IT環境ほぼゼロの製造現場で、2年かけてDX基盤を作った話
初日の衝撃:「これ、どこから始めればいいんだ?」
2024年1月、私は従業員12人のアルミ鋳造メーカーにDX推進担当として入社しました。
前職はSES企業で、AWS、Vue.js、Pythonを使ってAPI基盤やWebポータルを開発していました。「次は製造業でDXだ」と意気込んで入社した初日。
事務所には確かにパソコンが4台ありました。でも、起動に5分。Excelを開くとフリーズ。WiFiはあるものの、工場内には届いていない。
データ管理は紙とExcel。生産日報は手書き。エネルギー使用量も手書き。それを後からExcelに転記。
「IT環境ゼロではないけど、IT企業から見たらほぼゼロだな」
これが、率直な第一印象でした。
でも、2年経った今。この現場には、産業機器4台から自動でデータを収集するIoTシステム、リアルタイムでデータを可視化するダッシュボード(Next.js製)、現場の人たちが「これ便利だね」と使ってくれる業務効率化ツールが5個あります。
この記事では、「何もない現場」で、どうやって小さく始めて、段階的に基盤を作ってきたのか。失敗も含めて、正直に書いていきます。
最初の構想:完璧なシステムを作ろうとした
入社して最初の1ヶ月、私はひたすら構想を練っていました。
「データ駆動の経営判断ができるERPシステムを、ゼロから作ろう」
生産管理、在庫管理、品質管理、原価管理...全部を統合したシステム。頭の中では完璧な設計図ができあがっていました。
でも、現実はそう甘くありませんでした。
入社から数ヶ月後、状況が変わりました。人員不足が深刻化し、現場作業も担当することになったんです。金型交換、バリ取り、清掃...システム開発の時間が大幅に削られました。
「まずは現場を優先してほしい」
この言葉で、私は気づきました。
完璧なシステムより、今できることから始めるしかない。大きな構想を一旦横に置いて、小さく始めることにしました。
方針転換:まず業務フローを理解することから
そこから約3ヶ月間、私は業務フローの洗い出しに集中しました。
現場作業を手伝いながら(金型交換までやりました)、「今、どんなデータが、どこに、どんな形であるのか」を調査しました。
分かったこと:
- 生産日報は紙に手書き→後でExcelに転記
- エネルギー使用量も紙に手書き→後でExcelに転記
- 鋳造完了時間は「頭の中で計算」→記録なし
- 検査完了時間の予測も「ベテランの感覚」→データなし
つまり、二度手間が多い。しかも、重要な情報が記録されていない。
ここで気づいたんです。
「大きなシステムの前に、まずこの二度手間を削減しよう」
小さく始める:GAS+スプレッドシートでのツール作成
最初に取り組んだのは、生産日報とエネルギー使用量の集計自動化でした。
使った技術:Google Spreadsheet + GAS(Google Apps Script)
開発期間:半年(機械4台分)
予算:ゼロ
仕組みはシンプルです
- Googleフォームで入力画面を作る
- スマホから入力できるようにする
- GASで自動集計
- Spreadsheetで結果を表示
紙に書く→Excelに転記していた作業が、スマホで入力→自動集計に変わりました。
現場の反応
「今まで信頼性が低かったデータが、信頼性高く、すぐに活用できる状態になった」
これが、最初の成功体験でした。
現場の人たちが「システムって便利なんだ」と実感してくれた瞬間です。
次のステップ:鋳造完了時間の見積もりツール
調子に乗って、次に作ったのが「鋳造完了時間見積もりツール」です。
今まで、ベテランの課長は「頭の中で計算」していました。
「この注文なら、だいたい15時には終わるな」
でも、これだと他の人は分からないし、課長も常に頭の中で計算し続けなければいけない。
そこで、簡単な計算ツールを作りました。GAS + Spreadsheetです。
現場の反応
「頭の中の計算が見えるようになって、他のことに頭の容量が使えるようになった」
この言葉が、すごく嬉しかったです。
「便利だね」じゃなくて、「頭の容量が空いた」って。本質的な価値を感じてもらえたんだと思いました。
失敗から学ぶ:検査完了時間予測ツール
でも、全部がうまくいったわけじゃありません。
次に作った「検査完了時間予測ツール」は、最初、使ってもらえませんでした。
「調整するパラメーターが多すぎる」
「必要な情報が足りない」
正直、ショックでした。でも、ここで諦めずに現場の声を聞きました。
「どういう情報があれば使える?」
「どこが使いにくい?」
提案された改善を実装したら、「これなら活用できる」と言ってもらえました。
学んだこと:
作って終わりじゃない。現場の声を聞いて、改善し続けることが大事。
段階的な拡大:IoT導入への道
半年くらい、GAS + Spreadsheetでツールを作り続けました。
現場の人たちとの信頼関係もできてきた頃、ようやく次のステップへ進みました。
データ収集の自動化
ここまでのツールは、どれも「手入力」でした。スマホから入力するだけでも便利だけど、本当は自動で収集したい。
「データ収集を自動化できれば、もっと正確で、リアルタイムなデータが取れます」
この提案に、理解を得るまで結構時間がかかりました。現場作業もあって、じっくり説明する時間を作るのが大変でした。
でも、何度か説明を重ねて、ようやく「それは必要だね」と言ってもらえました。
IoT導入(入社1年後)
次に取り組んだのが、産業機器からのデータ収集です。
プロセス:
- 産業機器に出力モジュールがあることを発見
- ベンダーに連絡して、仕様を確認
- 工場内のWiFi環境を整備(今までは事務所だけだった)
- Pythonでデータ収集アプリを作成
- NASサーバーを設置して、そこで稼働
機械4台分、段階的に導入していきました。
ダッシュボード構築(Next.js)
収集したデータを可視化するために、Next.jsでダッシュボードを作りました。
表示内容:
- リアルタイムの稼働状況
- 生産量の推移
- 設備別の稼働率
生成AI(CursorとClaude)をフル活用しました。コード生成、デバッグ、設計の相談...全部AIに手伝ってもらって、開発スピードが格段に上がりました。
一人でゼロから作るのは無理でしたが、AIがあればなんとかなりました。
2年間の成果:基盤は作れた
入社から約2年。作ったものをまとめます。
業務効率化ツール(GAS + Spreadsheet):
- 生産日報集計自動化ツール
- 日次エネルギー使用量集計ツール
- 材料発注量・タイミング可視化ツール
- 鋳造完了時間見積もりツール
- 検査完了時間見積もりツール
IoT・データ可視化基盤:
- 産業機器4台からのデータ収集システム(Python)
- リアルタイムダッシュボード(Next.js)
- NASサーバー(データ保存 + アプリ稼働環境 + ファイルサーバー)
ネットワーク環境:
- 工場内WiFi環境の整備
まだ道半ば:次のフェーズへ
正直に言います。完璧じゃないです。
データは集められるようになったけど、統合的に管理できていない。各システムがバラバラに動いている状態です。
やりたかったこと──「データ駆動の経営判断」には、まだ到達していません。
でも、基盤は確実にできました。
ゼロだった現場に、データを集める仕組み、可視化する仕組み、活用するツールができた。
次のフェーズは、このデータを統合して、経営判断に使えるレベルまで持っていくこと。
まだまだやることはあります。
学んだこと:小さく始めて、信頼を積み重ねる
2年間で一番学んだのは、「小さく始めることの大切さ」です。
完璧を目指さない
最初の私は、完璧なERPシステムを作ろうとしていました。でも、現実はそれを許しませんでした。
代わりに、GAS + Spreadsheetで小さなツールを作った。これが正解でした。
完璧なシステムより、今使われる小さなツールの方が、100倍価値があります。
現場の声を聞く
「これ使いにくい」と言われたツールも、現場の提案を取り入れたら使ってもらえました。
作る側の視点だけじゃなく、使う側の視点で考える。これが本当に大事です。
段階的に広げる
最初からIoTを導入していたら、たぶん失敗していました。
まず手入力のツールで成功体験を作って、信頼関係を築いて、それからIoT導入。
この順番が、うまくいった理由だと思います。
これから製造業DXに取り組む人へ
もしあなたが今、「何もない製造現場」でDXを任されているなら。
焦らなくていいです。
最初から完璧なシステムを作ろうとしなくていいです。
まず、小さな課題を1つだけ解決してみてください。Google SpreadsheetでもExcelでも、何でもいいです。
「便利だね」と言ってもらえたら、それが最初の一歩です。
そこから、少しずつ広げていけば、2年後には「基盤ができた」と言えるようになります。
一緒に、頑張りましょう。
【執筆後記】
この記事は、私が実際に経験した2年間をもとに書きました。完璧なシステムを作ろうとして挫折し、小さく始めることの大切さを学びました。まだ道半ばですが、基盤は確実にできたと感じています。
次回は、「生成AI(Cursor・Claude)を活用した高速開発術」について書く予定です。一人でも開発スピードを維持するためのプロンプト活用術を具体的に共有します。



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