ディープラーニングF/W (Define-by-Run)
要旨
近年のディープラーニングフレームワークは,大きく Define-and-Run(静的計算グラフ)方式と Define-by-Run(動的計算グラフ)方式の二つに大別される.前者は大規模展開や最適化に強みを持つ一方で,後者は柔軟性・可読性・研究開発における俊敏性に優れる.本稿では,Define-by-Run方式の理論的基盤,設計原則,研究への影響について概説し,Define-and-Run方式との比較を行う.
はじめに
ディープラーニングの研究においては,計算グラフという抽象化が長らく重要な役割を担ってきた.従来の Define-and-Run フレームワーク(TensorFlow v1, Theano, Caffe, etc.)は,実行前に計算グラフを定義・コンパイルする方式を採用していた.これに対し,Define-by-Run フレームワーク(Chainer, PyTorch, etc.)は,順伝播の実行と同時にグラフを構築する方式を導入した.このパラダイム転換は,研究開発の迅速化や表現力の向上をもたらしている.
Define-by-Run方式の特徴
動的なグラフ構築
Define-by-Run方式では,各演算の実行時に対応するノードとエッジが逐次的に追加され,計算グラフが動的に構築される.したがって,グラフの形状は入力データや制御構造に依存して変化し得る.具体的な計算グラフば --- ここでは,
ネイティブ言語との統合
グラフ構築が実行と一体化しているため,ループ・条件分岐・再帰といったホスト言語の機能をそのまま利用可能である.これにより,変動長系列や条件依存型モデルの実装が容易となる.
自動微分
動的に構築されたグラフは,そのまま逆伝播に利用される.フレームワークは中間テンソルや演算履歴を保持し,逆モード自動微分を効率的に適用する.多くの実装では,弱参照(Pythonではweakrefモジュールなどがある.)などの仕組みにより不要なメモリ使用を抑制している.
Define-and-Run方式との比較
観点 | Define-and-Run(静的) | Define-by-Run(動的) |
---|---|---|
グラフ構築 | 実行前に定義・コンパイル | 実行時に逐次構築 |
制御構造 | 専用演算が必要 | ネイティブ言語を直接利用 |
デバッグ容易性 | 低い(抽象度が高い) | 高い(逐次実行) |
最適化可能性 | 高い(静的解析が可能) | 限定的(JIT最適化などで改善中) |
大規模展開 | 容易 | 追加の変換が必要(例:TorchScript) |
Define-and-Run方式は生産環境における大規模最適化に優れる一方,柔軟性に欠ける.Define-by-Run方式は柔軟性と開発速度を重視し,研究用途に適している.近年は,TensorFlow 2.0 や PyTorch JIT など,両者を統合するハイブリッド的なアプローチも進展している.
応用分野と研究への影響
Define-by-Run方式は特に以下の分野で顕著な効果を示している.
- 自然言語処理:変動長系列や木構造データの取り扱い
- 強化学習:確率的方策に基づく動的な計算経路
- メタ学習・AutoML:モデル構造の動的生成と適応
- 研究開発の迅速化:新規モデル設計の試行錯誤を容易に
課題と今後の展望
課題
- 性能オーバーヘッド:頻繁なPython–C++間の呼び出しによる遅延
- 展開の難しさ:動的グラフは最適化や移植が困難
- メモリ効率:中間テンソル保持による消費増大
展望
- 動的実行下での最適化技術(JITコンパイル,演算子融合など)の発展
- 静的・動的両方式の統合による柔軟な実行基盤
- 分散学習の効率化による大規模モデル対応
- 構造化データ・適応計算への拡張
結論
Define-by-Run方式は,計算グラフ構築の新たなパラダイムとして,柔軟性と表現力を研究者にもたらした.一方で,性能および展開上の課題が残されている.近年のハイブリッド的アプローチは両方式の利点を統合しつつあり,今後の深層学習研究・実応用においてDefine-by-Run方式は重要な役割を担い続けるだろう.
ディープラーニングF/W 実装例
本リポジトリのコードは,DeZeroを一部改変をしたものである.
Discussion