公務員をしつつ社会人博士課程に行った体験記
はじめに
本記事は公務員をしつつ業務と全く関係のない社会人博士課程に行った,ほかにあまり例がないだろうという体験記です.研究内容の話はありません.
社会人博士課程に迷っている方の一助になるかもしれないし,ならないかもしれません.
こんな歩み方をしている人もいるんだという参考にご笑覧ください.
また本記事を書くにあたり,zennに投稿するのが適切かどうか悩んだのですが,zennの投稿カテゴリーをみると,例として"エンジニアのキャリアパス"や"資格試験の受験記"があり,「技術屋としての歩んできたキャリアの一つでもあるし,博士は資格の一つだから資格試験の受験記でもあるだろう」と考えた結果,問題はないだろうと判断しました.
記事の内容のまとめ
忙しい方はここのみ読んでください.
要約の中の細かい内容は本文の方へ.
要約
- 題名にあるとおり,公務員(技術系)として働きながら社会人博士課程に進学し,この度博士号を取得しました.
- 経歴としては民間企業(研究職)⇒公務員(技術系)&博士課程 ⇒アカデミアと歩んできており,なかなか珍しいルートを進んでいると思います.
- 業務に関係ない内容での社会人博士課程は大変なこともありますが,周囲の理解とサポートが重要でした.
- 技術系の公務員はとても楽しい仕事なので(熱中しすぎて博士課程の方が進まなかった),最後にそれも紹介したいと思います.
やり遂げるために重要であった要素(項目だけ)
- 周囲(特に指導教員)の理解とサポート
- ほんの少しでもいいから何かしら触れておくこと
- ほかの博士課程の人と比べないこと
- 社会人をやっているという強みを意識すること
本文
来歴
大学院を修士で卒業後,民間企業→公務員→アカデミアと進んできました.
民間企業時代
民間企業では研究開発職として勤務していました.
そこでは本当に幅広い製品に関する業務を経験し,貴重な経験も多く積ませてもらいました.
また,提案資料の作成方法や報告書の書き方など社会人としての基礎も初歩の初歩から叩き込まれました.
加えて法人関連の税金や法令(輸出入関連や契約関連),知財に関することなども学び経験できたのも大きな財産です.
これらの経験は今でも非常に役に立っており,民間企業にいたことの大きなメリットだと感じています.
公務員時代
地元に戻りたいという思い,もっと現場に近いところで自分の目でみて動かして働きたいという思いがあり,公務員試験を受けて技術系の公務員になりました.
知り合いに公務員が何人かおり,業務内容を聞いていたことも要因の一つでした.
どんな業務であったかは最後に記載しているのでここでは割愛しますが,技術スキルも対人スキルも非常に鍛えられた職場でした.
想像より仕事が楽しく,博士課程がなかなか進まなかったです
社会人博士課程時代
公務員になると同時に社会人博士課程へと進学しました.
業務とは全く関係のない分野であったため,完全に自費で趣味としての進学でした.
社会人博士は大変と覚悟していましたが,想像よりは余裕をもって進めることができました(3年+αかかってますが).
アカデミア時代
縁があってアカデミアに移りました.移った理由は後述します.
ここはこれから(も)頑張りますとしか言えないです笑
博士課程に進んだ理由
公務員になると決めたものの,技術の最先端に触れていたい,研究は続けていきたいという思いがあり,博士課程に進むことにしました.
もともと,いつかは博士をとりたいという思いもありました.
また,職についたまま進学するため,もし途中でリタイアすることになっても食い扶持は確保でき,自分のペースで進められるのではないかと考えました.
そこで大学の先生に相談したところ,快く受け入れてもらえたので進学を決めました.
想定と違っていたこと
公務員といえども仕事は忙しく,時間があまりとれないことも多かったです.仕事終わりに研究をしようと思うと,頭の使い方を変える必要がありその切替がなかなか大変でした.
仕事が想像以上に楽しくてそちらに熱中してしまい,博士課程の方が進まなかったというのが正直なところです.
また,学会や研究室内の行事にもなかなか参加できませんでした.これはある程度想定はしていましたが,時間と体力の両方によりそれ以上に参加できなかったです.さすがに研究系の部署に所属していないと学会参加は難しいなと感じました.
なぜ公務員からアカデミアに移ったか
アカデミアへのお誘いをいただいたとき,非常に迷いました.公務員は仕事は楽しく安定しており,お給料も悪くないという状況でした.
そんな中で任期付きのポストへ移ることを決断したのは下記の理由によるものです.
- 研究への従事を続けたいと思ったこと
研究を続けていけるという魅力は非常に大きく,諦めきれませんでした.チャンスがあるならば挑戦したいと思いました. - 今後を考えたときにより可能性が広がると思ったこと
専門性を深めつつ,より幅広い技術や人脈を形成できると考えました.また,数年後を考えた際により選択肢が広がると考えました.
また就職すると公共含め自社他社の情報への感度が非常に高くなります.安定した会社でも部署や人がつぶれていく様を見てきており,職場が安定していることは理由にならないなとも思いました. - なんとでも生きていけるという思いがあったこと
公務員として働くと,非常にいろんなキャリアパスをたどってきた人に会います.最終学歴も様々ですし,民間企業を複数経験している人も多くいます.
経験している仕事も様々です.しかし,共通しているのはみんな生きていて家族を養っているということです.また公務員をしていると様々な支援制度にも詳しくなります.人間らしく生きていくのは何とでもなるとも感じました.
建築系の仕事をしていたのですが,ご存じの通り非常に労働力不足が深刻な業界なので,公共で建築系業務をしていた人間の需要は今後ますます増加していくだろうという思いもあります.(いつでも戻れるスキルが得られるよう業務を頑張っていました.) - 周囲の後押しがあったこと
家族ふくめ周囲の人全員からはアカデミアを勧められました.職場の上司も相談したら,それは挑戦すべきと言っていただきました.周囲の人間が後押ししてくれている状況で挑戦しないわけにはいかないなと思いました.
やり遂げられた要素
- 周囲(特に指導教員)の理解とサポート
1にも2にも周囲の理解が大事です.特に指導教員の理解とサポートが重要です.社会人として働きながらになるので,研究が進まないことも多くあります.そのような際にも長い目で見守っていただけるのが非常にありがたかったです.社会人博士課程が多い研究室であると研究室にもノウハウがあるので,打ち合わせもリモートで行ったりするなどの環境が整っていることも多いと思います.
家族の理解も大事です.リビングで夜や土日にパソコンカタカタしても怒られないようにするのは大事です.3年以上在籍していても何も言われないのもありがたかったです.
職場の理解はあればいいですが,なくてもなんとかなります.私の場合は業務とは全く関係のない分野であったため,職場の理解は特に必要ありませんでした.とにかく家族と指導教員の理解が大事です. - ほんの少しでもいいから何かしら触れておくこと
仕事をしていると研究から離れてしまうことも多くあります.少しでもいいので,何かしら触れておくことが大事です.例えば通勤時間に論文を読むというのもありますが厳しいときも多いので,論文の図表だけ見る,タイトルをサーベイするというのもありと思います.関連のネットニュースを探すのもありだと思います.0から研究のエンジンをかけるのは大変ですが,0.01でも常に動いていればそこからの始動は比較的楽です. - ほかの博士課程の人と比べないこと
X(旧Twitter)などをみると,ほかの博士課程の人がどんどん論文をだしたり学会発表したりしています.それと自分を比べてしまうと非常に辛くなります.自分は自分といいきかせて他とは比べないことが大事です.世界は広いですが半径50cmでは自分がトップです(隣が教授の場合は離れましょう).目標は学位をとることだと言い聞かせてました. - 社会人をやっているという強みを意識すること
社会人の一番の強みは仕事があるということです.研究が進まなくても仕事は会社に行けば進みます.すなわちなにもせずに1日が終わることはありません.研究は進まなかったけど仕事したからいいやの心持でいることで精神的には安定していました.
また,対人スキルも強みだと思っています.仕事でも不明点があるときにノータイムでサポートセンターに電話して解決することがあります.これができるのが社会人の強みです.
結局他人の土俵には上がらず,自分の土俵で戦うのが大事と考えています.
これからのこと
せっかくのチャンスをいただいたので,好きなことを好きなだけできるうちに頑張っていこうと思います.
おわりに
博士課程に進学するというのは金銭面での不安,時間面での不安などいろいろな不安があるかと思います.パスは一つではありません.想像の外側にもさらにはるかに多くのパスがあります.
もし進学を迷っている方がいるならばこのようなパスもあるということを知ってもらえれば幸いです.なお,進学を迷う人間はいつか何らかの形で進学します.
博士の学位をいただいたときはやはりうれしかったですし,達成感もありました.
不安に思うことも多くありましたし今でも将来が不安ですが,なんとかなるさの気持ちが結局大事と思います.
技術系公務員という仕事について
技術系の公務員についてあまり意識されることはないかと思いますが,公務員というイメージで固まって想像されることも多いのでここでは実際に良かったところを紹介します.
長いので興味ある方だけ読んでもらえれば幸いです.
- 仕事の受益者がすぐ近くにいる
当たり前ですが,地域の人々に直接影響のある仕事をします.
そのため,自分が携わった仕事の成果を自分自身が利用したり,また地域の人々が利用する様子をすぐ近くで見ることができます.
使いやすくなったりきれいになって喜んでもらえる姿を見ることができるのはやはり非常にうれしいことでした. - 上流の設計から最後の引き渡しまで経験でき,とにかく現場に出られる
基本設計から引き渡しまでを一貫して担当することが多く,一連の流れを経験できます.
発注側でありながら頻繁に現場に足を運びます.とにかく現場にでることが多いです.担当だけでなく,その上司も現場に出てきます.
またトラブルがあった場合には「まず現場に出て自分の目でみてこい」とよく言われました.
そのおかげで細かい施工方法や改良点を現場で見聞きし,また職人と仲良くなることでいろいろなやり方を教えてもらう⇒それを次の設計に反映する というサイクルができたので,技術屋としても楽しく成長が実感できました. - 職員としての権利や義務が明文化されている
公務員の権利や義務,職務内容は条例やそのほかですべて明文化,公開されています.
そのため,根拠に基づき主張すれば上司も反論反対できません.
柔軟性に欠ける側面はありますが,上司の気分で権利が侵害されることはなく(※上司はいい人しかいませんでした)何が使えて何が使えないかはっきりしているのがよかったです. - 意外と自由であり,自分自身の考えが重要視される
公務員といえばルールでがちがちというイメージです.確かにその通りの面もあります.
しかし,ルールの中であれば自分の考えで設計することができ,その設計の理由を説明できれば上司もそのまま進めさせてくれます.
技術的な要素でいくと.設計や施工のルールは法律や国交省の設計基準や監理指針などで決まっているのですが,その中でも選択肢が複数あります.
そこで,実際に施設を使う人の要望を聞きながら,どのようにしたらそのルールを守りつつ施設の要望も最大限にかなえることができるのかというのを必死に考えるのです.それがパズル的な要素もあり大変楽しかったです.
私がいた民間企業よりは公務員の方が自由だと感じたのを覚えています. - 異動しても仕事内容は大きく変わらない
よく公務員の特徴として異動が頻繁にあること,またそのたびに転職と同じくらい大変だといわれます.
技術系も同様に頻繁に異動はありますが,担当の範囲が変わるだけで職務内容は変わらないことも多いです.許認可関連で法律を扱う部署に行くと勉強することが非常に多くて大変とは聞きますが... - 公務員という安定した身分
世間一般で公務員というと社会的ステータスがあるため,外聞は良かったです,
生活も安定している人が多く,ワークライフバランスも良かったと思います(技術系は).
また給与が安定しているからなのか,飲み屋での気前の良さは前職以上でした.公務員は行動範囲が地元であり基本的に地元でお金を使っているので,給与を上げたら上げた分だけ地元の経済に還元されるのになぁとも思った次第です. - 職場にいい人が多い
特に技術系においては,同僚から上司に至るまで基本的に相互に思いやり,助け合う風潮がありました.基本的に穏やかな人が多かったです.
また,技術系は民間出身者が多く,公務員でありながら民間企業のような雰囲気で合理的でした.やるべきことを期限までにやってればよしという風潮が強く,そのほかの非合理的な変なルールはありませんでした. - 対人関係のスキルが身につく
業者や職人さんと直接やり取りや交渉を行います.
企業にいた頃は業者はいわゆる下請けであり発注者側の立場が強くなってしまうので,こちらの意見を通しやすかったのですが,公務員は発注と受注が同じ立場で対等ということを常に意識していました.
また上司や先輩にもその考えの人が多く,その原理原則に則って仕事をしていました.
そのため,時には正面からぶつかりながら仕事をしていくことも多くあり対人関係のスキルは大企業や大学では身につけられない種類のものまで鍛えられます.
公務員になった当初,いかに自分が企業の力で驕ってたかを思い知らされました.自分としては業者に寄り添っているつもりでも,意見が通ってたのは企業の威光があったからでした.
職人さんなどによく怒られ,そのたびに先輩や上司と謝ったりこちらが正しい時は筋を通しにいったりしましたが,そのおかげで折衝能力はかなり鍛えられたと思います.
特に,論理的に正しいだけでは人は動いてはくれないという経験は非常に大きかったです.
まだまだ書きたいことはたくさんありますが,別の機会に書きたいと思います.
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