EC×AIにおけるユーザー体験(UX)の未来について考える
生成AIを中心にAIはあらゆる業界に影響を与えており、日々話題が絶えない状況が続いています。私が普段業務で関わっているEC業界においてもさまざまな変化が起きています。
本稿の目的は、生成AIがECのUXにどのような変革をもたらしているのかを深掘りし、それが将来的にどのような可能性を生み出すのかを考察、推察するものとします。また、本稿で紹介する内容は自社ECでのUXにフォーカスを当てた内容となっております。
EC×AIにおけるUXの現状と今後
未来を見据える前に、まずは現状の把握から始めたいと思います。購入・拡散までの各フェーズを「認知」、「興味・関心」、「比較・検討」、「購入」、「拡散」の5つに分け、それぞれにAIがどのように影響を与えるのかを考察してみたいと思います。
では、従来のカスタマージャーニーから見ていきましょう。
従来は以下のように検索結果を表示した後、コンテンツの読み取りや比較・検討は特定の媒体へ訪問し、行動を行なっていました。
しかし、ChatGPTを中心とした生成AIの登場によって、以下のような変化が生まれました。
まず認知の部分で広告分野にAIが組み込まれていくことはほぼ間違いないでしょう。Google広告では自然言語による会話型の設定サポートや広告見出し、説明文、画像などのアセット生成機能も組み込まれるとGoogleのレポートで記載されています。さらに、UXの面ではAIとの会話の中で直接組み込まれた検索広告やショッピング広告をテストしていく予定もあると発表されています。
引用: AI による新たな時代の Google 広告
また、ブラウザへのAI搭載や生成AIのブラウジング機能やプラグインによる機能拡張によって1つのプラットフォーム上で検索から商品吟味までを一貫して実行できるようになりました。これは間違いなく大きな変革と言えるでしょう。
ビルゲイツさんもカンファレンスの中で以下のような発言をされています。
Whoever wins the personal agent, that’s the big thing, because you will never go to a search site again, you will never go to a productivity site, you’ll never go to Amazon again,
翻訳: パーソナルエージェントを勝ち取る者が大きなものを手に入れる。なぜなら、あなたは再び検索サイトに行くことはなく、生産性のサイトに行くことはなく、Amazonに行くことはないからだ。
この流れからすぐにWebサイト本体の価値が無くなる可能性は低いと思われます。
しかし、ChatGPTの利用率が高まればサイト上での情報取得回数が減る可能性も高くなると推察されます。そうなるとPV数を指標としたサイト分析はあまり機能しなくなるかもしれません。
以上の内容からとくに注目したいのが以下3点になります。
- ChatGPT経由での購入体験
- プラットフォームサービス経由での購入体験
- 自社ECでの購入体験
それぞれの解説は以降のセクションで行います。
ChatGPT経由での購入体験
これまでのECでは検索エンジンからのオーガニック検索やSNS、広告経由などが流入元だったかと思いますが、ChatGPTのブラウジング機能やプラグインを利用することで商品検索から比較検討までを一気通貫して行うことができるようになりました。
プラグインの詳細までは深掘りしませんが、現時点でもさまざまな購入体験をプラグインを通じて試せます。
いくつか調査した中で個人的にもっとも体験が良かったのが、ShopMate AIというプラグインです。このプラグインはGoogleショッピングに掲載されている情報から商品選定を行なってくれるため、ざっくりした検索用途でオススメです。
現時点でのウィークポイントとしては日本語や日本通貨へのローカライズがされていないプラグインが多いことが挙げられるでしょう。仮にプラグインが対応していたとしても、以下のような課題にぶち当たることがよくあります。
- 日本語入力でエラーが多発する
- 選定商品に違和感がある
- 通貨がドル表記
たとえば、Amazonの商品情報が取得できるLexi Shopperといったプラグインを利用した場合、日本語のままプロンプトを与えてもエラーになってしまうケースがあります。
そのような場合はプロンプトで以下のように一手間加えなければいけません。
以下 ${実行手順} 、 ${条件}、${例外処理}の内容 に従ってプロンプトを実行してください。
回答はプラグインによる出力結果のみを表示してください。
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## 実行手順
1. ${要望} を英語に翻訳します。
2. 翻訳結果でプラグインを実行します。
## 条件
- 日本円で買える商品のみを選定します。
## 例外処理
該当する商品が見つからない場合はその旨を正直に伝えてください。
## 要望
Apple製品と連携できるキーボードを探しています。レビューの高いものから選んでください。
上記の理由からユーザーの持つコンテキストを汲み取る精度の向上と個別のプロファイル情報を長期記憶として保持しておく機構が備わっていないと、一般ユーザーが日常生活で利用するようになるにはハードルが高いと言えます。
ただし、個別のプロファイル情報や長期記憶の活用は当然出てくる流れなので、この辺りは時間の問題のように感じています。
最後にChatGPTには会話の内容を共有する機能が設けられています。AIとの会話をシェアしてコンテンツが拡散されるケースが今後は増えてくるかもしれません。
以下は先ほどのLexi Shopperを使った内容の会話を共有リンクにしたものです。
プラットフォームサービス経由での購入体験
次に「プラットフォームサービス経由での購入体験」に焦点を当てていきたいと思います。
ここでいう「プラットフォームサービス」はAmazonや楽天のような従来のモール型サービスではなく、GoogleショッピングやInstagramショッピングのようにユーザーと自社ECを直接繋ぐことができるサービスです。
まず紹介したいのはShopifyが提供するモール型アプリ「Shop」です。
このアプリはモール型の体裁をとってはいるものの、従来のモール型とは違いShopifyで自社ECを構築するストアの商品が表示されます。
また、アプリにはAIアシスタント機能が搭載されており、Shop AIがチャットUIをベースにユーザーニーズを引き出し、応答に合わせて商品一覧画面をダイナミックに切り替えてくれます。
さらに、質問内容の候補をリストアップしてくれるため、入力の手間も削減できます。
実際に使ってみると、実店舗に近い接客体験を受けたような感覚で非常に感動しました。
ここで注目したいのはレコメンドされる商品は特定ストアの商品ではなく、Shopifyを利用するストアの商品が横断して検索されている点です。
従来のモール型ECでも大量の商品点数の中から検索を行う際、AIを搭載したチャットUIはより活発に利用されると予想できます。ですが、もう一方でShopifyのようにカートベンダーが自社ECとユーザーを直接繋げるためにAIを積極活用する未来も想定しておくといいかもしれません。
次に紹介したいのはMicrosoftが発表したAI搭載のMicrosoft Shopping toolsです。
この機能追加によって以下のようなことが期待されています。
- 購入ガイド:Bing.comにアクセスし、「大学の必需品」などと検索すると、AIがカテゴリごとに何を探すべきか、商品の提案、複数の類似商品の仕様を一覧表で表示するなど、カスタマイズされた購入ガイドを生成します。
- レビューの要約と洞察:特定の商品について、Bing ChatをEdgeのサイドバーで開くと、その商品についてオンラインで言われていることを簡単にまとめたり、商品についてのトップの洞察や人気の意見を素早く見ることができます。
- 最適な価格の検索と購入後の節約:選んだ商品の最適な価格と購入時期を見つけるためのツールがあります。また、購入後も価格が下がった場合には価格マッチをリクエストするための支援も行います。さらに、Edgeでは自動的にクーポンやキャッシュバックを適用し、Bing Chatからオンラインショッピングを行うことができます。
これは非常に統合的なソリューションとなるため、Googleショッピングの対抗馬として今後どれだけシェアを広げていくのか期待が高まります。
もう一点紹介しておきたいのがGoogleから発表されたバーチャル試着機能です。この機能は検索の中で自身に似た体型などのオプションを入力することで、自分の体型に合わせたモデルの着用画像が生成され、確認できるというものです。
記事の中でも言及されているように、サイトの着用画像と実際の着用イメージにはこれまで大きなギャップがあったかと思います。今回の機能はそのギャップを埋める大きな起爆剤になるかもしれません。
Forty-two percent of online shoppers don’t feel represented by images of models, and fifty-nine percent feel dissatisfied with an item they shopped for online because it looked different on them than expected.
翻訳: オンライン購入者の42%は、モデルの画像が自分を代弁していないと感じています。
また、オンラインで購入した商品が思っていたよりも違って見えたため、59%の人々が不満を感じています。
引用: Google Virtually try on clothes with a new AI shopping feature
この機能は米国からスタートするということで、今後どのように日本へ普及してくるのかが気になります。
自社ECでの購入体験
最後に自社ECでの購入体験自体にどのような影響があるのかを考えていきたいと思います。
自社ECでのAI活用というと、商品のレコメンドやチャットボットなどですでに一般化されていて驚くような事象はあまりないかもしれません。しかし、商品検索やレコメンドという文脈においては生成AIの搭載によって検索の精度や手法がより一層進化する可能性があります。
たとえば、クイックコマース大手の「Instacart」はアプリの検索バーにChatGPTの機能を組み込んだ機能を実装し、質問形式でのクエリに対する回答やユーザーニーズを購入履歴などから汲み取った上でレコメンドを行う仕組みを提供しています。
また、上記の例以外にもカートと連携可能なAIを活用したツールや機能がより一層増えてくると予想されます。実際、Shopifyのアプリストアでは多くのAI活用ツールがリリースされています。
Shopifyでは以下のような特集ページが設けられています。
以下のように商品画像作成にかかる手間を削減するサービスも出てきています。
引用: フォトグラファーAI
現時点ではバックオフィス業務を簡易化するために生成AIを利用するツールが多い印象ですが、AIエージェントとしてエンドユーザーと接点を持ち始めるとGoogleのバーチャル試着のように商品詳細がユーザーの特性や季節、天候に合わせてダイナミックにコンテンツが自動で切り替わる未来がくるかもしれません。
まとめ
これまでカスタマージャーニーに沿って、AIがECのUXへどのように影響を与えるか触れてきましたが、感想はいかがでしょうか?
直感的な操作でFigmaやStudioのようなツールが生成AIを用いて素早くUIを生成する様子を見ると、ユーザーが会話型インターフェイスをベースに個別かつリアルタイムに動的なUIと交流する未来がすぐそこにあるのではないかと感じてしまいます。
そのような時代が訪れると、ブランドの一貫性と品質を維持するために、デザインシステムや定義データを管理するための仕組みが求められると予想されます。
宣言的な定義データを準備すれば、カスタマージャーニーの各ステージに応じて、最適なUI/UXを動的に変えて提供できるというのは非常に夢があります。
そうなるとフロントエンドに関わるクリエイターの仕事もデザインシステムなど定義データを作成し、生成AIの出力をチューニングする作業が中心になっているのでしょうか。
しばらくはAIがECの購入体験においてブラウザ操作での副操縦士的な働きをメインで行ってくれそうですが、Apple Vision Proのようにウェアラブルな空間コンピューターが普及を始めるとまた大きな変革が生まれるかもしれません。
未来の予測は難しいですが、本稿が皆さんにとって「AIを活用したECのUX」について考える機会となれば嬉しいです。
補足
「デザインシステムとは?」という方はデジタル庁さんが公開されているアウトプットを確認いただくとイメージがつきやすいかと思います。
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