自分のために始めたキーボード作りがいつの間にか販売デビューしていた件
この記事はキーボード #2 Advent Calendar 2024の12日目の記事です。
11日目のs-showさん『久しぶりにキーボードを設計した話』で紹介されていたキーボードも、ケースの作り方やマウント方法にエンジニアリング力を感じる設計で非常に面白く参考になりました。OLEDが搭載されたキーボードはやはり憧れます。
ところで改めましてみなさまこんにちは、すいか技研のほりたと申します。すいか技研は、2024年に自作キーボード販売デビューしたばかりの、私が運営するひとりサークルです。今日は、自作キーボード沼にはまってから、自作キーボード販売を行うに至るまでの間にどんなことがあったかを振り返っていきたいと思います。願わくば「自分も自作キーボード販売にチャレンジしたい」といった方にも参考になりましたら幸いです。
最初の自作キーボード「XD84 pro」
自作キーボード沼にハマるきっかけも十人十色ですが、私のはじまりは「良いタッチのコンパクトキーボードが欲しい」でした。それまで自宅ではパンタグラフ式のキーボード、会社ではMajestouch静音赤軸のフルキーボードを使用していたのですが「この2つがフュージョンしつつもっとコンパクトなものが欲しい」となり、既製品を探すものの良いのがなく、ならばと自作キーボード沼に飛び込んだのが2019年でした。
私がキーボードに求める条件でどうしても譲れないのが「ファンクションキー」と「方向キー」でした。この2つを条件にしたキーボードとなると途端に候補が減ってしまう中、出会ったのがKPrepublicでみつけた75%のキット「XD84 pro」でした。スイッチは王道の Cherry MX Silent Red (45g) にしました。
この基板はANSI EnterとISO Enter両方選べたのですが、ひねくれ者だったのでUS配列ながらISO Enterにしました。組み立てもスムーズ、動作も快調、タッチも快適で上々のキーボードライフを過ごすことができました。
なおこのときに、がらりとJIS配列からUS配列にスイッチしました。これまで持っていた日本語キーボードはすべて人に譲り、これ以降ノートPCもUS配列のものを選んでいます。
ハンドワイヤードに挑戦!第0弾「suika91plus」
しかし一度沼に飛び込んだ以上、しばらくすると、またムクムクと「次の」キーボード欲が湧いてくるのは皆様もご経験があるとおり。「ちょっとしたマクロキーが欲しい」「方向キーをとなりのキーと打ち間違えるのでちょっと隙間を作りたい」etc……。理想のキー配置を求めてKeyboard Layout Editorでシミュレーションする日が続きます。そんな中2021年の秋にできたのがこちらの91キーの配置、題して「suika91plus」でした。
しかし、まだこの時点では私は「基板を起こすのは大げさすぎる」と思っていたため、考えた方法が「ハンドワイヤード」でした。KLEのデータからプレートを起こすことができるサイトPlate & Case Builderを見つけ、スイッチプレート作りからチャレンジすることにしました。
プレートはアクリルショップはざいやで1.5mm[1]と3mmのアクリル板を注文し、世田谷ものづくり学校[2]のレーザーカッターを借りて、レーザー加工で作ることにしました。コントローラボードにはElite-C[3]、スイッチにはお手頃ながらタッチも良いGateron Silent Red (45g) と前回の余りを使用しました。
プレートにスイッチをはめ、スズメッキ線・ポリウレタン線・ビニール線を駆使しながら空中配線でマトリクスを作っていき、できたのがこちら。
もし壊れても自分でなんとかすればいいやとのことで、なんとも危なっかしい作りでしたが、無事動いてくれましたし故障もしませんでした。キー配置も気に入っていましたが、最大の問題は「少したわむ」こと。しっかり強度を保持できればと、ねじ止め箇所も20か所以上と多めに配置したつもりでしたが、1.5mmと3mmのアクリル板の強度ではやはり頼りない部分があり、場所によっては少し沈んでしまうのが気になるのでした。
デビュー作!第1弾「suika85ergo」
肩こりが治るキーボードを設計したい
そんな2023年のお正月、それまでだましだまし過ごしていた「肩こり」が急激に爆発し、もう耐えられない痛みに。そうなるとキーボード沼の住人は皆こう考えるでしょう、そう「キーボードが合ってないんじゃないか……」。次なるキーボードの設計が始まりました。
ヒントを探るべく遊舎工房に駆け込み、いろんなキーボードを手当たり次第に試します。そこでなんとなく見えてきた「自分に合うキーボード」は次のようなものでした。
- 手首と腕の角度を自然にできる左右ハの字型の配列がよさげかもしれない
- そしてカラムスタガード、ぜひ試してみたいかもしれない
- しかし分割キーボードよりはやっぱり一体型キーボードが向いているかもしれない
- そしてやっぱりファンクションキーはほしいかもしれない
そんなかもしれないを叶えるための試行錯誤を繰り返し、できたのがこちらのレイアウトでした。
- できるだけ左右対称に分割し、両手のキーには15°ずつ傾斜をつけたい
- 右手側のあぶれた記号キーと方向キーは空いた中央のスペースに配置したい
- DelキーとBackSpaceキーもそれぞれ独立で作りたい
- 左手側にはちょっとしたマクロキーもつけたい
なども意識しつつ考えるうちに、なかなか悪くないと思える配置ができたのでした。題して「suika85ergo」の誕生です。
基板CADに手を出す
前回のハンドワイヤードでの強度不足の教訓から、「今度こそプリント基板を起こそう」と考えていました。参考にさせていただいたのは『1行もコードを書かずに自作キーボードを作る』という記事でした。過去に一度試したきり放置していたKiCadを起動し、完成したのがこちら。
中央上の出っ張りはなくても納めることはできそうでしたが、余裕を持たせつつ特徴的なかたちにしたくなり、気に入ったこの形状を選びました。構造はスイッチをはめるスイッチプレート[4]・部品をハンダ付けするメインプレート・一番底になるバックプレートの3枚をねじ・スペーサで組み合わせる、いわゆるサンドイッチ型(?)の構成としました。
構想1年越しのPCB発注、そして完成
この基板の設計が完成したのは2023年の春ごろだったのですが、なにかとバタバタしており動き出せない時間が続きました。その間はずっとイメトレをしながら寝かせること約1年、2024年2月下旬に突然ぽっかりできたフリー時間に「よし基板発注するか!」と決意。KiCadの設計ファイルを念のため確認し、ガーバーデータを起こし、JLCPCBに注文!! 2週間ほどして届いた基板達がこちらです。
憧れの青い箱に入ってやってきた基板にもうワクワクが止まりません。基板が届いたらあとはパーツを集め組み立てるのみ。ハンドワイヤードの前作にありがとうを告げ全ばらしをしてスイッチ・コントローラボード・キーキャップを頂戴し、秋月電子通商で表面実装ダイオードとゴム足を買い、ヒロスギネットでねじを発注し、TALP KEYBOARDで足りないキーキャップを発注し……できた自分用の初号機がこちらでした。ちなみにこちらはスイッチプレートなしで組み立てました。
85個の米粒ほどの表面実装ダイオードの取り付け[5]には目と肩をやられましたが、想定していた強度も十分、動作もカンペキ、なかなかの自信作が完成しました。
ちなみにひどい肩こりは1年経ってもうだいぶマシになっていました。治してくれたのはキーボードではなく整骨院でした……
余った4台分は遊舎工房様に預けると心に決めていた
さて余った基板4セット分はどうするか。これは基板の発注時点で、売れるかどうかの自信も根拠も全くないながら、遊舎工房にお願いしてみようと勝手に決めていました。そうなると、まずは自分が「サークル」としての体をなしてなければいけません。そこで、あの構想を寝かせていた1年間のイメトレの成果を生かしながら、
- サークル名・サークルロゴの準備
- すいかが大好物なので「すいか」をモチーフにロゴもイチからIllustratorで起こしました
- ウェブサイトの準備
- 勉強用に立てたきり活用できてなかったAWS上にWordPressで構築しました
- ソーシャルアカウントの準備
- Twitterアカウントも個人とは別に新しく作りました
- 製品そのもののネーミングルール
- 「suika + キー数 + コンセプト」で命名することにしました
も行います。準備を整え、ドキドキしながら委託販売フォームに記入し応募をするとなんとOKをいただき、めでたく日の目を見ることが決まります。となると次は、
- ビルドガイド・商品紹介文の用意
- ビルドガイドはGitHubにファームウエアとともにアップします
- 製作過程・完成品の写真撮影
- 地味にこの写真撮影が一番大変に感じました
- ファームウエアのQMKへのプルリクエスト[6]
- マージされるまで半月ほどかかりますので要注意です
- キーマップのVIAへのプルリクエスト
- QMKにマージされないとVIAにプルリクを出せませんが、QMKよりは早いようです
- 販売用パーツ・梱包材の発注
- ゴム足やねじ類、それらを入れる袋などを用意します
- 展示機の製作
- スイッチやキーキャップなど意外と費用がかかります
- 商品の梱包
- デカくて異形のキーボードを作って一番の後悔は梱包が難しいことです
などを経てお客様のお手元に届ける準備を進めました。一度できてしまえばこっちのものかもしれませんが、何事も一番最初は大変です。
とくにQMKとVIAへのマージについては、別にしなくてもファームウエアやjsonファイルを直接配布しさえすれば良いのですが、VIAにマージされると、キーボードをブラウザに接続するのみのワンアクションでVIAのエディタが使えて便利なので、やっておきたかったポイントでした。
パーツを集める中では、「コントローラボードのElite-Cが国内で入手できない」というアクシデントもありました。あわててKeebioから輸入し事なきを得たかと思えば、「Elite-Cと間違えて対応していないElite-Piを注文してしまう[7]」というポンコツもあり、送料諸々も大変ながら、なんとか揃えることができました。
いよいよ委託開始!
遊舎工房に委託するには1台展示機を用意する必要がありますので、販売できるのは残り3台分。展示機の製作と梱包を終えた4月上旬、祈る気持ちで店頭に持ち込んで搬入しました。遊舎工房のウェブサイトに載ったときには感激もひとしおでした。
しかしここから、果たして買ってもらえるかどうか、不安の日々が始まります。毎日のようにサイトをチェックする日が続くうち、なんと在庫が減った!つまり誰かが買ってくれた!そうなると今度はうれしさよりも「無事組み立ててくれただろうか」「きちんと動作しただろうか」というさらなる不安の日々が。
そんな中ありがたいことに、Twitterで購入・組み立て報告をして下さった方や活用してくださる様子をアップしていただける方がいらっしゃったのはやはり大変安心しましたし、大変励みになりました(皆様その節はありがとうございました)。作って良かったと心底感じました。
第1ロットの3枚はおかげさまで無事完売し、第2ロットを発注するとともに、第2弾の製作構想を始めることにしました。
動かない!? 第2弾「suika27melo」
第1弾キーボードの suika85ergo ですが、コントローラボードもこちらで買ってキットに同梱していたため、そのコストがバカにならないと感じ、少しでも安くなるよう「基板にマイクロコントローラを直付け[8]」しようと考えました。とはいえ、いきなり大きな(高価な)基板を製造して動かなかったのではダメージが大きいので、まずは小さめの基板でプロトタイプ的に作り、パーツ選定の正否・動作の確認をした上で、その設計を大きな基板に流用しようと考えました。学生時代に学んだ電気電子工学のうろ覚え知識を総動員しながら回路図と基板を起こし……
できたのがこちらの「suika27melo」です。ATMEGA32U4を備えたピアノ鍵盤風[9]マクロキーボードです。
しかしなんと、製造されて届いた基板が全然動きません!![10] 5枚とも見事に動きません。いろんなネットや書籍の情報[11]をあたりつつ、自分の設計とにらめっこして格闘すること2ヶ月、どうやら抵抗の定数がおかしいようであることに気づきます。どうも、参考にした製品に公開されている回路図の値が違うのではないかと思えてきました。
確信はありませんが、手ハンダでチップ抵抗を交換し、USBケーブルを挿すと、嘘のように動作するではありませんか!この2ヶ月の格闘はなんだったんだというやり場のない思いを鎮めつつも、設計した回路と発注した基板が完全な失敗にならずにすんだことにホッとしました。ということで今後準備を整えて販売できればと思っています。
こちらはATMEGA32U4を使用したのですが、最近の流行に対応すべく、次はRP2040を直付けする基板をこれまたプロトタイプとして設計して製造してみようと考えています。
来年のキーケットに向けてと今後の目標
こうしてなんとか自作キーボード販売デビューができた2024年でしたが、すぐやってくる次のチャレンジは来年3月の「キーボードマーケットトーキョー2025」への出展です。2024年の開催は所用で来場もできずだったので、今回出展できることになりとても嬉しいです。ブース番号は「C-2」ですので、皆様とお目にかかれることを大変楽しみにしております。
現状、製品として完成しているのは suika85ergo と suika27melo の2機種のみなのですが、キーケットの開催までに「suika15tone(27meloのハーフサイズ・RP2040版)」と「suika83opti(85ergoのロースタガード版)」の設計・製造をおこない、計4機種でのぞみたいと思っています。そしてこれらはすいか技研のBoothでも購入していただける体制も整える予定です。
さて、今後の目標ですが、自作キーボードを設計されている皆さんの様々な製品をたくさん見るにつけ、それらに比べると私が今年作ったモノはいずれも基板むき出し・実用本位・質素倹約・手作り感あふれる実験的な製品ばかりだったかもという感想でして、まず来年はこれらをベースに、「使っていて充実感のある」「持ってて嬉しくなる」「質実剛健ながらも所有欲を満たす」ような製品を目指して、ケースやキーキャップにこだわったり等も検討しつつ、製品力・完成度をもっと高めたプロダクトに昇華させていきたいなと考えています。ぜひ今後のすいか技研にご期待下さいますと幸いです。
おわりに
このアドベントカレンダーを企画くださったIKeJIさんをはじめ、ご関係の皆様に感謝申し上げますとともに、ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
キーボード #2 Advent Calendar 2024、明日はさとりさんの「キーマップを煮詰めたい話あたりを書きたい」です。あまりキーマップには凝らずにキー数を多めにして満足しがちなタイプなのでこちらも楽しみです。
この記事は suika85ergo で書きました。
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ちまたでは2mmのアクリル板はいっぱいありますが、スイッチプレートに使える厚さ1.5mmのものはこちらのお店でしか見ない気がします ↩︎
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現在世田谷ものづくり学校は閉鎖されてしまったのですが、こちらの設備は明神下くるーむFACTORYに移設されており、1時間2,500円から利用できて便利です ↩︎
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I/Oに18ピンが使えるProMicroでは、91キーを普通のマトリクスにして、ロータリエンコーダもつなぐためには足りませんでした。Elite-Cだと24ピンをI/Oに使えます ↩︎
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PCBとして発注するかアクリルで作るか大いに悩み、結局若干コストの安いアクリルで作成することにしましたが、今考えればPCBと一緒に作るのが手間が減り楽かなと考えています ↩︎
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初期ロットで表面実装ダイオードをPCBAしなかったことに心底後悔しました。2ロット目からはPCBAしています ↩︎
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現在、QMKの新しくなった書き方に『自作キーボード設計ガイド Vol1 設計入門編』が対応してくれたのでやはりこの本は必読です。また、プルリクのやり方はこちら『qmk firmware の追いかけ方とプルリクのやり方』や『初めてのQMKプルリクエスト』が参考になります ↩︎
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2ロット目の製造では両対応にするようにしました ↩︎
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MCUを取り外し可にするのとどちらが良いかは非常に悩みますが、私は直付けの方が良いかなと感じています。まだUSB端子の破損やMCU周りの故障に出会ってないからそう思うだけかもしれません ↩︎
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個人的に少しDTM熱が上がっていた時期でした。ピアノは全く弾けません ↩︎
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USBケーブルを挿すと警告音の後に「このコンピューターに最後に接続された USB デバイスが正しく機能していないため、Windows によって認識されていません」になってしまうのでした ↩︎
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『RP2040で作る自作キーボードの本』や『はじめてのType-C電子工作』が非常に参考になりました ↩︎
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