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クリティカルシンキングの紹介と実践

2023/05/15に公開

SREホールディングス株式会社にて、ソフトウェアエンジニアをやっております、宮内です。
本稿では、読んだその日の会議からすぐに試せる、「議論をより創造的なものにする方法」の1つであるクリティカルシンキングを紹介します。

対象とする読者

本稿は組織活動をする方々を広く対象にしています。その中で特に、議論を取りしきるであろう方々を対象としています。

クリティカルシンキングとは

クリティカルシンキング(批判的思考)[1]とは、哲学などの分野で語られる、議論における考え方の1つです。クリティカルシンキングは、さまざまな定義が提唱されていますが、本稿では、「自他の意見問わず、意見はひとしく扱い、意見を多角的な視点で評価することにより、共通了解(共通理解)を導くこと」 とします。

クリティカルシンキングは何の役に立つのか

クリティカルシンキングが、「具体的にどのように役に立つのか?」というのは、一意に断定ができません。そこで、クリティカルシンキングの考え方が、筆者自身としてどのように役立ったかについて、2つの内容を紹介します。

1. 論破しようと思わなくなる

クリティカルシンキングを実践する前の筆者は、議論というと、出発点から自身の立場を変えず、また論破できようものなら、論破するものだと思っていました。クリティカルシンキングでは、相手の意見も自分の意見と対等に扱いますから、自分の意見のみに偏った考えにはならないのです。クリティカルシンキングを実践するようになってからは、このように考え方が変わりました。

2. 内省の機会をもたらす

筆者が取り仕切った議論が、誰しも納得する収束をしなかったときの話になります。筆者としては共通理解を導こうとしましたが、それに失敗したわけですから、その理由が気になりました。相手の理解を超えた主張をしてはいなかったか、自身の議論に臨む姿勢や態度は適切であったか、など、さまざまなことを振り返りました。

このように、クリティカルシンキングを実践していると、次の議論の機会に備えて、今度こそ共通理解を導けることをモチベーションに、なぜだめであったのか、振り返りをおこなうようなきっかけを得られると考えます。筆者は、クリティカルシンキングの実践により、振り返りを自然と行うことができるようになりました。

クリティカルシンキングの実践方法

クリティカルシンキングの実践方法として、以下の4つの観点が重要です。

  1. 「ことばの定義を明確にする」
  2. 「意見を否定するときは、理由や根拠を添える。また、可能なかぎり代案を提出する」
  3. 「主張する立場を変えてもよい」
  4. 「論破は不要」

これら4つの観点を、議論の参加者があらかじめ認識しておくことにより、クリティカルシンキングの考え方を伴った議論を形成することができるようになります。以下では、それぞれについて説明します。

1. ことばの定義を明確にする

ことばの定義がぶれていると、議論がすれ違ってしまうことがあります。受け手が自身と同じ知識や経験を有しているわけではないことを念頭におくことが重要な観点です[2]。特に以下のような、意味が分かりにくそうなことば、あるいは補足説明が必要そうなことばは、定義のぶれが生じやすいため、使用を控えたり、注意して取り扱う必要があります。

ことばの分類
アルファベット省略形の用語 SaaS
特定分野の専門用語 アジャイル型開発
カタカナ語 クラウド

2. 意見を否定するときは、理由や根拠を添える。また、可能なかぎり代案を提出する

否定の際に、「自身がなぜそう考えたのか?」という、否定する考えに至った背景となる情報の提供がなければ、意見を否定された人は、次の対話につながるヒントを見い出せず、困惑してしまいます。つまり、否定に付与される理由こそ、次の対話につながる重要な情報となります。

また、意見に対し否定しつつも、相手の立場を取り入れた別なアイディアの提出をすることは、より好ましい否定の行い方です。これは、まさに、相手の立場にも立ち、ひとしく自他の意見を評価していますから、クリティカルシンキングで目指すコミュニケーションのあり方です。あくまで、議論の収束という終着点に議論の参加者全員で向かっているのですから、相手の意見へ寄り添う姿勢は大切です[3]

3. 主張する立場を変えてもよい

クリティカルシンキングの考え方では、以下のように、自身の考え方に変化があった場合に、議論のなかで主張する立場を変えることは問題ではありません[4]

  1. AさんとBさんは、2つの異なる意見を主張し、対立していた
  2. Aさんは、Bさんの意見を聞いているうちに、Bさんの意見が腑に落ちた
  3. Aさんは、もとの意見の立場をやめて、Bさんの意見と同じ意見の立場をとるようになった

反対意見をよく吟味した結果、立場を変えるという考えに至った場合、それは自他の意見問わずひとしく意見を取り扱った結果ですから、立場が変わるのは自然なことです。意固地になって、議論の出発時点の立場を維持しようとする必要はないのです。

4. 論破は不要

時として論破が必要とされる場面もあると思いますが、クリティカルシンキングの観点からすると、論破は不要なものです。

単に論破することを目的とするなら、背理法[5]やわら人形論法[6]といった強力な論法を利用することが有効ではあります。背理法やわら人形論法は、前向きに議論を収束しようとする取り組みには相反するやり方です。これらの議論の収束を妨げる論法を見破ることができると、議論の軌道修正をすることができますので、対策として心得ておくと良いと思います。収束を目指す議論において、それに反する論法にやりこめられることのないよう、あえて創造的な議論の場を打ち崩すことができる手段を紹介をしました。

結び

本稿が、皆さまの議論における指針づくり一助となれば幸いです。また、本稿にてクリティカルシンキングに興味を持たれた方は、参考文献に記載の書籍をぜひお読み頂ければと思います。参考文献の書籍は、哲学に馴染みがない方にも比較的読みやすい内容となっています。

また、筆者は哲学や言論に関して初学者です。そのため、執筆のきっかけとなった書籍のエッセンスを正しく解釈し、お伝えできていない可能性があります。正しい理解のためにも、参考文献の書籍をぜひお手にとって頂ければとも思います。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

仲間を募集しています

筆者が所属するSREホールディングス株式会社では、エンジニアをはじめとした、ともに働く仲間を募集しています。ご興味のある方は、こちらなどからご連絡頂ければ幸いです。

参考文献

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480062451/

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480689818/

脚注
  1. “クリティカルシンキングとは、ひと言でいうと批判的思考のことである。いや、それでは横文字を日本語にしただけなので、あまり説明にはなっていない。日常では「批判」という言葉には否定的な評価という見合いが強いが、ここではそれとはちょっと違いある意見を鵜呑みにせずによく吟味することを「批判」という。したがって、結論としては合意する場合でも、その意見が本当に筋が通っているかどうかよく考えたうえで同意するのであれば、批判的といってよい。この意味における批判的な思考法がクリティカルシンキングである。" (伊勢田哲治 哲学的思考トレーニング P9より引用) ↩︎

  2. “もちろん、単に予備知識に差があるためにお互いの言うことが理解できないという場合もあるだろう。その場合は必要な予備知識を共有することで意思疎通が可能になる。” (伊勢田哲治 哲学的思考トレーニング P207より引用) ↩︎

  3. “コミュニケーションを成り立たせる暗黙のルールについては、H・Pグライスという言語哲学者が論じている。彼によると、われわれがコミュニケーションをとることができるのは、「協調原理」(principle of cooperation)と呼ばれる原理を話し手と聞き手が共有しているからだという。協調原理とは、話し手はその場におけるコミュニケーションの目的の達成のために強力的な態度をとるべし、という原理である。” (伊勢田哲治 哲学的思考トレーニング P46より引用) ↩︎

  4. “自分が間違えたと思ったら立場を変えることをためらわないこと" (伊勢田哲治 哲学的思考トレーニング P222より引用) ↩︎

  5. “相手をいい負かすための、一見無敵の議論術。それは哲学用語で「帰謬(きびゅう)法」と呼ばれている。ひと言でいうなら、相手の主張の矛盾や例外を見つけ出し、そこをひたすら攻撃・反論しつづける論法だ。古代ギリシアにも、古代インドにも、古代中国にも、およそ哲学が発達したところには必ずこの帰謬法も発達した。” (苫野一徳 - はじめての哲学的思考P61より引用 ※帰謬法の別名が背理法です ↩︎

  6. “クリティカルシンキングの世界では、相手の議論を意図的に意地悪に解釈してやっつけるのは「わら人形論法」と呼ばれ、厳しく戒められる行為である。「わら人形」というと日本語ではえらくおどろおどろしいイメージだが、これは英語のstraw manの直訳で、英語では誰も主張していないことに勝手に反論するのを、「straw manをでっちあげる」と表現するのである。" (伊勢田哲治 哲学的思考トレーニング P44より引用) ↩︎

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