実験管理とデータサイエンス案件のTips
はじめに
データサイエンスや生成AIに関する業務では、「一度で正解にたどり着く」ことはほとんどありません。実際には、仮説を立てて実験を行い、結果を振り返りながら改善するサイクルを繰り返します。しかし、うまく改善が回らず、次のような問題に遭遇することがあります。
- どの改善が効果的だったか分からない
- 毎回ゼロから試してしまう
- 環境や手元差に時間を取られる
これらは「進め方の整理」が不十分なことが原因である場合が多いです。そこで本記事では、実務における取り組み方を 5つのフェーズ に分けて整理します。
1.設計フェーズ:目的や作業の前提条件などを整理する
まずは「何を達成したいのか」 を明確にします。この段階では、無理に手を動かす必要はありません。むしろ、急いで実装を始めると迷走しやすくなります。

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課題や背景の明確化
解決したい課題や背景を、文章として言語化します。「なんとなく」ではなく、誰が読んでも理解できる形で残すことで、チーム内の認識ズレを防ぎます。 -
評価指標の設定
「成果をどの指標で判断するのか」を決めます。指標が曖昧なままだと、良し悪しの判断ができなくなってしまいます例:精度、作業時間の削減率、売上インパクト、改善定量値 など
参考:生成AI導入がうまくいかない理由と、現場で効く5つの対応策(対応策1:要求を具体化する) -
制約・前提の整理
使用するデータの条件、開発環境、納期、依頼元の要件などをすべて確認しておきます。後から「できない」「想定外だった」とならないよう、最初に把握することが重要です。 -
判断理由の可視化
「なぜ、この方法で進めるのか」という意思決定の理由を記録しておきます。これにより、後で方針を見直すときにも、整合性を保ちながら説明できます。
2.実験フェーズ:小さく改善を試す
このフェーズでは、設計で整理した目的や前提をもとに、仮説を実際の形へと落とし込んでいきます。重要なのは、いきなり完璧なものを目指さず、小さな差分で改善を重ねることです。大きく手を加えてしまうと、何が効果的だったのかが分からなくなったり、失敗した場合のコストが大きくなります。

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小さなABテストを繰り返す
変更点を小規模に抑えることで、効果の差分を明確にでき、失敗時のリスクも小さくなります。これにより、改善のスピードを高めることができます。 -
「粗 → 精」の二段階で進める
最初から精度や品質にこだわりすぎると、作業が停滞します。まずは動くもの(粗)を作り、後から丁寧に仕上げる(精)という順番が結果的に最短です。 -
スケルトンで全体を通す
完成形の基礎となる「骨組み」だけでいいので、まずは全体を一度動かしてみます。これにより、ボトルネックや課題を早期に把握できます。 -
複数タスクを並行して進める
モデルの学習やデータ処理など、待ち時間が発生する作業がある場合は、別のタスクを同時に進めておくと、全体の停滞を防げます。また、「インプットが想定通りのものが揃うと仮定して、先に進められる部分だけ進めておく(依存関係のある作業を後回しにする)」やり方も考えられます。
3.評価フェーズ:差分で良し悪しを見極める
実験が終わったら、結果を客観的に評価するフェーズに進みます。
この段階では、「なんとなく良さそう」「手応えがある」といった主観的な印象ではなく、再現性のある条件で比較し、差分を明確に確認することが重要です。同じ条件で評価できなければ、改善が本当に効果があったのか、ただの誤差なのかを判断できません。そこで、以下のポイントを押さえて評価を進めます。

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評価データセットを固定する
使うデータが毎回変わると、結果の比較ができなくなります。評価には常に同じテスト用データセットを使い、判断のブレを防ぎます。 -
差分で評価する
単に結果を見て良し悪しを判断するのではなく、「前回 → 今回」でどこが改善したか / 悪化したか を明確にします。
分の視点があると、次に改善すべき箇所がはっきりします。 -
理由を添えて記録する
結果だけでは、時間が経つと「なぜそう判断したか」が思い出せません。方針を決めた理由や、良かった点・悪かった点などを簡潔にメモとして残しておくことで、将来の改善に使える「再利用可能な知見」として蓄積できます。
4.体系化フェーズ:テンプレ化して再利用可能にする
良い結果が得られたら、そこで終わりにせず、成果を資産として残すフェーズに移ります。一度工夫して改善できた方法や知見を、都度ゼロから作り直すのは非効率です。ここで大切なのは、使い捨ての作業にせず再利用できる形にすることです。
体系化ができているチーム・個人は、改善が継続的に積み重なり、アウトプットの質が安定して向上します。反対に、記録や整理がされないまま進むと、同じ失敗・同じ試行を何度も繰り返すことになります。

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プロンプト
実験で効果の高かったプロンプトは、md ファイルにテンプレ保存したり、変数部分だけ置換できる形式にしたりして、テンプレート化して再利用できる形にしておきます。 -
前処理関数・可視化コード
入力データの整形処理や、モデルの出力を視覚化するコードは、scripts/ や utils/ ディレクトリに共通モジュール化します。こうしておくことで、プロジェクトが変わっても再利用でき、作業スピードが大きく向上します。 -
実験ログ・履歴
mlflow や wandb で自動トラッキングしたり、Excelにメモしたりして、「どの設定で、どの結果が出たか」を記録として体系化しておくことで、次の改善につながる知見になります。
5.その他:業務を停滞させない工夫
データサイエンスやLLMを扱う業務では、考え続ける体力が求められます。分析や検証は、すぐに成果が出るものではなく、思考の持久戦です。そのため、手を止めずに前へ進み続けられる仕組みを整えておくことが、生産性に直結します。ここでは、「詰まったときに止まらないための工夫」を整理します。

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環境依存問題は深追いしない
ローカル環境・パッケージバージョン・ドライバなどのトラブルは、沼にハマりやすく多大な時間を奪います。ある程度の復旧が難しければ、すぐに環境を捨てて作り直す・別環境に切り替える判断が重要です。解決すること自体が目的ではないので、本来のタスクにリソースを戻すことを優先します。 -
詰まる前に相談・外化する
ひとりで考え続けると、視野が狭まり思考が停滞します。詰まってから相談するのではなく、詰まりそうになった時点で文章化・共有することで、自分の認知が整理され、解決の糸口が見えやすくなります。外化すること自体が、思考の加速になります。 -
タスク粒度を小さくする
タスクが大きいと「どこから手をつけるか」で迷い、進まない時間が増えます。「今はこれだけやれば前に進む」という最小単位に分割することで、小さな前進を積み重ねられ、停滞しづらくなります。
おわりに
データサイエンスの仕事は、すぐに正解にたどり着くというより、少しずつ試しながら形にしていく場面が多いと思います。今回紹介した「設計 → 実験 → 評価 → 体系化 → 継続」という流れは、その試行を整理しやすくするための、ひとつの考え方です。取り入れられそうなところがあれば、次の作業の中でぜひ試してみてください。
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