リバースADR:過去の「なぜ」を掘り起こし、未来の「強み」に変える方法
「この設計、なんでこうなったの?」その疑問、活かさない手はない!
新しいプロジェクトやシステムに参加するとき、こんな疑問を持ったことはありませんか?
- 「なぜこのアーキテクチャが選ばれたのか?」
- 「この設定、昔は意味があったけど、今も必要?」
- 「なぜこの技術スタックが採用されたのか?」
特に、新規メンバーや新卒社員の「素朴な疑問」は、しばしば組織の「暗黙知」を浮き彫りにするきっかけになります。ところが、これらの疑問に答えられるドキュメントがなかったり、当時の設計意図を知る人が退職していたりすると、せっかくの気づきが失われてしまいます。
そこで提案したいのが、「リバースADR」 という取り組みです。
リバースADRとは?
「リバースADR」は、過去の意思決定を再解析し、設計の背景や意図を後付けで記録するプロセスです。名前は「リバースエンジニアリング」に由来しており、既存の設計やアーキテクチャの「なぜ?」を掘り下げることで、現在のチームの理解と改善に繋げることを目的としています。
通常のADR(Architectural Decision Record)は、意思決定時点で記録するものですが、リバースADRは以下のような状況で特に有効です。
- ドキュメントがほとんど存在しないレガシーシステム
- 設計者は残っていないが、運用経験が長いメンバーがいて暗黙値がその人に蓄積されている状況
- 新しいメンバーが増えたタイミング
- 「この設計、今も妥当?」という再評価が必要なタイミング
リバースADRが生む3つのメリット
- 新規メンバーが早く「腹落ち」できる
新しいメンバーの素朴な疑問は、実はチーム全体にとって貴重なヒントです。その質問を掘り下げ、記録することで、新規参画者がスムーズにシステム全体を理解できる土壌が生まれます。
- Before: 「とりあえずこの設定を覚えてください」
- After: 「この設定は当時の制約がこうだったから採用されたよ。ただ、今は改善の余地があるかも?」
- 既存メンバーに新しい気づきを提供する
設計当時の「制約」は、今では解消されているかもしれません。リバースADRは、過去を振り返ることで既存メンバーに新たな視点を提供し、改善のきっかけを作ります。
- 「あれ、これ当時は必要だったけど、今はもう不要だね」
- 「そういえば、こういう選択肢も今ならありそうだ」
- 組織の「暗黙知」を「共有知」に変える
「この設計、誰が決めたの?」「なぜこうしたの?」という質問が多いシステムは、将来的にメンテナンスコストが高くなりがちです。リバースADRは、過去の意思決定を明文化することで、組織全体のナレッジを体系化します。
リバースADRの実践方法
ステップ1: 素朴な質問を拾い上げる
新規メンバーやチーム内での「なぜ?」を集めます。疑問が湧いたら、それを放置せずに記録する文化を育てましょう。
- 例
- 「なぜこのミドルウェアを使っているのか?」
- 「このルール、最初はどうして導入されたの?」
ステップ2: 過去の背景を調べる
当時の設計意図を探るため、次の方法を試してみてください。
- 過去のドキュメントや議事録を探す
- チームのベテランにインタビューする
- 当時の制約(技術的、組織的、ビジネス的)を洗い出す
ステップ3: ADR形式で記録する
通常のADRと同様に、以下の形式で記録します。
- 背景(Context): 当時の状況や制約
- 決定(Decision): どのような選択が行われたか
- 理由(Rationale): その選択をした理由
- 現在の視点(Reflection): 今その決定が妥当かどうか
ステップ4: 共有と改善提案
記録した内容をチームで共有し、必要に応じて改善案を議論します。これにより、リバースADRが未来の意思決定の質を向上させる武器になります。
リバースADRのアンチパターン
リバースADRの取り組みは非常に有意義ですが、適切に運用しないと効果が薄れたり、逆にチームに悪影響を及ぼしたりすることがあります。以下は、リバースADRに関連するアンチパターンを挙げ、その問題点と回避方法を示します。
1. 「尋問」的な質問の連発
-
問題点
新規メンバーが「なぜこの設計にしたのか?」と過去の意思決定を確認する際、質問のトーンや頻度が高圧的・批判的に感じられると、既存メンバーが防御的になり、協力が得られなくなる可能性があります。 -
回避方法
- 質問のトーンをポジティブに保つ: 「なぜこうなったのか知りたいので教えてください」という学びの姿勢を強調する。
- 質問の優先順位を整理: 全ての疑問を一度に解消しようとせず、重要な箇所に集中する。
- 心理的安全性を確保: 新規メンバーが「批判ではなく理解が目的だ」と伝える文化を育てる。
2. 過去の設計者を過度に批判する
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問題点
「なぜこんな古い技術を使っているの?」「この設計、非効率すぎる!」と過去の決定を否定的に扱うと、当時の制約や背景を無視した不公平な評価になり、組織内の信頼が損なわれます。 -
回避方法
- 過去の背景をリスペクトする: 「当時の制約や状況がどうだったのか」を理解することを優先する。
- ポジティブな表現を使う: 「当時はこの選択がベストだったんですね。でも、今は新しい選択肢も考えられそうですね」という形で話を進める。
3. リバースADRが「目的」になってしまう
-
問題点
リバースADRを進めること自体が目的化してしまい、記録や議論が形骸化してチームやプロジェクトに実質的な価値を提供できなくなるケースです。過去の意思決定を掘り起こすだけで終わり、改善や実用的なフィードバックに繋がらないことがあります。 -
回避方法
- 行動につなげる: 記録した内容を基に、改善や意思決定の再評価を行う仕組みを用意する。
- 記録の優先度を明確に: すべてをドキュメント化しようとせず、現在の課題解決や改善に役立つ内容を優先する。
- ゴールを明示: リバースADRの目的(例:ナレッジ共有、改善提案)をチームで共有し、プロジェクトに貢献する活動にする。
4. 「やりっぱなし」で共有・活用されない
-
問題点
記録した内容が他のメンバーに共有されず、ドキュメントがチームや組織に浸透しない場合、リバースADRの労力が無駄になります。また、更新されないまま放置されると、情報が古くなり「ドキュメントの墓場」になるリスクがあります。 -
回避方法
- 共有の場を設ける: リバースADRを記録した後、定期的なレビュー会やチームミーティングで共有する。
- ドキュメントの活用を促進: 新規メンバーのオンボーディングや設計レビューでリバースADRを活用する習慣をつける。
- 継続的なメンテナンス: 記録された情報を一定期間ごとに見直し、古くなった内容をアップデートする。
5. 記録の過剰な細分化
-
問題点
リバースADRを記録する際、あらゆる細かい意思決定を記録しようとして膨大な量のドキュメントを作成し、チーム全体が疲弊するパターンです。特に、大規模システムでは収集すべき情報が増えすぎてしまいます。 -
回避方法
- 優先順位をつける: 重要な意思決定やチームに大きな影響を与える部分にフォーカスする。
- 要点を絞る: 「背景」「決定」「理由」に絞ったシンプルな構成を心がける。
- スコープを限定: 全体を網羅しようとせず、必要な部分に限定して記録する。
6. 新規メンバーの参加を妨げる心理的障壁
-
問題点
リバースADRを進める中で「質問が多すぎると迷惑かな」「これは初歩的すぎる質問だろうか」と新規メンバーが不安に感じ、質問しづらくなることがあります。心理的安全性が失われると、本来の目的である知識共有が進みません。 -
回避方法
- 質問を歓迎する文化を作る: チーム全体で「質問は学びのきっかけ」という意識を共有する。
- フィードバックをポジティブに: 質問に対してポジティブに応じ、安心して意見を出せる環境を整える。
- AIの活用(何度聞いても嫌な顔をしない。曖昧な質問にも回答してくれる。ナレッジベースとして既存のドキュメントを活用することで社内事情も考慮)
リバースADRで未来を強化しよう
「リバースADR」は、単なるドキュメント作成ではありません。それは、新規メンバーの視点を活かし、過去の設計を再評価し、未来の改善につなげるための強力なフレームワークです。
しかし、アンチパターンに陥ると逆効果になることもあるため、以下のポイントを意識することが重要です。
- 質問は建設的に、過去をリスペクトする
- 実践にフォーカスし、形骸化を防ぐ
- 記録を共有し、チーム全体で活用する
- 質問を歓迎する文化を作る
これを実践することで、チームの透明性が高まり、設計の「なぜ?」がクリアになり、結果的にシステム全体の進化を加速させます。
「過去を振り返る」ことは、チームの力を何倍にもする可能性を秘めています。
正直、伝えたかったのは↓だけです。
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