『追従者の肖像』
第一節:リリースノートの朝
AppleがiOS 26の仕様変更を発表したのは、ミナトが夜勤明けで帰宅した朝だった。
Safariが背景ごと溶け、すべてのボタンが半透明化し、リストは物理の揺れを吸収するようになった。
「Liquid Glass」。AppleはそれをUIの未来と呼んだ。
ミナトはXcodeのリリースノートを黙読し、最後に目を閉じて呟いた。
「はい、やります」
第二節:エミュレータではない
彼の部屋には2台のMacと5台のAndroid端末が並んでいた。
最新のiOSが動くシミュレータと、その挙動を記録するスローモーションカメラ、そして独自改造したGLSL対応のAndroidランタイム。
FlutterでもReact Nativeでもない。彼が使うのはKotlinとOpenGL、そしてときにC++。
彼はAppleの発表を模写する。
どんな機能でも。
どんなデザインでも。
「思想なんていらない。ただ、そこにあるものを正しく映せばいい」
ミナトにとって、UIとは現象であり、命令だった。
第三節:追従の美学
彼は誰にも教わっていない。
WWDCの録画を数百時間分観て、Quartz Composerの残骸からAPIの文脈を抽出し、過去に消されたGuidelinesをスクレイピングし、構造を再構築する。
Liquid GlassのUIトランジションを実装するために、彼はAndroidで8レイヤの擬似合成を行い、ぼかしと屈折を物理演算で近似した。
コードの中で、ミナトは喜びもしなければ怒りもしなかった。
「変わったんでしょ? なら、そうするだけ」
第四節:どちらのためでもなく
彼はAppleを愛しているわけではない。
Googleを憎んでいるわけでもない。
UIが好きなのでも、美しいものを作りたいわけでもない。
ただ、与えられた最新の現象を、異なる器に再現する。
それが自分の役割だと、疑ったことがない。
結末:誰のものでもない模写
ある日、彼がアップした最新の再現アプリに、こんなレビューがついた。
「ここまでやる意味あるの?」
ミナトはそれを見て、初めて指を止めた。
ほんの一瞬。
そしてまた、次のアニメーションレイヤーの補間に戻った。
「意味がないって?完璧に再現しているのに、なんで理解できないんだ?」
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