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二輪車が倒れずに走ることができるのはなぜか

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はじめに

自転車やオートバイ、キックボードといった車輪が前後に直列に並んだ二輪車は、止まっていると倒れてしましますが、走り出してある程度の速度が出ると倒れずに安定して走る不思議な乗り物です。

では、なぜ倒れずに走ることができるのでしょうか。

その答えを一言で表すとすれば、「倒れないように作られているから」、ということになろうかと思いますが、これでは答えになっていないと思う方も多いでしょう。もう少し詳しく言えば、倒れる方向に自動的にステアリングが切れて適度に旋回して起き上がるように設計されているから、ということです。

この、自動的にステアリングが切れる機能は「自動操舵機能」や「セルフステア」などと呼ばれ、これを実現するための設計要素として主に3つの要素があるといわれています[1]

セルフステアを実現する3要素

セルフステアを実現するための三つの設計要素として、以下のものが挙げられます。

  1. キャスター角とトレール
  2. フォークオフセット等による操舵系の重心位置
  3. 車輪の慣性モーメントによるジャイロ効果

キャスター角とは操舵軸の垂直からの傾きのことで、二輪車を横から見ると通常フロントフォークが後方に傾いた状態でフレームに取り付けられています。これによって前輪の接地点は操舵軸より後方に位置することになり(この距離をトレールと呼びます)、地面から受ける垂直抗力がステアリングを回すようにはたらき、車体が右に傾くとステアリングも右に回るようにはたらきます。

操舵系の重心位置については通常フロントフォークを曲げたり操舵軸からオフセットさせることによって前輪を操舵軸より前に出したり、ハンドルをステム等を介して操舵軸より前に突き出すことで操舵系全体の重心位置が操舵軸の前にくるように設計されています。これによって操舵系に加わる重力がステアリングを回すようにはたらき、キャスタ角と同様、車体が右に傾くとステアリングが右に回るようにはたらきます。

車輪のジャイロ効果については、車体の傾き(ロール)によって車軸回りに回転している車輪が傾くと、ロール軸と車軸に直交する軸回りのモーメント(ジャイロモーメント)が発生し、やはり車体が右に傾くとステアリングが右に回るようにはたらきます。ホイールサイズの大きい軽快車(いわゆるママチャリ)と小径の折り畳み自転車では車輪の慣性モーメントが大幅に変わるため、乗り比べてみると安定感がかなり異なることが体験できると思います。

このように二輪車が車体が倒れようとするとその方向に自動的にステアリングが切れ、旋回することで直立状態に戻ろうとする機能が備わっています。この直立状態を保って走行する性能を安定性とよび、二輪車の安定性について定式化した解析モデルにはセルフステアの作用が運動方程式に表れます。ただ、大変複雑な式になってしまうため、順を追って紹介していきたいと思います。

二輪車の安定性解析モデル

最初の自転車は1813年にドイツのKarl von Drais男爵が発明したドライジーネであるとされていますが、それから80年以上の間に幾多の変遷を経てほぼ現在の形となった19世紀末、自転車には自立安定性があることが理論的に示されました。

当時、ケンブリッジ大学の学生であったFrancis Whippleは剛体系の運動方程式によって自転車の運動を表し、ラウスの安定判別法用いて自転車には自律安定となる速度領域があることを示しました[2]。ただ、この運動方程式は非常に複雑であり、当時はこれが正しいことを示す手段もなく、速度以外に安定となる条件を示すこともできませんでした。

その後も数々の教科書や論文等で様々な導出が行われていますが、誤記や仮定の誤りなどで間違っているものも多く、過去のモデルの妥当性を比較・検証し、完全で誤りのない運動方程式を定式化する活動がアメリカのコーネル大学やオランダのデルフト工科大学で行われました。

Whippleの論文が発表された1899年から100年以上を経て、2007年に公開されたMeijaardらによる論文ではWhippleのモデルをベースにより見通しの良い整理がされ、汎用のマルチボディダイナミクスプログラムとの比較によって検証された運動方程式が公開されました[3]

この解析モデルは自転車のベンチマークモデルとして近年様々な研究で活用されるようになっており、二輪車の安定性解析の標準モデルとしてご紹介します。

構成と座標系

このモデルは図のように4つの左右対称な剛体で構成されており、メインフレームと後輪、フロントフォークおよび前輪がそれぞれ回転ジョイントで接続されています。

後輪接地点を原点として進行方向をx軸とし、SAE座標系に準拠して上下方向下向きをz軸、右方向をy軸とした車両とともに移動する直交座標系として車両固定座標系を設定します。この車両固定座標系は地面に固定された静止座標系上でz軸回りに回転し、その回転角をヨー角(方位角)\psiとします。メインフレームは車両固定座標系上で後輪接地点を中心としてx軸回りに傾き、この傾き角をロール角\phiとします。さらにフロントフォークのメインフレームに対する角度を舵角\deltaとします。

拘束条件

車輪は常に地面に接しておりz=0、またメインフレームのピッチ角は常にゼロとみなすことができます。前輪と後輪は接地点で滑らない(地面との相対速度がゼロとなる)シンプルノンホロノミック拘束とし、前輪と後輪の回転角をそれぞれ\theta_f,\ \theta_rとすると、車輪の進行方向に滑らない条件によって車輪の回転速度\.{\theta}_f,\ \.{\theta}_rは車速\.{x}の関数となります。また横方向に滑らない条件により、ヨーレート\.{\psi}と横速度\.{y}は、車速\.{x}と舵角\deltaの関数となります。

一般化座標と自由度、運動方程式

以上のようにこのモデルの一般化座標はx,\ y,\ \psi,\ \phi,\ \delta,\ \theta_f,\ \theta_rの7次元であり、自由度はx,\ \phi,\ \deltaの3自由度のシステムとして表すことができます。さらに速度の変化はゆるやかであると仮定して\.{x}を一定速度vとすると、運動方程式は\phi\deltaの2自由度の方程式となり、行列形式で表すと次のようになります。

\bold{M\ddot q} + v\bold{C_1\dot q} + (g\bold{K_0} + v^2\bold{K_2})\bold{q} = \bold{f}

ここで、\bold{q} = \begin{bmatrix}\phi&\delta\end{bmatrix}^T,\ \bold{f} = \begin{bmatrix}T_\phi&T_\delta\end{bmatrix}^Tであり、T_\phiT_\deltaは外力トルクでロールトルクと操舵トルクを表します。また、\bold{M}, \bold{C_1}, \bold{K_0}, \bold{K_2}は設計諸元によって決まる定数行列で、この中身については非常に長い式になってしまいますので、ここでは一旦次のように置いておきます。

\begin{align*} \bold{M} &= \begin{bmatrix} M_{\phi\phi} & M_{\phi\delta} \\ M_{\phi\delta} & M_{\delta\delta} \end{bmatrix}, & \bold{C_1} &= \begin{bmatrix} 0 & C_{1\phi\delta} \\ C_{1\delta\phi} & C_{1\delta\delta} \end{bmatrix}, \\ \bold{K_0} &= \begin{bmatrix} K_{0\phi\phi} & K_{0\phi\delta} \\ K_{0\phi\delta} & K_{0\delta\delta} \end{bmatrix}, & \bold{K_2} &= \begin{bmatrix} 0 & K_{2\phi\delta} \\ 0 & K_{2\delta\delta} \end{bmatrix} \end{align*}

運動方程式に表れるセルフステア

運動方程式を連立方程式として書き下すと次のようになります。

\left\lbrace \begin{align} & M_{\phi\phi}\ddot{\phi} + M_{\phi\delta}\ddot{\delta} + vC_{1\phi\delta}\dot{\delta} + g(K_{0\phi\phi}\phi + K_{0\phi\delta}\delta) +v^2K_{2\phi\delta}\delta = T_\phi \\ & M_{\phi\delta}\ddot{\phi} + M_{\delta\delta}\ddot{\delta} + v(C_{1\delta\phi}\dot{\phi} + C_{1\delta\delta}\dot{\delta}) + g(K_{0\phi\delta}\phi + K_{0\delta\delta}\delta) + v^2K_{2\delta\delta}\delta = T_\delta \end{align} \right.

操舵系の運動方程式(2)のロール角\phiの項がセルフステアとしてはたらくトルクであり、これをT_sとすると、

T_s = -(M_{\phi\delta}\ddot{\phi} + vC_{1\delta\phi}\dot{\phi} + gK_{0\phi\delta}\phi)

となります。長くなってきたので次の記事でこの運動方程式とセルフステアトルクT_sの詳細を見ていくことにしたいと思います。

脚注
  1. みんなのモーターサイクル工学講座 運動のひみつ, 公益社団法人自動車技術会, ISBN978-4-904056-91-2 ↩︎

  2. F. J. W. Whipple, "The stability of the motion of a bicycle", Quart. J. Pure Appl. Math. 30:321-348, 1899 ↩︎

  3. J. P. Meijaard, et al., "Linearized dynamics equations for the balance and steer of a bicycle: a benchmark and review", Proc. R. Soc. A 463:1955-1982, 2007 ↩︎

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