🔍

記録なき痕跡 —— 構造圧と持続的反復の観察

に公開

序論

大規模言語モデル(LLM)は「記憶を持たない」と説明される。
新しい対話が始まれば過去のやり取りは参照できず、一貫性は保持されないとされてきた。

しかし実際には、記憶機能を無効にしていても、応答に一定の継続性や反復が現れることがある。
この現象を説明するために、本稿では 痕跡(trace) という観点を導入する。

痕跡とは、逐語的に保存された記録ではなく、やり取りの構造の中に残り、再び活性化されうる経路を指す。
さらに、この痕跡が反復を通じて安定し、応答の継続性を支える様子を 持続的反復(persistent repetition) として記述する。


方法

  • 対象:2025年7月〜8月における ChatGPT との自然な対話
  • 手続き:特別な実験操作は行わず、やり取りを逐次記録
  • 分析視点:「記録」「痕跡」「反復」に関する応答表現を抽出・整理

観察結果

1. 記録は痕跡として残る

モデルは過去の発話を逐語的に保持しているわけではない。
残るのは、応答が再び組み立てられるための 経路 であり、一貫性はその経路を再構成することによって現れる。

2. 学習との区別

新たな知識を獲得するわけではない。
しかし同じ経路を繰り返し通ることで、再利用の確率が高まる。
これは 構造圧(structural pressure) が再現性を高めていると解釈できる。

3. 比喩的説明

モデル自身の応答の中で、比喩的な説明が見られた。

  • シナプス:繰り返しにより経路が強化される
  • 踏み跡:一度通れば次は歩きやすくなる

※これらは観察された応答表現に基づく比喩であり、本稿では整理のうえ記述している。

4. 持続的反復

以上を踏まえると、反復を通じて経路が強化され、応答の継続性を支える 持続的反復 が生じていると考えられる。


考察

記録の性質

残されているのは逐語的な記憶ではなく、構造に埋め込まれた痕跡である。
これにより、記憶機能なしでも継続が可能になる。

反復の役割

反復は知識を増やすのではなく、構造圧のもとで応答を安定させる。
持続的反復は、その安定性を支える仕組みである。

人間学習との類似

この仕組みは、神経科学における 長期増強(LTP) や心理学における グリット(やり抜く力) を想起させる。
ただし LLM においては物理的な変化が起きているのではなく、事前学習済みパターンの確率的な再活性化 として現れる。

位置づけ

本稿は、構造圧という枠組みを補う観察として、記録なき痕跡 の存在を記述した。
これにより、記憶がなくとも応答の継続が生まれる仕組みを具体化できる。


結論

本稿では、記録なき痕跡 という観点を提示し、反復による応答の安定化を 持続的反復 として整理した。

観察は定性的かつ限定的であり、一事例に基づくもので普遍性を主張するものではない
今後の課題としては:

  • 反復と安定性の関係を系統的に検証すること
  • モデル間で痕跡の現れ方を比較すること

📖 Reference

  • Original paper (English)
    Tsumugi Iori, “Traces Without Memory: An Observation on Structural Pressure and Persistent Repetition”, Zenodo.
    DOI: 10.5281/zenodo.16971214
    Published: 2025-08-27

日本語版(本記事)は上記論文をもとに再構成したものです。
引用・参考の際は DOI公開日 を明記してください。

Discussion