「コミュニケーションの交差点」に配置して浸透する、社内生成 AI プラットフォーム
「社内の生成 AI 活用がもっと劇的に進めばいいのに」
生成 AI の進化は激しく有用な存在になってきたものの、それを業務で、個ではなく集団として活用するにはハードルが高いです。しかし「興味のあるごく少数の個人がやっている」程度の活用範囲に限られてしまうと、劇的な生産性向上なんて望めません。
Ubie ではこの状況を打破して、会社・集団として生成 AI を活用して生産性を上げるための工夫を、 社内ツール Dev Genius
を中心に行なっています。これは初期は「ChatGPT の社内版」程度の存在だったのですが、それをどうやって組織全体の力に変えたのか。その鍵は、 「コミュニケーションの交差点」 を意識することでした。
ChatGPT の模倣から始まった社内ツール
社内生成 AI プラットフォーム Dev Genius
は初期には ChatGPT クローンのような存在でした。この時の様子は、以下の記事で詳しく触れられています。
この初期から Dev Genius
には「プリセット」という興味深い機能がありました。これは ChatGPT の GPTs や Gemini の Gems のように、 プロンプトを部分的に再利用可能なパーツとして管理して共有可能 にしています。この機能は生成 AI で業務効率化を為したい上で重要でした。業務に対して毎回プロンプトを手書きしなければならないとなれば、効率化が遠のきます。またこのプリセットには 「プロンプトを共有する」という体験 が備わっています。プロンプトは成功体験を得るための再現性のある手段です。他者の書いたプロンプトを再利用して同様の体験を得る、参考にして創意工夫を行う敷居が低くなります。
この「プリセット」に関してもまとまった記事があります。
こうした環境を手にした我々は、一定の利活用促進はできたのですが、この時点ではまだ「集団として活用している」とは言えない規模でした。
Slack Bot で加速する生成 AI 活用
前述の通り、Web アプリケーションとしてのみの Dev Genius
では、利用できるメンバーや活用の幅が限定的でした。便利なツールも社内で浸透するのには時間がかかります。得られるリターンも個々人の業務の枠内に自然と閉じてしまいます。
ところで、Ubie におけるコミュニケーションの中心は Slack です。重要な議論から軽いノリの雑談まで、さまざまな会話が激しい流量で行われています。その性質から社内ではいつしか、生成 AI がまるで同僚のように Slack 上に存在するという体験が自然と求められていました。
この洞察から我々は Dev Genius Slack Bot を開発しました。従来の Web アプリケーションが持っていた「プリセット」資産を活用し、再利用可能なプロンプトをベースとしたチャットボットとして機能します。これにより、Slack という情報の交差点に Bot が何かに返答した時、 その体験を数十名から数百名のメンバーが同時に同じ場所で目にする、深い体験の共有 が可能になりました。最初に試したプリセットは砕けたフレンドリーさを演出するお遊び Bot のようなものでした。まずは広範囲のメンバーが生成 AI Bot に対して「楽しそう」「面白そう」という印象を持ってもらい生成 AI に触れるハードルを下げることを狙いました。
さらにプリセットによって業務上の効果を得る事例も生まれました。例えばお問い合わせ Bot を実現することで、コミュニケーションを効率化できるケースなどです。このような事例を目にしたメンバーは、「どうやって作っているのだろう」という関心を持ち、Slack 上でのやり取りを契機として、プリセットの内容を参照・コピーして自分たちの用途にカスタマイズして使う循環が生まれました。
初期のプリセット呼び出しでは、 Slack のメッセージに [preset=<id|alias>]
みたいな呪文を含ませる仕様なのですが、使いたいプリセットの存在 (idなど) を覚えておく必要があり利便性が悪いです。この問題を解決するためリアクションハンドラー を活用し、あらかじめプリセットに関連づけられたリアクション(例::+1:
)が付いた時に、そのプリセットを使って Bot が返答するようにしました。意図せずに Bot を起動してしまう「誤爆」も時々発生しますが、それも愛嬌。そうした予期しない動作も含めて、生成 AI Bot を目にする機会が社内で大幅に増加します。
このあたりの実装面の詳細は以下の記事によくまとまっています。こちらも合わせてご覧ください。
こうして 「蓄積してきたプリセットという資産」と「コミュニケーションの交差点のSlack」を組み合わせて「自分も試してみよう」「この体験は何だろう」「面白そうだ」という感覚をメンバーに根ざして 、組織全体での利用促進を可能としました。こうした活動の結果、 月間で 85% 程度の社員 が Dev Genius を通して生成 AI を活用する結果となりました。
MCPも Slack Bot に組み込み、さらに高度な事例の創出へ
これまで紹介してきた Dev Genius
と Slack の統合により、社内での生成 AI 利用は大幅に促進されました。一方で AI が持っている情報を使って回答できるのみで対応できるユースケースに限界もありました。より複雑な、社内の各種システムと連携した業務を Dev Genius
で実現したいという要求が高まる中、私たちが注目したのが、ご存知 MCP(Model Context Protocol) です。
どのように実現しているか
MCP はご存知の通り 2025 年大きな注目を集めています。生成 AI が GitHub、Notion、Jira などの外部システムから情報を取得したり高度な操作したりを可能にします。従来の生成 AI の機能を大幅に拡張できます。
我々が本腰を入れ始めた時点では、MCP エコシステムは成熟段階にありませんでした。主にローカル利用想定の STDIO トランスポートしか利用できず、 Dev Genius に組み込もうとするとアプリケーション側で複数の MCP サーバーが動作することになり、システム構成が複雑になります。これに対して2025/04 頃、私たちは MCP サーバー群と Dev Genius 本体を分離し、HTTP プロキシを介して接続する仕組みで緩和することにしました。当時は Streamable HTTP トランスポートのサポートが十分でなかったため、JSON-RPC ベースの HTTP カスタムトランスポートを実装しました。そして、Go で作成した HTTP/MCP プロキシサーバー + MCP サーバを GKE 上の単一サービスとして稼働させました。
これら要素を並べた構成図は以下のようなイメージになります。
この構成は Remote MCP 環境が成熟し始めている 2025/06 の現時点でならもう少しショートカットできるはずです!例えば同僚の @sakajunquality の記事では Cloud Run で認証付きでサクッと Remote MCP をホストする方法が紹介されています。
現在、Dev Genius では以下システムに接続可能な MCP サーバーを稼働させています:
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Holaspirit: ホラクラシー組織構造管理
- 筆者が独自開発した holaspirit-mcp-server を使用
- Jira: プロジェクト管理
- Notion: 社内ドキュメント管理
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Slack: コミュニケーションツール
- Ubie 独自開発の slack-mcp-server を使用
この MCP の組み込みは Dev Genius Web 版はもちろん、 Slack Bot からも実行可能にしました。これまで触れてきた通り、社内のコミュニケーションの交差点たる Slack から利用できることの効果は絶大だと確信していたためです。
どのような効果があったか
これらの統合により、従来は実現できなかった高度なユースケースが生まれました。
特に社内で注目されているのが 「AI スクラムマスター」 という活用事例です。これは、Slack での議論内容、Jira でのタスク管理状況を分析し、開発チームの活動をサマライズしたり、見落としがちな課題を指摘したり、さらには新たな issue を自動作成したりといった、スクラム開発チームの活動を支援する仕組みになっています。
類似事例ですが 自チームや関連チームの情報収集を自動化 する活用事例も生まれています。「ただ情報交換がしたい」だけのコミュニケーションの時間を短縮できるようになります。各チームで情報収集の観点が異なる場合はありますが、その差異はチームごとのプリセット内のプロンプトで表現・コントロールが可能です。
MCP のような高度な機能も Slack で展開することで、これまで築いてきた基盤との相乗効果を生じさせて浸透が進みました。先の事例のような、 「同僚が見える範囲ですごいことをやっている。社内データを駆使して生成 AI で効率化を図っている」という体験と感動の共有は強烈な影響力を持つ でしょう。さらに複数のメンバーが、「実際にこういうことができたよ」と単にメッセージリンクを共有し、それが興味・共感を引くケースも多数見受けられ、さらに「これを真似してみよう」という発言も見られました。
結果としてこの MCP 統合機能は、2025/06 現在 社員全体の約 20% のメンバーが活用しています。いわゆる キャズム理論 を引き合いに出すなら、「イノベーター」、「アーリーアダプター」を飛び越えて、 アーリーマジョリティへの展開が始まっている段階 と言えるでしょうか。利用者層も多様化しており、技術に明るいエンジニアに閉じず、デザイナー、プロダクトマネージャ、データアナリスト、オペレーションメンバー、バックオフィススタッフなど、幅広い職種のメンバーがそれぞれの業務に応じた活用を行っています。
さあ、あなたの組織の「交差点」を探しに行こう
一連の Dev Genius のストーリーからは以下の洞察が得られました。生成 AI 活用を促進するにあたり、
「どこに、どんな体験を置けば、最もレバレッジが効くのか?」
生成 AI による組織ぐるみの生産性向上を本気で目指すなら、この問いから逃げられないでしょう。
私たちの答えは 「コミュニケーションの交差点」、 Slack でした。一度そこに価値ある体験を置けば、その後の機能拡充やコミュニケーションの整備が、驚くほどスムーズに進んでいく。一度こうしたリバレッジポイントを発見すれば、 Dev Genius でいう「プリセット」や「MCP」などの工夫が大きな価値に転じえます。
Dev Genius のような社内ツールを各社でゼロから作るのは大変です。そもそも ChatGPT 等のサービスが拡充されるなか内製するべきかの問いあります。しかし Dev Genius で得た教訓のエッセンスから、それぞれの組織において必要なパーツのみを抽出・実装することもできそうです。例えば
- 既にコミュニケーションが重厚に行われている場所に最低限のコストで配置する
- 面白い使い方を共有する文化を作る
- 小さな成功体験を積み重ね、それを次の投資の説得材料にする
今や Cursor や Claude Code のようなAIコーディングエージェントを使えば、簡単なアプリケーションなら驚くほど短時間で形にできます。小サイズなシステムなら「迷ってる暇があるなら、とりあえず作る」ことが罷り通ります。やれる環境はある。いかに活用浸透が進む土壌を作るか。それぞれの組織の交差点を見つけ、リバレッジしましょう。
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