含まれています
tasks, datasets, transformers = dc.molnet.load_delaney(featurizer='GraphConv')

# データセットを訓練用、検証用、テスト用に分割
train_dataset, valid_dataset, test_dataset = datasets

print(f"訓練データ数: {len(train_dataset)}")
print(f"検証データ数: {len(valid_dataset)}")
print(f"テストデータ数: {len(test_dataset)}")

実行結果

訓練データ数: 902
検証データ数: 113
テストデータ数: 113

このように、わずか数行で化学データセットを読み込み、機械学習の準備ができます。

実践例: 分子の水溶解度予測

実践的な例として、「分子の水溶解度を予測する」 タスクをやってみます。

水溶解度は医薬品開発において非常に重要な物性です。

経口投与される薬は体内で溶けなければ効果を発揮できないため、創薬の初期段階で溶解度を予測することは「死の谷」と呼ばれる開発中止リスクを減らすことにつながります。

1. データセットの準備

Delaney データセットを使用します。

このデータセットには約 1,100 個の分子とその水溶解度(logS)が含まれています。

import deepchem as dc
import numpy as np

# GraphConv featurizer を使用してデータを読み込み
# GraphConv は分子をグラフ構造として扱い、原子と結合の情報を保持します
tasks, datasets, transformers = dc.molnet.load_delaney(
    featurizer='GraphConv',
    splitter='random'
)

train_dataset, valid_dataset, test_dataset = datasets

print(f"予測タスク: {tasks}")
print(f"訓練データ数: {len(train_dataset)}")

実行結果

予測タスク: ['measured log solubility in mols per litre']
訓練データ数: 902

2. モデルの構築と訓練

分子の特徴量を使って予測モデルを構築します。

ここでは、ECFP（Extended Connectivity Fingerprints）という分子の構造的特徴を表現する手法を使用します。

# ECFP featurizer を使用してデータを再読み込み
# ECFP は分子の部分構造をビットベクトルで表現する手法です
tasks, datasets, transformers = dc.molnet.load_delaney(
    featurizer='ECFP',
    splitter='random'
)

train_dataset, valid_dataset, test_dataset = datasets

# MultitaskRegressor モデルを構築
# これは複数のタスクを同時に学習できる回帰モデルです
from sklearn.ensemble import RandomForestRegressor

model = dc.models.SklearnModel(
    RandomForestRegressor(n_estimators=100, random_state=42),
    model_dir='./model'
)

# モデルの訓練
model.fit(train_dataset)

print("モデルの訓練が完了しました")

実行結果

モデルの訓練が完了しました

3. モデルの評価

訓練したモデルをテストデータで評価します。

# 評価指標として R² スコアと RMSE を使用
metric = [
    dc.metrics.Metric(dc.metrics.pearson_r2_score),  # 決定係数
    dc.metrics.Metric(dc.metrics.mean_absolute_error)  # 平均絶対誤差
]

# 訓練データとテストデータで評価
print("=== 訓練データでの評価 ===")
train_scores = model.evaluate(train_dataset, metric)
print(train_scores)

print("\n=== テストデータでの評価 ===")
test_scores = model.evaluate(test_dataset, metric)
print(test_scores)

実行結果

=== 訓練データでの評価 ===
{'pearson_r2_score': np.float64(0.9472661546433405), 'mean_absolute_error': np.float64(0.1723069262637274)}

=== テストデータでの評価 ===
{'pearson_r2_score': np.float64(0.6920851272578769), 'mean_absolute_error': np.float64(0.4299377147894617)}

テストデータでの R² スコアが 0.692 となっており、モデルが未知の分子に対してもある程度の予測性能を持つことがわかります。

予測結果を視覚的に確認してみましょう。

import matplotlib.pyplot as plt
import numpy as np

# テストデータの予測値を取得
y_pred = model.predict(test_dataset)
y_true = test_dataset.y

# 散布図を作成
plt.figure(figsize=(8, 6))
plt.scatter(y_true, y_pred, alpha=0.6, edgecolors='k', linewidth=0.5)

# 理想的な予測線（y=x）を追加
min_val = min(y_true.min(), y_pred.min())
max_val = max(y_true.max(), y_pred.max())
plt.plot([min_val, max_val], [min_val, max_val], 'r--', linewidth=2, label='Ideal Prediction')

plt.xlabel('Actual (logS)', fontsize=12)
plt.ylabel('Predicted (logS)', fontsize=12)
plt.title('Solubility Prediction Accuracy', fontsize=14, fontweight='bold')
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.show()

print(f"Test data size: {len(y_true)}")
print(f"R² score: {test_scores['pearson_r2_score']:.3f}")

実行結果

このグラフでは、点が赤い破線（理想的な予測線）に近いほど、予測精度が高いことを示しています。

ほとんどの点が理想線の近くに分布しており、モデルが良好な予測性能を持つことが視覚的に確認できます。

4. 新しい分子の溶解度を予測

訓練したモデルを使って、新しい分子の溶解度を予測してみましょう。

# アスピリン(解熱鎮痛剤)の SMILES 表記
aspirin_smiles = "CC(=O)Oc1ccccc1C(=O)O"

# カフェイン(中枢神経刺激薬)の SMILES 表記
caffeine_smiles = "CN1C=NC2=C1C(=O)N(C(=O)N2C)C"

# SMILES から分子の特徴量を作成
from deepchem.feat import CircularFingerprint
featurizer = CircularFingerprint(size=1024)

# 分子を特徴量化してデータセットを作成
aspirin_features = featurizer.featurize([aspirin_smiles])
caffeine_features = featurizer.featurize([caffeine_smiles])

aspirin_dataset = dc.data.NumpyDataset(X=aspirin_features, y=None, ids=[aspirin_smiles])
caffeine_dataset = dc.data.NumpyDataset(X=caffeine_features, y=None, ids=[caffeine_smiles])

# 予測
aspirin_pred = model.predict(aspirin_dataset)
caffeine_pred = model.predict(caffeine_dataset)

print(f"アスピリンの予測溶解度(logS): {aspirin_pred[0]:.2f}")
print(f"カフェインの予測溶解度(logS): {caffeine_pred[0]:.2f}")

実行結果

アスピリンの予測溶解度(logS): 0.39
カフェインの予測溶解度(logS): 0.55

logS が大きいほど水に溶けやすいので、カフェインの方がアスピリンよりも水に溶けやすいと予測されました。

まとめ

今回は DeepChem を紹介しました。

Point 1: 創薬・材料科学に特化したディープラーニングライブラリで、分子特性予測や毒性予測などのタスクを簡単に実装できます
Point 2: ECFP（分子フィンガープリント）などの特徴量と機械学習モデルを組み合わせることで、高精度な予測が可能です
Point 3: MoleculeNet の豊富なデータセットと充実したチュートリアルにより、初心者でも AI 創薬に取り組めます

「The DeepChem Book (PDF)」などの学習リソースも充実しているため、AI を活用した創薬や材料開発に興味がある方にとって最適な入門ツールと言えます。

ぜひ試してみてください。

参考リンク

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