policy と pork 第1回

2024/02/26に公開

はじめに

みなさま、はじめまして佐藤と申します。この私投稿のブログ記事ではしばらく自分のゲーム理論の勉強を記録していくつもりで、今回はその第1回目です。

なぜゲーム理論なのか

世の中にデータサイエンス、データサイエンティストという言葉が浸透してずいぶん時間が経ちました。

最近は、機械学習では scikit-learn であったり、深層学習には TensorFlowPyTorch などがあり、適当なデータさえ手元にあれば、とりあえずは即座にモデルの設計・学習・推論を行えるフレームワークがオープンソースとして提供されていて、それらフレームワークが何となく扱えさえすれば誰でもデータサイエンティストや AI エンジニアと名乗れてしまうような時代ではないかと思います。
そして、この職種が高収入を期待させるという事情も相まって、データサイエンティスト・AI エンジニア人材という市場は適切な規模を超えて肥大化し、玉石混交の混沌としたところではないでしょうか。

そうした市場で他者と差別化しないまま直接競争・勝負し疲弊するのではなく、同じデータサイエンスの世界でも、自分のバックグラウンドである数学を高度に必要として参入障壁の非常に高い領域で活動することが良いのではと、私自身考えるようになりました。
かつ、データサイエンスの文脈で扱うデータの大半は、人間の行為・行動が多かれ少なかれその生成の過程に関与している(例えば、Point-of-Sales のデータであれば、ある商品を購入する・購入しないという消費者の何らかの意思決定がなされ、それが電子化されているということは明白です)ことを鑑みるに、おそらく経済学的な分析手法に習熟していることが必要ではないかとも考えるようになりました。

データサイエンスと経済学、これですぐに思いつくのは Uber の取り組みでしょうか。

https://qz.com/1367800/ubernomics-is-ubers-semi-secret-internal-economics-department

コロナ禍を迎えたあとに今現在も存続しているかは私自身確認が取れず不明ですが、Uber は全米トップの経済学の Ph.D. プログラムを修了した人材を Ubernomics(もちろん Uber と economics をかけ合わせた造語)のチームとして採用し、Stanford や University of Chicago をはじめとする、これまた全米トップの経済学のプログラムをもつ大学との共同研究によって

https://qz.com/work/1198825/why-male-uber-drivers-earn-more-than-women

Uber のドライバーには性差により報酬に差が存在することを発見したり、A/B テストをデザインすることにより

https://qz.com/1394320/economists-figured-out-the-best-way-for-uber-to-say-sorry

顧客体験の悪かった利用者に対してどのように謝罪するべきか、その解を見つけ出しています。

また、Amazon Japan においても、経済学で Ph.D. を持っていることを要件の一つとした技術職のポジションをオープンにしている(リンク先は2024年2月に確認した情報で、他社ではデータサイエンティストと呼称するようなポジション)ことからも私の見立てはそんなに的を外しているわけではないと思います。

そこでこれから、人間は合理的な意思決定にもとづいて行動する、ということを仮定におきその意思決定の仕組みを数学的に分析することを目的に発展してきた、ミクロ経済学の一分野であるゲーム理論を勉強してみようと思います。

私の読書

またあとでゲーム理論については簡単に触れますが、話は変わりまして、私は趣味のひとつが読書で、基本的に

  • 毎年変わるテーマ
  • 時期に関わらず一貫したテーマ

があり、それらのテーマに沿っていれば Amazon に薦められるがままショッピングカートに放り込んでそのまま決済するか、公共の図書館で借りるようにしています。

余談ですが、私は現在福岡県の糸島市に居住していて、その糸島市立図書館と隣の福岡市総合図書館、そして県立図書館の貸出カードを持っていまして、年間に借り出した本の値段の総額が、毎年自分の納める住民税を超過したときには私の勝ちだと思います。

外交と安全保障

閑話休題。

上に述べたテーマの後者について、外国の外交・安全保障の研究者、とくに我が国が唯一攻守の同盟を持つ米国の専門家が、日本の防衛政策をどのように分析しているのか、ずっと関心を持っており関連する書籍をひたすら読んできました。そこで、今回紹介するのは、Amy Catalinac の "Electoral Reform and National Security in Japan" で、彼女の博士課程の研究をまとめた本になります。

https://www.cambridge.org/core/books/electoral-reform-and-national-security-in-japan/D45EABC64C6D0F0BB58943021C898D73

これまでの研究で、保守的な思想を持つ政治家(ここでは一貫して自民党の衆議院議員を指す)は、防衛政策や安全保障政策の実現に向けて、

  • 戦後から1990年代半ばまで: 消極的で、利益誘導型の政策に終始
  • 1990年代後半以降: 一転して積極的に取り組む

ようになったと評価されています。ここでの消極的・積極的との判断は、

  • 防衛・安全保障に関する主要な立法の数
  • 国会に設置された安全保障委員会や自民党内の国防部会への出席率

によるものです。

この変化を説明するものとして、以下に抜粋するようなことが唱えられてきました。

力の均衡の変化

例えば、1991年のソビエト連邦崩壊。反共の防壁としての日本を米国が防衛する戦略的価値を喪失したことに危機感を抱き、米国に依存しない、より自律的な防衛の必要性を考え始めたのではないか?

Catalinac は時系列的なずれから、東西冷戦の終結が影響したとの見方に疑問を呈します。

過去の軍国主義への過剰な嫌悪感の低減

米国の防衛力に依存し自衛隊を軽武装に留め、国内の経済復興・発展を最優先事項とした戦後日本外交の基本原則である、いわゆる吉田ドクトリンのもと、驚異的な経済成長を達成しその経済力を背景に相応の防衛力整備を目指せたはずだが、そうした政策を履行できなかったのは、国民の多くが護憲的な意識が強かったからなのでは?

この説に対しても彼女は、1990年後半に和らいだとは結論づけることは出来ず、現に世論調査等により2000年代初頭に至っても強いままだと述べています。

Catalinac の主張: 選挙区制度の変化

こうしたなか、彼女はその聡明な洞察力によりある一つの説を持ち出します。

「選挙区制度が変更されたことに起因するのではないか」

より詳細には、

「1994年に中選挙区制から小選挙区制に移行したことが影響したのではないか」

と指摘しており、さらに、

「中選挙区制の下では、同一選挙区で議席を争う自民党公認の保守的な候補者たちは、有権者に対して、自らの政治信条である防衛・安全保障政策(policy)ではなく、利益誘導型の政策(pork)を提示せざるを得なかった」

と主張するのです。まさに天才、その一言に尽きます。ちなみに、pork とは米語の俗語で利権を意味します。

ゲーム理論からの考察

自説の有効性を主張するため Catalinac は、総選挙期間中に各自治体の選挙管理委員会から各家庭に配布される選挙公報のテキストデータを、テキストマイニングで用いられる古典的な統計モデル、機械学習の言葉としては教師なし学習の、Latent Dirichlet Allocation(LDA)なる3層の階層型ベイズモデルを駆使して分析しています。

この話もこれで面白そうなのですが、まだその分析の章まで私の読書が到達していないため、分析手法と結果に対する自分の考えをまだ述べることができません。ただ、それを差し置いて私は先ほどの

「policy ではなく、pork を提示せざるを得なかった」

という記述が気にかかりました。というのも、これは

「適当にモデル化されたゲームにおいてナッシュ均衡に陥った」

のではないかということを、ふと考えたためです。本文中に一度も明示的に言及されてはいませんが、候補者間の選挙戦略はゲーム理論として説明することが可能ではないかと。

また、

「一方の候補者が pork を有権者に提示するのであれば、他方もそれに追従せざるを得ない」

という命題が真なのであれば、協調ゲームとしての側面もあるように考えられます。

ただ、哀しいことに私はゲーム理論について全くの素人ですので、これからゲーム理論の勉強と並行しながら上述のように思いついたことを少しずつ自分の力で検証したいと思います。

今後の投稿について

次回以降の投稿では、(おそらく)複数回に分けて

  1. ゲーム理論の紹介
  2. 戦後の日本の選挙区制度について紹介
  3. 中選挙区制の下での選挙戦略をゲーム理論で説明

しようと考えています。

そして、これはあくまで技術系のブログですので、Catalinac が分析に用いたデータを入手することができれば、LDA での再現実装もしくは時系列のデータに対応できる新たなモデルで独自の分析を試みるかもしれません。

また、この本が出版されてから8年ほど経過しているので、私程度が思いつくようなことはゲーム理論や比較政治学、数理政治学の専門家によって当然検討・研究がなされているでしょう。ですので、自分への宿題として、先行研究がすでに存在しているのか調べてみてここで報告しましょうかね。

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