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今更ながらマイクロサービスは個人開発でも使えるのか

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本記事のサマリ

個人開発や始めたての小さいプロダクトにおけるマイクロサービス採用について、実践的な視点で検証します。NestJSがマイクロサービス向きとされる理由を整理しつつ、結論として、小規模プロダクトでは学習目的でもない限り、わざわざ機能レベルでインフラを分けるようなマイクロサービスアーキテクチャは推奨しません。立ち上げ期のプロダクトはコストを抑えてスケールすることが最重要であり、Cloud Runなどのサーバーレスコンテナを活用したモノリシック構成の方が圧倒的に理にかなっています。ただし、「マイクロサービス的に切り出すべき機能」が何かを知っておくことは、将来的なアーキテクチャ判断の助けになるため、その具体例も示します。

なぜ今、マイクロサービスなのか

私がNestJSを愛用している理由の一つは、TypeScriptでバックエンドが書けることです。型安全性とモダンなJavaScript機能を活用しながら、堅牢なサーバーサイドアプリケーションを構築できる魅力は計り知れません。

ただ、NestJSを使っていると必ずと言っていいほど「マイクロサービス」という話題が出てきます。NestJS公式ドキュメントでも、マイクロサービス機能が充実していることが強調されており、RailsやLaravelのようなモノリシックなフルスタックフレームワークとは明らかに方向性が異なります。

これまで深く考えずにNestJSを使ってきましたが、改めて疑問が湧きました。個人開発や始めたての小さいプロダクトでも、マイクロサービスアーキテクチャは意味があるのでしょうか。

そもそもマイクロサービスとは何か

マイクロサービスアーキテクチャについて、Martin Fowlerさんの記事によると、マイクロサービスは「独立してデプロイ可能な複数の小さなサービスから構成され、それぞれが特定のビジネス機能を担当する」アーキテクチャスタイルです。

従来のモノリシックアプリケーションが一つの大きなコードベースとして管理されるのに対し、マイクロサービスでは機能ごとに分割された小さなサービスが、APIを通じて連携します。

なぜNestJSがマイクロサービス向きなのか

NestJSがマイクロサービスに適していると言われる理由を整理してみます。

まず、NestJSは設計思想として「APIファースト」を掲げています。テンプレートエンジンを持たず、RESTfulなAPIやGraphQLエンドポイントの提供に特化している点が、サービス間通信を前提とするマイクロサービスと親和性が高いのです。

また、依存性注入(DI)システムが充実していることも重要な要素です。サービス間の依存関係を適切に管理し、テストしやすい構造を作れることは、複数のサービスを協調させるマイクロサービスにおいて大きなアドバンテージとなります。

// NestJSのDIシステムの例
@Injectable()
export class UserService {
  constructor(
    private readonly userRepository: UserRepository,
    private readonly emailService: EmailService,
  ) {}

  async createUser(userData: CreateUserDto): Promise<User> {
    const user = await this.userRepository.create(userData);
    await this.emailService.sendWelcomeEmail(user.email);
    return user;
  }
}

さらに、NestJSにはTransport機能が組み込まれており、Redis、RabbitMQ、Apache Kafkaなど、様々なメッセージングシステムを使ったサービス間通信を簡単に実装できます。
NestJSのRedisマイクロサービス

どんな機能をマイクロサービスとして切り出すのか

マイクロサービスの議論をする前に、そもそも「どのレベルで機能を切り出すのか」を具体的に理解しておくことが重要です。理論だけでは実感が湧かないため、実例を見てみましょう。

パターン1: ビジネス境界による分割

ECサイトを例にすると、以下のような分割が考えられます:

  • ユーザー管理サービス: 認証・認可、プロフィール管理、権限管理
  • 商品カタログサービス: 商品情報、在庫管理、カテゴリ管理
  • 注文処理サービス: カート、注文確定、注文履歴
  • 決済サービス: 決済処理、返金処理
  • 配送サービス: 配送先管理、配送状況追跡
  • レビューサービス: 商品レビュー、評価管理

これらは独立したビジネス機能であり、それぞれ異なるデータベースを持ち、APIを通じて連携します。

パターン2: 技術的特性による分割

ブログプラットフォームの場合:

  • コンテンツAPI: 記事のCRUD、検索機能(Node.js + PostgreSQL)
  • 画像処理サービス: サムネイル生成、リサイズ、最適化(Python + ImageMagick)
  • 全文検索サービス: Elasticsearch連携、検索クエリ処理
  • 通知サービス: メール配信、Push通知(Go + メッセージキュー)
  • 分析サービス: PV集計、ユーザー行動分析(Python + BigQuery)

技術的な要求が異なる機能を、最適な言語・フレームワークで実装するパターンです。

パターン3: 負荷特性による分割

動画配信プラットフォームでは:

  • メタデータAPI: 動画情報、ユーザー情報(軽量・高頻度)
  • 動画エンコーディングサービス: 動画変換処理(重い・非同期)
  • ストリーミングサービス: 動画配信(高帯域幅)
  • レコメンデーションサービス: ML推論(GPU必要)

それぞれの負荷特性に合わせて、インフラリソースを最適化できます。

パターン4: チーム境界による分割(企業向け)

大規模なSaaSでは:

  • コアプラットフォーム: 基盤機能(プラットフォームチーム)
  • ダッシュボード: UI/UX(フロントエンドチーム)
  • API Gateway: 外部連携(APIチーム)
  • 課金システム: 決済・請求(ビリングチーム)

チームの責任範囲とサービス境界を一致させるパターンです。

小規模プロダクトでのマイクロサービス: 現実的なメリットは限定的

では、個人開発や立ち上げ期のプロダクトにおいてマイクロサービスを採用することに、現実的なメリットはあるのでしょうか。

唯一の明確なメリット: 学習機会としての価値

正直に言えば、小規模プロダクトでマイクロサービスを採用する最大の理由は「学習」です。分散システムの設計パターン、サービス間通信、エラーハンドリング、デプロイメント戦略など、現代的なシステム開発における重要なスキルを身につけられます。

これらのスキルは、将来的にチーム開発や大規模システムに関わる際に確実に活かされます。キャリアアップを目的とするなら、投資価値はあるでしょう。

「技術選択の自由度」は本当にメリットか?

よく言われるメリットに「サービスごとに異なる技術スタックを選択できる」があります。確かに、メインのAPIはNestJS、画像処理はPython、データ分析はGoといった組み合わせは魅力的に聞こえます。

しかし、少人数チームや立ち上げ期でこれは本当に必要でしょうか?

複数の言語を使うということは:

  • 各言語のランタイム環境を管理する必要がある
  • デバッグやログ管理が複雑になる
  • デプロイパイプラインを複数管理する必要がある

限られたリソースで全てを面倒見るには、あまりに重荷です。学習目的でない限り、単一の言語・フレームワークに統一した方が生産性は高いでしょう。(採用観点でも技術Stackが増えるほどに難化しますよね...)

現実的なデメリット: 小規模プロダクトを圧迫する要素

小規模プロダクトや立ち上げ期におけるマイクロサービス採用には、看過できないデメリットが山積しています。

圧倒的なインフラコストの増大

**これが最大の問題です。**複数のサービスを動かすということは、それだけインフラコストも増加します。

小規模プロダクトでコスパが良いのはCloud Runのようなサーバーレスコンテナですが、例えば1日2時間稼働のアプリケーションをCloud Runで動かすと:

  • 月額157円(1 vCPU、2GBメモリ)

これを3つのマイクロサービスに分割したら:

  • 月額471円(157円 × 3サービス)

単純計算で3倍です。さらに、サービス間通信のデータ転送費用、ロードバランサーやAPI Gatewayの費用も加わります。

運用複雑性の増大

モノリシックなら一つのコンテナで済むところを、複数のサービスを協調させなければなりません:

  • ログ管理: 各サービスのログを集約・検索する仕組みが必要
  • デバッグ: サービスAからサービスBへのリクエストが失敗したとき、どこで問題が起きたのか追跡が困難
  • デプロイ: 複数のサービスを順序よくデプロイする必要がある
  • 監視: 各サービスの死活監視、パフォーマンス監視が必要

少人数チームや立ち上げ期に、全てを面倒見るには負担が大きすぎます。

開発効率の致命的な低下

初期開発段階では、マイクロサービスは明らかにオーバーヘッドです:

// モノリシックなら
async createOrder(userId: string, items: Item[]) {
  const user = await this.userRepository.findById(userId);
  const order = await this.orderRepository.create({ user, items });
  await this.emailService.sendConfirmation(user.email);
  return order;
}

// マイクロサービスなら
async createOrder(userId: string, items: Item[]) {
  // ユーザーサービスへHTTPリクエスト
  const user = await this.userServiceClient.get(`/users/${userId}`);
  // 在庫サービスへHTTPリクエスト
  const stockCheck = await this.inventoryServiceClient.post('/check', { items });
  if (!stockCheck.available) throw new Error('Out of stock');
  // 注文サービスへHTTPリクエスト
  const order = await this.orderServiceClient.post('/orders', { userId, items });
  // 通知サービスへメッセージキュー経由で送信
  await this.messageQueue.publish('order.created', { orderId: order.id, email: user.email });
  return order;
}

コード量が増え、エラーハンドリングが複雑になり、ネットワーク遅延も発生します。同じ機能を実装するのに、数倍の時間がかかります。

立ち上げ期のプロダクトでは時間が最も貴重なリソースです。限られた時間をアーキテクチャの複雑性に費やすべきではありません。

私の結論: 小規模プロダクトではシンプルな構成で十分

ここまでの議論を踏まえ、私の結論はシンプルです:

個人開発や立ち上げ期のプロダクトでは、学習目的でもない限り、わざわざ機能レベルでインフラを分けるようなマイクロサービスアーキテクチャは採用すべきではありません。

なぜCloud Runなのか

小規模プロダクトや立ち上げ期で最も重要なのは、コストを抑えてスケールすることです。その観点で最適解がCloud Runです。

私の別記事で詳しく解説していますが:

https://zenn.dev/stellarcreate/articles/6750b170767955

  • 月額157円から始められる(1日2時間稼働)
  • 完全なスケールtoゼロで使わない時間は課金されない
  • デプロイが簡単でCI/CDも組みやすい
  • 自動スケーリングで突然のアクセス増にも対応

シンプルな構成で十分

NestJSを使う場合、典型的な構成は:

  • Next.js(フロントエンド): Cloud Run上で稼働
  • NestJS(バックエンドAPI): Cloud Run上で稼働

これで2つのコンテナになりますが、これはフロントエンドとバックエンドの自然な分離です。ここからさらに、バックエンドの機能を「ユーザー管理サービス」「商品管理サービス」「注文処理サービス」と分割していくのが、今回議論しているマイクロサービスアーキテクチャです。

もし複数の機能ごとにサービスを分割すると、コストが数倍になり、運用負荷も激増します。その価値はあるでしょうか?

NestJSのようなモダンなフレームワークを使えば、単一のバックエンドでも十分に保守性の高いコードが書けます:

// NestJSのモジュール構成(単一のバックエンドアプリケーション内)
src/
├── user/
│   ├── user.module.ts
│   ├── user.service.ts
│   └── user.controller.ts
├── post/
│   ├── post.module.ts
│   ├── post.service.ts
│   └── post.controller.ts
└── comment/
    ├── comment.module.ts
    ├── comment.service.ts
    └── comment.controller.ts

この構成で、各モジュールが適切に分離されていれば、将来的に本当に必要になったときに切り出すこともできます。最初から機能ごとにインフラを分ける必要はありません。

唯一の例外: 学習目的

ただし、以下の場合は例外的に検討価値があります:

  • キャリアアップを目的とし、マイクロサービスの経験を積みたい
  • 現在の職場で分散システムの経験ができない
  • 十分な時間とモチベーションがある
  • コストを気にしなくてよい(学習投資として割り切れる)

この場合でも、収益化を目指すプロダクトではなく、完全に学習用の別プロジェクトで試すべきです。

それでも試してみたいなら: Nx Monorepoで手軽に体験

どうしても「マイクロサービスの雰囲気を体験してみたい」という方には、Nx Monorepoを使った構成をおすすめします。

Nx Monorepoで始めるマイクロサービス風開発

実は、コードはモノレポで一元管理しつつ、必要に応じてサービスごとに分けてデプロイできる構成が、学習には最適です:

my-app/
├── apps/
│   ├── api/              # メインのNestJSバックエンド
│   ├── worker/           # バックグラウンド処理用(必要なら)
│   └── web/              # Next.jsフロントエンド
├── libs/
│   ├── shared/           # 共通ロジック
│   ├── types/            # 型定義
│   └── utils/            # ユーティリティ
└── nx.json

この構成の何が良いかというと:

// 共通の型定義を使える
import { User, Post } from '@my-app/types';
import { validateEmail } from '@my-app/utils';

// api/src/user/user.service.ts
export class UserService {
  async createUser(email: string): Promise<User> {
    if (!validateEmail(email)) throw new Error('Invalid email');
    // ...
  }
}

// worker/src/email/email.service.ts
import { User } from '@my-app/types'; // 同じ型を使える

export class EmailService {
  async sendWelcome(user: User) {
    // ...
  }
}

この構成のメリット:

  • コード共有が簡単: 型定義やユーティリティを共通化できる
  • リファクタリングが容易: 一箇所変更すれば全体に反映される
  • 学習コストが低い: 最初は単一のバックエンドで始めて、必要になったら分割できる
  • デプロイの柔軟性: 後からCloud Runで別々にデプロイすることも可能

これなら、マイクロサービスの「サービス分割の考え方」や「モジュール設計」は学べるし、実際のインフラコストや運用負荷は最小限に抑えられます。本当に必要になったタイミングで、段階的にサービスを分割していけばいいのです。

まとめ: 立ち上げ期は「コスト効率」が命

個人開発や始めたての小さいプロダクトにおけるマイクロサービス採用について、長々と書いてきましたが、結論はシンプルです:

学習目的でもない限り、小規模プロダクトや立ち上げ期にマイクロサービスアーキテクチャを採用するのは推奨しません。

理由は明確です:

  1. コストが数倍に膨れ上がる
  2. 運用負荷が少人数では手に負えない
  3. 開発効率が著しく低下する
  4. ユーザー価値の創出が遅れる

立ち上げ期のプロダクトで最も重要なのは、コストを抑えてスケールすることです。その観点では、Cloud Runでシンプルにフロントエンドとバックエンドを分けるだけの構成が圧倒的に理にかなっています。

各コンテナが月157円から始められ、使わない時間は課金されず、デプロイも簡単。これで十分です。

それでも挑戦したいなら

もし「キャリアのためにマイクロサービスを学びたい」というなら、以下を推奨します:

  • 収益化を目指すプロダクトとは別に、完全に学習用のプロジェクトを作る
  • Nxでモノレポ管理 + Cloud Runでサービス分割デプロイの組み合わせ
  • 最初は2〜3サービスに留めて、段階的に増やす
  • コストは学習投資として割り切る

私自身、NestJSを使ったプロジェクトでマイクロサービスに挑戦したことがあります。確かに学びは多かったです。分散システムの設計思想や運用の難しさを肌で感じられたことは、貴重な経験でした。

しかし、それは学習目的だったから価値があったのです。 収益化を目指すプロダクトで同じことをしていたら、確実に失敗していたでしょう。

最後に

マイクロサービスは手段であり、目的ではありません。ユーザー価値の提供が最優先です。

「カッコイイから」「モダンだから」という理由で技術選択をしてはいけません。

立ち上げ期のプロダクトでは、シンプルに、コスト効率良く、素早くユーザーに価値を届けることが全てです。そのためには、Cloud Runでフロントエンドとバックエンドを分けるだけのシンプルな構成が最適解だと、私は確信しています。

もしマイクロサービスについてご意見のある方がいれば、ぜひコメント欄で教えてくださいね!

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