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うさぎでもわかるNASDAQ上場企業の株主ブチギレ事件

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うさぎでもわかるNASDAQ上場企業の株主ブチギレ事件

1. はじめに

2023年7月、日本のブロックチェーン技術企業アーリーワークスがNASDAQに上場しました。これは日本企業にとって大きな成功事例となるはずでしたが、上場後に思わぬトラブルが発生しました。多くの株主が「株を売却できない」状態に陥り、怒りが爆発したのです。今回はこの事件の詳細と背景、そして教訓について解説します。

アーリーワークス社の概要と事業内容

アーリーワークス(Earlyworks Co., Ltd.、ティッカーシンボル: ELWS)は、2018年5月に設立された日本のブロックチェーン技術企業です。同社は独自のプライベートブロックチェーン技術「Grid Ledger System(GLS)」を開発・運営しており、不動産、広告、通信、メタバース、金融サービスなど様々な業界向けにブロックチェーン技術を活用したサービスを提供しています。

NASDAQ上場の経緯と目的

アーリーワークスは2023年7月25日にNASDAQキャピタル市場に上場しました。上場時には1,200,000株のADS(米国預託証券)を1株あたり5ドルで発行し、総額600万ドル(約8億4000万円)を調達しました。調達資金はGLSの研究開発、グローバル人材の採用、内部コーポレートガバナンスシステムの強化、ブロックチェーンベースの製品やサービス開発に携わる企業への投資に充てられる予定でした。

株主ブチギレ事件の概要

上場後、アーリーワークスの多くの株主が「株を売却できない」状態に陥りました。これにより株主の怒りが爆発し、「株主ブチギレ事件」として話題になりました。その後、株主による損害賠償訴訟が提起され、スタートアップへの投資に大きな影響を与える可能性のある裁判に発展しています。

2. NASDAQ上場の仕組み

海外市場への上場は日本企業にとって大きなチャンスですが、その仕組みは複雑で、特にNASDAQへの上場プロセスはうさぎさんが迷路に迷い込んだような難しさがあります。ここではその基本的な仕組みを解説します。

海外企業がNASDAQに上場する方法

海外企業がNASDAQに上場する際には、一般的にADR(American Depositary Receipt:米国預託証券)という仕組みを利用します。これは外国企業の株式を米国市場で売買できるようにするための証券です。

上場のプロセスは以下のようになります:

  1. 引受証券会社の選定
  2. SEC(米国証券取引委員会)へのForm F-1登録書類の提出
  3. SECによる審査と承認
  4. 株式の価格決定と発行規模の設定
  5. 上場と取引開始

アーリーワークスの場合、US Tiger Securities, Inc.が主幹事を務め、Hunter Taubman Fischer & Li LLCが法律顧問として上場をサポートしました。

ADR(米国預託証券)の仕組みと役割

ADRは、外国企業の株式を米国市場で取引できるようにするための仕組みです。実際の仕組みを図で見てみましょう。

NASDAQ上場と株式売買の仕組み

ADRの発行プロセスは以下のようになります:

  1. 海外企業の株式を現地のカストディアン(保管銀行)が預かる
  2. 米国の預託銀行がカストディアンに預けられた株式に基づいてADRを発行
  3. ADRは米国内で株式と同様に取引される

ADRには以下のようなメリットがあります:

  • 米国の投資家にとって、外国企業の株式を自国市場で購入できる
  • 外国企業にとって、米国の豊富な資本市場にアクセスできる
  • 企業のグローバルな知名度向上に貢献

日本企業のNASDAQ上場の特徴と課題

日本企業がNASDAQに上場する際には、日米の証券制度の違いから生じる課題があります:

  • 日米間の会計基準の違い(IFRS、US GAAP、日本基準)
  • コーポレートガバナンスの基準の違い
  • 株式振替制度の違いによる株式流動化の問題
  • 株主権利の法的保護に関する違い
  • 情報開示要件の違い

特に重要なのは、日本の株主が保有する株式をADRに変換する際のプロセスの複雑さです。この部分がアーリーワークスの事例では大きな問題となりました。

3. アーリーワークス上場時に何が起きたのか

2023年7月の上場は順調に見えましたが、実際には大きな問題を抱えていました。うさぎさんがニンジン畑に入れないように、株主も自分の株を売ることができなかったのです。

上場直後の状況

アーリーワークスは2023年7月25日にNASDAQに上場し、ADSの価格は5ドルで、総額600万ドルを調達しました。通常の上場であれば、既存株主も株価上昇のタイミングで利益確定のために株式を売却できるはずでした。しかし、多くの株主が株を売却できない状況に直面しました。

株主が直面した問題(株式が売却できない)

上場後、日本の株主が直面した主な問題は以下の通りです:

  1. 株式をADRに変換するプロセスが不明確で複雑
  2. 必要な米国証券口座が開設できないケースが多発
  3. 株券電子化の手続きが適切に行われていなかった
  4. 株式移転の手続きに膨大な時間がかかる
  5. ロックアップ期間に関する情報開示が不十分

これらの問題により、多くの株主は自分の持つ株式を売却できず、上場による利益を得られないという状況に陥りました。

問題が発生した技術的・構造的原因

問題が発生した構造的な原因を図で見てみましょう。

アーリーワークス問題の構造

主な技術的・構造的な問題点は以下の通りです:

  1. 日米証券制度の違い:日本の株券電子化制度と米国のADR制度の連携が不十分
  2. 手続きの複雑さ:株式からADRへの変換には複数のステップと多くの書類が必要
  3. 時間的制約:手続きに予想以上の時間がかかり、売却タイミングを逃す
  4. 口座開設の障壁:米国証券口座の開設には厳格な審査があり、個人投資家には難しい場合が多い
  5. 技術的連携不足:日本のJASDAC(証券保管振替機構)と米国のDTC(預託信託会社)のシステム間連携の問題

4. 野村證券の関与と問題点

日本での主幹事を務めた野村證券の対応も批判の対象となりました。良いブローカーはうさぎさんをニンジン畑に導くものですが、この場合は道案内が不十分だったようです。

引受証券会社としての野村證券の役割

野村證券はアーリーワークスの上場において、以下のような役割を担っていました:

  1. 株式の販売・勧誘
  2. 企業価値評価や株価設定のアドバイス
  3. 上場に必要な法的手続きのサポート
  4. 株主と企業の間の調整

引受証券会社は、発行企業の株式を投資家に販売する責任を負うと同時に、投資家に対して適切な情報提供と説明を行う責任も持っています。

情報開示や説明における問題点

野村證券に対する主な批判点は以下の通りです:

  1. 株主に対して上場プロセスとADR変換に関する十分な説明がなかった
  2. 株式売却に必要な手続きとその複雑さについての事前説明が不足
  3. ロックアップ期間や売却制限に関する情報開示が不明確
  4. 問題発生後の対応が遅く、株主のフラストレーションを増大させた

株主との信頼関係の崩壊

これらの問題により、株主と企業、そして引受証券会社の間の信頼関係が大きく損なわれました。特に問題が発生した後の対応が不十分だったことで、株主の怒りはさらに高まりました。

また一部の報道では、相場操縦や不公正取引の疑いも指摘されており、これらの疑惑が損害賠償訴訟の争点になっている可能性もあります。

5. 訴訟と今後の展開

株主の怒りは最終的に法廷の場へと移ります。うさぎさんも怒るときは足で地面を叩きますが、株主は法的手段でその不満を表明しています。

訴訟の内容と争点

アーリーワークスの株主は、株式を売却できなかったことによる損害の賠償を求めて訴訟を提起しています。主な争点は以下の通りです:

  1. 上場前の説明義務違反
  2. 適切な情報開示がなされなかったことによる損害
  3. 善管注意義務違反
  4. 相場操縦や不公正取引の疑い

訴訟の結果次第では「もうスタートアップに投資しない」という投資家が増える可能性があり、日本のスタートアップエコシステム全体への影響も懸念されています。

同様の事例や前例

海外企業のADRを通じた上場で同様のトラブルが発生したケースはいくつか存在しますが、アーリーワークスの事例ほど多くの株主が影響を受けたケースは珍しいとされています。

米国では証券クラスアクション(集団訴訟)が一般的ですが、日本ではそのような制度が十分に整備されていないため、被害を受けた株主の救済が難しい状況も指摘されています。

裁判の行方と業界への影響

この訴訟の結果は、日本企業の海外上場プロセスや投資家保護の法的枠組みに大きな影響を与える可能性があります。特に以下のような影響が予想されます:

  1. 引受証券会社の説明責任の厳格化
  2. ADR発行プロセスの透明性向上
  3. 株主保護のための新たな法規制の検討
  4. スタートアップ投資における投資家保護の強化

6. テック企業と投資家が学ぶべき教訓

この事件からは、うさぎさんがニンジン畑の罠に気をつけるように、テック企業も投資家も多くの教訓を学ぶことができます。

上場プロセスの透明性確保

企業側の視点からの教訓:

  1. 上場プロセスの全体を株主に明確に説明する
  2. 株式売却に関する制限や手続きを事前に詳細に開示する
  3. 想定されるリスクや障壁について率直に伝える
  4. 複雑な手続きについてはステップバイステップのガイダンスを提供する

株主とのコミュニケーション重要性

良好な投資家関係(IR)の重要性:

  1. 定期的かつ透明性の高い情報開示
  2. 株主からの質問や懸念に対する迅速な対応
  3. 問題発生時の素早い情報共有と対応策の提示
  4. 株主と経営陣の間の期待値のギャップを埋める努力

国際的な証券取引における留意点

国際的な上場を検討する企業と投資家の留意点:

  1. 各国の証券制度の違いを十分に理解する
  2. 法的リスクと規制環境を事前に調査する
  3. 適切な専門家(法律、会計、税務)のサポートを受ける
  4. 国際的な取引特有の複雑さとリードタイムを考慮したスケジュール設定

7. まとめ

アーリーワークスのNASDAQ上場とそれに伴う株主ブチギレ事件は、日本のテック企業の海外上場における重要な教訓を提供しています。

事件の要点整理

  1. 日本のブロックチェーン企業アーリーワークスは2023年7月にNASDAQに上場
  2. 上場後、多くの株主が株式をADRに変換して売却できない問題が発生
  3. 情報開示の不足と手続きの複雑さが主な原因
  4. 株主の怒りは損害賠償訴訟へと発展

今後のスタートアップ業界への影響

この事件は日本のスタートアップエコシステムに以下のような影響を与える可能性があります:

  1. 投資家の慎重姿勢の強まり
  2. 海外上場を検討する企業の減少
  3. 株主保護に関する規制強化
  4. 国際的な証券取引における透明性の向上

投資家保護の重要性

最終的に、この事件が示しているのは投資家保護の重要性です。スタートアップエコシステムの健全な発展のためには、投資家の権利が適切に保護され、透明性の高い取引環境が確保されることが不可欠です。

企業と投資家の双方が、この事件から教訓を学び、より健全な投資環境の構築に向けて協力していくことが望まれます。


うさぎさんは小さな畑でニンジンを育てるのが好きですが、株式市場という大きな畑では、正しいルールと透明性がなければ、みんなが収穫を楽しむことはできないのです。この事件が、より良い投資環境づくりの種になることを願っています。

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