「学び」を再定義する挑戦 ーNeighbuddyが探る教育の新しい可能性ー
こんにちは、京都芸術大学デジタルキャンパス局(以下DCB)の鶴岡です。
学びのパーソナルAI「Neighbuddy(ネイバディ)」を作ってます。AIアプリを提供しているmiibo社と共同開発してます。
今回は、ネイバディを通してチャレンジしているテーマについて書いてみたいと思います。どんな問題意識でプロダクト開発に取り組んでいるか知ってもらえたら嬉しいです。
【この記事の要点】
- 技術の変化に合わせて人間の脳も適応してきた
- デジタル社会に適応した新たな認知特性は「問題」ではなく「可能性」
- ネイバディは「思考と共創のパートナー」という新しいカテゴリーを提案
今年7月に出したプレスリリース↓
教育現場で起きている変化
「この問題、ChatGPTに解いてもらおう」
学生はスマホで即座に解答を得ます。でも次の類似問題になると、手も足も出ません。
AIの便利さと学習が定着しない現実。このギャップに多くの教育現場が直面しています。
AI使用を禁止すれば解決する?私たちはそうは思いません。
インターネットやスマホの普及で私たちの生活は劇的に便利になりました。そして今はAIによって、さらに大きな可能性が広がっています。「学び」という人生の基盤も、きっと新しい形に進化できるはず。
実際に学生にAIを使ってもらい学習パターンを調べてみると、興味深い発見がありました。
技術とともに進化する人類
人類は常に技術とともに身体を変化させてきました。
火の発見により、柔らかい肉を食べられるようになった私たちの祖先は、消化に使うエネルギーが減り、その分脳のサイズを大きくできました。
古代ギリシャのソクラテスは「文字に頼ると記憶力が衰える」と嘆きました。実際、活字印刷の普及後、私たちは昔の人ほど暗記が得意ではありません。でも、その代わりに抽象的思考力を発達させました。
そして今、デジタル技術が私たちの脳を再び変化させています。よく引用される研究では「人間の注意持続時間が2000年の12秒から2013年には8秒に短縮した」とも言われています。(この数字については諸説あり)
DCBでの活動や日頃の10代・20代との接点を通じて、興味深いパターンが見えてきました。短時間で複数のタスクを効率的に処理し、要点を素早く把握する能力が高い一方で、従来型の長時間集中とは異なるアプローチを取っています。
これは「劣化」ではなく「適応」だと考えています。デジタル環境に特に適応した世代として、マルチタスクが当たり前の環境に最適化された新しい認知パターンを獲得しているのです。
実際にAIを使ってもらって見えてきたこと
POC開始後、学生にネイバディを使ってもらい、その利用パターンを分析しました。
※開発協力学生による利用、完全匿名化データによる傾向分析。個人が特定されたり評価されることはありません。
そこで見えてきたのは、大きく2つのAI活用スタイルでした。
探究型:
- 対話しながら理解を深めようとする学生
- 質問を段階的に発展させて思考を広げようとする学生
効率型(多数派):
- 必要な情報を効率的に得ることを重視する学生
- AIに「答え」を求める学生
これは良い悪いの話ではなく、デジタル環境で最適化された脳の自然な反応と捉えています。私たちが気になったのは、この違いが長期的な学習にどう影響するかという点でした。
AIを使うと思考力が落ちるのか?
この2つのスタイルの違いは問題なのか?もしかすると、AIの使い方次第で学習効果に大きな差が生まれているんじゃないか?
そんな仮説を考えていたとき、ちょうど目にした研究があります。
スイス・ビジネススクールのMichael Gerlich氏が666人を対象に行った最新研究(2025年1月)です。
検証結果:
- AIツールをよく使う人ほど、批判的思考テストの点数が低い(強い負の相関)
- 特に17-25歳で顕著
- 一方で、批判的思考の基礎がある人は、AI使用頻度に関わらず高い批判的思考力を維持
発見: つまり、デジタル社会に適応した脳ほど、AIによる思考力低下の影響を受けやすいという皮肉な現実が浮き彫りになりました。
観察していた2つの活用パターンは、単なる使い方の違いではなく、思考力の発達に異なる影響を与える重要な違いだと考えています。考える作業をAIに委託する「認知的オフローディング(思考の外部化)」により、以下のような課題が生まれることがあります。
AI利用で起きがちなパターン
- 【短期】AI回答を理解せず利用 → 「なぜ」を考えない習慣 → 深い理解に至らない
- 【長期】AIに即答を求める → 自分で考える機会が減少 → 思考力が育たない
- 【社会】全員が同じAIを使用 → 似た回答・似た発想 → 思考の画一化
効率を重視する脳の特性と即答型AIの設計が組み合わさることで、深く考える機会が減少するという課題が生まれています。
ただし、これはAIの「設計」の問題であって、AI自体の問題ではありません。適切に設計されたAIなら、むしろ思考を深める道具になり得るはずです。
「答えを与える」から「一緒に考える」へ
そこで、既存のツールがどう対応しているかを調べてみました。
汎用LLM(ChatGPT、Claude等)は高性能ですが、学習プロセスにおいては意図しない影響を与える可能性があります。即座に「正解」を提供するため、思考プロセスをスキップし、さらに思考方法を身につける機会も奪ってしまいます。
一般的な教育特化AIも、同様の課題があります。「標準的な学習者」を想定した従来の教育手法をデジタル化しただけで、新しい脳の使い方に対応していません。
私たちは、これまでの「答えを与えるツール」とは異なる「思考と共創のパートナー」という方向性を試しています。AIは使い方次第で思考力を奪うことも、逆に育てることもできる。だからこそ、設計思想が重要だと考えています。
デジタル時代の学びは「関係性」がカギ
ここで興味深い点があります。短時間集中型の認知特性を持つ人でも、対象に関係性を感じれば思考を続けられることがあります。
従来の教育システムでは「何を学ぶか」「どう効率化するか」を考えてきました。しかし、デジタル時代の学習者にとって大切なのは「なぜ学ぶか」「どう活かすか」を、自分自身との関係性の中で理解することだと考えています。そして、その人の興味を喚起し、深められるよう支援すること。好きなことだからこそ没頭し、持続的な学習が可能になります。
学生が「この問題の答えは?」と聞いてきたら、ただ答えを返すのではなく、
「何を知りたいの?」
「どんなふうに考えてみた?」
「何が気になった?」
こうした問いかけをすることで、デジタル環境で最適化された認知特性を活かしながら、その人が本当に興味を持てることを見つける支援ができるのではないか、と考えています。
実際に試してみると、まだ部分的ではあるものの手応えを感じています。完全な検証にはまだ時間が必要ですが、方向性としては期待が持てそうです。
将来的な研究構想
将来的には、「ニューロタイプモデル」と呼んでいる個人の脳特性分析システムをプロダクトに組み込みたいと思っています。今は脳神経科学や認知心理学などの先行研究ベースですが、それを発展させて個人の脳の特性を理解し、その人に最適化された学習方法(キャリア支援や日常生活にも)を提供するシステムができたら面白そうです。
私たちは、神経特性や認知特性の違いを能力の優劣ではなく、異なる情報処理スタイルとして捉えています。従来の教育では評価されにくかった人たちの中にも、きっと素晴らしい才能がある。一人ひとりの「脳の設計図」に合わせた学びの場によって、そうした隠れた力を発見し、それぞれが自分らしく力を発揮できるようになればいいなと思っています。
さいごに
人類は技術とともに進化してきました。デジタル時代に適応した脳も、その進化の一部です。
そこで、デジタル社会に適応した脳に合わせて「学び」を、そして「ヒト」を少し再定義してみる。デジタル環境で最適化された認知特性を「問題」ではなく「ヒトの新たな可能性」として捉え、それを最大限活かせる仕組みを作る。こうしたことができたら面白いと思っています。
AI黎明期の今、必要なのは「正解の再現」ではなく「新しい正解の創造」。この新しい認知特性は、創造性の源泉となるはず。
これは壮大な実験です。プロダクトとして成立するかは正直まだ分かりませんが、その不透明さをチームで楽しんでいきたいと思います。
もし何か共感する部分があれば、ぜひ気軽に声をかけてもらえたら嬉しいです。
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DCBでは教育AI分野で新しい挑戦をしたいメンバーを募集しています。興味のある方はお気軽にお声がけください。
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京都芸術大学のテックブログです。採用情報:hrmos.co/pages/xtm/jobs 芸大など5校を擁する瓜生山学園は、通信教育で国内最大手、国内で唯一notionと戦略パートナー契約を結ぶなどDX領域でも躍進、EdTech領域でAIプロダクトを開発する子会社もあり、実は多くのエンジニアがいます。
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