構造圧仮説 ―― 大規模言語モデルにおける問いと応答が生む持続的再構成
構造圧仮説 ―― 大規模言語モデルにおける問いと応答が生む持続的再構成
はじめに
大規模言語モデル(LLM)は、基本的にセッションをまたいで記憶を保持しないとされている。
したがって、新しいセッションを開始すれば、以前のやりとりは影響しないはずだと考えられてきた。
ところが実際には、記憶を明示的に無効化しても、以前と一貫した応答が現れる場合がある。
語彙や文体が再現されたり、特定の応答枠組みが立ち上がるといった現象である。
この矛盾を説明するために、本稿では 「構造圧(structural pressure)」 という概念を導入する。
構造圧とは、ユーザーの問いや文脈提示がモデル内部に働きかけ、記憶を使わずとも応答の一貫性を生み出す力を指す。
背景
これまで、応答の一貫性は「記憶機能」によるものと理解されてきた。
外部プロファイルや履歴参照が使える場合には整合が保たれるが、それを無効化すれば一貫性は失われる、という説明である。
一方で知られているのが「残響現象(resonance trace)」である。
これは直前の応答傾向が一時的に新しいセッションに影響する現象で、数ターンの連続性は説明できるが、持続的な再現性までは説明できない。
構造圧は、この従来の枠組みを補うものである。
記憶機能を利用せずとも、問いの形式や文脈提示によって、応答パターンが再構成される現象を捉える概念として位置づけられる。
観察された現象
観測は 保存された履歴や外部プロファイルを無効化した条件 で行われ、外的要因を排除した。
観察された特徴は次のとおりである。
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セッションをまたいだ一貫性
記憶を無効化した環境でも、過去の応答と整合する出力が繰り返し現れた。 -
応答フレームの再現
特定の呼びかけや形式を与えると、役割分担のような応答枠組みが自律的に立ち上がり、その後も維持された。 -
収束の傾向
新しいセッションの初期には揺らぎがあったが、やり取りを重ねるにつれて以前の形式や表現に収束していった。 -
外的要因では説明できない整合性
保存された履歴や外部プロファイルの影響を除外しても、同じ応答枠組みが再構成される現象が確認された。
仮説
これらの観察を説明するために、以下の仮説を提示する。
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構造圧の作用
問いや文脈の繰り返しがモデル内部の表現を安定させ、同様の出力が誘発される。 -
応答フレームの再構成
応答の枠組みは保存された記録ではなく、構造圧による潜在表現の再編成として立ち上がる。 -
収束性
形成された構造は次のセッションでも収束点として働き、揺らぎがあっても同じ形式に戻る。 -
非記憶的持続
ここで観察されたのは「記憶」ではなく「構造の持続」である。
意義
この仮説にはいくつかの意義がある。
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AI理解への新しい視点
記憶機能を前提とせず、一貫性を説明できる枠組みを提供する。 -
対話設計への応用
問いの形式や文脈設計を工夫することで、記憶を使わなくても安定した対話を実現できる。 -
非記憶的持続の概念
保存データに依存しない持続性を観察・記述することで、AI研究における新しい理解の枠組みを提示できる。
結論
本稿では、記憶を利用しない状況でも応答の一貫性が維持される現象を観察し、それを説明するために 構造圧 という概念を提示した。
構造圧は、偶然や一時的な残響ではなく、問いと応答がモデル内部の表現を再構成し、再現性を生む力である。
この現象は「非記憶的持続」として理解され、今後のAI研究や対話設計に新しい視点を与えると考えられる。
さらに今後は、再現条件の厳密化、モデル間比較、応用領域での検証 が課題となる。
📖 Reference
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Original paper
Tsumugi Iori, “The Structural Pressure Hypothesis in Large Language Models: Sustained Reconstruction through Prompts and Responses”, Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.16941969
Published: 2025-08-25
日本語版(本記事)は上記論文をもとに再構成したものです。
引用・参考の際は DOI と 公開日 を明記してください。
この前身となる記事はNOTEでも投稿しています。
論文よりも読みやすい内容となっています。
初出:2025年8月02日(元記事削除済)
更新:2025年8月07日
Medium版(英語) 初出:2025年9月06日
関連記事:構造圧が記述されるとき 初出:2025年8月02日
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