「創業者モード(Founder Mode)」ポール・グレアム翻訳 Advent Calendar 2024 1日目
これは ポール・グレアム翻訳 Advent Calendar 2024 の1日目の記事です。
- 英語原文:Founder Mode
- Paul はエッセイの翻訳を許可しています
- 翻訳原稿は https://github.com/spinute/zenn/blob/master/articles/04708b9e449b30.md で公開しています(修正・改善のための issue や PR を歓迎します)
2024年9月
先週の YC[1] で行われたブライアン・チェスキー[2]の講演は、参加者全員の心に深く刻まれました。多くの創業者が「今まで聞いた中で最高の講演だった」と口を揃え、いつも熱心にメモを取ることで知られるロン・コンウェイ[3]でさえ、聞き入ってメモを取るのを忘れるほどでした。ここでその講演を再現することはできませんが、そこから生まれた疑問について考えてみたいと思います。
ブライアンの講演のテーマは、大企業の運営方法に関する一般的な常識が誤っているというものでした。Airbnb が成長する中で、多くの善意のアドバイザーたちが「良い人材を雇い、彼らに自由に仕事をさせる」べきだと助言しました。しかし、その結果は散々なものでした。そこで彼は、スティーブ・ジョブズがアップルをどのように運営していたかを研究し、独自の方法を見つける必要がありました。現在、その方法はうまく機能しているようで、Airbnb のフリーキャッシュフローマージンは、シリコンバレーでもトップクラスです。
このイベントには、私たちが資金を提供した成功した創業者たちが多く参加しており、彼らも同じような経験をしていると語っていました。会社が成長するに従って、同じような助言を受けたものの、逆に会社に損害を与えてしまったのです。
なぜ皆がこれらの創業者に間違ったアドバイスをしていたのでしょうか?それが私にとって大きな謎でした。それを考え続けるうちにわかったのは、彼らが言っているのは「創業者ではない場合に会社を運営する方法」、つまり「単なるプロのマネージャーとして会社を運営する方法」についてであるということでした。しかしこの方法は、創業者にとっては破綻しています。創業者はマネージャーにはできないことができ、そうしないことは間違っているように感じるのです。
会社の運営方法は大きく分けて2つあります。「創業者モード」と「マネージャーモード」です。これまで、シリコンバレーでも多くの人々はスタートアップが成長するには「マネージャーモード」に切り替える必要があると暗黙のうちに思っていました。しかし、創業者たちがその方法を試して不満を感じ、そこから離れようと努力して成功したことから、別のモードの存在を推測できます。
「創業者モード」に関する本を、私はまだ知りません。ビジネススクールでも存在を認識していません。創業者たちが模索している実験的な結果しか私達は今のところ知りません。しかし、私たちが何を探しているのかわかった今、それを追求することができます。数年後には「創業者モード」が「マネージャーモード」と同じくらい理解されることを願っています。既にいくつかの違いは想像できています。
マネージャーは組織図の各部門を独立した箱として扱うよう教えられます。まるでモジュラー設計のようです。直属の部下に指示を出し、彼らがどのようにそれを実行するかは任せます。しかし、彼らが何をしているかの詳細に関与しません。それはマイクロネジメントとみなされ、悪いこととされています。
「良い人材を雇い、彼らに仕事を自由にさせる」。こう表現されると素晴らしく聞こえますよね。しかし、創業者たちの報告から判断すると、これが実際には「プロの偽善者を雇い、会社を破壊させる」ことになってしまいがちなのです。
ブライアンの話と、その後創業者たちと話す中で気づいたテーマの一つは、精神操作されているような感覚です。創業者たちは、会社をマネージャーのように運営しなければならないと指示する人々と、その指示に従って運営するときの社員たちの両方から精神操作を受けているように感じます。通常、周囲の人々が皆反対している場合には、自分が間違っていると考えるべきです。しかし、これはその数少ない例外の一つです。自らが創業者でない VC は創業者がどのように会社を運営すべきかを知りませんし、C レベル[4]の経営陣には世界トップクラスの嘘つきがいることさえあります。[5]
「創業者モード」がどのようなものであれ「CEO は直属の部下を通じてのみ会社に関与すべき」という原則は破られます。「スキップレベル」ミーティングは、珍しいために特別な名前がつけられるものではなく、ごく普通のものになるでしょう。この制約を捨てれば選択肢が大きく広がります。
たとえば、スティーブ・ジョブズは Apple で最も重要な 100 人を集めた合宿を毎年開催していましたが、これは組織図の上位 100 人ではありませんでした。普通の企業がこれを行うのは非常に困難でしょう。しかし、これがどれほど有益であるか想像してみてください。大企業にスタートアップのような雰囲気を与えることができるかもしれません。ジョブズが合宿を続けたのはこれが効果的だったからに違いありません。しかし、同様のことを行う他の企業の話は聞いたことがありません。では、これは良いアイディアなのか悪いアイディアなのか?まだ分かりません。それだけ「創業者モード」については分からないことが多いのです。[6]
権限委譲の範囲や程度は会社によって違うでしょう。同じ会社の中でさえ、信頼が構築されるにつれて変わるでしょう。「創業者モード」は「マネージャーモード」よりも複雑でしょう。しかし、より効果的です。創業者達がその方向に向かって道を探っていることからもそのことわかっています。
もう一つの予測として、創業者モードの本質が理解できる頃には、多くの創業者は既にその道を歩んでいることでしょう。ただし、その過程で多くの人々から変わり者と見られたり、時には批判されたりすることもあるでしょう。[7]
「創業者モード」についてまだ知らないことが多いと思うと、逆に勇気づけられます。創業者たちはこれまで悪いアドバイスを受けてきたにも関わらず、多大な成果を挙げてきました。スティーブ・ジョブズのように会社を運営する方法がわかれば、彼らが何を成し遂げるか想像してみてください。
謝辞
ブライアン・チェスキー、パトリック・コリソン、ロン・コンウェイ、ジェシカ・リビングストン、イーロン・マスク、ライアン・ピーターセン、ハージ・タグガー、ギャリー・タンにこの草稿を読んでいただき感謝します。
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訳注:YC (Y Combinator): シリコンバレーを代表するスタートアップアクセラレーター。Paul Graham 氏が共同創業者 ↩︎
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訳注:ブライアン・チェスキー: Airbnb の共同創業者兼 CEO ↩︎
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訳注:ロン・コンウェイ: シリコンバレーの著名なエンジェル投資家 ↩︎
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訳注:C レベル: CEO(最高経営責任者)、CTO(最高技術責任者)、CFO(最高財務責任者)、COO(最高執行責任者)など、企業の最高幹部職の総称。 ↩︎
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この表現をより外交的に言い換えると、経験豊富な C レベルの幹部は上司をうまく管理するスキルが非常に高いとも言えます。この業界に詳しい人はこれに異議を唱えないでしょう。 ↩︎
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もしこのような合宿が広く普及し、政治に支配された成熟企業でも行われるようになれば、招待された人々の組織図上の平均的な深さによって企業の老化を定量化できるかもしれません。 ↩︎
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もう一つあまり楽観的でない予測をすると、「創業者モード」の概念が確立され次第、それを悪用し始める人もいるでしょう。委任すべきことさえ委任できない創業者は「創業者モード」を言い訳に使うでしょう。また、創業者でないマネージャーが創業者のように振る舞おうとするかもしれません。それがある程度うまくいくこともあるでしょうが、うまくいかないときには混乱を招くでしょう。モジュラーアプローチは悪い CEO が引き起こす損害を限定できるのです ↩︎
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