正統特権(Orthodox Privilege)
これは ポール・グレアム翻訳 Advent Calendar 2024 12日目の記事です。
- 英語原文:Orthodox Privilege
- Paul はエッセイの翻訳を許可しています
- 翻訳原稿は https://github.com/spinute/zenn/blob/master/articles/7af2a42ff85f9d.md で公開しています(修正・改善のための issue や PR を歓迎します)
2020年7月
「社会で支配的な考えに反する意見を冷静に表現できる人はほとんどいません。そのような意見を持つことすらそもそも困難です。」
アインシュタイン
最近「特権」という言葉をよく耳にします。使い古された概念ですが、特権が視野を狭め、自分と異なる境遇の人に見えているものが自分には見えないことがあるという指摘には一理あります。
この種の盲目性の中でも特に広く見られる例がありますが、これについての明確な議論を私は見たことがありません。ここではこれを「正統特権」と呼ぶことにします。これは社会で一般的な考え方を持っている人ほど、誰もが自由に意見を言えると思い込みやすいということです。
彼らにとって自分の意見を表明することは安全です。なぜならそれは現在社会で認められている考え方だからです。そのため、誰にとっても意見の表明は安全なはずだと考えてしまいます。真実であっても問題視されることがあるのを想像できないのです。
しかし、歴史上のどの時代にも問題視される真実は存在しました。私たちの時代だけが例外だとでも言うのでしょうか?もしそうだとすればなんという偶然でしょう。
私たちの時代も例外ではなく、今でも口にできない真実があると考えるのが自然ではないでしょうか。しかし、圧倒的な歴史的証拠があっても、多くの人は自分の直感を信じてしまいます。
正統特権を持つ人々の中には、口に出せない真実など存在しないと否定するだけでなく、そのような指摘をすること自体を異端視する人もいます。複数の対立する考え方がある時代ではその非難が奇妙な形になることもあります。あなたはx主義者かy主義者のどちらかというレッテルを貼られるかもしれません。
このような人々と向き合うのは難しいものですが、彼らは真剣にそう信じているということを理解することが重要です。彼らは社会の常識に反する考え方を真実だとそもそも想定できないのです。彼らの目には世界が本当にそう映っているのです。
この特権は根深いものです。多くの特権による偏見は知識を得て克服できます。しかし正統特権はそう簡単ではありません。より自立した思考が必要で、それは一朝一夕で得られるものではありません。
暗黒物質のように、直接は感じられなくても正統特権が存在すると納得させられる人もいるかもしれません。例えば「口に出せない真実が全くない時代が歴史上初めて訪れた」とは考えにくいと説得できる人もいるでしょう。具体例が思い浮かばなくてもそう考えることはできるはずです。
正統特権を持つ人に対して直接的に「特権に気づくべきだ」と言っても効果はないでしょう。特権を持つ人々は自分がその立場にいることに気づいていないからです。社会の常識に従っている人々には自分が正しいとしか思えないのです。むしろ彼らはそのことを強く確信しています。
おそらく、解決策は相手の立場を尊重することです。「私に聞こえる高音があなたには聞こえていない」と誰かが言ったら、それを証明するのが難しくても、その人の言葉を信じるのが礼儀でしょう。それを否定するのは失礼にあたるはずです。同様に「口にできない真実がある」と誰かが言ったら、具体例が思い浮かばなくても、その言葉を受け入れることが礼儀正しい態度なのです。
謝辞
本稿の草稿に目を通し、助言をくださったSam Altman、Trevor Blackwell、Patrick Collison、Antonio Garcia-Martinez、Jessica Livingston、Robert Morris、Michael Nielsen、Geoff Ralston、Max Roser、Harj Taggarに感謝します。
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