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【In silico】毒性予測の結果を文献のデータと比較する (1)

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I. はじめに

先日、アメリカ食品医薬品局(FDA)が新薬の臨床試験や安全性確認のための動物実験を廃止する方針を発表しました。それに伴い、基礎レベルでの安全性の評価やAIなどのツールを用いたシミュレーションがより重要になってくるでしょう。そこで今回、VenomPred 2.0とSwissADMEという2つのin silicoツールを使用して、化合物の安全性について文献の実験データと比較を行ってみました。

II. 方法

II. 1. 比較に用いた文献

今回、in silicoスクリーニングとの比較として以下の論文を選びました。ソホロリピッドと他の界面活性剤・溶剤の細胞毒性を評価し、ソホロリピッドの低毒性を示した内容です。創薬とは少し違いますが、既知の化合物群を広く扱っているので実証に適していると思いました。

Kumano, W.; Araki, M.; Shimada, A.; Kato, Y.; Oda, Y.; Hirata, Y. Acid-Form Sophorolipids Exhibit Minimal Cytotoxicity, Similar to Solvents and Oils Used in Personal Care Products, despite Being Surfactants. J. Oleo Sci. 2024, 73 (9), 1169–1175. https://doi.org/10.5650/jos.ess23259


文献の図を改変(Kumano et al.)

界面活性剤・溶剤のHeLa細胞に対する毒性を評価したところ、ソホロリピッド(図中オレンジの点)は大幅に低い細胞毒性を示し、安全な生理活性物質であることが示唆されたそうです。なお論文中では箱ひげ図の縦軸はLogIC50でしたが、今回は他のデータと上下を揃えるためにpIC50(-Log[IC50])に換算した箱ひげ図を作成しました。値が小さいほど、細胞毒性が低いことを表しています。それにしてもソホロリピッドの細胞毒性が、他の界面活性剤と比較してここまで低いのには驚きですね。

II. 2. In silicoスクリーニング

II. 2. 1. SMILESの取得

VenomPred 2.0、SwissADMEでは化合物情報の入力にSMILESを使用します。SMILESについてわかりやすく説明している記事があるので、詳しくはそちらを参照してください。
https://future-chem.com/smiles-smarts/
各化合物のSMILESはPubChemなどのデータベースで取得し、掲載のないものは自身で構造を作成して取得しました。ヤシ油脂肪酸部位を持つ化合物などは、ヤシ油脂肪酸に含まれる脂肪酸部位を有する全ての化学構造を作成しました。CSV形式のSMILESリストを作成し、RDKitを用いてSMILESの正規化(Canonical SMILESへの変換)を行いました。リストの作成が地味に一番大変だった...

II. 2. 2. VenomPred 2.0

VenomPred 2.0は機械学習により化合物の毒性プロファイリングを調べることのできる無料ツールで、従来のツールよりも高い予測精度を示すと報告されています。ブラウザベースで動かせるツールのため、特に環境構築などを行う必要はありません。変異原性(mutagenicity)、発がん性(carcinogenicity)、肝毒性(hepatotoxicity)、エストロゲン性(estrogenicity)、アンドロゲン性(androgenicity)、急性経口毒性(acute oral toxicity)、皮膚刺激性(skin irritation)、眼刺激性(eye irritation)の8つの毒性エンドポイントを評価可能なほか、化合物の構造で毒性に寄与する部位(toxicophore)を確認することもできます。


VenomPred 2.0の操作画面
VenomPred 2.0のサイトにアクセスしたのち、化合物のSMILESリストを貼り付けました。このとき、SMILESを半角カンマ(, )で区切ることで複数の化合物をまとめて解析することができます(エンドポイント予測は最大100化合物)。今回は8つ全てのエンドポイントにチェックを入れて、計算を開始しました([Predict Toxicity]をクリック)。計算結果は、1時間以内にCSV・PDFファイルが添付されたメールで送られてきます。今回は行っていませんが、Toxicophoreの予測は一度に1化合物・1エンドポイントまでだそうです。
なお、VenomPred 2.0を使用して論文投稿をする際は、以下の文献2報を引用する必要があります。

Galati, S.; Di Stefano, M.; Martinelli, E.; Macchia, M.; Martinelli, A.; Poli, G.; Tuccinardi, T. VenomPred: A Machine Learning Based Platform for Molecular Toxicity Predictions. Int. J. Mol. Sci. 2022, 23 (4), 2105. https://doi.org/10.3390/ijms23042105

Di Stefano, M.; Galati, S.; Piazza, L.; Granchi, C.; Mancini, S.; Fratini, F.; Macchia, M.; Poli, G.; Tuccinardi, T. VenomPred 2.0: A Novel in Silico Platform for an Extended and Human Interpretable Toxicological Profiling of Small Molecules. J. Chem. Inf. Model. 2024, 64 (7), 2275–2289. https://doi.org/10.1021/acs.jcim.3c00692

II. 2. 3. SwissADME


SwissADMEの操作画面
VenomPred 2.0を用いた毒性予測に加え、SwissADMEを用いたADME予測も行いました。ブラウザベースで動かせる無料ツールです。こちらも化合物のSMILESリストを貼り付けますが、半角カンマではなく、改行によって複数の化合物を入力します。SMILESリストを入力して計算を開始しました([Run!]をクリック)。計算結果は同一のタブ内に表示され、CSV形式でダウンロード可能です。ダウンロードしたCSVファイルを開いたところ、“Canonical SMILES”と書かれた列があったので、計算の初期で自動的に正規化してくれるのかもしれません。となると、SwissADMEを先に行えばRDKitでの操作は必要ないかもしれませんね。
SwissADMEもVenomPred 2.0と同様、以下の文献3報を引用する必要があります。

Daina, A.; Michielin, O.; Zoete, V. iLOGP: A Simple, Robust, and Efficient Description of n-Octanol/Water Partition Coefficient for Drug Design Using the GB/SA Approach. J. Chem. Inf. Model. 2014, 54 (12), 3284–3301. https://doi.org/10.1021/ci500467k

Daina, A.; Zoete, V. A BOILED-Egg to Predict Gastrointestinal Absorption and Brain Penetration of Small Molecules. ChemMedChem 2016, 11 (11), 1117–1121. https://doi.org/10.1002/cmdc.201600182

Daina, A.; Michielin, O.; Zoete, V. SwissADME: A Free Web Tool to Evaluate Pharmacokinetics, Drug-Likeness and Medicinal Chemistry Friendliness of Small Molecules. Sci. Rep. 2017, 7 (1), 42717. https://doi.org/10.1038/srep42717

III. 結果と考察


Rを使用して、in silicoスクリーニングの結果を箱ひげ図で示しました。VenomPred 2.0の出力結果は青い箱ひげ図、SwissADMEの出力結果は紫の箱ひげ図です。図中に示したオレンジ色の点はソホロリピッドを示しています。ヤシ油脂肪酸部位などを有する化合物は、ヤシ油脂肪酸に含まれる脂肪酸の組成に基づいて各化合物の結果の平均値を算出しました。といっても炭素鎖が少し変わるくらいで結果に大きな影響はないですけどね。文献で報告された細胞毒性のようなソホロリピッドだけが大幅に低い結果はありませんが、VenomPredの予測ではソホロリピッドは他の界面活性剤と同等もしくはそれ以下の値となりました。特に、急性経口毒性、皮膚刺激性、眼刺激性はだいぶ良好な結果であると思います。
また、SwissADMEについては、今回扱った化合物群が創薬サンプルではないので皮膚透過性のみデータを掲載しています。全ての化合物がほとんど皮膚を透過しないという予測結果なので意味のある議論ができるかはわかりませんが、中でもソホロリピッドは低い値となっています。このあたりは皮膚刺激性とも関連があるのか、まだまだ勉強が必要です。
今回使用した化合物の半分以上は界面活性剤であるため、毒性の発現は各種ヒトタンパク質への結合によるものではなく、界面活性剤としての物理的な作用によるものが大きいと考えられます。一方で、今回使用した2ツールは界面活性剤のミセルなど自己集合体の形成を考慮に入れているか現段階ではわからない(おそらく考慮していない)ので、解析結果に加えて臨界ミセル濃度(CMC)のデータも必要になるかもしれません。とはいえ、化合物のSMILESのみで毒性を予測できる、非常に有用なツールだと思います。

IV. まとめ

今回、in silicoツールであるVenomPred 2.0とSwissADMEの結果を、文献の実験値と比較してみました。今回選んだ文献とはそれぞれ見ている項目が異なるので一概に結論づけることはできませんが、対象となるソホロリピッドが他の合成界面活性剤よりも低い細胞毒性を示すことが示唆されました。様々な生理活性物質のスクリーニングをする際の事前検討に、VenomPred 2.0やSwissADMEを取り入れてみてはいかがでしょうか。

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