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二輪車が倒れずに走ることができるのはなぜか

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セルフステアによる自己安定化

自転車やオートバイ、キックボードといった車輪が前後に直列に並んだ二輪車は、止まっていると倒れてしましますが、走り出してある程度の速度が出ると倒れずに安定して走る面白い乗り物です。

では、なぜ倒れずに走ることができるのでしょうか。

その答えを簡潔に一言で表すとすれば、「倒れないように作られているから」、ということになろうかと思いますが、そのためにどのような設計がされているのかをもう少し詳しく説明すると、倒れる方向に自動的にステアリングが切れて適度に旋回して起き上がるように様々な設計諸元を調整することで倒れなくなるように作られています。

この、自動的にステアリングが切れる機能は「自動操舵機能」や「セルフステア」などと呼ばれ、これを主要因として二輪車の自己安定化が可能となっており、セルフステアを実現するための設計要素には3つの要素があるといわれています[1]

このメカニズムを明らかにするために、自転車が誕生した19世紀から今日に至るまで、様々な研究者が運動方程式に基づいた説明を試みたり、実験的な解明を試みたりしてきましたが、きちんと説明できるようになったのは21世紀に入ってからだといえるでしょう。

そこで、まずセルフステアがどのように実現されているのか、それが運動方程式でどのように定式化されているのか、またどう設計すれば倒れずに走ることができるようになるのか、順を追って紹介したいと思います。

セルフステアを実現する3要素

セルフステアを実現するための三つの設計要素として、以下のものが挙げられます。

  1. キャスター角とトレール
  2. フォークオフセット等による操舵系の重心位置
  3. 車輪の慣性モーメントによるジャイロ効果

キャスター角とは操舵軸の垂直からの傾きのことで、二輪車を横から見ると通常フロントフォークが後方に傾いた状態でフレームに取り付けられています。これによって前輪の接地点は操舵軸より後方に位置することになり(この距離をトレールと呼びます)、地面から受ける垂直抗力がステアリングを回すようにはたらくため、車体が右に傾くとステアリングも右に回るようにはたらきます。

操舵系の重心位置については通常、フロントフォークを曲げたり操舵軸からオフセットさせることによって前輪を操舵軸より前に出すことや、ハンドルをステム等を介して操舵軸より前に突き出すことで操舵系全体の重心位置が操舵軸の前にくるように設計されています。これによって操舵系に加わる重力がステアリングを回すようにはたらき、キャスタ角と同様、車体が右に傾くとステアリングが右に回るようにはたらきます。

車輪のジャイロ効果については、車体の傾き(ロール)によって車軸回りに回転している車輪が傾くと、ロール軸と車軸に直交する上下方向の軸回りのモーメント(ジャイロモーメント)が発生し、やはり車体が右に傾くとステアリングが右に回るようにはたらきます。ホイールサイズの大きい軽快車(いわゆるママチャリ)と小径の折り畳み自転車では車輪の慣性モーメントが大幅に変わるため、乗り比べてみると安定感がかなり異なることが体験できると思います。

このように二輪車が車体が倒れようとするとその方向に自動的にステアリングが切れ、旋回することで直立状態に戻ろうとする機能が備わっています。この直立状態を保って走行する性能を安定性とよび、二輪車の安定性について定式化した解析モデルにはセルフステアの作用が運動方程式に表れます。

この二輪車の安定性解析モデルについて、開発の簡単な歴史とモデルの概要とともに、セルフステアが運動方程式にどのように現れるかを紹介していきたいと思います。

二輪車の安定性解析モデル

最初の自転車は1817年にドイツのKarl von Drais男爵が発明したドライジーネであるとされていますが、それから80年以上の間に幾多の変遷を経てほぼ現在の形となった19世紀末、自転車には自立安定性があることが理論的に示されました。

当時、ケンブリッジ大学の学生であったFrancis Whippleは剛体系の運動方程式によって自転車の運動を表し、ラウスの安定判別法用いて自転車には自律安定となる速度領域があることを示しました[2]。ただ、この運動方程式は非常に複雑であり、当時はこれが正しいことを示す手段もなく、速度以外に安定となる条件を示すこともできませんでした。

その後も数々の教科書や論文等で様々な導出が行われていますが、誤記や仮定の誤りなどで間違っているものも多く、過去のモデルの妥当性を比較・検証し、完全で誤りのない運動方程式を定式化する活動がアメリカのコーネル大学やオランダのデルフト工科大学で行われました[3]

Whippleの論文が発表された1899年から100年以上を経て、2007年に公開されたMeijaardらによる論文ではWhippleのモデルをベースに数式を整理して物理的な意味合いを明確化することで、より見通しの良い定式化が行われ、さらに汎用のマルチボディダイナミクスプログラムとの比較によって検証された運動方程式が公開されました[4]

この解析モデルは自転車のベンチマークモデルとして近年様々な研究で活用されており、二輪車の安定性解析の標準モデルとなっています。

構成と座標系

このモデルは図のように後輪とリアフレーム、フロントフレームおよび前輪の4つが左右対称な剛体でモデル化され、それぞれ回転ジョイントで接続されています。

後輪接地点Pを原点、進行方向をx軸、下方向をz軸、右方向をy軸とした車両とともに移動する車両固定の直交座標系を設定し、この車両固定座標系の静止座標系上での位置(x_P, y_P, z_P)と、ZXYオイラー角によって車両の位置と姿勢を表します。z軸回りの回転角をヨー角\psix軸回りの回転角をロール角\phiy軸回りの回転角をピッチ角\thetaとし、メインフレームに対するフロントフォークの角度を舵角\delta、メインフレームに対する後輪の回転角度を\theta_r、フロントフォークに対する前輪の回転角度を\theta_fとして、車両の状態はこれら9つの変数とその微分で表すことができます。

このような力学系の状態を一意に決定する変数の集合は、位置や姿勢、変位など様々な座標系を含んでおり、座標という概念を一般化したものであることから、解析力学では一般化座標と呼ばれています。

拘束条件

車輪は常に地面に接しているものとしてz_P=0, \:\theta\approx 0とします。これによって一般化座標と自由度は7つに減らすことができます。さらに前輪と後輪は接地点で滑らない(地面との相対速度がゼロとなる)ものとすると、前後方向と横方向の拘束が2か所に生じることから自由度は4つ減り、3自由度になります。

ただし、速度の次元での拘束のため位置の次元では不定でり、一般化座標は減少しません。このように一般化座標と自由度の数が一致しない拘束条件はノンホロノミック拘束と呼ばれ、ラグランジュの運動方程式などを安易に適用すると間違った方程式を導出してしまうため注意が必要です。このことは運動方程式の導出方法を紹介する際に解説したいと思います。

一般化座標と自由度、運動方程式

以上のようにこのモデルの一般化座標はx_P,\ y_P,\ \psi,\ \phi,\ \delta,\ \theta_f,\ \theta_rの7次元であり、自由度はx_P,\ \phi,\ \deltaの3自由度のシステムとして表すことができます。さらに速度の変化はゆるやかであると仮定して\.{x}_Pを一定速度vとすると、運動方程式は\phi\deltaの2自由度の方程式となり、行列形式で表すと次のようになります。

\bold{M}\ddot{\bm{q}} + v\bold{C_1}\dot{\bm{q}} + (g\bold{K_0} + v^2\bold{K_2})\bm{q} = \bm{f}

ここで、\bm{q} = \begin{bmatrix}\phi&\delta\end{bmatrix}^T,\ \bm{f} = \begin{bmatrix}T_\phi&T_\delta\end{bmatrix}^Tであり、T_\phiT_\deltaは外力トルクでロールトルクと操舵トルクを表します。また、\bold{M}, \bold{C_1}, \bold{K_0}, \bold{K_2}は設計諸元によって決まる定数行列で、この中身については非常に長い式になってしまいますので、ここでは一旦次のように置いておきます。

\begin{align*} \bold{M} &= \begin{bmatrix} M_{\phi\phi} & M_{\phi\delta} \\ M_{\phi\delta} & M_{\delta\delta} \end{bmatrix}, & \bold{C_1} &= \begin{bmatrix} 0 & C_{1\phi\delta} \\ C_{1\delta\phi} & C_{1\delta\delta} \end{bmatrix}, \\ \bold{K_0} &= \begin{bmatrix} K_{0\phi\phi} & K_{0\phi\delta} \\ K_{0\phi\delta} & K_{0\delta\delta} \end{bmatrix}, & \bold{K_2} &= \begin{bmatrix} 0 & K_{2\phi\delta} \\ 0 & K_{2\delta\delta} \end{bmatrix} \end{align*}

\bold{M},\:\bold{K_0}は対称行列

運動方程式に表れるセルフステア

運動方程式を連立方程式として書き下すと次のようになります。

\begin{cases} M_{\phi\phi}\ddot{\phi} + M_{\phi\delta}\ddot{\delta} + vC_{1\phi\delta}\dot{\delta} + g(K_{0\phi\phi}\phi + K_{0\phi\delta}\delta) +v^2K_{2\phi\delta}\delta &= T_\phi \\ M_{\phi\delta}\ddot{\phi} + M_{\delta\delta}\ddot{\delta} + v(C_{1\delta\phi}\dot{\phi} + C_{1\delta\delta}\dot{\delta}) + g(K_{0\phi\delta}\phi + K_{0\delta\delta}\delta) + v^2K_{2\delta\delta}\delta &= T_\delta \end{cases}

このうち、第2式の運動方程式は操舵系の運動方程式で、この中のロール角\phiによる項がセルフステアとしてはたらくトルクであり、これをT_sとすると、

T_s = -(M_{\phi\delta}\ddot{\phi} + vC_{1\delta\phi}\dot{\phi} + gK_{0\phi\delta}\phi)

となります。長くなってきたので次の記事でこの運動方程式とセルフステアトルクT_sの詳細を見ていくことにしたいと思います。

脚注
  1. みんなのモーターサイクル工学講座 運動のひみつ, 公益社団法人自動車技術会, ISBN978-4-904056-91-2 ↩︎

  2. F. J. W. Whipple, "The stability of the motion of a bicycle", Quart. J. Pure Appl. Math. 30:321-348, 1899 ↩︎

  3. D. G. Wilson et al., Bicycling Science fourth edition, p.363, The MIT Press, 2020, ISBN 978-0-262-53840-4 ↩︎

  4. J. P. Meijaard, et al., "Linearized dynamics equations for the balance and steer of a bicycle: a benchmark and review", Proc. R. Soc. A 463:1955-1982, 2007 ↩︎

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