AIネイティブ時代のマーケティング戦略:HubSpot CEOが示す「ファネル終焉」後の世界(前編)

2025年のINBOUND カンファレンスにおいて、HubSpot CEOのYamini Ranganが重要な指摘を行いました。
「私たちは単に新しいテクノロジーに適応しているのではありません。私たちは、人間の価値とは何かを問い直しているのです」
本記事では、この発言を起点に、AI時代におけるマーケティング戦略の根本的な変化について考察します。 参考動画: HubSpot's Spotlight with Yamini Rangan and Karen Ng | INBOUND 2025
1. パラダイムシフト:生産性からアイデンティティへ
従来のテクノロジー進化の軸
過去のテクノロジー革新(コンピュータ、インターネット、モバイル)は、一貫して「効率化」を中心的な価値としてきました。より速く、より多く、より正確に——これが技術進化の方向性でした。

しかし現在のAIは、人間の作業を代替するだけでなく、思考領域にまで踏み込んでいます。Ranganが息子から受けた質問「より良い未来のために『何を』学ぶべきか」は、この変化を象徴しています。
技術の中心軸が、生産性(Productivity)からアイデンティティ(Identity)へ移行しつつあるのです。
2. AI Nativeの定義と実践
AI Nativeとは何か
Ranganは「AI Native」を明確に定義しています:

これは以下を意味します:
・AIを競争相手ではなく、成長のパートナーとして位置づける
・人間が方向性を設定し、AIが実行を高速化・最適化する
・人間の判断と価値観が常に中核にある
3. 崩壊するトラディショナルファネル
インバウンドマーケティングの黄金時代
従来のインバウンドマーケティングは、以下の明確なファネル構造を持っていました:

認知(Awareness) → 検討(Consideration) → 転換(Conversion)
これはHubSpotが確立した成長モデルの核心でした。
しかし現在、この構造は根本から揺らいでいます:

流入経路の分散化: 検索エンジンだけでなく、AIチャット、SNS、推薦アルゴリズムなど多様化
検索結果のAI要約化: ユーザーがサイトをクリックせずにAI要約で情報を取得
コンテンツのリーチ低下: 膨大なコンテンツを制作してもエンゲージメントが得られない
Ranganはこれを「traffic apocalypse」と表現し、単なるマーケティングトレンドの変化ではなく、顧客との対話方法そのものの崩壊だと指摘しています。
AIによる顧客行動の変化
AIは情報提供の「窓口」から、顧客の質問に直接「回答する」存在へと進化しています。この変化により、マーケターの役割も変容します:
従来: コンテンツ制作者
これから: AIと協働して顧客体験を設計する戦略家
4. AI Native組織の3原則
Ranganが提示するAI Native組織には、3つの核となる原則があります:
・原則1: AIの再定義
AIを単なるツールではなく、人間の判断と感覚を拡張する存在として捉える
・原則2: 目的志向
効率性の追求より先に、「何のためにこの業務を行うのか」を問う
・原則3: 継続的学習
**「リリースより学習が速い組織(Learning faster than launching)」**を目指す
5. The Loop:新しい成長モデル
HubSpotが提示した「The Loop」は、上記の原則を構造化したモデルです。
The Loopの本質

従来のリニアなファネルではなく、循環型の成長構造
AIと人間が共に学習し、継続的に進化する仕組み
重要なのは効率化ではなく共進化(co-evolution)
この新しいフレームワークの詳細については、後編で詳しく解説します。
まとめ:技術適応から価値創造へ
AI時代のマーケティングにおいて重要なのは:
視点の転換: AIを「道具」ではなく「協働パートナー」として捉える
不安の克服: 新しいツールへのFOMO(Fear of Missing Out)ではなく、信頼関係の構築
戦略の再構築: トラディショナルファネルから「The Loop」へ
次回の記事では、「The Loop」の具体的な実装方法と、それが組織にどのような変化をもたらすのかを詳しく解説します。
続編予告: 「The Loop」がいかに「学習の速い組織」を実現し、AI Native時代の新しい成長方程式となっているのかを考察します。
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