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K-匿名性&差分プライバシー:プライバシー保護とデータ活用の両立に向けて

2024/10/14に公開

K-匿名性と差分プライバシーまとめ

はじめに

データ活用が企業の競争力を左右する現代において、個人情報の保護は極めて重要です。本資料では、二つの重要なプライバシー保護技術である「K-匿名性」と「差分プライバシー」について、架空の小売チェーン「冨雷橋ストア」の事例を用いて説明します。

※Snowflakeの話はしません!

おことわり

こちらは私が差分プライバシーやK-匿名性について学んだことを可能な限り、分かりやすい表現でまとめたものとなります。
それぞれの数理的ロジックの妥当性を担保するものではありませんが、プライバシー保護の考え方として読んでいただければと思います。

また内容に誤りや誤解を招く表現があれば、ZennかXのアカウントまでご指摘いただければ幸いです!
https://x.com/TARO9652512797

ケーススタディ:冨雷橋ストア

冨雷橋ストアは全国に100店舗を展開する中規模の小売チェーンです。顧客の購買データを分析し、マーケティング戦略の改善や在庫管理の最適化を図りたいと考えており、取引先へのデータ公開により、その最適化の取り組みをしたいと考えております、
が、それ以上に顧客のプライバシー保護が重要課題と考えており、そこで二つの方式、K-匿名化と差分プライバシーの適用をした上で、取引先へのデータ公開を進めようと考えました。
※顧客との個人情報同意は充分に取れている前提です。

K-匿名性の適用

K-匿名性とは

K-匿名性は、データセット内の各個人が少なくとも(K-1)人の他の個人と区別がつかないようにする手法です。
Kが5の場合、そのデータセットの中で特定の個人は、他に4人の同じ属性を持つ人と合わせて5人のグループに属することになります。これにより、個人の特性が困難となり、個人情報が保護される仕組みになっています。

冨雷橋ストアでの適用例

冨雷橋ストアの顧客データベースの一部が以下のようになっているとします:

ID 年齢 郵便番号 直近の購入金額
1 32 100-0001 15,000円
2 33 100-0002 12,000円
3 31 100-0001 18,000円
4 45 150-0003 25,000円
5 46 150-0002 22,000円
6 44 150-0003 28,000円

このデータに3-匿名性を適用すると:

ID 年齢 郵便番号 直近の購入金額
1 30-34 100-000* 10,000-20,000円
2 30-34 100-000* 10,000-20,000円
3 30-34 100-000* 10,000-20,000円
4 40-49 150-000* 20,000-30,000円
5 40-49 150-000* 20,000-30,000円
6 40-49 150-000* 20,000-30,000円

K-匿名性の利点と限界

利点:

  • 個人の特定が困難になります。
  • データの傾向分析はある程度可能です。

限界:

  • データの詳細さが失われます。上記の場合、売上の幅は1万円と精度面で課題があります。
  • 属性値が近い場合、個人の推測がまだ可能な場合があります。

差分プライバシーの適用

差分プライバシーとは

差分プライバシーは、統計的な問い合わせの結果にノイズ(ランダムな誤差)を加えることで、個人情報を保護する手法です。
こちらはK-匿名化による丸めることで特定性を排除したと思われたものが、
別の何等かの公開情報との突合により、照合が可能なケースが起きた事により、
K-匿名化により個人を特定する情報を排除するだけでは不足している事で生み出された手法です。

データベース再構築攻撃の事例

https://cacm.acm.org/practice/understanding-database-reconstruction-attacks-on-public-data/

冨雷橋ストアでの適用例

冨雷橋ストアの東京店の1日の販売データが以下のようになっているとします:

顧客ID 購入金額
1 8,000円
2 15,000円
3 12,000円
4 7,000円
5 20,000円
  1. 実際の平均客単価の計算:

    • 合計金額: 8,000 + 15,000 + 12,000 + 7,000 + 20,000 = 62,000円
    • 顧客数: 5人
    • 平均客単価: 62,000 / 5 = 12,400円
  2. 差分プライバシーの適用

    • ノイズの範囲を-200円から+200円に設定(数理的に正しいノイズはアルゴリズム次第)
    • ランダムに生成されたノイズ: +120円
    • 公表される平均客単価: 12,400 + 120 = 12,520円

このアプローチにより:

  • 全体的な傾向がより正確に把握できます。
  • 個々の顧客の実際の購入額は依然として保護されます。

差分プライバシーの利点と課題

利点:

  • データの有用性を非常に高く保ちながら、プライバシー保護を提供します。
  • 複数のクエリを組み合わせても個人情報が漏洩するリスクを最小限に抑えられます。

課題:

  • 適切なノイズレベルの設定には、データの性質と利用目的の慎重な検討が必要です。
  • 大規模なデータセットでより効果的です。小規模なデータセットでは相対的にノイズの影響が大きくなる可能性があります。
  • またこれらのノイズを含ませる行為はクエリ実行時に動的に行われるため、コンピュートコストやクエリパフォーマンスに大きく影響を与える可能性があります。

二つの技術の組み合わせ

K-匿名性と差分プライバシーを組み合わせることで、より強力なプライバシー保護が可能になります。

冨雷橋ストアでの適用例

冨雷橋ストアが顧客の年齢層別の購買傾向を分析したいとします。以下は元のデータセットです:

ID 年齢 郵便番号 直近の購入金額
1 32 100-0001 15,000円
2 33 100-0002 12,000円
3 31 100-0001 18,000円
4 45 150-0003 25,000円
5 46 150-0002 22,000円
6 44 150-0003 28,000円
7 28 160-0004 10,000円
8 29 160-0005 13,000円
9 30 160-0004 11,000円
  1. まずK-匿名性を適用:
    • 年齢を10歳刻みのグループに分類
    • 郵便番号の下2桁を削除

結果:

ID 年齢 郵便番号 直近の購入金額
1 30-39 100-00** 15,000円
2 30-39 100-00** 12,000円
3 30-39 100-00** 18,000円
4 40-49 150-00** 25,000円
5 40-49 150-00** 22,000円
6 40-49 150-00** 28,000円
7 20-29 160-00** 10,000円
8 20-29 160-00** 13,000円
9 30-39 160-00** 11,000円
  1. 次に差分プライバシーを適用:
    • 各年齢層の平均購入金額を計算する際にノイズを加える
    • ノイズの範囲を-500円から+500円に設定

結果:

年齢層 実際の平均購入金額 ノイズ 公表される平均購入金額
20-29 11,500円 +230円 11,730円
30-39 14,000円 -180円 13,820円
40-49 25,000円 +320円 25,320円

この組み合わせにより:

  • 個人の特定が極めて困難になります。
  • 年齢層別の購買傾向がより正確に把握できます。
  • 複数の分析を組み合わせても、個人情報が漏洩するリスクが最小限に抑えられます。

まとめ

冨雷橋ストアの事例を通じて、K-匿名性と差分プライバシーの適用方法と効果を見てきました。

  • K-匿名性:データセット全体のプライバシーを保護
  • 差分プライバシー:統計的分析時のプライバシーを保護しつつ、高い精度を維持
  • 組み合わせ:より強力で柔軟なプライバシー保護を実現しながら、有用な分析結果を得る

これらの技術を適切に活用することで、冨雷橋ストアは顧客データの有用性を高く保ちながら、顧客のプライバシーを守ることができます。ビジネスにおけるデータ活用と個人情報保護の両立に、ぜひお役立てください。
なお、今回は架空の冨雷橋ストアを元にしたこれらの手法の考え方の整理であり、以下の補足も含め、取り扱うデータセットやボリューム、分布や外れ値によって、最適な方式を選択する事が重要です。

補足:ノイズレベルの決定について

差分プライバシーにおけるノイズレベルの決定は、以下の要因を考慮して行います:

  1. データの性質:平均値や合計値など、集計の種類によって適切なノイズレベルが異なります。
  2. プライバシー要件:より厳格なプライバシー保護が必要な場合は、ノイズレベルを上げます。
  3. データセットの規模:大規模なデータセットではより小さなノイズでも効果的です。
  4. 分析の目的:精度が重要な分析では、可能な限りノイズを小さくします。

実際の適用では、これらの要因のバランスを取りつつ、必要に応じて専門家の助言を得ることをお勧めします。

最後に

先日、Snowflakeにおいて差分プライバシーの一般提供がリリースされたため、こちらの検証を進める予定です。

https://docs.snowflake.com/en/release-notes/2024/other/2024-10-02

とはいえ、機能をすぐ適用すれば解決するというものではなく、今回調べたように、そもそも差分プライバシーやK-匿名化とは何かを理解し、取り扱うデータに踏まえた実装をしないとプライバシー保護とデータ活用の両立は難しいと考えています。

まだまだ実装には難しい点も多いと感じる一方で、より良いサービスの実現のためにセキュアかつ十分なプライバシー保護の実現はデータ界隈の悲願だと思いますので、ともに目指す仲間の一助となればと思い、記事にさせていただきました。

あ、snowflakeにおける実装例は概念の理解で力尽きたので改めて記事にしたいと思います!!

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