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ブリッジSE(BrSE)とは?ベトナム・日本プロジェクトのための完全ガイド

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第0章:はじめに

自己紹介

みなさん、こんにちは。ズンと申します。

私はベトナム国家大学ホーチミン市校情報工科大学(VNUHCM-UIT)にて、日越IT専攻を卒業しました。これはITの知識と日本語、そして日本の文化を組み合わせた特別な教育プログラムであり、私がBrSEの道を目指すきっかけとなりました。

現在、日本でブリッジSEとして約2年間の実務経験があります。その間、広告、物流(ロジスティクス)、データウェアハウス構築、そして社内管理システムまで、多岐にわたる分野のプロジェクトに参加する機会に恵まれました。

Zennを通じて、ベトナムと日本のエンジニア間の連携がよりスムーズで効果的になるよう、自身の経験を共有できればと考えています。

この記事の対象読者

本題に入る前に、この記事がどのような読者を対象としているかを明確にさせてください。

  • ベトナムのオフショアチームと協業している、または今後協業する予定で、BrSEの役割をより深く理解し、効果的な連携を目指す日本のエンジニアやPMの皆様。
  • 日本で働いており、BrSEへのキャリアチェンジに関心のあるベトナム人エンジニアの皆様。
  • オフショア開発モデルや、多文化プロジェクトにおける「架け橋」となるポジションの役割に興味のあるすべての方。

特に、こうしたオフショア開発の現場では、共通のある「課題」が頻繁に発生します。日本のクライアントが説明した要求と、ベトナムのオフショアチームが開発した成果物が、全く異なってしまったという経験はありませんか?双方が懸命に努力したにもかかわらず、言語や文化、そして技術的な理解における「見えない壁」が原因で、プロジェクトが遅延し、誤解やコストの増大を引き起こしてしまった…。

そのような状況で生まれ、非常に重要となった役割が、私たちが「ブリッジSE」と呼ぶ**BrSE(Bridge System Engineer)**です。彼らは単に日本語が話せるプログラマーではありません。クライアントの言葉を技術言語へ、日本の文化をベトナムの文化へ、そしてその逆へと翻訳する、多言語の「通訳者」であり、チームを繋ぐ接着剤のような存在です。

この記事では、BrSEという役割を解き明かすための完全ガイドとして、彼らが何者で、何をし、なぜ重要なのか、そしてどうすれば成功するBrSEになれるのかを解説します。


第1章:BrSEとは?なぜ重要なのか?不可欠なスキルセット

簡単に言えば、BrSEはクライアント(日本)と開発チーム(ベトナム)の間に立ち、情報の流れがスムーズかつ正確であることを保証する役割です。彼らの使命は、プロジェクトを成功に導くためにあらゆる障壁を取り除くことです。

では、プロジェクトにBrSEがいないと何が起こるのでしょうか?

  • 伝言ゲームによる要求の歪み: クライアントからPM、リーダー、そして開発者へと情報が伝わる過程で、各ステップで内容が少しずつずれてしまう可能性があります。
  • 労働文化の衝突: 日本側が「報連相」に基づいた詳細な報告を期待する一方で、ベトナム側はより柔軟な働き方をすることがあり、それが不信感につながることがあります。例えば、本番環境でインシデントが発生した時の対応が典型です。
    • 日本側は、まず会議を開き、原因を徹底的に究明し、影響範囲を完全に特定してから**「根本対応」(根本的な修正)を行うことを重視します。
    • 一方でベトナム側は、まずユーザー体験への影響を止めるための「暫定対応」(応急処置)を迅速に行い、サービスを復旧させることを最優先する傾向があります。その後、時間をかけて根本原因を調査します。
    • どちらも間違っているわけではありませんが、この優先順位の違いが、時には「なぜすぐに原因を調査しないんだ」や「なぜすぐに対応してくれないんだ」といった衝突を生むことがあります。
  • 期待に応えられない成果物: 開発チームは技術的に完璧な製品を作ったかもしれませんが、それがクライアントのビジネス上の課題を解決していなければ意味がありません。
  • 時間と労力の無駄: 要求の誤解による手戻り(リワーク)は避けられません。

BrSEは、これらすべての「痛み」を解決するために生まれました。彼らは、開発チームが正しく理解し、十分な作業を行い、クライアントが必要なものを正確に受け取れるようにすることで、プロジェクトのリリース成功を支えるのです。

成功するBrSEに不可欠なスキルセット

この複雑な役割をうまくこなすためには、BrSEには以下の3つのスキルグループが必要です。

1. ハードスキル

  • 確かな技術基盤: 「橋」の両端を理解できなければ、橋を架けることはできません。BrSEはコードを読解し、システムアーキテクチャ、データベース、APIなどを理解して、開発チームとクライアントの双方と効果的に議論できる必要があります。
  • 開発プロセスの知識: アジャイル/スクラムやウォーターフォールといったモデルを理解し、プロジェクトに応じて柔軟に助言・適用できる能力。
  • プロジェクト管理スキル: 計画立案、タスク分割、進捗管理、リスク管理ができることは非常に大きな強みとなります。

2. ソフトスキル

  • 卓越したコミュニケーション能力: これが最も重要なスキルです。話す・書くだけでなく、クライアントの言葉の裏にある「隠れた意図」を汲み取る傾聴力や、複雑な技術的問題をシンプルで分かりやすく説明する能力が求められます。
  • 交渉力・説得力: スコープや納期についてクライアントと交渉したり、技術的な解決策について開発チームを説得したりすることが頻繁にあります。
  • 問題解決能力: 問題が発生した際、冷静に根本原因を分析し、両者と協力して最適な解決策を見つけ出す能力。

3. 特殊スキル

  • 語学力(日本語): 一般的に、JLPT N2以上の日本語能力が、業務上のコミュニケーション、会議、ドキュメント作成をプロフェッショナルに行うために必要とされます。
  • 異文化理解: 日本の労働文化(時間厳守、緻密さ、報連相)とベトナムの労働文化(柔軟性、創造性)の違いを深く理解し、双方の強みを活かして円滑な協力を促進する能力。
    • 例えば、「報連相」に対する感覚の違いが典型的なエピソードです。
      • ベトナムのエンジニアは「柔軟性」と「創造性」が高く、「任されたタスクは、問題があっても自分で解決してこそプロだ」と考える傾向があります。
      • そのため、開発中に問題が発生しても、「これは自分で解決できる」と判断した場合、あえて報告(報連相)しないことがあります。それは「余計な心配をかけさせたくない」というポジティブな意図からです。
      • 一方、日本のPMは「サイレンス(沈黙)」を最も恐れます。問題の大小にかかわらず、ステータスが共有されないと「何か隠れた問題があるのでは」と不安になります。
      • この「良かれと思って報告しない」ベトナム文化と、「小さなことでも報告してほしい」日本文化が衝突するのです。
      • BrSEは、この文化的な背景の違いを両者に説明し、例えば「問題解決は歓迎するが、問題の発生時点ですぐにアラートを上げてほしい」といった共通のルール(報連相のレベル)を定義することで、信頼関係を構築する役割を担います。

第2章:ブリッジSEの典型的な一日

BrSEの一日は、プロジェクトのフェーズや内容によって大きく変わります。要件定義フェーズではクライアントとの仕様調整やドキュメント作成が中心になりますが、開発フェーズでは進捗管理や品質確認、テストフェーズでは不具合対応や調整業務が増えます。

ここでは、あくまで一例として、開発フェーズにおけるBrSEの典型的な一日を紹介します。

☀️ 午前 (9:00 - 12:00): ベトナムチームとの同期

  • 一日の始まりは、開発チームとのデイリースタンドアップミーティングです。進捗を確認し、課題をヒアリングし、仕様に関する質問に即座に回答します。
  • 日本のクライアントから前日の業務終了後に届いたメールやSlackのメッセージを確認します。
  • クライアントに確認が必要な質問を、明確かつ論理的にまとめます。

☀️ 午後 (13:00 - 15:00): 日本のクライアントとのコミュニケーション

  • 両国の就業時間が重なるこの時間帯は「ゴールデンタイム」です。BrSEはクライアントとの定例会議に参加します。
  • 会議の内容は、進捗報告、デモの実施、複雑な要求の明確化、そしてフィードバックの受領などです。

🌙 午後遅く (15:00 - 18:00): 開発チームのための「材料」準備

  • クライアントからの情報に基づき、要求仕様書(specification documents)を更新または新規作成します。
  • JiraやRedmineなどで、開発チームがすぐに作業に取りかかれるよう、詳細な記述と共にタスクを作成・更新します。
  • 日中に開発チームから発生した質問に回答します。時には、ビジネスロジックが正しく実装されていることを確認するために、コードレビューに参加することもあります。

第3章:よくある落とし穴と誤解(そして、その乗り越え方)

BrSEの役割は重要ですが、協力が常にスムーズに進むわけではありません。以下はよくある落とし穴です。

日本のクライアント側から:

  • 誤解: BrSEを単なる「コードがわかる通訳者」と見なすこと。日本語の資料を渡し、開発チームが質問なしで100%理解することを期待してしまいます。
  • 解決策: BrSEは、単に受け取って翻訳するだけでなく、ビジネスの目的について質問したり、より良い技術的解決策を提案したりすることで、コンサルタントとしての役割を積極的に示す必要があります。

ベトナムの開発チーム側から:

  • 誤解: BrSEに過度に依存し、唯一の情報窓口と見なすこと。質問や提案をためらい、BrSEが詳細なタスクを割り当てるのをただ待ってしまいます。
  • 解決策: BrSEは「主体的に質問する文化」を醸成し、開発チームが直接Q&Aシートに質問を記入し、BrSEがその伝達をサポートするような体制を奨励すべきです。

BrSE自身の問題として:

  • 誤解: 自身が「ボトルネック」になってしまうこと。唯一のコミュニケーション窓口であるため、全ての情報がBrSEを経由し、過負荷状態になってプロジェクト全体の進行を遅らせてしまいます。
  • 解決策: BrSEは「権限移譲」と「直接接続」を学ぶ必要があります。例えば、開発者と日本のエンジニアが共に参加する技術会議を設け、BrSEは必要な時だけサポート役に徹するといった方法です。

第4章:BrSEへのキャリアパスと、その先

どうすればBrSEになれるか?

開発者で、この役割に興味がありますか?以下は推奨されるロードマップです。

  • 確固たる技術基盤を築く: まずは優れた開発者になりましょう。2〜3年の実務経験が理想的なスタートです。
  • 日本語に真剣に投資する: JLPT N2の取得を目標に設定しましょう。これはBrSEとしてのキャリアにとって最も価値のある投資です。
  • 主体的に機会を探す: 日本のクライアントがいるプロジェクトへの参加を希望しましょう。最初はチームの一員かもしれませんが、先輩BrSEの仕事ぶりを観察することが大切です。
  • ソフトスキルを磨く: チームミーティングでのコミュニケーションやプレゼンテーションに積極的に参加し、明確で簡潔なドキュメントを作成する練習をしましょう。

キャリアアップの道筋:BrSEの次は?

BrSEのキャリアはそこで終わりません。そのユニークなスキルセットを活かし、多くの方向に発展できます。

  • マネジメント志向: プロジェクトマネージャー(PM)やデリバリーマネージャーへ。
  • 技術志向: システム全体の技術的解決策を設計するソリューションアーキテクト(SA)へ。
  • プロダクト志向: アジャイルプロジェクトにおけるプロダクトオーナー(PO)へ。

役立つ資格

  • 語学: JLPT N2, N1 / BJT J2, J1(+)
  • プロジェクト管理: PMP, Certified ScrumMaster (CSM)
  • 技術: クラウド(AWS, GCP)、セキュリティ関連の資格は大きなプラスになります。

第5章:「中の人」から見た視点

BrSEの仕事はよく「板挟み」と例えられます。しかし、私にとって最も試練となったその「板挟み」は、技術的なものではなく、まさに「人」をめぐる対立でした。

これから、一つの実話をお話しさせてください。

それは、私が以前参加した社内プロジェクトでの出来事です。ある日、新任のPMがプロジェクトに加わりました。彼は新しいメンバーとしての情熱にあふれ、すぐにシステムの機能を改善するためのいくつかの方策を提案しました。

そして、そこから「嵐」が始まりました。

システムのことを「手のひらのように」熟知しているベナムの開発チームは、この提案が非合理的だと感じました。彼らはこう反論します。「彼は新任で、まだ内部の複雑な機能を全て理解していない。このアイデア通りに進めると、現在のロジックが崩れてしまう。」

会議の空気は「張り詰めた糸」のように緊張し始めました。開発チームは、自分たちの「我が子」とも言えるシステムを守るために守備的な姿勢を取ります。一方、新任PMは、自分の改善案が受け入れられていない、尊重されていないと感じていました。

皮肉なことに、私は両者ともに「プロジェクトを成長させ、ユーザーにとって最善の効果をもたらしたい」という共通の善意を持っていることを知っていました。しかし、アプローチの違いが、意図せずして壁を生み出してしまったのです。

BrSEの役割:「伝書鳩」ではなく、「理解の橋を架ける者」

その瞬間、私は自分の本当の役割を悟りました。もし私が単なる「伝書鳩」として、機械的にPMの言葉をチームに、チームの拒絶をPMに翻訳するだけなら、その壁は厚くなる一方だと。私は行動しなければならないと決意しました。

ステップ1:「クールダウン」させ、反発を分析に変える

まず、ベトナムチームだけで会議を開きました。「PMの要求通りに進めなければなりません」と切り出す代わりに、私はこう言いました。「彼の提案を一緒に分析しましょう。このアイデアは善意から来ているはずです。では、その善意とは具体的に何でしょうか?」

私たちは、提案の一つ一つを丁寧に分解していきました。

  • メリットは何か?(これでチームはPMの善意を認識できました)
  • デメリットとリスクは何か?(ここで、チームは論理的に懸念を表明できました)
  • では、どうすればメリットを活かしつつ、非合理的な点を克服できるか?

会議の空気は一変しました。チームの反発は、建設的な「ブレインストーミング」へと変わったのです。私たちはアイデアを**「却下」するのではなく、「改善」**したのです。

ステップ2:解決策を(建設的な視点で)再提案する

次のPMとの会議で、私は問題を再提起しました。「開発チームは同意しません」とは言わず、次のように伝えました。

「ご提案いただいた機能改善について、チームで深く検討しました。皆、〇〇さん(PMの名前)の目指すゴールは全く正しいと感じています。しかし、これを直接適用すると、いくつかのリスクが考えられます。具体的には:

  1. 当初の仕様を大幅に変更する必要があります。
  2. これにより、ゼロからの再開発が必要となり、時間がかかります。
  3. そして重要な点として、実際のユーザーも現在の利用フローに非常に慣れています。

そこで、チームは、あなたの目標を達成しつつ、システムの安定性も確保できる改善案を提案しました…」

結果:「尊敬の架け橋」が架かった時

新任PMは、非常に熱心に耳を傾けてくれました。彼は、チームの現実的な懸念を理解しただけでなく、単に拒絶するのではなく、主体的により良い解決策を提案したチームの姿勢を高く評価してくれました。そして、その改善案に完全に同意してくれたのです。

その会議以降、すべてが変わりました。

  • PMと開発チームの間の見えない壁は崩れました。
  • PMは新しいアイデアを出す前に、主体的に「こういう考えがあるのですが、技術的な観点からチームの意見を聞かせてください」と尋ねるようになりました。
  • 開発チームもよりオープンになり、建設的な精神で耳を傾け、意見を言うようになりました。

この瞬間こそ、私が最大の学びを得た時でした。**「BrSEの役割は、言語の架け橋であるだけでなく、相互理解と尊敬の架け橋である」**と。私たちの仕事は、潜在的な対立を、人々が互いをより深く理解し、共に最高の結果を生み出す機会に変えることなのです。


第6章:まとめ

BrSEは簡単な仕事ではありません。技術とコミュニケーション、論理と共感、そして二つの文化の間でバランスを取ることが求められる役割です。彼らは単なる伝達者ではなく、コンサルタントであり、交渉人であり、時には外交官でもあります。

この記事が、「ブリッジSE」という役割について、明確で包括的な視点を提供できたなら幸いです。もしあなたがこの道を検討しているなら、挑戦に満ちていると同時に、非常にやりがいのある道のりになることを覚悟してください。

あなたはBrSEですか?それともBrSEと一緒に仕事をしていますか?ぜひコメント欄であなたのストーリーや経験を共有してください!

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