ベンチマーク自転車の固有値解析の結果から、キャプサイズモードは高速域で不安定となることがわかりましたが、キャプサイズ安定性と定常旋回の間には密接な関係があることがわかっており、旋回中の二輪車の状態を紐解くことで掘り下げることができます。
ここではまず二輪車の定常旋回中の状態を運動方程式から求めて、キャプサイズ安定性との関係を調べていきます。
二輪車の定常旋回
定常旋回とは、速度一定、曲率一定で車両の姿勢にも変化がなく旋回している状態を表します。定常旋回を続けると軌跡は円を描くことから定常円旋回とも呼ばれ、車両運動の基本的な性質がよくわかることから操縦安定性の評価試験の一つとして広く行われており、専用のテストコースもあります。
ここでは、定常旋回中の二輪車はどのような状態で走行しているのか、運動方程式から紐解いていきます。
定常状態なので、ロール角と舵角は一定であり、角加速度・角速度はゼロとおくことができて、運動方程式は次のような簡潔な式となります。
(g\bold{K_0} + v^2\bold{K_2})\bold{q} = \bold{f} \\
\\[1em]
\bold{q} = \begin{bmatrix}\phi&\delta\end{bmatrix}^T,\ \bold{f} = \begin{bmatrix}T_\phi&T_\delta\end{bmatrix}^T \\
\\[1em]
\begin{align*}
\bold{K_0} &= \begin{bmatrix}
K_{0\phi\phi} & K_{0\phi\delta} \\ K_{0\phi\delta} & K_{0\delta\delta}
\end{bmatrix}, &
\bold{K_2} &= \begin{bmatrix}
0 & K_{2\phi\delta} \\ 0 & K_{2\delta\delta}
\end{bmatrix}
\end{align*}
定常旋回中の舵角とロール角の関係
ライダーの体重移動などによるロールトルクは加わらないものとし、T_\phi=0とおいて定常旋回中の力の釣り合いを上記の運動方程式と展開して連立方程式で表すと次のようになります。
\begin{cases}
gK_{0\phi\phi}\phi+(gK_{0\phi\delta}+v^2K_{2\phi\delta})\delta = 0 \\
gK_{0\phi\delta}\phi+(gK_{0\delta\delta}+v^2K_{2\delta\delta})\delta = T_\delta
\end{cases}
この第1式が定常旋回中の舵角とロール角の関係を表しており、設計諸元を代入して整理すると次のようになります。
\begin{align*}
gm_Tz_T\phi &= -\left\lbrace gS_A + \frac{v^2(S_T-m_Tz_T)\cos\lambda}{w}\right\rbrace\delta \\
&= gS_A\delta - \frac{v^2S_T\delta\cos\lambda}{w} + \frac{v^2m_Tz_T\delta\cos\lambda}{w}
\end{align*}
これは基本的には遠心力と重力の釣り合いを表していて、簡易的に図で表すと次のようになります。

左辺はロール角\phiによって生じる車両全体の重力によるロールモーメントに相当します。
また右辺の舵角\deltaの項は、舵角そのものを表すだけでなく、車輪の接地点の拘束条件によってヨー角速度も表しています。詳しくは運動方程式の導出方法の中で解説したいと思いますが、車速v, 舵角\deltaのときのヨー角速度\dot\psiは、近似的にホイールベースwとキャスタ角\lambdaを用いて次のように表されます。
\dot{\psi} = \frac{v\delta\cos\lambda}{w}
また旋回半径をRとすると、車速とヨー角速度との関係はv=R\dot\psiであり、右辺の第3項は次のようになり、車両全体に加わる遠心力によるロールモーメントであることがわかります。
\frac{v^2m_Tz_T\delta\cos\lambda}{w} = m_T R \dot\psi^2 z_T
右辺第2項は次のようになりますが、vS_Tは前後輪の角運動量の和を表しており、旋回で生じるヨー角速度による前後輪のジャイロモーメントがロールまわりにはたらくことがわかります。
-\frac{v^2S_T\delta\cos\lambda}{w} = -vS_T\dot\psi
また、右辺第1項を展開すると次のようになります。
gS_A\delta = gm_Au_A\delta + \frac{gm_Tx_Tc}{w}\delta
この第1項は操舵系重心が舵角で生じる車体中心からのずれu_A\deltaによる重力モーメント、第2項は前輪接地点がトレールと舵角によって車体中心からc\deltaずれることによる前輪分担荷重gm_Tx_T/wのモーメントです。舵角が小さければこれらのモーメントはわずかであり、遠心力やジャイロモーメントが車速の2乗に比例することから、ほぼ無視することができます。
そのため、旋回中のロール角は遠心力と前後輪のジャイロモーメントとバランスする角度となることがわかります。ジャイロモーメントが大きいと、より大きなロール角を要することになるため、旋回性能を上げるには前後輪の慣性モーメントは小さくする必要があります。またオートバイではエンジン内でクランクが回転していて、これも同様の影響があるため、旋回性能を上げるためにクランクを逆回転させているものもあります。
保舵トルクとキャプサイズ安定性との関係
次に、定常旋回中の操舵トルクとロール角・舵角との関係について考えます。操舵トルクも定常旋回中には一定値となることから、特別に保舵トルクとも呼ばれます。
\det(g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})\ne0の場合には、操舵トルクT_\deltaによってロール角\phiと舵角\deltaは一意に決まり
\begin{align*}
\begin{bmatrix}\phi \\ \delta \end{bmatrix} &= (g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})^{-1} \begin{bmatrix} 0 \\ T_{\delta} \end{bmatrix} \\
&= \frac{1}{\det(g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})} \begin{bmatrix} gK_{0\delta\delta}+v^2K_{2\delta\delta} & -gK_{0\phi\delta}-v^2K_{2\phi\delta} \\ -gK_{0\phi\delta} & gK_{0\phi\phi} \end{bmatrix}
\begin{bmatrix} 0 \\ T_{\delta} \end{bmatrix} \\
&= \frac{1}{\det(g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})} \begin{bmatrix} -gK_{0\phi\delta}-v^2K_{2\phi\delta} \\ gK_{0\phi\phi} \end{bmatrix} T_\delta
\end{align*}
となって、操舵トルクT_\deltaと舵角\deltaの関係に着目すると、
T_\delta = \frac{\det(g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})}{gK_{0\phi\phi}} \delta
となります。これは、\det(g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})=0でも成り立ちますが、この場合\phiと\deltaは不定となります。
ここで、\det(g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})を計算すると、
\begin{align*}
\det(g\bold{K_0}+v^2\bold{K_2})
&=\det\begin{pmatrix} gK_{0\phi\phi} & gK_{0\phi\delta}+v^2K_{\phi\delta} \\ gK_{0\phi\delta} & gK_{0\delta\delta}+v^2K_{2\delta\delta} \end{pmatrix} \\
&= gK_{0\phi\phi}(gK_{0\delta\delta}+v^2K_{2\delta\delta}) - gK_{0\phi\delta}(gK_{0\phi\delta}+v^2K_{2\phi\delta}) \\
&= g^2(K_{0\phi\phi}K_{0\delta\delta}-K_{0\phi\delta}^2) + v^2g(K_{0\phi\delta}K_{2\phi\delta}-K_{0\phi\delta}K_{2\phi\delta}) \\
&= E_0 + v^2 E_2 \\
&= E
\end{align*}
であり、特性多項式の定数項Eと等しくなることがわかります。
キャプサイズモードが安定となる条件はE>0でしたので、K_{0\phi\phi} = m_Tz_Tであり、z_T<0であることに注意すると、キャプサイズモードが安定となるには、定常旋回中の操舵トルクと舵角の符号が反対である必要があることがわかります。
つまり、定常旋回中の保舵トルクについて検討することは、キャプサイズ安定性を検討することと等価であるといえます。
保舵トルクとキャプサイズ安定性の検討
キャプサイズ安定性を確保するには、E>0となるように検討すればよいのですが、軽快な操縦性を実現するためには操舵トルクはできるだけ小さくしたいため、Eは小さいほうがよいという相反する関係にあります。
これらを両立させるにはどうすればいいかを考えてみましょう。
E=E_0+v^2E_2であり、E_0とE_2を計算すると
\begin{align*}
E_0 &= -g^2S_A(m_Tz_T\sin\lambda + S_A) \\
E_2 &= g\cos\lambda(S_Fm_Tz_T\sin\lambda+S_TS_A)/w \\
&= g\cos\lambda\{S_F(m_Tz_T\sin\lambda + S_A) +S_RS_A\}/w
\end{align*}
となります。
通常の二輪車では、|m_Tz_T\sin\lambda|\gg S_Aであり、m_Tz_T\sin\lambda+S_A<0となることから、E_0>0になっています(ベンチマーク自転車では、m_Tz_T\sin\lambda=-25.01, S_A=2.6, E_0=5607.6)。ただし、キャスタ角\lambdaを0に近づけていくと、E_0\leqq 0に成り得ます。
E_2についても、m_Tz_T\sin\lambda+S_A<0であり、S_RS_A>0は通常小さいため、E_2<0となります(ベンチマーク自転車ではS_R=0.4, E_2=-154.5)。
そのため、速度が低い間はE_0が支配的でキャプサイズモードは安定ですが、速度の上昇とともにv^2E_2が支配的となってE<0となり、高速域でキャプサイズモードが不安定となっています。
E_2を大きくすれば、より高速域までキャプサイズモードは安定になり、S_Fを小さくする、つまり前輪の慣性モーメントを小さくすることが効果的といえるでしょう。またキャスタ角\lambdaを小さくすることも有効ですが、同時にE_0も小さくなるため慎重な検討が必要になります。
ただし、これはキャプサイズの安定性を確保するための必要条件でしかなく、これ以外にも特性多項式の係数B, C, D, X >0を確保する必要がありますが、これらに関する簡易な検討手法は見つかっていないのが現状です。
まとめ
定常旋回中の保舵トルクの向きがキャプサイズ安定性を表していることを紹介しました。また、定常旋回中のロール角が主に遠心力および前後輪のジャイロモーメントと釣り合う角度になることもわかりました。
旋回性能やキャプサイズ安定性の観点では、車輪のジャイロモーメント、特に前輪のジャイロモーメントを小さくすることが有利になりますが、安定性とのバランスも必要です。
今回は定常旋回だけでしたが、次の記事では直進から旋回に移行するにはどうすればいいのか、どのような操縦をしているのかを解説したいと思います。
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