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拡張的学習の水平次元ー医療における認知的形跡の編成を Claudeさんと一緒に読んだ🐱

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0. はじめに

本記事は、Yrjö Engeström(ユーリア・エンゲスローム)の "The horizontal dimension of expansive learning: weaving a texture of cognitive trails in the terrain of health care in Helsinki" を Claudeさんと一緒に読んでみて、最後に以下のプロンプトでまとめたものです。

  • 拡張的学習とは何か詳しく、元になったベイトソンの学習IIIの関係も絡めて
  • 認知的形跡の編成とは何か詳しく
  • 事例となるヘルシンキにおける患者のケア体制の課題はなんだったか
  • どのようなアプローチをとったのか、アプローチを遂行する際の障害はなんだったのか
  • 成果はどうだったのか

同じ論文とプロンプトを notebooklm にもくわせて動画も作成してみました。拡張的学習のエベレーターピッチとしてうまいことまとまっている気がします(10分弱の動画です)

https://notebooklm.google.com/notebook/74972579-4daa-4b47-90aa-eff4aef60da3?artifactId=7e71beff-10af-4056-b419-e2ea31ab8e35

こちらをみて興味を持ったら、以下の文章をみていくとよいかもしれません。
継続的な議論のための基礎資料として作成しました。

1. 拡張的学習とは何か:ベイトソンの学習Ⅲとの関係

拡張的学習とは、エンゲストローム(Engeström)が提唱した学習理論であり、従来の「既存の知識を習得する」という垂直的な学習観を超えた、「まだ存在していない知識や実践を創造する」水平的・創造的な学習プロセスを指す。

この理論は、ベイトソン(Bateson)の学習レベル理論、特に「学習Ⅲ」の概念と深く関連している。ベイトソンは学習を三つのレベルに分類した:学習Ⅰ(刺激-反応の学習)、学習Ⅱ(学習の仕方を学ぶメタ学習)、そして学習Ⅲ(前提そのものを問い直す変容的学習)である。エンゲストロームの拡張的学習は、この学習Ⅲをさらに発展させ、活動システム全体が矛盾や問題に直面したとき、参加者たちが協働して新しい活動の形態を生み出していく集団的・組織的な変革プロセスとして理論化したものである。

拡張的学習は7つの段階から成るサイクルとして示される:①疑問視(questioning)、②分析(analyzing)、③モデル化(modeling)、④新しいモデルの検討(examining)、⑤新しいモデルの実行(implementing)、⑥プロセスの反省(reflecting)、⑦新しい実践の統合・強化(consolidating)。

重要なのは、この学習が個人の頭の中だけでなく、複数の活動システムが境界において相互作用する中で起こる点である。従来の拡張的学習理論が主として個々の活動システム内部の「垂直的」な変革を扱ってきたのに対し、本論文が焦点を当てる「水平次元」とは、複数の活動システムを横断する境界越境活動によって生成される学習過程を意味する。

2. 認知的形跡の編成とは何か

認知的形跡(cognitive trail)とは、認知人類学者エドウィン・カッシンズ(Edwin Hutchins)が提唱した概念であり、人々の認知活動が物理的な人工物や環境、記録として「痕跡・軌跡」のように残されたものを指す。

この概念の核心は、認識が個人の頭の中だけに存在するのではなく、外部の人工物や環境に分散しているという「分散認知」の考え方にある。人々が活動する際、物理的な構造物(カルテ、検査データ、メモ、配置など)を通じて認識が具体化され、経路として残される。この痕跡を辿ることで、他の人も同じ認知プロセスを追体験したり、共有したりできる。

カッシンズは、認知的形跡の「安定化」という概念も提示している。初期段階では、認知的形跡は試行錯誤的で変動が大きい(図4:複数の楕円が連続)が、時間とともに標準化され、安定した形態へと収束していく(図3:単一の大きな楕円)。この安定化のプロセスは「PD率」(Process Density=プロセス密度)という指標で測定される。


医療現場では、患者の診療記録、検査結果、医師間の引き継ぎメモ、診療経路などが認知的形跡として機能する。しかし、複数の医療機関や専門家が関わる場合、これらの形跡が断片化し、統合されないという問題が生じる。

認知的形跡の編成とは、こうした断片化された認知的形跡を、複数の活動システムを横断して統合・再構成し、協働的な実践を可能にする新しい形態へと組織化していくプロセスを意味する。これは拡張的学習の水平次元における中核的なメカニズムである。

3. ヘルシンキにおける患者のケア体制の課題

本研究が取り上げたのは、ヘルシンキ市の医療システム、特に保健センター(一般医療)、市立病院、ヘルシンキ大学中央病院(専門医療)における患者ケアの実態である。

具体的には「トム」という63歳の患者の事例が詳細に分析された。トムは複数の健康問題(心臓疾患、腎臓機能不全など)を抱えており、1999年から2000年にかけて、保健センター2カ所、市立病院の相談診療所、大学病院の複数の専門科(心臓病科、腎臓病科など)を受診していた。

主要な課題は以下の通りであった:

  1. 活動システム間の分断:一般医療(保健センター)、二次医療(市立病院)、三次医療(大学病院)が独立して機能し、統合的なケアが実現していない。

  2. 認知的形跡の断片化:各医療機関・専門医が独自の診断や治療方針を持つが、それらが他の医療者に伝達されず、患者の全体像が共有されない。図6「トムの主要な問題に対する異なったとらえ方」に示されるように、同じ患者に対して各医療者が異なる問題認識を持っていた。

  3. 越境行為の困難:患者や情報が一つの活動システムから別のシステムへ移動する際(越境行為)、適切な引き継ぎや連携が行われず、ケアの連続性が失われる。本文には「かかりつけ医を含めた他の医師たちはこの問題を取り上げることはなかった」という記述がある。

  4. 責任の所在の不明確さ:複数の医療者が関わる中で、誰が患者の全体的なケアに責任を持つのかが曖昧になっている。

  5. 時間的スケールの違い:急性期医療と長期的なケアの間で、時間的視点が異なり、統合が困難。

これらの課題は、単に情報システムの問題ではなく、異なる活動システムの目的、ルール、分業体制の違いから生じる構造的な矛盾である。

4. アプローチと遂行の際の障害

採用されたアプローチ:

研究チームは「ラボラトリー(研究会)」という介入的手法を採用した。これは、患者のケアに関わった複数の医療者(保健センターの医師、市立病院の相談医、大学病院の専門医など)と研究者が一堂に会し、患者「トム」の事例を振り返りながら議論する場である。

具体的には:

  1. 認知的形跡の可視化:患者の診療経路を「ケア・マップ」として図式化(図5)。1999年から2000年にかけての受診履歴、関与した医療者、実施された検査や治療を時系列で整理した。

  2. 複数の視点の対話:各医療者が患者の「主要な問題」をどう認識していたかを明らかにし(図6)、その違いを議論の俎上に載せた。

  3. 越境行為の分析:ラボラトリーでのディスカッションを詳細に記録(発話のトランスクリプト)し、7つの主要な越境行為と、それに関連する「安定化の試み」を特定した(図7)。

  4. 集団的な問題認識の構築:医療者たちが自らの実践を振り返り、システム間の断絶や連携の問題を共同で認識する場を創出した。

遂行の際の障害:

  1. 専門性の壁:各専門医は自分の専門領域の視点からしか患者を見ておらず、統合的な視点を構築することが困難であった。

  2. 組織的境界:保健センター、市立病院、大学病院という異なる組織に属する医療者が、組織を超えて協働することに慣れていない。

  3. 時間と空間の制約:多忙な医療者たちが一堂に会する時間を確保することの困難さ。また、通常の診療では顔を合わせない医療者同士のコミュニケーション。

  4. 認知的形跡の不完全性:患者情報が各医療機関に分散しており、完全な診療記録を再構成することが困難。一部の情報は記録されておらず、医療者の記憶に依存せざるを得なかった。

  5. 安定化への抵抗:新しい協働の形態を構築しようとする試みに対し、既存の実践パターンを維持しようとする力が働く。

  6. 測定の困難さ:認知的形跡の安定化や拡張的学習の進展を客観的に測定することの困難さ。本研究では発話分析という質的手法に依存した。

5. 成果

本研究の成果は、以下の点にまとめられる:

理論的成果:

  1. 水平次元の概念化:拡張的学習理論に「水平次元」という新しい視点を導入し、複数の活動システムを横断する学習プロセスを理論化した。従来の垂直的(単一システム内部)な拡張に加え、境界を越える協働による拡張という視点を確立した。

  2. 認知的形跡の編成メカニズムの解明:カッシンズの認知的形跡の理論を拡張的学習理論と統合し、複数の活動システム間での認知的形跡の編成プロセスを明らかにした。特に、越境行為と安定化の試みの相互作用が重要であることを示した。

  3. 長期的スケールの重要性:拡張的学習が短期的な介入(数回のラボラトリー)だけでなく、より長期的なスケール(年単位、あるいは30年サイクル)で評価される必要があることを指摘した。

実践的成果:

  1. 問題の可視化:ラボラトリーを通じて、医療者たちが普段は認識していなかったシステム間の断絶や連携の問題を可視化し、共同で認識することができた。

  2. 対話の場の創出:通常は交流のない異なる医療機関・専門の医療者が、患者を中心に据えて対話する場を創出した。これ自体が新しい実践形態の萌芽と言える。

  3. 協働の可能性の提示:完全な解決には至らなかったものの、複数の活動システムを統合する新しいケアモデルの可能性が示唆された。

限界と課題:

結論部分で述べられているように、本研究で観察された変化は「30年程度のサイクル」という長期的視点で評価される必要があり、数回のラボラトリーでは拡張的学習の全貌を捉えきれていない。また、研究者の介入が終了した後、医療者たちが自律的に新しい協働の形態を維持・発展させることができるかどうかは、今後の課題として残されている。

しかし、本研究は医療における複雑な協働の問題に対し、拡張的学習と認知的形跡という二つの理論を統合することで、新しい分析視点と介入手法を提示した点で、学術的・実践的に重要な貢献をしたと言える。特に、トラッキングデータとしての認知的形跡を可視化し、それを基に関係者が対話する手法は、他の領域にも応用可能な汎用性を持つアプローチである。

6.おわりに - 感想にかえて -

社会福祉先進国とされるフィンランドさえ、慢性的複合的な疾患を抱えてしまうとたらい回しが発生するんだなと感じた。
一方で医療のように一旦形成され強固なシステムが、サービスのより向上のため、学びほぐし再学習するという旗のもと、課題に向き合うことが、今後の自分たちの未来の発展のために必要じゃないかと感じている。そして、それがまさにフィンランド(世界競争力ランキング14位)と日本(同35位)[1]の差なのかもしれないなと。

筆者は2025年現在58歳。昨年、父を亡くし自分の人生をふりかえる機会を得てきた。
残り人生、今まで培ったプロジェクト開発ノウハウ・ICT技術力も活用しながら、拡張的学習とその手段の普及・啓蒙に捧げていこうかと感じはじめている。

脚注
  1. 【2025年最新】世界競争力ランキング,ELEMINIST ↩︎

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