情報教育の教員向けの資料をまとめてみた
はじめに
この4月から新学習指導要領でのカリキュラムが始まり、改定された教科書も公になりました。
TwitterなどのSNSでの教科書に対する反響を見て、割とIT産業界の方々も学校における情報分野の扱いに関心を持っていることを知りました。
そこで、数年間はそこそこ学校教育に近いところ(?)にいたので自分の中で知っている資料を雑多にまとめておこうと思い、この記事を書くことにしました。
まとめている情報はほとんど教員向けのものなので、教員という職業に興味がない人から見るとわかりにくいものも多いかもしれません。その点はご容赦ください。
一般企業で技術者として働いている方でも、これらの資料を見ることで、教える立場のことを考える良い機会になるかもしれません。
資料まとめ
高等学校共通科目「情報I」と「情報II」について無料でアクセスできる資料をまとめました。
資料名 | 概要 | リンク |
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高等学校情報科に関する特設ページ | 高等学校情報科に関するポータルページです。実質このページを起点にすれば以下の情報はほぼたどれます。 | リンク |
高等学校学習指導要領(平成30年告示) | 教育基本法から始まり、学校教育のあり方について記載されている資料です。高等学校教育における各教科の標準単位数を確認できます。PDFのページ番号P.192より共通教科情報の目標と内容の概要を確認できます。 なお学習指導要領の内容は教科書作成の一次情報です。 |
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学習指導要領解説 情報編 | 共通教科情報科の内容について詳細な解説を記述された資料です。各単元でどんな学習活動をするべきかの一例も記載されています。 この学習指導要領解説の内容もまた教科書作成に影響するものです。 |
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高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材(本編) | 「情報I」を指導する教員向けの研修教材が配置されています。各教材には授業での学習活動の例も記載されています。 つまり高校でどんな授業が展開されるのかについての具体的な情報が得られます。また各教材は2時間程度で学べるように設計されています。 |
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高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材(本編)第1章 情報社会の問題解決 | この章は一つ前の学習指導要領の「社会と情報」で扱っていた分野の延長上の話が多いです。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材(本編)第2章 コミュニケーションと情報デザイン | この章で扱う「情報のデジタル化」の部分は一つ前の学習指導要領の「情報の科学」で扱っていた内容が多いです。「情報デザイン」の部分は新しい記述内容が多くなっています。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材(本編)第3章 コンピュータとプログラミング | この章からは現状の多くの教員が指導したことのない内容になります。コンピュータのハードウェア的な仕組みからPythonでのプログラミングまで記述されています。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材(本編)第4章 情報通信ネットワークとデータの活用・巻末 | 情報通信ネットワークについては、一つ前の学習指導要領の「情報の科学」で扱っていた内容が多いです。データの活用部分では量的データだけでなく、質的データの分析としてMeCabでの形態素解析まで記述されています。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編) | 「情報II」を指導する教員向けの研修教材が配置されています。現在、技術者として働いている社会人の方は情報IIの研修教材を見るほうが興味深いかもしれません。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編) 第1章 情報社会の進展と情報技術 | 情報社会の歴史的な変遷が書かれています。また人工知能(AI)分野についても触れています。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編) 第2章 コミュニケーションとコンテンツ | 情報Iの第2章 コミュニケーションと情報デザインの発展的な内容です。コンテンツを生み出すまでのプロセスなども書かれています。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編) 第3章 情報とデータサイエンス 前半 | 話題となったデータサイエンスは前半と後半に分かれています。 前半ではpandasでのデータフレーム操作や機械学習、モデルの評価まで書かれています。 |
リンク |
高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編) 第3章 情報とデータサイエンス 後半 | 後半では、k-近傍法、さらにはニューラルネットワーク、深層学習まで書かれています。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編) 第4章 情報システムとプログラミング | 情報システムとプログラミングはシステム開発について書かれています。UMLやテスト、デバッグなども盛り込まれています。 | リンク |
高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編) 第5章 情報と情報技術を活用した問題発見・解決の探究 , 巻末 | 情報I、情報IIのまとめとなる部分です。調査や仮説検証について書かれています。 | リンク |
令和4年度使用教科書目録高等学校 | 教科書の購入を検討されている方向けです。PDFのページ番号P.32より「情報I」の教科書一覧が確認できます。値段も見れます。大体1冊1,022円です。 | リンク |
高等学校情報科 実践事例集 | 新学習指導要領での授業実践の指導案が配置されています。指導案形式なので教員以外はピンと来ないフォーマットかもしれませんが授業実践の具体例となる資料です。 | リンク |
大学入学共通テスト サンプル問題 | 令和7年(2025年)の大学入学共通テストに向けたサンプル問題です。あくまでサンプルなので、高校生に情報Iの分野についての知識を問う際にはこのような形式になるだろう、というものです。 | リンク |
IPSJ MOOC 情報処理学会 公開教材 | 情報処理学会では「情報I」で扱う「コンピュータとプログラミング」、「情報通信ネットワークとデータの活用」の動画教材を公開しています。 | リンク |
高等学校における「情報II」のためのデータサイエンス・データ解析入門 | 総務省統計局が用意している「情報II」のためのデータサイエンス・データ解析入門です。 | リンク |
前提 「情報I」という科目
「情報I」は今年度(2022年度)から必修となった科目です。
標準単位数は2単位であり、通常では50分の授業を週2回、1年間受けることになる科目です。
ほとんどの高校では1年次に開設されると思います。
学習指導要領では、情報Iの目標として以下のように示しています。
情報に関する科学的な見方・考え方を働かせ,情報技術を活用して問題の発見・解決を行う学習活動
を通して,問題の発見・解決に向けて情報と情報技術を適切かつ効果的に活用し,情報社会に主体的に参画するための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。(高等学校学習指導要領より)
情報Iに限った話ではなく、高校での情報教育は「技術を知っている」よりも「何かの活動を通して技術を適切かつ効果的に利用する」ことが重視されます。
あまり好ましい言い方ではないかもしれませんが「技術を道具として、活用していく活動」を大事にするのです。
この目標の部分を飛ばしてしまい、高校での情報教育について誤った認識を持たれている方もいるかもしれません。
「情報II」の教科書は話題にならないのか?
情報IIは選択科目であり、情報Iを1年間学んだ後に受ける科目です。そのため2022年段階では教科書はありません。 話題になるとしても2023年の4月でしょう。
ただし、情報IIを開設する高校は少ないと思いますので、必修科目の情報Iほど話題にならないでしょう…。
産業界は情報教育の変化をどう見たら良いのか
今年から必修ということで、この科目を受けた高校生たちが就活をするのは以下の表の通りになります。
就活区分 | |
---|---|
高卒 | 25卒 |
専門・短大卒 | 27卒 |
大卒 | 29卒 |
院卒(修士) | 31卒 |
新しい情報教育が始まったからと言って、来年以降に入社してくる新卒社員がこのような教育を受けているのではありません。学校教育の改変は遅効性なのです。
ただ今回の改変に伴い、これまで専門知識とされていた部分のIT/ICTに関する知識を、前提知識の少ない初学者に教えるための資料が多く世に出たことは間違いないでしょう。
今回の資料まとめで記載した資料も多くは出典を明記した上で二次利用が可能になっております。
※ただし実際に使用する際には、詳細は各リンク元の情報をご確認ください。
参考までに文部科学省と総務省統計局のサイトコンテンツの利用についてのリンクは載せておきます。
おわりに
謎の熱量で、情報教育の教員向けの資料についてまとめました。
高校での情報教育の取り組みについて参考になればよかったかなと思います。
最後に個人的な意見ですが 「学校教育にはほどほどに期待しよう」 というものです。
技術者の方が今回の改定に伴う教科書の記述内容に対する反応を見ていると過度に期待しすぎているような気もします。とは言え、それほどに現行の教科書の記載はクオリティが高く、期待できるものであることは間違いないでしょう。
今の高校生が成長し、社会人になる未来が楽しみですね。
(追記) 情報Iはどんな教員が指導するのか
「情報Iはどんな教員が指導するのかや処遇が気になる」という意見を個別に聞いたので追記します。
高校で情報Iの授業を受け持つのは、基本的には高等学校一種免許状(情報)または高等学校専修免許状(情報)を取得している教員です[1]。
一種免許を取得するには、前提として4年制大学の卒業を示す学位である学士が必要となります。
そして大学では、教育職員免許法で定められた所定の単位を取得する必要があります。
高等学校一種免許状を取得するのに必要な最低単位数を表に示しておきます。
専修免許については、原則として基礎資格に修士の学位と一種免許状が必要となるので詳細についてはここでは記載しません。
免許状の種類 | 教科に関する科目 | 教職に関する科目 | 教科または教職に関する科目 | その他 | 合計 |
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一種免許状 | 20単位 | 23単位 | 16単位 | 8単位 | 67単位 |
「教科に関する科目」はその教科の専門分野についての講義の単位になります。
これらは一般的な理工学部や工学部の講義内容を想像して問題ないかと思います。
情報だと以下のような科目区分があり、各分野の講義/演習を最低1単位は習得していなければなりません。
免許法上の「教科に関する科目」 | 最低単位数 |
---|---|
情報社会・情報倫理 | 1単位 |
コンピュータ・情報処理 (実習を含む。) |
1単位 |
情報システム (実習を含む。) |
1単位 |
情報通信ネットワーク (実習を含む。) |
1単位 |
マルチメディア表現・マルチメディア技術 (実習を含む。) |
1単位 |
情報と職業 | 1単位 |
「教科に関する科目」は最低20単位必要なので、上表の記載した科目区分の単位を20単位は習得していることが情報に関する専門性の最低ラインとなります[2]。
「教職に間する科目」にも区分があるのですが割愛します。教職に疎い人でも想像しやすいものだと教育実習がここに入ります。
「その他の科目」は日本国憲法、体育、外国語コミュニケーション、情報機器の操作です。
「教科または教職に関する科目」はついては20単位を越えて習得した「教科に関する科目」の単位や「教科または教職に関する科目」として大学ごとに開設されている講義/演習の単位を自由に割り当てることができます。
なお文部科学省では、教育職員免許法で定められた所定の科目を開設し、情報の免許状を取得可能な大学のリストを公開しています[3]。
次に情報教員の採用と処遇について書きます。
前提として公立学校の教員の雇用形態は正規と非正規があります。
正規雇用は各地方自治体で実施される教員採用試験に合格した場合です。
非正規には時間講師(非常勤講師)と臨時的採用教員などがあります。時間講師は、正規教員以外で対応する授業時間数が生じた際に、臨時的採用教員は教員の妊娠出産休暇及び育児休業の取得等により欠員が生じた際に補充される形になります。
情報教員として正規雇用されるための教員採用試験はかなり難しいです。
この背景は、そもそもの採用人数が少ないことに加え、情報の免許だけでは教員採用試験を受けられない地方自治体が多かったというものがあります。
これは情報という科目のコマ数が少ない以上、情報の免許だけを持つ人を正規で採用するのが難しく、他教科の免許状を持っていることを条件に課していたのです。
ただし、これについては自治体も変化しています。
例えば東京都では、2020年より情報の免許だけを持つ人も教員採用試験を受験することが可能になりました。
こういった変化からこれからは少しづつ情報だけを担当とする教員も多くなるかなという期待があります…。
こうした背景から、情報で採用された教員は多くの場合、情報だけでなくもう一つの科目も指導することになっています。
また情報専任の教員の数は限られるので、時間講師(非常勤講師)を募集している学校も少なくありません。時間講師は、教員採用試験の合格を目指す人や学部で免許を取得した大学院生などが応募することが多いでしょう。
採用された後の具体的にどの程度、授業を担当するかなどの働き方は勤務校に依存します。
これは1学年のクラス数が5クラスの学校もあれば倍の10クラスあるような学校もあるので一般化できません。情報Iは必修なので、1クラス増えれば1週間の授業数が2時間分増えることになります。
もちろん教員の仕事は授業だけではないので、いわゆる校務分掌として学校の情報システム管理などを情報の教員が担当することも多くあるでしょう。
給与面については公立学校の場合、担当教科によって教員の給与は変わりません。
なお時間講師の場合は基本的には割り当てられた授業数だけ担当し、その時間給を貰います。
このあたりのリアルな数字が知りたい場合は、各地方自治体で公開しているので調べてみると良いでしょう。
参考までに東京都教育委員会の教員の給与制度のページのリンクを載せておきます。
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基本的にと明記したのは例外があるからです。まず教育職員免許法では免許外教科担任制度を認めています。また特別免許状や臨時免許状といった制度もあります。 ↩︎
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2003年の新教科「情報」開始に伴う「現職教員認定講習会」を通して情報の免許を取得している場合はこの限りではありません。 ↩︎
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注意点としては、リストでは大学の学部・学科まで明記していますが、その学部・学科に入学しなければ取得できないわけではありません。免許法上の科目の開設がその学部・学科で行われていることを示しています。つまり他学部や他学科でもいわゆる聴講制度や科目履修生といった仕組みを利用し、所定の単位を取得すれば法律上は免許を取得できます。 ↩︎
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