LLMオーケストレーションについてまとめました
LLMは膨大なテキストデータから学習した「汎用的な言語処理能力」を備え、単独でもさまざまな自然言語タスクに対応できます。しかし、そこで実際にアプリケーションを開発しようとすると、次のような課題に直面します。
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最新情報の不足や幻覚(ハルシネーション)問題
学習済みモデルだけでは新しい情報を参照できず、曖昧な回答や事実誤認を起こすことがあります。 -
コンテキストの制限
利用できるコンテキストに現実的に制限があるため、膨大な量の情報を扱うことに制限があったり、長期の対話履歴や細かなユーザープロファイルを忘れてしまいます。 -
高度なタスク遂行の困難さ
たとえば複数ステップに分かれる問題を自力で分割してこなすのは苦手です。計算や検索などの細かいツール操作も、LLM単体では賄いきれません。
こうした背景から「LLMを単体で使うのではなく、周辺にモジュールや仕組みを組み合わせて、複合的に活用する」試みが盛り上がっています。これらの仕組みは総称して「LLMのオーケストレーション」と呼ばれる技術領域です。
実際の開発現場では「どのようなシチュエーションで、どの仕組みを組み合わせれば効率的にタスクを処理できるか?」という具体的なノウハウはまだまだ試行錯誤の段階です。にもかかわらず、オーケストレーションそのものを俯瞰的にまとめている情報は多くありません。
そこでLLMのオーケストレーションについて、なるべく網羅的に現状の論点を整理・紹介し、どんなアイデアがどのように実装されているのかを概観してみましたので、内容をシェアします。
LLMオーケストレーションの概要
大規模言語モデルはトレーニングデータから言語処理能力を獲得し、多様なタスクに対応可能になりましたが、以下のような弱点が表面化しています。
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知識が固定されている
学習終了後の新情報を知らないため、最新ニュースや専門的な情報をカバーできない -
ハルシネーション
自信満々で不正確な回答を生成することがあるため、情報の信頼性が担保できません -
計算や正確性への弱さ
単なる四則演算でも間違えたり、コードの実行結果と整合しない説明をすることがあります -
コンテキストが有限
LLMはプロンプトのインプットアウトプットに制限があり、扱う情報量(文字量)が非常に多くなるタスクには不向きです -
単発応答
複雑な問題を解決する場合に、一度に解決しようとして失敗することがあります
こうした限界を補うために考えられたのが「LLMと外部のさまざまな機能を組み合わせる」アプローチです。外部ツールを呼び出す、検索で情報を取り込む、長期記憶を実装して対話履歴を保持するなど、LLMを中心としながら周囲のリソースと連携させる方法について、試行錯誤がなされてきました。
LLMオーケストレーションの誕生
大きな流れとしては、もともと2010年代後半からRAGのように、事前学習モデルを外部検索や知識ベースと組み合わせる手法が存在していました。そこに、OpenAIがChatGPTプラグインを発表したり、LangChainやLlamaIndexといったフレームワークが登場したことで、
- ツール接続の汎用化(外部APIをLLMに使わせる設計)
- 会話の途中で段階的にツールを呼び出す手順化(ReActなど)
- 複数のエージェントを連携させる協調(CAMEL、Self-Chatなど)
- 長期記憶やユーザープロファイルの実装
- タスク計画やサブタスク分割(HuggingGPT、Auto-GPTなど)
といったアイデアが広まり、「LLMオーケストレーション」という包括的概念が認識されるようになりました。単なるチャットボットではなく、LLMを中心として「タスク志向のエージェントをどう作るか?」が大きなテーマになってきたのです。
LLMをうまく使うには、モデルの内部にない能力を外部で補う必要があります。計算・検索・メモリ拡張などが分かりやすい例です。これにより、
- 知識面では、最新かつ正確な事実を取得でき、幻覚も抑えられる。
- タスク遂行面では、段階的にツールを呼ぶ・複数エージェントで協調するなど、LLM単体では難しいマルチステップ処理が可能になる。
- 対話面では、長期記憶をもたせることでユーザープロファイルや前のやり取りを忘れず、一貫性やパーソナライズを実現できる。
という効果が期待できます。要は、「オーケストレーションによりLLMの弱点を周囲の仕掛けで補う」ことで、より「実用度や自律性が高いAIエージェントへと進化させる狙い」があります。
LLMオーケストレーションの主要トピック&各論
LLMオーケストレーションの主要トピックをまとめます。
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外部ツールの利用(Tool Use)
- 電卓や検索エンジン、他のAIモデルなどを「ツール」としてLLMが呼び出す仕組みの実装
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検索強化型生成(Retrieval-Augmented Generation)
- 大量のドキュメントやデータベースと連携し、LLMの回答を補強する手法。
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マルチエージェントの協調(Multi-Agent Collabolation)
- 複数のLLMエージェントが互いに会話し合い、役割分担や協議を通じてタスクを遂行する方法。
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長期メモリ拡張(Memory Augmentation)
- 通常のチャットウィンドウ上限を超えた履歴やユーザー情報を外部に蓄え、必要に応じて呼び出す設計。
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プランニング(Planning)
- いきなり回答するのではなく「まずタスクをどう解いていくか段取りを立て、それから実行する」という手法。
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タスク分解(Task Decomposition)
- 複雑な問題を小さなサブタスクに細分化し、それらを順番に解決していくアプローチ。
これらのトピックは、主にLLMエージェントをより柔軟・高度に機能させるための代表的な技術要素と言えます。次のセクションでは、それぞれのトピックについて、具体的にどんなアイデアが提案されているかをまとめます。
外部ツールの利用(Tool Use)
LLMに「テキスト生成以外の操作」を担わせる発想です。代表的なものは、電卓での数値計算、検索エンジン経由での情報収集、社内DBへのSQLクエリ、コード実行など。人間が自然に「計算機を使う」「資料を調べる」といった行動をAIエージェントに再現させようとする流れです。
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ReAct
LLMの推論(Reasoning)と行動(Action)を交互にプロンプトで書かせる方式。 -
ChatGPTプラグイン
モデルがプラグインAPIをJSON形式で呼び出し、外部サービスを実行する仕組み。 -
Toolformer
自己監督学習で「いつどのAPIを使うか」をLLMに学ばせる試み。
LLM各社のAPIがネイティブで対応(Function CallingやTool Calling)するなど、ツール利用は特に実装の敷居が下がっています。LangChainなどのフレームワークで「ツールを登録、LLMに呼ばせる、結果をまたLLMに戻す」というパターンが定番化しています。
検索強化型生成(RAG)
大量の外部知識を持っている検索システムやベクトルデータベースとLLMを結合し、回答の正確性を高める仕組みです。たとえば以下の流れで動きます。
- ユーザーの質問を取得
- 質問文を使ってベクトルDBから類似度検索
- 得られた関連情報をLLMに追加プロンプト
- LLMがその情報をもとに回答
OpenAIのプラグインの一種である「検索プラグイン」も広義のRAGシステムです。専門ドキュメントや社内知識ベースを参照することで幻覚や誤回答を減らし、必要に応じてソース参照も可能になります。
複数エージェント協調 (Multi-Agent Collabolation)
複数のLLMエージェントがそれぞれ役割を担い、相互に対話・評価を行いながらタスクをこなすアプローチです。有名な例としてはCAMELというフレームワークがあり、「AIユーザ」と「AIアシスタント」が与えられた課題に対し会話していくロールプレイ形式を採ります。あるいは「開発者役AIとレビュー役AI」がペアになってコード作成とレビューを繰り返すなど、人間のチームと同様のコラボレーションを試みる手法も登場しています。
複数エージェント方式のメリットは、創造性やチェック機能の向上や人間の手をできるだけ介在させず問題解決を完結できる可能性があることです。ただし、エージェント同士の会話が暴走して堂々巡りになる危険もあるため、調停役や停止条件を組み込む設計が重要です。
長期メモリ拡張(Memory Augmentation)
一般に、LLMはチャット履歴が長くなるとコンテキストウィンドウの制限などにより、過去の文脈を維持するのが困難になります。そこで、外部メモリに履歴やユーザー情報を蓄積・要約し、必要に応じて関連内容を検索してLLMに与える仕組みが研究されています。代表例としては以下のようなアイデアがあります。
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MemoryBank
会話ログやユーザー情報を逐語保存、一定期間後に要約して要点だけ保持、さらに長期が経つと重要度が低い詳細は忘却する様な仕組み。 -
Generative Agents
仮想空間に複数エージェントを配置し、それぞれが「行動履歴(メモリストリーム)」「反省(リフレクション)」など多層構造の記憶を持つようにし一貫した人格に基づいて振る舞う様にする。
こうした「忘却メカニズム」や「要約保存」は、コンテキストのトークン量を節約しつつ、過去の重要情報を活かすポイントです。これによりパーソナライズやセッションを超えて継続的なタスクが実現しやすくなります。
プランニング(Planning)
複雑な依頼を受けたとき、LLMがいきなり答えを出すのではなく、まずどのようにタスクを進めるかを計画し、それを順次実行していく方式です。たとえばHuggingGPTでは「コントローラ役のLLMがユーザーの要望を解析→必要なサブタスクに分け、各タスクに最適なモデルを選択→結果をまとめて最終回答」というステップを踏みます。
プランニングを分かりやすく言うと
- 計画を書く
- 実際にアクションを実行
- 結果を見て必要なら計画を修正
というループを作ることです。これによりマルチモーダル解析などの大きな課題も段階的に解いていけます。
また、Auto-GPTのように「目標を与えたらエージェントがサブタスクを洗い出して少しずつ行動する」実験的フレームワークも誕生し、LLMに自律的なプランニング力を持たせる研究も進んでいます。
タスク分解(Task Decomposition)
上記のプランニングと密接に関連しますが、特に「大きな問題をどのように細かく砕いていくか」の段取りを重視するアプローチです。Self-AskやTree-of-Thoughtsなど、いろいろな名称で提案があります。
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Self-Ask
LLMが「この質問を解くには、まず何をサブ質問として自問すべきか?」を考え、それをプログラムで管理して順に解決する様に進める。 -
Tree-of-Thoughts
解決策の展開を木構造で同時並行に進め、評価の高い枝を採用して探索を深める。
要するに、LLMが一気に難しい質問に答えず、「サブタスクを一個ずつ解く → 得た情報を次に渡す」を繰り返すことで、ミスや負荷を軽減しつつ最終的な問題解決に導きやすくするアイデアです。
まとめ
LLMのオーケストレーションは「ほぼほぼ外部モジュールや追加プロセスとの組み合わせが全て」というほど、多種多様な手法が生まれています。大きくまとめると以下のようになります。
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ツール活用(Tool Use)
LLMが電卓や検索と連携し、自律的に外部機能を呼び出すことで能力を拡張する。 -
Retrieval-Augmented Generation
モデルが外部知識ベースを参照し、回答の正確性を高める。 -
マルチエージェント協調
複数のLLMが役割分担・相互議論を行い、新たな創造性や自律性を発揮する。 -
長期メモリ拡張
対話履歴やユーザー情報を外部に蓄え、必要時に思い出すことで一貫性やパーソナライズを実現。 -
プランニングとタスク分解
計画を立て、問題を小さく分割して順次解決することで複雑なタスクをこなす。
これらの組み合わせにより、「LLM単体では実現しづらかった複雑なタスクの自動化」や「長期かつ高度な対話」が少しずつ可能になってきました。実装上もLangChainやLlamaIndex、Difyなど多くのフレームワーク・ライブラリが登場し、誰でも比較的容易に試せる環境が整いつつあります。
とはいえ、まだまだ完全に最適化された解があるわけではなく、エージェントが不要なツールを呼びすぎる、エージェント同士の会話がループする、長期メモリに何でもかんでも溜め込んで破綻するなど、課題も山積です。
開発現場では試行錯誤を繰り返しながら「どの手法を、どんな場面で、どう組み合わせるか?」を調整し、実用に耐えるレベルへと仕上げていくプロセスが続いています。
本記事では大まかな概念と主なトピックを列挙しましたが、実際に自分のユースケースに合わせていろいろ試してみると、それぞれの使い勝手や注意点が肌感覚で見えてくると思います。まだまだドキュメントやベストプラクティスが少ない分野なので小さなPoCから始めてノウハウを蓄え、独自のエージェント設計を模索していく必要がありそうです。
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