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ダニから学ぶ設計思想──環世界と確実に動けるチーム

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こんにちは、しがないエンジニアの k_y16 です。

最近『生き物から見た世界』(ユクスキュル著)を読みました。
この本に出てくる「環世界(Umwelt)」という概念が、設計やプロジェクト運営、さらには組織のあり方にまで通じるものだと感じました。

“環世界はそれぞれの生き物に固有であり、
他の存在の世界を共有することはできない。”
── ユクスキュル『生き物から見た世界』


🐜 ダニの世界:シンプルさは確実性を生む

ユクスキュルが描く代表的な例に、ダニがあります。
ダニの世界は驚くほど単純です。
彼らが感じ取るのは、わずか三つの刺激だけ。

  1. 光の変化(高いところへ登るため)
  2. 匂い(獲物の皮脂を感知)
  3. 温度(血のある場所を察知)

それだけで、ダニは森の中で確実に生き延びる。
彼らの環世界は極端に狭く、しかしその中では完結している
複雑な判断も、余計なノイズも存在しない。
入力が少ないからこそ、行動が安定している。

人間から見れば原始的で不自由に見えるが、
ダニにとっては「それだけで十分な世界」だ。
生きる上で必要な情報だけを受け取り、確実に反応できる構造。
その単純さこそが生存戦略であり、確実性の源泉でもある。


🧭 シンプルな環世界は「確実に動ける世界」

これは生き物だけでなく、設計や組織にも当てはまります。

  • システム設計なら、モジュールの責務を明確にすること。
  • 意思決定フローなら、経路を減らし、判断を単純化すること。
  • タスク管理ツールなら、「どこを見ればいいか」を統一すること。

どれも共通しているのは、「関わる世界を定義し、余計な刺激を減らす」ことです。
環世界が単純であるほど、ノイズが減り、反応の確実性が上がる

私たちが「複雑な世界を理解しよう」とする努力は尊いけれど、
同時に “どの世界を生きるか”を選ぶ勇気 も必要です。

シンプルさとは、情報を減らすことではなく、
自分が生きる世界を意図的に限定すること


🧩 設計における「環世界の整理」

クリーンアーキテクチャの考え方も、実はこれと似ています。
層を分け、依存関係を一方向に限定することで、
各レイヤーが「自分の世界」を保ちながら確実に動けるようにする。

  • ユースケース層は「業務の世界」だけを知る
  • インフラ層は「実装の世界」だけを知る
  • プレゼンテーション層は「ユーザーとの接点の世界」だけを知る

それぞれの環世界を狭く保つことで、変更に強く、理解しやすい構造が生まれる。
逆に、境界が曖昧になると世界が膨張し、
どの層も自分の居場所を見失ってしまう。

「確実に動ける世界」を設計するとは、
“知らなくてもいいことを明確にすること” なのかもしれません。


🧑‍🤝‍🧑 それぞれが違う環世界を生きている

ユクスキュルは言います。
「ミツバチにとっての花と、人間にとっての花は別の存在である」と。

同じ対象でも、感じ方が異なれば、世界も異なる。
この発想は、チームの中でもそっくりそのまま当てはまります。

  • 開発者の環世界:ロジックとデータの整合性の世界
  • マーケターの環世界:ユーザー行動と数字の世界
  • マネージャーの環世界:リソースと時間の世界

どれも「正しい」。
ただし、それぞれ異なる世界の中での正しさです。

異なる環世界を持つ者同士が協働するには、
「どちらの世界が正しいか」ではなく、
「どうすれば互いの世界を接続できるか」 を考える必要があります。

「自分の環世界こそ現実だ」と思い込んだ瞬間、
コミュニケーションのずれが生まれる。


🌐 視座を変えるとは、環世界を行き来すること

よく「視座を上げよう」「別の視点を持とう」と言われますが、
それは単に広く見ることではありません。

本質的には、他者の環世界を一度自分の中で再構築すること
マーケターの世界を理解するエンジニアとは、
マーケティングの環世界に一時的に“入り込める”人のこと。

視座を高く持つ人は、複数の環世界を切り替えながら、
それぞれの世界で確実に動けるよう橋を架ける人でもあります。
そして同時に、どの世界にも完全に溶け込まない観測者でもある。


🎯 結び:環世界を設計するということ

設計とは、単に機能を作ることではなく、
人が確実に動ける世界をつくることだと思います。

それぞれが自分の環世界の中で動き、
互いの世界を少しずつ理解し合う。
その接点をどう設計するかが、
チームやシステムの健全さを左右する。


ダニのように、世界を単純にする。
それは視野を狭めることではなく、
自分が確実に動ける世界を定義すること

複雑な世界の中で迷子になりそうなとき、
少し立ち止まって、自分の「環世界」を見つめ直してみる。
それは設計にも、仕事にも、そして生き方にも通じる
ひとつの態度なのだと思います。

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