まとめ
- 特殊相対論(SR)の数学的モデルの説明は以下の通り:
- 多様体\mathbb{R}^4を考え、これを時空と呼ぶ。物体の運動は時空内の曲線で与えられる。
- 時空多様体の任意の座標近傍\phiは、生の世界の1つの観測者に該当する。特に恒等写像は、生の世界に正規直交座標系を描いた観測者に該当する。この観測者を主観座標系と呼ぶ。
- 時空の任意の点\mathcal{P}は、観測者\phiが自身で設定した座標系を用いて生の世界で観測した座標値\phi(\mathcal{P})を持つ点に対応する。
- 主観座標系\mathrm{id}に対して、生の世界で座標変換\psiを持つ観測者は、時空の座標近傍\psiに対応する。
- アフィン空間を用いた数学的モデルの方が綺麗だが、分かりやすさと実用性を重視した。
特殊相対性理論(SR)の数学的定式化について
数学的定式化と大上段に振りかぶったが、ここでは物理の問題を見通しよく整理するために数学を使うことが目的なので、特に厳密な構成をするわけではないことに注意して欲しい。
数学的モデルと「生の世界」を区別する
まず、数学的なモデルと現実の物理世界を区別するべきである。物理学はもちろん最終的には我々の身の回りにある現実の物理世界(以下、生の世界と言う。)の仕組みを理解することを目標とする。しかし、生の世界における物体の運動一つとっても、様々なパラメーター(例えば色、匂い、明るさ、重さ、質感、太陽の位置、地球の大きさ、風の強さ、湿度、季節、などなど)が存在し、それらを全てそのまま取り扱うことは出来ない。したがって、それらを取捨選択し、物体の運動に本質的に影響すると思われるパラメーターだけを残し、他を無視する。そうやって、生の世界に対する理想化されたモデルが得られる。言い換えると、生の世界をモデルへ翻訳する。ちなみに、そのモデルは大抵数学的な概念によって定式化することが出来る。
そうして得られた数学的モデルを様々に操作することによって、何らかの数学的解を得る。すると今度はその解を生の世界の出来事として解釈することによって、生の世界についての知識が得られるというわけだ。数学的モデルを理解し、かつそのモデルを生の世界へ解釈する方法も理解しておくべきだ。そうでなければ、そのモデルには何の物理学的には何の価値もない。
付け加えておくと、数学的モデルをどうやって生の世界の出来事として解釈するか、その方法は数学の範疇ではない。それは我々が生の世界から得た経験を元に作り出す「幻想」であって、正しいとか間違っているとかを数学的に検証することは出来ないものだ。
SRの数学的モデル導入
SRの数学的定式化においては、生の世界を多様体\mathbb{R}^4でモデル化し、時空(多様体)と呼ぶ。そして、物体の運動は時空\mathbb{R}^4内の曲線(つまり世界線)としてモデル化される。では、この数学的モデルで得られた情報をどうやって生の世界へ解釈するか見てみよう。
数学的モデルの解釈方法
解釈にあたって、まず時空多様体における任意の座標近傍は生の世界の1つの観測者に対応するとする。より詳しく言えば、1つの座標近傍
\phi:\mathbb{R}^4 \supset U \to U' \subset \mathbb{R}^4
について、\phi (\mathcal{P}) = (\phi_0 (\mathcal{P}), \phi_1 (\mathcal{P}), \phi_2 (\mathcal{P}), \phi_3 (\mathcal{P})) \in \mathbb{R}^4とおくと、時空の点\mathcal{P}と生の世界において座標(\phi_0 (\mathcal{P}), \phi_1 (\mathcal{P}), \phi_2 (\mathcal{P}), \phi_3 (\mathcal{P}))を持つ点とが対応していると解釈する。ただし、この座標は座標近傍\phiに該当する観測者が自身が生の世界に設定した座標系によって得る座標である。特に、恒等写像
\mathrm{id}:\mathbb{R}^4 \to \mathbb{R}^4
については、生の世界に「正規直交座標系」を描く観測者(以下、主観座標系と呼ぶ。)に該当すると解釈する。主観座標系について、上記の解釈によるプロセスを詳しく見てみよう。まず、生の世界に直交座標系が描かれている様子を想像する。すると現実の物理的空間の各点に(よく見知った方法で)座標値(x_1,x_2,x_3)を割り振ることが出来る。また、適当な単位を用いて時間の流れにも座標値x_0を割り振ることが出来る。すると、生の世界において「ある時刻における空間の一点」というものが峻別出来る。それは座標値(ラベルと言ってもいい)として(x_0,x_1,x_2,x_3)を持つ。そして、上記数学モデルにおいて\mathrm{id}(\mathbb{R}^4) = \mathbb{R}^4の各点とそのまま対応していると解釈する。
例えば、ある物体の世界線が時空内の点\mathcal{P}=(0,-0.5,1,3) \in \mathbb{R}^4を含むことが分かったとする。この時、\mathcal{P}はそのままでは生の世界のどの点に該当するのか(形式上は)不明である。そこで、恒等写像に該当する主観座標系を用意する。この観測者にとっては時空の点\mathcal{P}が生の世界のどの点であるか、(生の世界に描いた直交座標系によって)完全に分かる。具体的に言えば、生の世界で座標\phi(\mathcal{P})=(0,-0.5,1,3)を持つ点である。したがって、数学的モデルにおいて得られた物体の世界線についての情報を、生の世界の出来事として解釈出来たことになる。
主観座標系以外の観測者
生の世界には主観座標系以外にも、様々な特性を持つ観測者がいる。例えば主観座標系に対して等速直線運動するとか、加速度運動するとか、静止しているが斜交座標系、あるいは曲線座標系を採用しているとかである。これらの観測者は時空の1つの座標近傍に該当するのだが、その対応の仕方を次のように定める。すなわち、生の世界において得られる座標変換と座標近傍間の座標変換とが同一になるように、観測者と座標近傍は対応すると定める。
アフィン空間によるモデル化
以上でSRの数学的モデル化は終了したのだが、1つ補足をしておく。今、時空は\mathbb{R}^4としたので、恒等写像という特別な座標近傍を1つ選ぶことが出来た。しかし、本来時空には特別な座標系は存在しないのであり、この思想を数学的モデルにも反映させると、時空をアフィン空間によってモデル化するのが適切である。この方法はそれ自体論理的に整備されていて美しいのだが、アフィン空間に対して1つ主観座標系を選んだ前提で\mathbb{R}^4から話を始める方が実用的で分かりやすいと思うので、こちらを選んだ。
SRの数学的モデル化が完了したので、次は一定加速度で運動するロケットの世界線を求める。
メモ①:\mathbb{R}^4を多様体とするには、まずそれが位相空間でなければならない。では、位相は何か。これは\mathbb{R}^4の通常の位相で考える。つまりユークリッド距離によって得られる距離位相である。では、このことの生の世界への解釈方法は何か? それは、\mathbb{R}^4における二点\mathcal{P}=(x_0,x_1,x_2,x_3), \mathcal{Q}=(y_0,y_1,y_2,y_3)の時間座標、および空間座標から得られるユークリッド距離|x_0 - y_0|,\, \sqrt{(x_1 - y_1)^2 + (x_2 - y_2)^2 + (x_3 - y_3)^2 }は、それぞれ生の世界で該当する2点の時間間隔、および空間距離と考えるということだ。
興味深いのは、生の世界における時間間隔、そして空間距離が「本当に」ユークリッド距離で与えられるかどうかは不明という点である。我々はそれがかなりの精度で正しいと知ってはいるが、実際そうであるかは知らない。そして実は、大域的には間違っているらしい。(ということは、非常に精度良く距離を測定すれば、実際はユークリッド距離は間違っていることが分かるはずだ。)既に述べたことだが、数学的モデルをどう解釈するかという問題は、それが正しいとか間違っているというのは数学からは分からない。解釈から得られる生の世界の結果を実際と比較して決定するしか無い。そして少なくとも局所的には、ユークリッド距離が非常に精度良く成立しているから、この解釈はそれほど間違っているわけではないとしか言いようがない。
メモ②:位相を導入するためにユークリッド距離を使っておきながら、後にミンコフスキー距離も導入するので距離についてダブルスタンダードな気がするが問題ないだろうか。数学的には何も問題ない。実際、ミンコフスキー距離は多様体\mathbb{R}^4上に定義される付加構造であって、それはユークリッド距離と何も競合しない。それは例えば、ユークリッド空間\mathbb{R}^4上に、マンハッタン距離を新しく定義するようなものである。両者の距離の定義は異なるが、別にマンハッタン距離を定義すること自体に何も問題はない。問題はミンコフスキー距離を生の世界へどう解釈するかである。これについては後に考えるつもりである。
メモ③:上で\mathbb{R}^4の生の世界への解釈方法を示したが、これがあまりに自然なので当然と思ってしまうかもしれないが、そうではない。点(x_0,x_1,x_2,x_3) \in \mathbb{R}^4を生の世界のどの点と解釈するのかには、大きな自由度がある。生の世界に直交座標系を想像して割り当てる方法が最もスタンダードであることは間違いないが、それは単に人間が理解しやすいからであって、その制限を取り払えば、どんな方法でも構わないことに気がつく。実際、生の世界の全くランダムな点に座標値を割り振ることが出来る。そのような解釈方法を採用すると、例えば\mathbb{R}^4内の2つの点(0,0,0,0)と(0,0,0,1)が生の世界で近くにあるのか、それとも銀河の端から端ほど離れているかも分からない。この解釈においては、2点間のユークリッド距離(今挙げた例の場合は1)を生の世界での距離と解釈することは出来ない。このような解釈は理論的には存在しうるが、実に分かりにくいので採用されることはないだろう。
メモ④:例えばニュートン力学では、生の世界を空間の\mathbb{R}^3と時間の\mathbb{R}とに分けてモデル化する。さて、我々の空間はよく3次元だと言われる。実際、生の空間を\mathbb{R}^3でモデル化するのは便利である。しかし、\mathbb{R}^3と\mathbb{R}の濃度が等しいことを考えれば、座標として3つの組を用いる必要はない。単に1つの実数で事足りるのだ。つまり、実は数学的には生の世界を\mathbb{R}でモデル化することも出来る。ただしこの場合、このモデルで起きることを生の世界へ解釈するのは容易ではない。ある1つの実数、例えば\sqrt{2}が与えられた時、これが生の世界のどの点に該当するのかは明らかではない。実際、\mathbb{R}^3と\mathbb{R}の濃度が等しいというのは、具体的に一対一写像が構成されているわけではなく、その存在が証明されているに過ぎないからだ。ただ、理論的にはこういうことも出来る。
メモ⑤:\mathbb{R}^4を単に多様体と述べたが、実際にはもちろん微分構造も欲しい。微分構造としては恒等写像
\mathrm{id}:\mathbb{R}^4 \to \mathbb{R}^4
を座標近傍として選択し、これから定まる極大座標近傍系を取る。要するに、普通の意味で\mathbb{R}^4上の微分可能性を定めるということだ。
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