『料理の四面体』から学ぶ衛星データ活用の視点
こんにちは! 衛星リモートセンシング&AIソリューションチーム、マネージャーの相原です。
突然ですが、皆さんは 「料理の四面体」 という本をご存じでしょうか?
この記事では、 玉村豊男氏の名著『料理の四面体』 の概念をヒントに、衛星データ活用の視点を紹介します。私がこの本に出会ったのは約10年前ですが、それ以来、料理に対する見方だけでなく、仕事やデータ活用のアプローチにも大きな変化が生まれました。
料理と衛星データ――一見、まったく関係のない2つの言葉。しかし、この意外な組み合わせが、衛星データの利用にどのような視点をもたらすのか、一緒に見ていきましょう!!
料理の四面体モデルとは?
『料理の四面体』は、エッセイストであり画家でもある玉村豊男氏によって書かれた本で、1979年に初版が出版されましたが、今でも多くの人に読まれている名著です。この本では、「料理」という古今東西において普遍的な行為を、科学的かつ論理的に理解するためのフレームワークとして、「料理の四面体モデル」を提案しています。これは料理の基本要素を4つの頂点を持つ四面体で表現したもので、 底面の三角形の頂点は空気、水、油を表し、上の頂点が火を表しています。 火の頂点と空気、水、油の頂点を結ぶ間のライン上に、様々な料理が存在するという考え方です。
玉村豊男著 『料理の四面体』 p.183 鎌倉書房
このモデルの魅力は、誰もが日常的に行う「料理」という感覚的なプロセスを体系化して理解することで、より深い洞察を得ることができ、さらに料理そのものへの新たな興味や創造性が引き出される点にあります。これらの要素を組み合わせて、世界各国の料理がどのように独自の味わいや文化を形成しているのかに興味がある方は、ぜひこの本を一読してみてください!
この考え方は、複雑で多様な要素が絡み合う他の分野にも応用可能だなと感じています。私が日々取り組んでいる衛星データの活用もその一例です。例えば、天地人では日々、様々なデータや課題に向き合っていますが、 天(衛星データ)、地(地上データ)、人(ナレッジやノウハウ)などのデータ(料理の素材)から解析方法(最適な調理方法)を選び、その結果をアウトプットとして表現するか(料理を出す)というプロセスが問われています。価値を生み出すアプローチの一つがこの 「天(衛星データ)」、「地(地上データ)」、「人(ナレッジやノウハウ)」という三角形モデル です。
(……と、ここで「四面体じゃないの?」と思われた方もいるかもしれません。確かに「料理の四面体」から着想を得ているなら、四つの要素があるべきですよね。しかしながら、まずこの記事では三角形モデルからスタートし、次回以降に調理方法や料理の出し方にあたる要素を取り入れて深堀りしていく予定ですので、続きもぜひお楽しみにしていてください!)
衛星ソリューションにおける天・地・人の三角形モデルとは?
この三角形モデルは、「天(衛星データ)」、「地(地上データ)」、「人(ナレッジやノウハウ)」の三つの要素から成り立っています。それぞれが独自の役割を果たしながら、相互に補完し合って、強力なソリューションを生み出す土台となっています。
それぞれについて説明すると、
天(衛星データ):
衛星から取得されるリモートセンシングデータは、広範囲にわたって地球表面のさまざまな情報を捉えることができます。地球全体を俯瞰的に観測し、地域や国を超えた視点を提供してくれます。
地(地上データ):
地上で得られるデータの多くは、非常に局所的な情報をリアルタイムで提供します。これらのデータは、具体的な現場の状況や動態を正確に把握するために重要です。
人(ナレッジやノウハウ):
専門家のナレッジやノウハウは、データの背景や文脈を理解するために不可欠です。これらは、複雑な情報を解釈し、実際の意思決定に活かすための洞察やコンセプトを提供します。
このモデルを使って、各要素がどのように連携し、新たなソリューションを生み出しているのかを探っていきたいと思います。
衛星ソリューションにおける天・地・人の三角形モデル
天・地・人の三角形モデルと農業ソリューション事例
実在する農業向けサービスの紹介
実在する農業分野のサービスを例に、それぞれのソリューションの特性をみてみましょう。
衛星データに特化したサービスとして、例えばファームショット社(現在はシンジェンタ社の一部)は『AgriEdge Excelsior』というサービスで作物のストレス状況や健康状態に関わる情報を農家に提供します。このサービスは、基本的に衛星データに依存し、地上データや人の知識とは切り離された解析を行うことで、問題の早期発見を支援します。サットシュア社もまた衛星データを中心に解析を行い、作物の生育状況や収穫予測をサポートするサービスを提供しています。
シンジェンタ社のAgriEdge Excelsiorによる作物の健康度の可視化 Link
一方で、ディア&カンパニー社が提供する『FieldConnect』は地上センサーベースのシステムで、農業機械と連携し、土壌の状態や気候データをリアルタイムで収集、分析します。これにより、農家は水や肥料を無駄なく使用できるため、コスト削減と作物の健康維持が同時に達成可能です。イスラエルスタートアップ企業のクロップエックス社は独自のセンサー技術を用いて、農地の土壌や環境データをモニタリングし、必要なタイミングで最適な灌漑や施肥を行います。特に、水資源が限られた地域や、環境への影響を最小限に抑えたい場合に有効なソリューションです。
ディア&カンパニー社の『FieldConnect』サービスページ Link
ファームログス社やトリンブル社もまた地上センサー中心ですが、加えて専門家のアドバイスを取り入れることで、農業経営者が最適な意思決定を行えるように支援しています。こういったタイプのサービスには、定期的に農地を訪問して現地調査を行い、農業活動に関するアドバイスを提供する場合や、オンラインで農家とやり取りし、リアルタイムで助言を行うケースなどがあります。
クライメート・コーポレーション社が提供する『Climate FieldView』やコルテバ・アグリサイエンス社が提供する『Granular』は、北米、中南米、ヨーロッパの大規模農業経営者向けに設計されており、広範囲にわたる作物のモニタリングを支援しています。こういったサービスは、費用対効果を高めるために「天」や「地」のデータがバランスよく利用される場合が多く、農業経営者はリスクを最小限に抑えつつ、最大の収益を目指すことが可能になります。これらのサービスは、アルゴリズムそのものに少なからず専門家の知識や過去の経験を組み込むことで、データ解析の精度を向上させているケースが多いですが、基本的には、データドリブンな意思決定によって複数の地域や条件にまたがる大規模農園でも効率的に管理できるようになっています。
クライメート・コーポレーション社が提供する『Climate FieldView』のサービスイメージ Link
タラニス社は、高解像度のドローン画像や衛星データを利用して、作物の健康状態や成長を監視するプラットフォームです。AI技術を駆使して、作物の病気や栄養不足などの問題を早期に検出し、農家が迅速に対応できるよう支援しています。
それぞれのサービスを図示してみる
ここまでで紹介したサービスの事例を、天・地・人の三角形モデルに図示してみました。
天・地・人の三角形モデルと農業ソリューション事例
「天」に寄ったサービスは、リモートセンシングの観測情報を活かし、農業に必要な様々な情報を提供する、いわゆる”遠隔営農型”タイプです。このタイプの特性としては地形やインフラに依存せずに、網羅するデータを得られることが大きなメリットです。ただし、衛星データだけでは価値を最大化するのが難しい側面もあります。たとえば、衛星データは広範囲の情報を提供できるものの、その解像度には限界があり、作物の状態や局所的な変化を把握するのには不十分な場合があります。また、衛星データは観測のタイミングや天候条件に左右されるため、リアルタイムでの対応が求められる高度な営農や、即時の意思決定には限界が生じることもあります。ちなみに、このタイプのサービスを提供する企業は衛星画像プロバイダ自身である場合や、衛星プロバイダとアライアンスを結んでいるケースが多いです(私見)。
一方、「地」に寄ったサービスは、地上センサーやIoTデバイスを活用して、農地の具体的な状況をリアルタイムで把握する、いわゆる”精密農業型”のタイプです。これらのサービスは、土壌水分、気温、湿度、日照量など、農地の微細な環境データを収集し、作物の健康状態を管理するために活用されます。「地」に寄ったサービスの特性として、現場での詳細なデータを提供できる点が挙げられます。地上センサーは、作物や土壌の状態を直接測定するため、地域ごとの環境変化に敏感に反応し、精密な管理が可能です。このアプローチは、特に作物の成長過程における微調整や、リソースの最適配分に優れており、農業経営者がより効果的に作物の品質と収量を向上させる手助けをします。ただし、地上データに依存するサービスには課題もあります。まず、センサーやデバイスの設置や維持にコストがかかること、またデータの範囲がセンサーの設置箇所に限られるため、広範囲をカバーするには複数のセンサーが必要となる点です。また、異常データや突発的な環境変化に対する専門的な判断が必要な場合には、人の知識や経験と連携することが求められることもあります。
「天」と「地」の間に位置するサービスは、衛星データと地上データの両方を組み合わせて、大規模な農地を効率的に管理することを目指しています。ここで重要なのは「天」と「地」は補完関係にあることです。「天」が広域的かつ高解像度の観測データを提供する一方、「地」は局所的かつ詳細な情報を提供します。この補完関係を理解することで、農業経営の効率化と精密化を同時に実現することができます。
ナレッジドリブン vs. データドリブン:意思決定のバランスを探る
ここまでで、天・地・人の三角形モデルに基づいた各ソリューションの強みや役割について説明しましたが、このモデルが示すもう一つの重要な視点として、「ナレッジドリブン」と「データドリブン」の意思決定アプローチが挙げられます。
三角形の頂点の一つである「人」に偏ったソリューションの場合、意思決定は「ナレッジドリブン」となります。農業の専門家が、作物の性質や地域の特性、過去の成功・失敗の経験に基づき、植え付け、施肥、収穫のタイミングについて助言する場合などがその例です。このアプローチは、特にデータが不足している状況や、現場での経験が重視される場合に強力な手段となります。一方、三角形の「天」や「地」に偏った場合、意思決定は「データドリブン」となります。データドリブンは、膨大なデータの解析結果に基づいて意思決定を行うプロセスで、データの客観性を重視します。このアプローチは、特に複雑な問題に対して、予測可能かつ精度の高い判断を可能にします。
ここで私が伝えたいのは、ソリューションが三角形のどこに位置するかに優劣はないということです。実際に提供されている多くのソリューションやサービスは、特定の目的や状況に応じて最適化されており、それぞれがその役割を果たすために設計されています。この組み合わせこそが、複雑で多様な農業の課題に対する柔軟かつ強力なアプローチを可能にしており、それぞれが互いに補完し合うことで、より高度な意思決定を行なうことができます。どのソリューションが優れているかではなく、目的に応じた最適な組み合わせを見つけることが成功の鍵となります。
まとめ
数多くあるソリューション・サービスもこの三角形モデルで考えると、非常に理解しやすくなります。例えば、同じ農業分野でも、目的や利用シーンによって「天」、「地」、「人」のバランスや組み合わせ方が異なります。これは他の分野でも同様で、データの活用方法やアプローチの違いが見えてくるでしょう!
目的や課題に応じて天・地・人の組み合わせ方は無限です。あるプロダクトでは「天」と「地」のデータを主に活用し、他のプロダクトでは「人」のナレッジに重きを置いているかもしれません。このように、三角形モデルは、どのように要素を組み合わせて価値を創出するかを理解するための強力なツールになります。
次回以降の記事ではもう少し素材の奥深さや調理方法、料理の出し方に注目してみます。ぜひ次回もお楽しみに!
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