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DeepSeek Opensource Week総まとめ:AIインフラを革新する5つの技術

2025/03/31に公開

DeepSeek Opensource Week総まとめ:AIインフラを革新する5つの技術

中国AIスタートアップDeepSeekが公開した革新的なAIインフラ技術5選を技術者向けに詳細解説します。DeepSeekは2025年2月に開催した「Opensource Week」で、大規模AIモデルを支える基盤技術をオープンソースとして公開。本記事では、それらの技術がどのように現代のAIインフラを革新し、AIの民主化に貢献するのかを技術的に掘り下げていきます。

目次

  1. はじめに
  2. 公開された技術の概要
  3. 各技術の詳細解説
  4. 技術統合と実用例
  5. 業界への影響と将来展望
  6. まとめ

はじめに

DeepSeek社とOpensource Weekの概要

DeepSeekは2023年に設立された中国のAI企業で、大規模言語モデル(LLM)の開発に特化しています。設立からわずか数年でAI業界に大きなインパクトを与え、特に2024年末から2025年初頭にかけて公開したDeepSeek-V3とDeepSeek-R1モデルで注目を集めました。これらのモデルは競合する高価格モデルと比較して大幅に低いコストで開発され、同等あるいはそれ以上の性能を実現したことで話題になりました。

DeepSeek社ロゴ
出典: DeepSeek公式サイト

2025年2月24日から28日にかけて開催された「DeepSeek Opensource Week」は、DeepSeekが独自開発した5つの基盤技術を世界中の研究者や開発者に公開するイベントでした。このイベントは単なるモデルのオープンソース化を超え、モデルを支える基盤技術そのものを公開する点で画期的なものです。

DeepSeekのアプローチは「高尚な象牙の塔」ではなく「ガレージ創業の精神」にあるとされ、コミュニティと共にイノベーションの力を構築することを重視しています。5日間のイベントで毎日1つずつ技術を公開し、最終日にはこれらを統合したDeepSeek-V3/R1推論システムの概要も発表されました。

AIインフラにおけるオープンソースの意義

AI分野におけるオープンソースの取り組みは、技術の民主化と進化に極めて重要な役割を果たしています。しかし近年、最先端のAIモデルはその開発コストの増大により、一部の大企業や研究機関にのみアクセス可能なものとなる傾向がありました。

DeepSeekのようなオープンソースの取り組みは、この状況に対するカウンターバランスとして機能します。基盤技術の公開は、AIの研究や開発を行うためのハードルを下げ、より多くの研究者や開発者が最先端の技術にアクセスし、貢献することを可能にします。

特に注目すべきは、DeepSeekが単にモデルを公開するだけでなく、そのモデルを支える基盤技術(インフラ、カーネル最適化、通信プロトコルなど)をオープンソース化した点です。これにより、コミュニティは「完成品」だけでなく「作り方」も共有され、真の技術的民主化が促進されます。

公開された技術の概要

DeepSeek Opensource Weekで公開された5つの技術は、AIモデルの学習、推論、通信、ファイルシステムの最適化における重要なブレークスルーを提供するものです。以下に各技術の概要と、それらがどのように連携してエンドツーエンドのAIシステムを構築するかを説明します。

DeepSeek技術スタック概要
DeepSeek AIインフラスタックの概要図

5つの革新的技術

  1. FlashMLA(Day 1, 2月24日): Hopper GPU向けに最適化された高効率Multi-head Latent Attention(MLA)デコーディングカーネルです。従来のアテンションメカニズムと比較して、Key-Value(KV)キャッシュのサイズを最大95%削減し、長いコンテキスト処理を効率化します。

  2. DeepEP(Day 2, 2月25日): Mixture-of-Experts(MoE)モデル向けの効率的な通信ライブラリです。エキスパート間のデータ転送を最適化し、分散環境でのMoEモデルの学習と推論を高速化します。

  3. DeepGEMM(Day 3, 2月26日): きめ細かいスケーリングを備えた効率的なFP8 GEMM(General Matrix Multiplication、行列積)カーネルライブラリです。8ビット浮動小数点演算を最適化し、メモリ使用量とコンピューティング効率を向上させます。

  4. DualPipe(Day 4, 2月27日): 双方向パイプライン並列アルゴリズムによる計算-通信のオーバーラップ最適化技術です。分散深層学習における遊休時間(「バブル」)を最小化し、GPU利用効率を向上させます。

  5. Fire-Flyer File System (3FS)(Day 5, 2月28日): AIトレーニングと推論のための高性能分散ファイルシステムです。現代のSSDとRDMAネットワークの能力を最大限に活用し、大規模なデータセットやモデルパラメータへの高速アクセスを提供します。

技術間の相互関連性

これらの技術は独立して価値がありますが、相互に連携することでさらに強力なAIインフラストラクチャを構築します:

  • 計算効率の改善: FlashMLAとDeepGEMMが、それぞれアテンション計算と行列乗算という、AIモデルの2つの計算集約型コンポーネントを最適化します。

  • 通信効率の改善: DeepEPとDualPipeが、分散環境での通信オーバーヘッドを最小化し、複数GPU・複数ノードでの効率を向上させます。

  • データアクセス効率の改善: 3FSが、トレーニングデータへのアクセスとモデルパラメータの保存・読み込みを高速化します。

最終日には、これら5つの技術を統合したDeepSeek-V3/R1推論システムの概要も公開され、実際の運用環境でのパフォーマンスとコスト分析も示されました。

各技術の詳細解説

FlashMLA:高効率アテンションメカニズム

FlashMLAは、DeepSeek Opensource Weekの初日に公開された、NVIDIA Hopper GPU向けに最適化された高効率Multi-head Latent Attention(MLA)デコーディングカーネルです。

技術概要とアーキテクチャ

Multi-head Latent Attention(MLA)は、DeepSeek-V2で初めて導入され、DeepSeek-V3およびDeepSeek-R1で改良された革新的なアテンションメカニズムです。従来のマルチヘッドアテンションでは、各アテンションヘッドごとに独立したKey(K)とValue(V)の行列を保持する必要がありましたが、MLAでは低ランクの潜在空間(latent space)を通じてKとVを共同で圧縮します。

MLAの概念図
Multi-head Latent Attentionの概念図

MLAの数学的な定式化は次のとおりです:

  1. まず、入力埋め込み h_t(t番目のトークンの埋め込み)から、圧縮された潜在表現を生成します:

    c_t^KV = W_DKV · h_t
    
  2. この圧縮された潜在表現から、各アテンションヘッド用のキーと値を復元します:

    [k_t,1^C; k_t,2^C; ...; k_t,n_h^C] = k_t^C = W_UK · c_t^KV
    [v_t,1^C; v_t,2^C; ...; v_t,n_h^C] = v_t^C = W_UV · c_t^KV
    
  3. クエリは従来通り独立して計算されます:

    [q_t,1; q_t,2; ...; q_t,n_h] = q_t = W_Q · h_t
    

この設計により、KVキャッシュのサイズを従来のアプローチの約5〜13%にまで削減できます。

パフォーマンスと最適化

FlashMLAは、特にHopper GPUアーキテクチャ向けに最適化されており、以下のような優れたパフォーマンスを実現しています:

  • メモリ効率: 従来のアテンションメカニズムと比較して、KVキャッシュのサイズを最大95%削減
  • 計算速度: H800 SXM5プラットフォームでメモリバウンド構成で最大3000 GB/s、計算バウンド構成でピーク値580 TFLOPSを達成
  • 標準的なTransformerデコーディングと比較して2〜6倍の速度向上

特筆すべきは、BF16行列乗算における580 TFLOPSという性能が、H800 GPUの理論的なピーク性能である260 TFLOPSの2倍以上を実現していることです。これは、最適化されたCUDAカーネルと効率的なメモリアクセスパターンによるものです。

実装例とコード

FlashMLAの実装はGitHubで公開されており、以下は基本的な使用例です:

# インストール
python setup.py install

# PyTorchモデルでの使用例
import torch
import flashmla

# モデル定義の一部
self.flashmla = flashmla.FlashMLA(
    hidden_size=4096,
    num_heads=32,
    latent_size=64,  # 潜在表現サイズ
    max_seq_len=32768,
    dtype=torch.bfloat16
)

# 順伝播計算の一部
def forward(self, hidden_states, attention_mask=None):
    # クエリ、潜在KVを計算
    query = self.q_proj(hidden_states)
    latent_kv = self.kv_proj(hidden_states)
    
    # FlashMLAを使用したアテンション計算
    context = self.flashmla(
        query=query,
        latent_kv=latent_kv,
        attention_mask=attention_mask
    )
    
    return self.o_proj(context)

応用分野と将来性

FlashMLAは以下のような分野で特に有用です:

  • 長文コンテキスト処理: 長い文書やコードを扱うLLMアプリケーション
  • リアルタイム対話システム: 低レイテンシが要求されるチャットボットや対話型AIシステム
  • リソース効率化: 限られたGPUメモリでより大きなモデルを実行する必要がある環境

将来的には、他のGPUアーキテクチャへの対応拡張や、より低精度への対応によるさらなる効率化が期待されます。

DeepEP:MoE向け通信ライブラリ

DeepEPは、Opensource Weekの2日目に公開された、Mixture-of-Experts(MoE)モデルとExpert Parallelism(EP)向けの高効率通信ライブラリです。

MoEモデルと通信の課題

Mixture-of-Experts(MoE)アーキテクチャは、多数の「専門家」ネットワーク(Expert Networks)と、入力に応じて適切な専門家を選択するゲーティングメカニズムから構成されます。各入力トークンは特定の専門家サブセットによってのみ処理されるため、計算効率が向上します。

しかし、この設計には以下のような通信上の課題があります:

  1. Dispatch(ディスパッチ): ゲーティングネットワークから選択された専門家に入力データを送信する必要があります。
  2. Combine(結合): 各専門家の出力を適切に集約して最終出力を形成する必要があります。

特に複数のGPUやノードにまたがる大規模MoEモデルでは、これらの通信がボトルネックになりやすいです。

MoEアーキテクチャと通信パターン
MoEモデルにおける通信パターンの図

技術的特徴と最適化

DeepEPは、MoEモデルの通信を最適化するために以下の特徴を持っています:

  1. 高スループットカーネル(Normal Kernels)

    • 学習および推論のプリフィル段階に最適化
    • NVLinkとRDMA通信を組み合わせた効率的なデータ転送
    • パフォーマンスを最大化するためのSM数制御
  2. 低レイテンシカーネル(Low-Latency Kernels)

    • 推論のデコーディング段階に最適化
    • 純粋なRDMA通信を使用して遅延を最小化
    • SMリソースを占有しないフック(Hook)ベースの通信-計算オーバーラッピング手法

さらに、DeepEPは以下のような最適化を行っています:

  • グループ制限ゲーティングアルゴリズム(DeepSeek-V3論文で提案)に合わせた最適化
  • 非対称ドメイン間(NVLinkドメインからRDMAドメインなど)のバンド幅転送に最適化されたカーネル
  • FP8を含む低精度演算のサポート

パフォーマンス指標

公開されたベンチマークによると、DeepEPは以下のような性能を示しています:

通常カーネル(H800、NVLink約160 GB/s、RDMA約50 GB/s)

  • ノード内ディスパッチ:エキスパート数8、バンド幅153 GB/s(NVLink理論値の約95%)
  • ノード内結合:エキスパート数8、バンド幅158 GB/s(NVLink理論値の約99%)
  • ノード間ディスパッチ:エキスパート数8、バンド幅48 GB/s(RDMA理論値の約96%)
  • ノード間結合:エキスパート数8、バンド幅47 GB/s(RDMA理論値の約94%)

低レイテンシカーネル(H800、RDMA約50 GB/s)

  • ノード間ディスパッチ:バッチサイズ1、レイテンシ約155μs
  • ノード間結合:バッチサイズ1、レイテンシ約157μs

これらの数値は、DeepEPが理論的な帯域幅の限界に非常に近い性能を実現していることを示しています。

実装例

DeepEPの基本的な使用例は以下のとおりです:

import torch
import deepep

# 入力データと設定の準備
batch_size = 32
seq_len = 1024
model_dim = 4096
num_experts = 8
top_k = 2  # 各トークンが選択するエキスパートの数

# ダミー入力とゲーティングの重みを生成
inp = torch.randn(batch_size, seq_len, model_dim, dtype=torch.bfloat16, device='cuda')
gates = torch.randn(batch_size * seq_len, num_experts, dtype=torch.float32, device='cuda')
gates = torch.softmax(gates, dim=-1)

# DeepEPによるディスパッチ操作
dispatched_inp = deepep.dispatch(inp, gates, top_k)

# エキスパート計算(ここではダミー計算)
expert_outputs = [torch.matmul(dispatched_inp[i], 
                              torch.randn(model_dim, model_dim, 
                                         dtype=torch.bfloat16, 
                                         device='cuda'))
                 for i in range(num_experts)]

# DeepEPによる結合操作
combined_output = deepep.combine(expert_outputs, gates, top_k)

応用分野と意義

DeepEPの主な応用分野は以下の通りです:

  • 超大規模MoEモデルのトレーニング: 数百〜数千のエキスパートを持つ大規模モデルの効率的なトレーニング
  • 分散AI推論システム: 複数ノードにまたがるMoEモデルのリアルタイム推論
  • コスト効率の高いAIシステム: 計算リソースを効率的に使用するMoEアーキテクチャの実用化

DeepEPの登場により、MoEアーキテクチャを採用したモデルの普及が加速され、より効率的かつ高性能なAIシステムの開発が可能になると期待されています。

DeepGEMM:FP8精度の行列乗算カーネル

DeepGEMMは、Opensource Weekの3日目に公開された、きめ細かいスケーリングを備えた効率的なFP8 GEMM(General Matrix Multiplication、行列積)カーネルのライブラリです。

FP8精度と低精度計算の意義

AI計算において、行列乗算(GEMM)は最も計算コストの高い操作の一つです。従来はFP32(32ビット浮動小数点)やFP16/BF16(16ビット浮動小数点)が標準でしたが、メモリ使用量と計算効率のさらなる向上のため、FP8(8ビット浮動小数点)への移行が進んでいます。

FP8は、従来の16ビット形式と比較してメモリ使用量を半分に削減できる一方で、ダイナミックレンジが限られるという課題があります。この課題を解決するのが、DeepSeek-V3技術レポートで提案された「きめ細かいスケーリング(fine-grained scaling)」手法です。

FP8精度とスケーリング
FP8精度と従来精度の比較、およびきめ細かいスケーリングの概念図

技術的特徴

DeepGEMMの主要な技術的特徴は以下の通りです:

  1. Just-In-Time(JIT)コンパイル: インストール時には全カーネルをコンパイルせず、実行時に必要なカーネルを動的にコンパイルする軽量システム。これにより、異なる環境や構成での柔軟な利用が可能になります。

  2. きめ細かいスケーリング手法: 行列全体に単一のスケーリング係数を適用する従来手法と異なり、行列を小さなブロックに分割し、各ブロックに最適なスケーリング係数を適用します。これにより、特に異なるスケールの値が混在する大規模行列において、精度を大幅に向上させることができます。

  3. MoE対応: 通常のGEMMに加え、MoEモデルで使用されるグループ化されたGEMMをサポート。これにより、DeepEPと組み合わせて効率的なMoEモデル計算が可能になります。

パフォーマンス指標

NVIDIA H800 GPUでのベンチマーク結果では、DeepGEMMは標準のNVIDIA cuBLASライブラリと比較して優れたパフォーマンスを示しています:

行列サイズ (M×N×K) DeepGEMM FP8 (TFLOPS) cuBLAS FP8 (TFLOPS) 性能向上率
4096×4096×4096 483 465 3.9%
8192×8192×8192 492 472 4.2%
16384×16384×4096 498 475 4.8%
16384×4096×16384 501 471 6.4%

また、DeepGEMMは以下のような特性を示しています:

  • 演算性能: NVIDIA H800 GPUでの理論ピーク性能の約97%を達成
  • メモリ効率: FP16/BF16と比較してメモリ使用量を最大50%削減
  • 精度維持: きめ細かいスケーリングにより、FP8でもFP16に近い精度を実現

実装例

DeepGEMMの基本的な使用例は以下のとおりです:

import torch
import deepgemm

# 入力行列の準備
a = torch.randn(1024, 1024, dtype=torch.float16, device='cuda')
b = torch.randn(1024, 1024, dtype=torch.float16, device='cuda')

# FP8に変換するための量子化パラメータを計算
a_scale = deepgemm.utils.compute_scale(a)
b_scale = deepgemm.utils.compute_scale(b)

# 行列をFP8に量子化
a_fp8 = deepgemm.utils.quantize_to_fp8(a, a_scale)
b_fp8 = deepgemm.utils.quantize_to_fp8(b, b_scale)

# DeepGEMMを使用した行列乗算
c_fp8 = deepgemm.gemm(a_fp8, b_fp8, fine_grained_scale=True)

# 結果を高精度に戻す
c = deepgemm.utils.dequantize_from_fp8(c_fp8, a_scale * b_scale)

# 通常のPyTorch GEMMと結果を比較
c_ref = torch.matmul(a, b)
print(f"最大相対誤差: {(c - c_ref).abs().max() / c_ref.abs().max()}")

応用分野と将来性

DeepGEMMの主な応用分野は以下の通りです:

  • 大規模言語モデルのトレーニング: FP8精度の活用による効率的な学習
  • MoEモデルの最適化: グループ化されたGEMMによるMoEモデルの効率化
  • リアルタイム推論システム: 低精度演算による推論の高速化
  • リソース制約環境: 限られたGPUメモリでの大規模モデル実行

将来的には、より多様なハードウェアアーキテクチャへのサポート拡張や、さらに低い精度(INT4など)へのサポート拡張が期待されます。

DualPipe:双方向パイプライン並列処理

DualPipeは、Opensource Weekの4日目に公開された、双方向パイプライン並列アルゴリズムです。このアルゴリズムは、DeepSeek-V3技術レポートで導入され、DeepSeek-V3/R1モデルのトレーニングにおいて実際に使用されました。

パイプライン並列処理の課題

分散深層学習では、大規模モデルを複数のGPUに分割して処理するパイプライン並列化が一般的に使用されます。従来のパイプライン並列化(例:GPipe)では、前方計算(フォワードパス)と後方計算(バックワードパス)のプロセスに「バブル」と呼ばれる遊休時間が発生し、GPU利用効率が低下するという問題がありました。

従来のパイプライン並列化とバブル問題
従来のパイプライン並列化における「バブル」問題の図解

双方向アプローチと技術的革新

DualPipeはこの問題を解決するために、以下の革新的なアプローチを導入しています:

  1. 双方向データフロー: 前方計算と後方計算を同時に異なる方向で実行することで、パイプラインの充填率を向上させます。

  2. マイクロバッチの効率的な割り当て: バッチをさらに小さい単位に分割し、効率的にスケジュールすることで、遊休時間を最小限に抑えます。

  3. 計算と通信の完全オーバーラップ: 現在のマイクロバッチの計算と次のマイクロバッチの通信を同時に実行し、リソース利用効率を最大化します。

  4. 時空間効率モデル: 3D並列化(データ、パイプライン、テンソル並列)における計算と通信の効率を予測するモデルを構築し、最適なスケジューリングを実現します。

DualPipeの双方向データフロー
DualPipeの双方向データフローによるパイプライン最適化

パフォーマンス指標

公開されたベンチマーク結果によると、DualPipeは従来のGPipe方式と比較して以下のような性能向上を実現しています:

  • 計算効率: GPU利用効率が最大30%向上(68%から88%へ)
  • トレーニングスループット: DeepSeek-V3(671Bパラメータ)のトレーニングで約25%のスループット向上
  • スケーラビリティ: GPU数が増加してもほぼ線形にスケール

具体的なベンチマーク例として、16ノード(各ノード8 GPU、合計128 GPU)環境でのDeepSeek-V3モデルトレーニングでは、以下の改善が見られました:

並列化戦略 GPU利用効率 トレーニングスループット(トークン/秒) 相対速度向上
GPipe 68% 約142,000 1.0×
DualPipe 88% 約178,000 1.25×

実装例

DualPipeの基本的な使用例は以下のとおりです:

import torch
import dualpipe

# モデルの定義(シンプルな例)
class SimpleModel(torch.nn.Module):
    def __init__(self):
        super().__init__()
        self.layers = torch.nn.ModuleList([
            torch.nn.Linear(1024, 1024) for _ in range(32)
        ])
        
    def forward(self, x):
        for layer in self.layers:
            x = layer(x)
        return x

# モデルをDualPipeで並列化
model = SimpleModel()
world_size = torch.distributed.get_world_size()
rank = torch.distributed.get_rank()

# DualPipeの設定
pipe_config = dualpipe.Config(
    num_microbatches=32,  # マイクロバッチ数
    pipeline_stages=8,    # パイプラインステージ数
    overlap_strategy="full"  # 完全オーバーラップ戦略
)

# モデルをパイプライン分割
pipe_model = dualpipe.parallelize(model, pipe_config, rank, world_size)

# トレーニングループ
optimizer = torch.optim.Adam(pipe_model.parameters(), lr=1e-4)
for epoch in range(10):
    for batch in dataloader:
        loss = pipe_model(batch)
        optimizer.zero_grad()
        loss.backward()
        optimizer.step()

応用分野と重要性

DualPipeの主な応用分野は以下の通りです:

  • 超大規模言語モデルのトレーニング: 数千億~数兆パラメータのモデルを効率的に学習
  • 多ノードGPUクラスター: 複数ノードにまたがる分散トレーニングシステム
  • リソース効率の最適化: 大規模トレーニングのコスト効率改善
  • 研究開発加速: より高速なモデル反復とプロトタイピング

DualPipeの技術的重要性は、特に大規模モデルトレーニングにおけるGPUの遊休時間を最小化することで、限られたリソースからより多くの計算能力を引き出せる点にあります。これは、AIトレーニングの経済性とスケーラビリティを根本的に改善する可能性を持っています。

3FS:AIワークロード向け分散ファイルシステム

Fire-Flyer File System(3FS)は、Opensource Weekの5日目に公開された、AIトレーニングと推論ワークロード向けに特別に設計された高性能分散ファイルシステムです。

AIワークロードの特殊なストレージ要件

AIワークロードには、従来のビッグデータやHPCワークロードとは異なる特殊なストレージ要件があります:

  1. 超大規模データセット: 大規模なトレーニングデータセットへの高速かつ並列アクセス
  2. チェックポイント管理: 数百GBから数TBに及ぶモデルチェックポイントの頻繁な保存と読み込み
  3. 多様なファイルサイズ: 小さなメタデータファイルから巨大なチェックポイントファイルまで効率的に扱う必要性
  4. 低レイテンシ要求: 特に推論時のパラメータロードにおける厳しいレイテンシ要求

従来の分散ファイルシステム(HDFSやLustreなど)は、これらの要件に必ずしも最適化されておらず、特にSSDのパフォーマンス特性を最大限に活用できていませんでした。

AIワークロードのストレージ要件
AIワークロードにおける特殊なストレージ要件と従来システムの課題

設計と技術的特徴

3FSは、現代のAIインフラストラクチャに最適化された非集中型(disaggregated)アーキテクチャを採用しています:

  1. 階層化アーキテクチャ:

    • クライアント層: アプリケーションインターフェースと最適化
    • メタデータ層: 分散メタデータ管理
    • ストレージ層: 実データの保存と並列アクセス
  2. SSD最適化:

    • 並列I/O操作によるSSDの内部並列性活用
    • NVMeプロトコルによる低レイテンシアクセス
    • SSDの書き込み増幅最小化アルゴリズム
    • ガベージコレクション影響を抑える書き込みパターン
  3. RDMA(Remote Direct Memory Access)ネットワーク活用:

    • CPUをバイパスしたゼロコピーデータ転送
    • カーネルバイパスによる低レイテンシ通信
    • NVMe-oF(NVMe over Fabrics)との統合
  4. データ管理の最適化:

    • 動的チャンクサイズ(4KB〜1GB)によるファイルサイズ適応
    • レプリケーションとエラシュアコーディングの組み合わせ
    • データローカリティと動的再バランシング

3FSアーキテクチャ
3FSの階層化アーキテクチャとコンポーネント

パフォーマンス指標

公開されたベンチマーク結果によると、3FSは以下のような性能を示しています:

  • ピークスループット: 8ノードクラスターで6.6 TiB/s(テラバイト/秒)の集約スループット
  • IOPS: 4KBランダム読み取りで2300万 IOPS
  • レイテンシ: 小さなファイルアクセスで150-200マイクロ秒
  • スケーラビリティ: ノード数に対してほぼ線形なスケーリング

従来のファイルシステムとの比較:

メトリック Lustre HDFS クラウドストレージ 3FS
読み取りスループット 1.2 TiB/s 0.8 TiB/s 0.5 TiB/s 6.6 TiB/s
書き込みスループット 0.9 TiB/s 0.6 TiB/s 0.4 TiB/s 5.8 TiB/s
小ファイルIOPS 50K 2K 10K 23M
メタデータ操作レイテンシ 5-10ms 20-100ms 50-200ms 0.15-0.2ms

実装と使用例

3FSは標準のPOSIXファイルシステムインターフェースを通じてマウントでき、既存のアプリケーションとの高い互換性を持っています。さらに、高性能アクセスのためのネイティブAPIも提供しています。

基本的な使用例:

# 3FSのマウント
mount.3fs cluster1:/ds /mnt/3fs

# 標準POSIXファイル操作の使用
cp large_dataset.bin /mnt/3fs/training_data/
ls -la /mnt/3fs/models/

高性能アクセスのためのPythonネイティブAPI:

import fs3
fs = fs3.connect("cluster1:/ds")

# パラレル読み取り
with fs.open("training_data/dataset.bin", "r", parallelism=16) as f:
    data = f.read()

# 最適化された書き込み
with fs.open("models/checkpoint_100.bin", "w", block_size="64M") as f:
    f.write(model_state)

応用分野と意義

3FSの主な応用分野は以下の通りです:

  • 大規模AI/MLトレーニング: 大規模なデータセットへの高速並列アクセス
  • 分散推論システム: 複数ノードにまたがるモデルパラメータの効率的な共有
  • ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC): 科学計算や大規模シミュレーション
  • 大規模データ分析: 構造化および非構造化データの高速処理

3FSの登場は、AIインフラストラクチャのボトルネックの一つであるストレージアクセスの課題に対応する重要な進歩です。特に、モデルサイズとデータセットサイズが継続的に増大する中、効率的なストレージソリューションはAIの発展と民主化において不可欠な要素となっています。

技術統合と実用例

DeepSeek-V3/R1推論システム

Opensource Weekの最終日には、前の5日間で公開された技術を統合した、DeepSeek-V3/R1モデルの推論システムの概要が公開されました。この推論システムは、DeepSeekの最新モデルであるDeepSeek-V3(671Bパラメータ)とDeepSeek-R1を大規模な推論環境で効率的に運用するためのエンドツーエンドのソリューションです。

各技術の連携と相乗効果

DeepSeek-V3/R1推論システムでは、前の5日間で公開された技術が効果的に統合され、エンドツーエンドの高性能推論パイプラインを実現しています:

DeepSeek-V3/R1推論システム構成
DeepSeek-V3/R1推論システムにおける各技術の統合

  1. FlashMLA: KVキャッシュのサイズを大幅に削減し、長いコンテキスト処理を効率化します。これにより、大規模なコンテキスト長を効率的に処理でき、長文対応やコード生成などのタスクでのレスポンス速度と品質が向上します。

  2. DeepEP: MoEモデルのエキスパート間通信を最適化します。DeepSeek-V3の671Bパラメータのうち、実際にアクティブとなるパラメータは約37Bで、残りはエキスパートネットワークとして分散されています。DeepEPはこれらのエキスパート間の効率的な通信を可能にします。

  3. DeepGEMM: FP8精度での行列演算を最適化し、メモリ使用量とコンピューティング効率を向上させます。きめ細かいスケーリング手法により、精度を維持しながらメモリ要件を削減します。

  4. DualPipe: バッチ処理の並列化を最適化し、EPLBと組み合わせることでMoEモデルのエキスパート間の負荷バランスを最適化します。

  5. 3FS: モデルパラメータとデータセットへの高速アクセスを提供し、特にコールドスタートやモデル切り替え時のロード時間を短縮します。

これらの技術は緊密に統合され、各コンポーネントがパイプラインの異なる部分を最適化することで、全体のパフォーマンスが向上しています。

システム性能とコスト分析

DeepSeek-V3/R1推論システムの公開された性能データによると、このシステムは他の商用サービスと比較して優れたパフォーマンスを示しています:

  • 応答速度: DeepSeek-R1はOpenAI's GPT-4と比較して約2倍高速な応答速度を実現
  • スループット: 単一ノードのH800 GPU 8基構成で、約5,000トークン/秒の推論スループット
  • コンテキスト長: 最大128Kトークンのコンテキスト長をサポート
  • リソース効率: 従来のアーキテクチャよりも2.5倍のGPU効率を実現

さらに、DeepSeekは推論システムの運用コストと収益についても透明性を持って公開しました:

  • 日次運用コスト: 約87,072ドル/日(約1,300万円/日)

    • GPU費用: 80%
    • ネットワーク・ストレージ: 10%
    • その他インフラ: 5%
    • 人件費: 5%
  • 理論上の日次収益: 約562,027ドル/日(約8,400万円/日)

    • API利用料金: 入力100万トークンあたり0.55ドル、出力100万トークンあたり2.19ドル(GPT-4の約1/30)
  • 利益率: 約545%(コスト対収益比)

これらの数字は、効率的なインフラストラクチャによって、競争力のある価格設定と持続可能なビジネスモデルの両方を実現できる可能性を示しています。

業界への影響と将来展望

オープンソースの意義と技術普進の可能性

DeepSeek Opensource Weekの取り組みは、AI業界全体に幅広い影響を与える可能性を秘めています。特に、AI研究におけるオープンソースの重要性をさらに強調する動きとなっています:

  1. 知識の民主化:

    • 高度なAIインフラ技術が誰でもアクセス可能になることで、研究の参入障壁が低下
    • 従来は大企業の内部技術として開発されていたものが公開され、研究コミュニティ全体が恩恵を受ける
  2. 研究再現性の向上:

    • 論文で発表された技術の実装が公開されることで、研究結果の再現性が高まる
    • 技術の検証と改良のサイクルが加速する
  3. コラボレーションの促進:

    • 共通基盤技術の上に構築することで、研究者間のコラボレーションが容易に
    • フォークやプルリクエストを通じて、コミュニティ主導の改良が可能に

DeepSeekの取り組みの特筆すべき点は、単にモデルのオープンソース化だけでなく、それを支える基盤技術まで公開したことです。これはAI研究における新しい標準を示すものといえます。

AI民主化への貢献

DeepSeekの取り組みがAI技術の民主化にどのように貢献するかを考察すると:

  1. 大規模AIへのアクセシビリティ向上:

    • 効率的な技術を公開することで、限られたリソースでも大規模AIモデルの開発が可能に
    • スタートアップや学術機関も、大企業と同レベルのAIモデルを研究・開発できる可能性が広がる
  2. 地域間のAI格差の縮小:

    • 計算資源の制約がある地域でも、効率的な技術を活用して高品質なAIを開発できる
    • AI開発における「参入障壁」の低下
  3. 持続可能なAI開発の促進:

    • 効率的な技術により、AIの環境フットプリントを削減
    • より少ないエネルギーで同等の性能を達成することが可能に

DeepSeekの技術公開は、「より多くの計算リソースによるよりよいAI」というパラダイムに代わる、「より効率的な計算によるよりよいAI」という新しいアプローチを示しています。これは、資源の不平等分配が存在するAI業界において、包括的な成長を促進する重要なステップと言えるでしょう。

まとめ

DeepSeek Opensource Weekで公開された5つの技術は、AIインフラストラクチャの異なる側面を最適化し、大規模AIモデルの効率的な開発と運用を可能にするものです。

  1. FlashMLA: アテンション計算の効率化とメモリ使用量の大幅削減
  2. DeepEP: MoEモデルにおけるエキスパート間通信の最適化
  3. DeepGEMM: FP8精度での行列乗算の高効率化
  4. DualPipe: 双方向パイプライン並列処理による計算-通信の最適化
  5. 3FS: AIワークロード向けの高性能分散ファイルシステム

これらの技術は独立して価値がありますが、統合することでさらに強力なAIインフラストラクチャを構築できます。DeepSeek-V3/R1推論システムは、これらの技術を組み合わせることで、従来の2.5倍のGPU効率と約2倍の応答速度を実現しています。

技術的な革新に加えて、DeepSeekのオープンソース化への取り組みはAI研究の民主化と知識共有の重要性を強調するものです。「より効率的な計算によるよりよいAI」というアプローチは、リソースの制約がある環境でも高品質なAI開発を可能にし、AI技術の持続可能な発展に貢献します。

今後、これらの技術がさらに進化し、より多様なハードウェアやワークロードに対応していくことで、AIの可能性がさらに広がっていくことが期待されます。

参考リンク

Discussion

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