レトロスペクティブの手法変更:KPTからスピードボートへ
こんにちは、ThinkingsでProduct Engineerをしている星です。
弊社では、スクラムによるプロダクト開発を行っています。開発作業は複数のユニットで分担し、進められています。スクラムの運用には一定のガイドラインはありますが、各ユニット内で試行錯誤しながら自分たちに最適な運用方法を作っています。
私の配属しているユニットではこれまでKPTを使ってレトロスペクティブを実施してきましたが、KPTで振り返りを実施する際の課題がでてきました。ユニットメンバーで話した結果、KPTに代わる手法としてスピードボートを取り入れ、実践してきました。
今回はその課題感と、スピードボートを使ってみてわかったことをお伝えします。
KPTを使ったこれまでの振り返り
KPTとは
KPTはレトロスペクティブでよく使われるフレームワークの一つで、以下の3つの要素で構成されています。
- Keep(継続すること)
- 良かったことやうまくいったことを振り返り、今後も継続して行いたいことをリストアップする。
- Problem(問題点)
- 改善が必要な問題点や課題を洗い出す。
- Try(試してみたいこと)
- 次のスプリントで試してみたい新しいアイデアやアクションを考える。
KeepとProblemを洗い出し、その中からTryを考える非常にシンプルで強力なツールとなっています。
どのように振り返りをしていたか
弊社はリモートワークが基本のため、コミュニケーションはすべてオンラインです。
そのため、レトロスペクティブではMiroを利用しています。
Miroのボード上にKPTの枠組みを用意し、以下の流れで振り返りを実施していました。
- スプリント中の2週間分の出来事を振り返る
- Keep、Problemを付箋に書き出す
- 書き出した付箋の内容について説明する
- 議論すべき付箋に投票する
- 票の多い付箋に対して、Tryを検討する
以下はサンプル画像です。
上段に出来事を振り返るためのタイムラインがあり、下段でKPTを実施します。
振り返りをしてきた中での課題感
KPTを中心に続けてきた結果、以下のような課題がありました。
- ProblemからたくさんTryを考え、次のスプリントで改善しようとするが前回のTryが消化できていない。
- 考えたTryが本当に取り組むべきことなのか判断がしにくい。
- Problemを中心に議論してしまい、Keepが活かされない。
もちろん、これらはKPT自体に問題があるということではありません。
Tryの振り返りが出来ていなかったり、Tryを採用する基準がなかったりと私たちのやり方にも改善の余地があります。
スピードボートを使った振り返りへの変更
スピードボートとは
スピードボートは自分たちをボートに見立てて、目的地(ゴール)に向けて航海する自分たちがどういう状況にいるのかを視覚的に把握できる手法です。
同じような手法としてスピードボート以外にも気球やロケット、スピードカーなどを様々なバリエーションがあります。
なぜこの手法を選んだのか
この手法を選んだ理由は2つあります。
一つ目は、単純に楽しそうだったからです。KPTや他の手法と違い、スピードボートでは絵の上に付箋を貼っていきます。そこにはボートや太陽、楽しそうな島、怖そうなモンスターなどのイラストが描かれています。KPTのように枠組みを見ながら振り返るよりも、楽しく前向きな雰囲気でできそうな印象がありました。
二つ目は、目標やゴールの設定ができる点です。スピードボートには目的地(島や海岸)が描かれており、そこにスプリントゴールやチームの目標などを設定できます。この目的地を確認しながら振り返りをすることで、自分たちにとって本当に不可欠なことに取り組めるのではと考えました。
スピードボートをどのように実践したか
スピードボートの準備
スピードボートには絵が必要です。私たちはMiroのテンプレートを使用することにしました。
このテンプレートでは以下のイラストが描かれています。
- 追い風 : 順調に進むのに役立っていること
- ボート : 自分たち
- 錨 : 進行を妨げているもの / ブロッカー
- モンスター : リスク / 潜在的なリスク
- 夢の島 : 自分たちの目指す姿やゴール
- 宝箱 : 改善するための具体的な行動
上記以外にも「よかったこと」や「モヤモヤしていること」を記載する箇所もオリジナルで追加して運用することにしました。また、このテンプレートにはハッピーメーターもついており、レトロスペクティブの開始前に使っています。
目的地の設定
スピードボートを使った振り返りに入る前に、目的地を考える時間を設定しました。目的地はプロダクトゴールやスプリントゴールなどでもいいのですが、私たちは「チームとしての最終的な目標またはビジョン」を設定することにしました。
数回に分けてワークの時間を取り、自分がどう働きたいのか、何に喜びや不安を感じるのか、などをメンバーで話し合いました。最終的にそれらを集約し、以下の3つを私たちの目標とすることにしました。
- 心理的安全性を確保し、品質の安定と開発者体験の向上でストレスのないチームを実現する。
- 行動・思考を常にアップデートしながら、目的に関係ない活動、計画と実績の乖離を抑制する。
- 技術を楽しみながらチームとプロダクトを進化させ、速さと品質を両立し、期待を超える成果でチーム外から信頼を得る。
上記の目標をスピードボートの『夢の島』に貼り、いつでも見られる状態にしています。この目標は初めに作って終わりではなく、定期的に見直しを行っています。
振り返りの実施
以下の流れで振り返りを実施しています。
- ハッピーメーターで今の気分を表現する(簡単なアイスブレイクとして)
- 各自で振り返りを実施し、イラストの上に内容を記載した付箋を貼っていく
- イラストごとに付箋に書き出した内容を各自説明する
- 議論が必要と思う付箋に投票する
- 投票の多い付箋の内容について、原因や改善策を検討する
以下はサンプル画像です。
中央上部の雲に「モヤモヤしていること」、その横に太陽アイコンを付けて「よかったこと」を追加しています。アクションは別で管理しているため、『宝箱』は使っていません。また、レトロスペクティブの最後に再度ハッピーメーターを使うレイアウトになっていますが、時間の都合上そこまではできていません。
やってみてわかったこと
良かった点
チームを取り巻く状況の把握
スピードボートではボート(自分たち)を中心に、追い風や錨(ブロッカー)、モンスター(リスク)について考えます。そのため、何が自分たちの進行を遅くしているのか、このまま進むとどんな問題が待っているのかなどをより具体的に考えやすくなりました。その結果、今のチームがどのような状況にいるのか、"今の姿"を俯瞰することができました。
目的地を設定することによるメンバーのモチベーションの向上
目標を設定することはスピードボートの主たる目的ではありませんが、思いのほかチームビルディングの効果がありました。メンバー全員の価値観をぶつけ合い、共感し、目的地を作ることで、自分たちの軸ができました。目的地を決めるまでに少し時間はかかりましたが、メンバーからは『自分たちの目指したい姿を自分たちで考えるのは楽しい』と感想をもらいました。
課題
目的地の活用方法
スピードボートを選んだ理由として、『目的地を確認しながら振り返りをすることで、自分たちにとって本当に重要なことに取り組める』を挙げました。アクションが本当にやるべきことなのかを考えるために、目的地があることで判断がしやすくなるのではと考えたからです。しかし、現時点でアクション決めに対する効果は感じておらず、アクション決めは別の手法を検討する必要性を感じました。
まとめ
今回、KPTからスピードボートへの変更を通じて、レトロスペクティブの手法を変えることで得られる効果と課題についてお伝えしました。
スピードボートを導入したことで、チームを取り巻く状況の把握がより具体的になり、メンバーのモチベーション向上にも繋がりました。特に、目的地を設定するプロセスは、簡易的なチームビルディングとしても有効でした。
一方で、アクション決めに対する効果は期待していたほどではなく、この部分については別の手法を検討する必要があることも分かりました。
レトロスペクティブの手法は、チームの状況や課題に応じて柔軟に選択・カスタマイズすることが重要です。KPTに限らず、スピードボートやその他の手法も、チームの特性や目的に合わせて使い分けることで、より効果的な振り返りができると考えています。
今後も、チームの状況に応じて手法を柔軟に調整しながら、より効果的な振り返りを目指していきたいと思います。
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