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AIで人月モデルと外注構造はどう変わるか

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はじめに

日本のシステム開発業界では、請負契約や準委任契約に基づく人月単価での見積もりが一般的です。AIが普及することで、「人月」が価値尺度として機能しなくなりつつあります

人月モデルと密接に結びついていた 外注構造も変化しています。元請が上流を担い、下請け(一次請け、二次請け、三次請け)が実装を請け負う多重下請けモデルは、AIによって見直しが進んでいます。

本記事では、契約形態の観点も含め、AIがもたらす業界構造の変化と、これから求められる新たな関係性について考察します。

この記事で伝えたいこと

  • 人月モデルの構造的限界とAIによる変革圧力
  • 請負・準委任契約における課題
  • 外注構造の変化プロセスと現場で起きていること
  • 外注先に求められるものの変化
  • 今後求められる能力

人月モデルとは何か

人月モデルの基本構造

人月(にんげつ、Man-Month)とは、1人のエンジニアが1ヶ月働く労働量を1単位 とする、日本のIT業界で広く使われてきた見積もり手法です。

この手法は、主に以下の契約形態で用いられます。

  • 請負契約: 成果物の完成を約束し、完成責任を負う契約
  • 準委任契約(SES): 業務の遂行を約束するが、成果物の完成責任は負わない契約

この図が示すように、人月モデルでは 成果ではなく、投入する時間(工数)が価値の基準 となります。

契約形態別の特徴

日本のシステム開発では、請負契約と準委任契約が主流ですが、それぞれ異なる特徴があります。

項目 請負契約 準委任契約(SES)
責任範囲 成果物の完成責任あり 業務遂行責任のみ
指揮命令権 受注側が保持 発注側が保持(実質的に)
報酬の性質 成果物に対する対価 労働力に対する対価
リスク負担 受注側が大きく負担 両者で分担
人月単価の意味 見積もりの基礎 直接的な単価設定

上記の表が示すように、請負契約では成果物の完成が求められる一方、準委任契約では労働時間の提供が中心となります。

人月モデルの問題点

人月モデルには、請負・準委任いずれの契約形態でも構造的な問題があります。

1. 生産性向上が利益減少につながる(特に請負契約)

請負契約の場合:

  • 発注側: 成果物の完成を期待し、固定価格を望む
  • 受注側: 見積工数内で完成させる必要がある

準委任契約の場合:

  • 発注側: 必要な期間だけエンジニアを確保したい
  • 受注側: 契約期間中の人月単価で収益を得る

いずれの契約形態でも、作業を効率化すればするほど、受注側の売上は減少します

上記の図は、生産性向上がもたらす矛盾を示しています。受注側は効率化のインセンティブを失い、むしろ工数を増やす方向に働きかけられる構造になっています。

2. 時間の取引が引き起こす矛盾

人月モデルでは、時間そのものが商品 になります。これは、成果よりもプロセスに価値を置く構造を生み出します。

指標 人月モデル(請負・準委任共通) 成果モデル
価値の基準 投入時間 成果物の品質
利益の源泉 工数の積み上げ 価値の提供
生産性向上のインセンティブ 低い 高い
契約の焦点 期間・工数 達成目標

AIが登場した今、この矛盾は もはや隠しようがありませんよね

外注構造の変化

従来の外注構造

日本のシステム開発では、プロジェクトが階層的に分業されてきました。

この構造では、上流は元請が担当し、下流は外注先が実装を担います。

AIによる下流工程の自動化

AIの普及によって、下流工程の多くが自動化・半自動化 されつつあります。

上記の図は、AIによる下流工程の代替を示しています。従来は人手を要していた作業が、AIによって効率化されています。

具体的な変化:

  • コード生成: GitHub CopilotやCursorなどのAIツールが、要件から直接コードを生成
  • テスト自動化: AIがテストケースを生成し、実行まで自動化
  • ドキュメント整備: コードから自動的にドキュメントを生成

この結果、「単純実装を請け負う外注業務」の存在価値は減少しています
おそらく、中国とかベトナム、オフシェアリングでの単純実装需要も減少しているのかなと思います。

外注先の状況

現場の声:

「去年まで10人月で受けていた案件が、今年は3人月になった。しかもAI使用前提で」

「元請から『AIでできる部分は自社でやります』と言われ、残ったのは面倒な部分だけ」

元請側の変化

一方、元請側も変化しています。

上記の図は、元請側のビジネスモデル変化を示しています。外注管理からAI活用への移行が求められています。

元請は、外注管理ではなく、自社内でAIを活用する体制構築 に舵を切らざるを得ません。

外注先に求められるものの変化

契約形態は変わらないが、期待値が変わる

法的な契約形態(請負・準委任)は変わりません。しかし、発注側が外注先に求める能力 は大きく変化しています。

従来の外注(請負・準委任共通):

  • 指示通りに実装する
  • 定められた期間・工数で作業する
  • 仕様書に沿った成果物を納品する

AI時代の外注(請負・準委任共通):

  • AIを活用して効率的に実装する
  • 従来より少ない工数で提案する
  • AI活用のノウハウを持っている

つまり、契約書上は請負・準委任のままでも、「AIを使えない外注先」は選ばれなくなっています

価値の基準が「工数」から「成果」へ

AI時代、発注側が評価する基準が変わりました。

評価基準 従来(工数重視) AI時代(成果重視)
見積もりの根拠 何人月かかるか どれだけ効率化できるか
外注先の選定基準 多くの人員を投入できるか AI活用のノウハウがあるか
契約期間の考え方 長いほど安定 短くても高品質なら良い
評価される能力 マニュアル通りに作業できる AIと協働して創造的に働ける
発注側の期待 指示通りに実装してほしい 効率的な方法を提案してほしい

上記の表が示すように、同じ請負契約・準委任契約でも、中身が変わっています

生き残るために必要な能力

「ただ作る」から「AIを使って作る」へ

外注先が生き残るには、以下の3つの能力が求められます。

1. AI活用能力

具体的に求められること:

  • GitHub CopilotやCursorなどのAIツールを使いこなす
  • プロンプトエンジニアリングで効率的にコードを生成できる
  • AIと人間の役割分担を設計できる

従来との違い:

  • 従来: マニュアル通りに実装できればOK
  • AI時代: AIを使って同じ品質を短時間で実現できることが前提

2. ドメイン知識

具体的に求められること:

  • 特定業界(金融、医療、製造など)への深い理解
  • ビジネス課題を技術的に解決する洞察力
  • 顧客と同じ言語で会話できる専門性

従来との違い:

  • 従来: 技術仕様書を読んで実装できればOK
  • AI時代: 業務知識がないとAIも適切なコードを生成できない

3. 価値提案力

具体的に求められること:

  • 「この機能を作るのに10人月」ではなく「AIを使えば3人月で可能」と提案できる
  • 投資対効果(ROI)を明確に示せる
  • 運用・改善まで含めた提案ができる

従来との違い:

  • 従来: 指示された通りに見積もればOK
  • AI時代: 工数削減を前提とした提案が求められる

まとめ

AIは、日本のシステム開発業界に以下の変化をもたらしています。

構造的な変化:

  • 人月モデルの限界が明確になった(時間ではなく成果が評価される)
  • 下流工程の外注需要が減少した(AIが代替できるため)
  • 契約形態は変わらないが、求められる能力が変わった

外注先に求められるもの:

  • AI活用能力: AIツールを使いこなし、効率的に開発できる
  • ドメイン知識: 特定業界への深い理解がある
  • 価値提案力: 工数削減を前提とした提案ができる

現場の実態:

「ただ作るだけ」では選ばれなくなっています。請負契約でも準委任契約でも、AI活用が前提になっています。

一方で、AIと協働することで、より創造的な仕事に集中できる環境も整いつつあります。

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