Shopify Agentic Commerce を開発者視点で読み解く — Catalog API / MCP / Checkout
こんにちは、StoreHero で CPO をしている永田です。
Shopify Editions Winter '26 で発表された Agentic Commerce、現在AIを組み込んだプロダクト開発を加速させている弊社にとってどんな有用な機能か調査したところ、現実は「マーチャントの支援にどう役立てればいいのだろう...?」「これは機会なのか、それとも脅威なのか」と戸惑う内容でした。
この記事で触れること / 触れないこと
触れること:
- なぜ戸惑ったのか — Agentic Commerce の本質
- Catalog API / Catalog MCP Server の主要機能
- Checkout 機能(Cart Permalink / Checkout Kit)
- グロース支援会社にとって機会なのか脅威なのか
触れないこと:
- Agentic Storefronts(マーチャント向け設定)の詳細 → 公式ページ参照
- Sidekick の進化
- 実際のエージェント構築のチュートリアル
なぜ戸惑ったのか
これはマーチャント向けの機能ではない
Agentic Commerce のドキュメントを読み進めて最初に気づいたのは、これが従来の Shopify 開発とは異なるレイヤーの話だということでした。
従来の Shopify 開発は、マーチャントの管理画面を拡張したり、ストアフロントをカスタマイズしたりするものです。対象はマーチャント、価値提供先もマーチャント。
一方、Agentic Commerce は消費者がストアを経由せず、AI エージェントと会話しながら買い物をする体験を実現するためのインフラです。
つまり、開発者が作るのは「マーチャントのためのアプリ」ではなく「消費者のためのショッピングエージェント」。ここに戸惑いの原因がありました。
Agentic Storefronts との混同に注意
Shopify は同時に Agentic Storefronts というマーチャント向け機能も発表しています。名前が似ているので混同しやすいですが、別物です。
| Agentic Storefronts | Agentic Commerce(本記事の対象) | |
|---|---|---|
| 対象 | マーチャント | 開発者 |
| 何をするか | 既存 AI プラットフォームへの商品掲載 | 独自 AI エージェントの構築 |
| 作業 | 管理画面で設定するだけ | API / MCP を使った開発 |
Agentic Storefronts は、マーチャントが管理画面から設定するだけで ChatGPT / Perplexity / Copilot などに商品が掲載される「配信チャネル」です。詳細は 公式アナウンス を参照してください。
本記事では、開発者向けの Agentic Commerce を掘り下げます。
Agentic Commerce の構成要素
Agentic Commerce は以下で構成されています。
- Shopify Catalog — Shopify 全体の商品を検索できる API / MCP
- Checkout Kit — エージェント内でチェックアウトを埋め込む SDK
- Universal Cart — 複数ストアの商品を1つのカートに(Coming Soon)
これらを組み合わせて、商品発見からカート、決済までを完結できるエージェントを構築できます。
Catalog API(REST)
Shopify に出店している全マーチャントの商品を横断検索できる REST API です。
利用条件
現時点では Early Access です。Dev Dashboard からサインアップできます。
アクセスが許可されると、クライアント ID / シークレットを取得し、Bearer Token を発行して API にアクセスします。
curl --request POST \
--url https://api.shopify.com/auth/access_token \
--header 'Content-Type: application/json' \
--data '{
"client_id": "{your_client_id}",
"client_secret": "{your_client_secret}",
"grant_type": "client_credentials"
}'
エンドポイント
https://discover.shopifyapps.com/global/v1/search
主なパラメータ
| パラメータ | 型 | 説明 |
|---|---|---|
query |
string | 検索クエリ |
limit |
integer | 最大件数(1-10、デフォルト10) |
min_price / max_price
|
number | 価格帯フィルタ |
ships_to |
string | 配送先(ISO 国コード) |
ships_from |
string | 発送元(ISO 国コード) |
shop_ids |
array | 特定ストアに絞り込み |
available_for_sale |
integer | 在庫ありのみ(1)/ 含める(0) |
include_secondhand |
integer | 中古品を含める |
レスポンス
レスポンスには Universal Product という単位で商品が返されます。複数のバリアントやオファーをグルーピングしたもので、以下を含みます:
- 商品タイトル、説明、画像
- 価格帯
- ショップ情報
- バリアント一覧
- Universal Product ID(UPID)— 詳細取得用
- checkoutUrl — そのままチェックアウトに使える URL
Lookup エンドポイント
Search で取得した UPID を使って、特定商品の詳細を取得できます。
https://discover.shopifyapps.com/global/v1/products/{upid}
| パラメータ | 型 | 説明 |
|---|---|---|
upid |
string | Universal Product ID(必須) |
limit |
integer | オファーの最大件数(1-100、デフォルト10) |
min_price / max_price
|
number | 価格帯フィルタ |
ships_to |
string | 配送先(ISO 国コード) |
shop_id |
string | 特定ストアに絞り込み |
available_for_sale |
integer | 在庫ありのみ(1)/ 含める(0) |
Search では limit の上限が 10 ですが、Lookup では 100 まで指定できます。
Catalog MCP Server
MCP(Model Context Protocol)は AI モデルにコンテキストを提供する標準プロトコルです。Claude Desktop や Cursor などの MCP クライアントから直接利用できます。
REST API と比較して、MCP Server には AI エージェント向けの追加パラメータがあります。search_global_products では query と context(ユーザーの属性、気分、場所などリクエストに関する追加情報)が必須パラメータです。また、requires_selling_plan(サブスク商品のみ)などのフィルタや、limit の上限が 300 まで拡張されている点も REST API との違いです。
エンドポイント
https://discover.shopifyapps.com/global/mcp
リクエストは JSON-RPC 2.0 形式。
search_global_products
Shopify 全体から商品を検索します。
{
"jsonrpc": "2.0",
"method": "tools/call",
"id": 1,
"params": {
"name": "search_global_products",
"arguments": {
"query": "wireless headphones",
"context": "ノイズキャンセリング希望、予算は2万円以内",
"max_price": 200,
"ships_to": "JP",
"available_for_sale": true,
"limit": 10
}
}
}
get_global_product_details
UPID を使って特定商品の詳細を取得します。
{
"jsonrpc": "2.0",
"method": "tools/call",
"id": 1,
"params": {
"name": "get_global_product_details",
"arguments": {
"upid": "AbC123XyZ",
"product_options": [
{ "key": "Color", "values": ["Black", "Navy"] },
{ "key": "Size", "values": ["M", "L"] }
],
"context": "暗めの色が好み"
}
}
}
option_preferences パラメータでオプションの優先順位を指定することもできます(例:色を優先してサイズは柔軟に)。
Checkout
Catalog API / MCP のレスポンスには checkoutUrl が含まれています。2つの方法でチェックアウトを実装できます。
Cart Permalink
checkoutUrl をそのまま新しいタブで開くだけ。
window.open(product.checkoutUrl, '_blank');
ユーザーはマーチャントのチェックアウトページに遷移し、そこで決済を完了します。
Checkout Kit
エージェントの UI 内にチェックアウトを埋め込めます。
Web Component:
<shopify-checkout></shopify-checkout>
const checkout = document.querySelector('shopify-checkout');
// チェックアウトURLを設定
checkout.src = 'https://store.myshopify.com/cart/...';
// 完了イベントをリッスン
checkout.addEventListener('checkout:complete', (event) => {
const { orderConfirmation } = event.target;
console.log('Order completed:', orderConfirmation);
});
iOS(Swift):
import ShopifyCheckoutSheetKit
ShopifyCheckoutSheetKit.present(checkout: checkoutURL, from: self, delegate: self)
Android(Kotlin):
import com.shopify.checkoutsheetkit.ShopifyCheckoutSheetKit
ShopifyCheckoutSheetKit.present(checkoutUrl, context, checkoutEventProcessor)
React Native:
import { useShopifyCheckoutSheet } from '@shopify/checkout-sheet-kit';
function App() {
const shopifyCheckout = useShopifyCheckoutSheet();
const handleCheckout = () => {
shopifyCheckout.present(checkoutUrl);
};
}
Checkout Kit を使うと、マーチャントのブランディングやカスタマイズ(Checkout UI Extensions、Shopify Functions など)がそのまま反映されます。
これは機会なのか、脅威なのか
冒頭の問いに戻ります。グロース支援会社にとって、Agentic Commerce は機会なのか脅威なのか。
脅威として見た場合
最も大きな脅威は、商品発見の主導権がマーチャントから AI プラットフォームに移ることです。
従来、消費者はGoogle検索やSNS広告を経由してマーチャントのストアにたどり着き、そこで商品を選んでいました。マーチャントはSEOや広告運用に投資し、「自分のストアに顧客を呼び込む」ことで売上を作ってきました。グロース支援会社はこの流れを支援してきたわけです。
Agentic Commerce の世界では、消費者は AI に「良いヘッドホンを探して」と聞くだけです。AI は Shopify 全体から商品を検索し、複数マーチャントの商品を比較して提示します。消費者はマーチャントのストアを訪れることなく、AI との会話の中で購入を完了します。
これは何を意味するか。
まず、ブランドとの直接的な接点が薄まります。消費者は「どのストアで買ったか」をあまり意識しなくなるかもしれません。
次に、価格競争が激化する可能性があります。AI が複数マーチャントの商品を並べて比較する以上、価格は重要な判断材料になります。ブランドストーリーや購買体験といった「価格以外の価値」を伝える機会が減ります。
そして、従来のグロース支援の前提が変わります。SEO対策、広告運用、CVR改善——これらは「ストアに来た顧客を購入につなげる」という前提の施策です。そもそもストアを経由しない購買が増えるなら、これらの施策の相対的な重要性は下がります。
機会として見た場合
一方で、機会もあります。
Agentic Commerce で勝つためには、AI に「見つけてもらい」「選んでもらう」必要があります。そのためには商品データの品質が決定的に重要になります。
Shopify Catalog は商品データを AI が理解しやすい形に構造化しますが、元データの品質がそのまま検索結果に影響します。カテゴリ分類が正確か、商品説明は十分か、メタフィールドは適切に設定されているか。これらを整備する支援は、新たなサービス領域になり得ます。
また、Agentic Storefronts では Knowledge Base App を通じてブランドのポリシーや FAQ を AI に伝えることができます。「このブランドはどんな価値観を持っているか」「返品ポリシーは何か」「どんな顧客に向いているか」——こうした情報を適切に設計することで、AI がブランドを正しく理解し、適切な顧客に推薦してくれる可能性が高まります。これはマーケティング戦略そのものであり、支援会社が価値を発揮できる領域です。
さらに、shop_ids パラメータを使えば、特定マーチャントの商品だけを検索対象にしたエージェントを構築できます。Shopify 全体との比較ではなく、そのブランドの世界観の中で商品を探す体験。これは Catalog API の「誰でも同じ土俵で比較される」世界とは異なる差別化になり得ます。
アフィリエイト支援での活用可能性
弊社はグロース支援の一環としてアフィリエイト施策の支援も行っています。Checkout Kit はこの文脈で活用できる可能性があります。
アフィリエイターのメディアに Checkout Kit を埋め込めば、記事を読んでいる読者がページを離れることなく購入まで完結できます。従来のアフィリエイトリンクでは「クリック → ストアに遷移 → 商品を探す → カートに入れる → チェックアウト」という複数ステップが必要でしたが、これを大幅に短縮できます。
ただし、現時点で気になる点もあります。Checkout Kit を使った場合のアトリビューション(どのアフィリエイターからの流入か)をどう追跡するのか、アフィリエイターへの報酬支払いフローをどう設計するのか。これらは Shopify のドキュメントには記載がなく、運用でカバーする必要がありそうです。
結論
機会と脅威、両方あるというのが現時点での答えです。
ただ、はっきり言えるのは、「ストアに顧客を呼び込む」という従来のグロース支援のフレームワークだけでは不十分になるということです。AI 経由の購買が増えるなら、「AI に見つけてもらう」「AI に選んでもらう」ための支援が必要になります。
ChatGPT の週間アクティブユーザーは約7億人と言われています。この変化は遠い未来の話ではありません。今のうちに Agentic Commerce のドキュメントを読み込み、何ができて何ができないのかを把握しておく価値はあると考えています。
まとめ
- Agentic Commerce は、マーチャント向けではなく消費者向けのショッピング体験を作るインフラ
- 開発者は Catalog API / MCP で Shopify 全体の商品を検索し、Checkout Kit で決済まで完結できるエージェントを構築できる
- アフィリエイト支援では Checkout Kit を活用できる可能性があるが、アトリビューションや報酬フローは要検討
- グロース支援会社にとっては脅威と機会の両面がある。商品データ整備や Knowledge Base 設計は新たな支援領域になり得る
- 現時点では Early Access
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