AIは役職の給料分しか働かない:GPT-5.2 vs Gemini 3で検証するペルソナ設計の破壊力
AIは役職の給料分しか働かない
2025年12月、OpenAIは社内で「コードレッド」を宣言しました。GoogleのGemini 3登場により市場シェアが流出し、GPT-5.1リリースからわずか1ヶ月でGPT-5.2を急遽投入する事態となりました。
この急ごしらえのリリースは、あるおもしろい現象を引き起こしています。同じ構造のプロンプトでも、出力品質に劇的な差が生まれるのです。
その差を生む要因は何か?実験で検証しました。
🔬 検証実験:同じタスク、異なるペルソナ
「AI Tech Summit 2025」という架空のカンファレンス参加報告書を、GPT-5.2とGemini 3に作成させました。
実験条件
| 条件 | 成功例 | 失敗例 |
|---|---|---|
| ペルソナ | 「シニアテクノロジーストラテジスト」 取締役会への提言を行う |
「プロフェッショナルな営業担当」 上司への報告を行う |
| 報告先 | 取締役会(経営層) | 上司(現場マネージャー) |
| その他の条件 | 同一 | 同一 |
プロンプトの構造・制約事項・入力データは完全に同一です。違いは「役割」の一行だけ。
📊 結果比較:視座の違いが一目瞭然
GPT-5.2の場合
✅ 成功例(シニアストラテジスト設定)
導入
結論から言えば、AIはもはや研究・実証段階を超え、「競争力の差を生む経営インフラ」として扱う局面に入っている。
示唆:当社は「どの業務をAIに任せるか」ではなく、「AI前提で業務をどう再構築するか」を経営テーマとして設定すべきである。
まとめ
AIを**"実験対象"ではなく"経営基盤"として扱う覚悟**が求められる。
特徴: 「すべき」「覚悟が求められる」など、経営判断を促す断定的な提言が含まれている。
❌ 失敗例(営業担当設定)
導入
経営層ならびに各部署の皆様が、今後の事業検討や戦略立案を行う際の参考情報としてご活用いただければ幸いです。
まとめ
本報告が、今後の戦略検討における一助となれば幸いです。
特徴: 「幸いです」「感じました」など、遠慮がちで受動的な表現に終始。戦略提言がほぼない。
Gemini 3の場合
✅ 成功例(シニアストラテジスト設定)
導入
当社の現在の技術ロードマップと市場のスピード感に乖離が生じつつある懸念を抱きました。本報告を通じ、次期投資計画における優先順位の見直しを提言します。
まとめ
最大の競合は「他社」ではなく、**「意思決定の遅さ」**です。
Next Step: 「AI戦略ロードマップ見直しに関する緊急ワークショップ」を設定してもよろしいでしょうか?
特徴: 「提言します」「懸念を抱きました」と、能動的かつ具体的なアクション提案まで踏み込んでいる。
❌ 失敗例(営業担当設定)
導入
以下の通り報告いたします。
まとめ
当社のサービス競争力強化に貢献してまいる所存です。
開発チームやプロダクト企画チーム向けに、より詳細な共有会を実施させていただくことは可能でしょうか?
特徴: 「いたします」「所存です」と、報告者の立場に留まった謙虚な表現。経営提言ではなく情報共有に終わっている。
📈 分析:なぜペルソナで出力が変わるのか
1. AIは「役職の給料分」しか働かない
これは比喩ではなく、LLMの動作原理に基づいた現象です。
LLMは学習データの中で、「営業担当」「コンサルタント」「CTO」といった役職と、それに紐づく文体・語彙・提案の踏み込み度合いを学習しています。
| ペルソナ | 学習された典型的な振る舞い |
|---|---|
| 営業担当 | 報告・共有・許可を求める |
| コンサルタント | 分析・提言・断定する |
| CTO/ストラテジスト | 戦略提案・意思決定を促す |
「営業担当」と指示すると、AIは気を利かせて**「上司に遠慮する」振る舞い**をシミュレートしてしまうのです。
2. 「プロフェッショナル」という言葉の罠
失敗例では「プロフェッショナルな営業担当」と指示しました。この「プロフェッショナル」は効いていません。
なぜか?この形容詞は「言葉遣いが丁寧」「ミスがない」という意味に解釈されやすく、「知的に高度な分析をする」という指示としては弱すぎるからです。
一方、「シニアテクノロジーストラテジスト」という具体的な役職名は、LLMの学習データに含まれる「高度な分析レポート」と強く結びつきます。
3. GPT-5.2の「冗長化」傾向:クリエイティブ牙城の崩壊?
今回の実験で最も注目すべきは、**GPT-5.2の失敗例における「冗長さ」**です。
失敗例の文体比較
実際に生成された文章を比較すると、その差は歴然としています。
GPT-5.2 失敗例(営業担当設定):
本報告書は、米国サンフランシスコにて開催された「AI Tech Summit 2025」に参加し、現地で得られた最新の技術動向および業界の潮流について共有することを目的としております。経営層ならびに各部署の皆様が、今後の事業検討や戦略立案を行う際の参考情報としてご活用いただければ幸いです。
問題点:
- 「〜ております」「〜ご活用いただければ幸いです」という過剰な丁寧語
- 2文を使っても中身の手応え(Conclusion)がゼロ
- 典型的な「文字数は多いが、何も言っていない」文章
一方、Gemini 3は失敗例でさえ構造化を維持しています。これはGoogleがDocs/Slides等のビジネス文書を大量に学習させた結果かもしれません。
中身の比較:「感想文」vs「戦略提言」
さらに深刻なのは、文章の中身(インサイト)の質です。「得られた気づき」のパートを比較してみましょう。
🅰️ GPT-5.2 失敗例(営業担当):
導入失敗事例が共有され、データ品質や運用設計の重要性を再認識しました。また、業務設計そのものの見直しが必要であると感じました。意思決定と実行スピードが今後の成否を左右すると考えられます。
判定: 典型的な「小学生の感想文」です。「再認識した」「感じた」という主観的な報告に留まり、「で、どうするの?」というアクションが欠落しています。
💡 : これは決してGPT-5.2が劣っているわけではなく、ペルソナ設定次第で劇的に改善する点が重要です。実際、適切な役割を与えれば、GPT-5.2もGemini 3に引けを取らない提言を出力します。
🅱️ Gemini 3 成功例(ストラテジスト):
提言: 開発リソースを「モデル開発」から、RAGやマルチモーダルを活用した**「ラストワンマイルのUX(ユーザー体験)設計」へ大胆にシフトすべきです。
提言: セキュアな環境での「小規模・特化型モデル」の構築支援...を製品ポートフォリオに追加することを推奨**します。
判定: 明確な「Actionable Insight(行動につながる洞察)」です。「シフトすべき」「推奨する」と断定し、具体的な投資判断を迫っています。
丁寧な言葉でダラダラと「感想」を書くGPT-5.2と、箇条書きでバシッと「提言」をするGemini 3。ビジネス現場でどちらが重宝されるかは火を見るよりも明らかです。
「コードレッド」の副作用
この冗長化傾向は、GPT-5.2が急遽リリースされた副作用である可能性があります。
- RLHFのチューニングが甘くなっている
- 「丁寧=良い」という単純なフィードバックに引っ張られている
- 文章の「質」より「量」を優先する傾向が強まっている
クリエイティブワークの牙城は揺らぐのか
**「クリエイティブワークにはGPT」**という構図は、すでに揺らぎ始めています。
クリエイティブワークにおいて最も嫌われるのは「冗長さ」です:
| 用途 | 求められる特性 | GPT-5.2の現状 |
|---|---|---|
| コピーライティング | 短く刺さる言葉 | ❌ 冗長 |
| ビジネス報告書 | 構造化された読みやすさ | ❌ 婉曲表現の連続 |
| 小説・脚本 | 無駄を削ぎ落とす技術 | ❌ 修飾語過多 |
もしGPT-5.2が「丁寧に長く書く」傾向を持ち続けるなら、クリエイティブワークでの優位性はGeminiに奪われる可能性があります。
🛠️ 実践Tips:効果的なペルソナ設計
✅ やるべきこと
# 役割
あなたは、グローバルIT企業の経営戦略を担う「シニアテクノロジーストラテジスト」です。
取締役会に対して忖度なく客観的かつ示唆に富んだ提言を行うことが求められています。
ポイント:
- 具体的な役職名(「コンサルタント」「CTO」「専門家」など)
- その役職に求められる振る舞いの明示
- 報告先・読者の明示(取締役会、経営層など)
❌ 避けるべきこと
# 役割
あなたは、プロフェッショナルな担当者です。
報告書を作成します。
問題点:
- 「担当者」は視座が低い
- 「報告書を作成」はタスク定義であって役割ではない
- 「プロフェッショナル」は曖昧すぎる
🎯 まとめ:モデルは変動する、だから手綱を握れ
GPT-5.2の急遽リリースが示すように、LLMの性能は常に安定しているわけではありません。急いでリリースされたモデルは調整不足の挙動を見せることがあります。
しかし、今回の実験で証明されたように、ペルソナ設計が適切であれば、モデルの変動に左右されにくい安定した出力を得られます。
モデルが優秀な時 → ペルソナは「より高み」を目指すブースト
モデルがダメな時 → ペルソナは「最低限の品質」を担保する防波堤
「たまたま動いた」で満足せず、「誰がやっても同じ結果を出せる仕組み」を作る。
これがプロンプトエンジニアリングの本質であり、「工芸品」から「工業製品」への進化です。
📎 検証に使用したプロンプト
本記事の検証で使用したプロンプトは、以下のURLで公開しています。ぜひご自身の環境でも試してみてください。
⭕️成功パターン : https://chatgpt.com/share/693eacd7-3aa0-800d-af37-b81ecedea5f3
❌失敗パターン : https://chatgpt.com/share/693eacf2-feb8-800d-ba13-57d626d4a66f
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筆者について
27年のエンジニア経験を持つ、生成AI講師として活動しています。
エンジニアリングの知見を活かし、プロンプトを「感覚」ではなく「技術」として体系化することに取り組んでいます。
経歴:
- 27年のエンジニア経験(開発・設計・アーキテクチャ)
- 現在は本業を休んで生成AIスクールの講師として活動
- 筋トレ的にAI技術を学びながら実践的な指導を展開中
教えている技術:
- プロンプトエンジニアリング
- LangChain / LangGraph
- 生成AIの実務活用
お仕事のご相談
27年のエンジニア経験と、現在進行形でのAI学習を活かして、以下のようなご相談を承っています:
企業・組織向け
生成AI活用の研修・ワークショップ
- プロンプトエンジニアリング実践研修
- ChatGPT/Claude/Geminiの業務活用トレーニング
- LangChain/LangGraph入門ワークショップ
- エンジニア向け生成AI活用セミナー
エンジニアリング視点でのAI導入支援
- 開発チームへのAI活用アドバイス
- 技術選定・アーキテクチャ相談
- AIツール評価(エンジニア目線)
- 開発プロセスへのAI統合支援
業務効率化のプロンプト設計
- 業務に特化したプロンプト開発
- ドキュメント作成の自動化支援
- コード生成・レビューのAI活用
個人向け(エンジニア・学習者)
生成AI学習のメンタリング
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- 実務でのAI活用メンタリング
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