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なぜ私たちはふりかえりをするのか

2024/07/31に公開

過去をふりかえり、評価する。そして、考える。あらゆることについて考えを巡らせることで、これから1年の道筋をより良いものとするのだ。誰も点数をつけないのがいい。私にだって点数はつけられない。[1]

私たちの日々はありとあらゆる数字を使いながら成果を出しています。今日はMサイズの issue を半日遅れで終わらせました。このように業務を量的な成果に置き換えながら仕事をしています。

一週間が終わり、私たちは週に一度のふりかえりを行います。しかし、何も思い出せません。#42 の issue を木曜日に終わらせたことは覚えています。PROBLEM: issue が遅れている。TRY: 見積の精度を上げる。KEEPはとくに見つからないまま、次の週に移ります。そういえば先週のTRYは「遅れを見直す」でした。

私たちはそのときどきで何かを感じています。19時を過ぎてもバグが直らない焦燥感、うまく末尾再帰最適化を使って簡略化できたときの喜びは 6秒ルールによって忘れ去られていきます。

数字に追われる日々の感情の機微をとどめておくことは容易ではありません。ときにはメモを取り、木曜日のお昼に何を食べたか思い出しながら、ふりかえりをすることもあります。しかし、そうした習慣化によって、楽しさを取り戻し些細な違和感を次に活かすことができるのです。

違和感の答えは自分ではわからないかもしれません。だからみんなで考えるために、ふりかえりをするのです。その場で感じたことをいつでもみんなで共有することはできません。だから立ち止まり、ふりかえりをするのです。私たちは喜びを分かち合い最大化し、苦しみを共有して最小化するためにふりかえりをするのです。

私たちの日常は感情にあふれています。ゲームはデイリーの消化がなんかめんどくさくてやめました。気分が乗ったので、あそこのラーメン屋に今週もいこうかな。私たちは感情の機微に従って様々なものを選択しています。私たちが選択するようにプロダクトは量的な成果だけでは決まりません。プロダクトの圧倒的な優位性は、ときに感情的な側面によって与えられます。ふりかえりを通じて、私たちは業務の中で感情を取り戻し、ひいてはユーザーにも喜びを与え、苦痛をなくすことができると信じています。

脚注
  1. アジャイルレトロスペクティブズ 強いチームを育てる「ふりかえり」の手引き, オーム社 ↩︎

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