筑波大学学園祭ステージ生配信の舞台裏 - 商業音源の著作権処理と独自配信システムの構築
この記事はjsys Advent Calendar 2024 14日目の記事です。
はじめに
筑波大学学園祭実行委員会 情報メディアシステム局で著作権の処理および生配信サイトのコーディングなどを担当していたおかし(@oka4shi)です。
本記事では、筑波大学学園祭「雙峰祭」で音源も含めたステージの生配信を行った経験について綴っていきたいと思います。
雙峰祭での生配信
雙峰祭では2004年より学園祭の様子を生配信しています。
生配信のサイトを独自で構築したり、動画に流れる形でコメントを流せるような取り組みをしたり、企画番組の中継をしたりと、学生の行う生中継としては先進的な取り組みが行われてきました。
ここ数年はステージの生配信に注力しており、音声や音源も含めてほぼ全てのステージの内容を高品質な映像で配信することを目標にしています。
今年は以下のような独自のサイトを構築して生配信を行いました。
配信サイト
生配信と著作権
さて、音源を生配信する上では著作権の処理を欠かすことができません。インターネットに配信するためには、たとえ非営利であっても正式な許諾が必要となっています。
著作権は権利の束と呼ばれ、複数の権利を総称する概念であり、全体像はとても複雑になっています。インターネットで生配信を行う場合には、主に以下の3点がが問題となってきます。
- いわゆる著作財産権[1]のうち、公衆送信権
- 実演家の権利としての著作隣接権のうち、送信可能化権
- レコード製作者の権利としての著作隣接権のうち、送信可能化権
ここでは便宜上1を著作権、2及び3を著作隣接権と呼んでいきます。
著作権は、作曲者・作詞者・編曲者などの権利であり、楽曲のメロディーや歌詞など、音楽作品そのものに関する権利です。これは、音源を利用する場合も、カバーをする場合にも関わってきます。日本ではJASRAC(日本音楽著作権協会)や株式会社NexToneが各権利者の権利を一括して管理しており、ほとんどの楽曲はそれらの団体を通して使用の許諾を得ることができます。
著作隣接権は、歌手やアーティストなどの演奏を行った人およびレコード(CD)を製作した会社の権利です。市販の音源をそのまま使用する場合にはこちらの権利の使用許諾を得る必要もあります。日本では、主に各レコード会社(レーベル会社)が管理しているほか、日本レコード協会(RIAJ)、日本音楽出版社協会、インディペンデント・レコード協会などがそれらを取りまとめ一括で許諾を行っています。
動画共有サービスでの著作権事情
生配信自体はYouTubeで配信すれば簡単です。また、YouTubeはJASRACやNexToneなどと包括契約を結んでいるため著作権については何も手続きは必要ありません。しかし、著作隣接権の許諾を得るのが困難です。確かにYouTubeにはContent IDなどの仕組みがあり、一部の楽曲は何も手続きをせずに使用できます。しかし、これはアップロードしてみるまで権利者の方針が分からず、場合によっては動画がブロックされることがあったり、違法に配信することになってしまったりするという問題があります。
そのため、去年や一昨年は一曲単位で各レコード会社と契約を結び、著作隣接権の許諾を得ていました。しかし、この方法では一曲ごとに費用がかかるため、かなりの金額を支出することとなり、実行委員会の財務を圧迫する一因となっていました。また、各権利者を探す作業や連絡・契約の作業が煩雑になるという問題もありました。
日本レコード協会との包括契約
そこで、本年は日本レコード協会の「放送番組等以外での送信可能化制度(ウェブキャスティングに係るレコードの集中管理)」を活用することにしました。この制度を利用することで、比較的低額かつ一括して日本レコード協会、日本音楽著作権協会などの所属会社の管理する音源を配信する許可が得られます。
ただ、問い合わせてみたところ、YouTube等のUGCサイトでは集中管理の対象でないレコード会社が多数あるとのことで、この制度を利用したいのであれば、現実的には独自のサイト上で配信を行う必要があります。
海外の楽曲の使用
JASRACやNexTone、日本レコード協会は日本の著作権管理団体であるため、海外の作品が利用できるのか問題になってきます。まず、著作権については、JASRACの国際ネットワークにより、許諾が得られることが多いです。
また、著作隣接権に関しては、海外の楽曲でも日本レコード協会に加盟する日本のレコード会社から日本版のアルバムが発売されていれば問題ありません。また、日本レコード協会の使用許諾には一部の海外レーベルも含まれているため、そちらに該当すれば使用できます。
配信楽曲の著作権処理の方針
楽曲の著作権(著作隣接権を含む)のクリアランスは、JASRAC、NexTone、日本レコード協会との包括契約によって行い、その対応できない曲は一括で配信しない(該当箇所は音声ミュートにする)ことにしました。
つまり、著作権が存続しておりJASRAC、NexToneのどちらにも委託されていない楽曲に関しては配信しないという対応にしたということです。
音源を使用する場合も同様に、基本的に日本レコード協会経由で使用許諾を得られない曲は配信しないことにしました。ただし、一部の楽曲は二次創作規約等で使用が可能であったため申請をせずに配信をしました。
これにより、手続きの労力を大幅に抑えることができ、包括契約によって著作権料の負担も減りました。
配信を無料にしても無理なく行える負担で、最終的には全体の8割程度の曲を配信することができたので、割と良いバランスであったと思います。
必要だった手続きや準備
生配信やその準備は以下のような流れで行いました。
- 各著作権管理団体の利用許諾手続き
- 楽曲リストのまとめ
- 許諾を得ていない曲の部分は音声をミュートしつつ、生配信を実施
- 使用した楽曲の報告
各著作権管理団体の利用許諾手続き
YouTubeでは必要ありませんでしたが、独自サイトの場合は著作権の管理団体であるJASRAC、NexToneとも契約を結ぶ必要があります。インターネットでの生配信には「インタラクティブ配信」の許可が必要です。以下のページを参考に手続きを行いました。
いずれもフォームに記入し、サービス全体の概要や収入等についてまとめた資料を提出します。その後いくつかの事項について確認があり、2週間程度で手続きが完了し、契約を締結しました。
また、日本レコード協会とも連絡を取り、同様に手続きを進めました。
楽曲リストのまとめ
それぞれの曲が包括契約で許諾を得られるか事前に確認をし、許諾を得られない曲については生配信に載せないようにする必要があります。そこで、各出演団体にあらかじめすべての曲目のリストの提出をお願いし、その情報を元にすべての曲目についての情報と使用可否を一つのExcelシートにまとめました[2]。
楽曲の権利者情報を調べる際には、一般社団法人音楽情報プラットフォーム協議会の運営する「音楽権利情報検索ナビ」が非常に役に立ちました。これは、様々な音楽の権利情報を横断的に検索できるシステムです。
著作隣接権の包括契約ではレコード会社単位で許諾が得られるので、アルバムがどこから発売されているのかを調べる必要があります。一つのサイトでまとめて検索することでその調査ができ、便利でした。
また、作品コードの検索にも有効でした。JASRAC、NexToneのどちらの作品コードを検索できます。特に、JASRACの提供するデータベース「J-WID」は検索に独特の仕様があり使いづらい[3]ので、単純にその代替としても優秀でした。
許諾を得ていない曲の部分は音声をミュートしつつ、生配信を実施
実際に生配信を実施します。映像部分に関しては実行委員会内の映像部門のメンバーがすべてやってくれました。
許諾を得ていない曲部分の音声ミュートは、OBSのシーン切り替えで行っていました。音声が載っているシーンと、音声をミュートして、ミュート中である旨を表示するテロップを出すシーンをあらかじめ作成しておき、それらを手動で切り替えています。
実行委員会のメンバーとテロッパー 兼 楽曲情報表示システムを開発しました。
これは、曲についての情報や出演団体を配信画面にオーバーレイ表示するためのシステムです。
配信画面に出演団体の情報、曲名と著作権者を表示しておくための機能を持っています。また、楽曲の利用許諾が得られているかどうかを確認できるようなダッシュボードを提供しています。
このシステムの詳細については後述します。
配信画面のイメージ。赤枠部分がテロッパーによる表示
使用した楽曲の報告
実際に流した楽曲のリストを作り、各著作権管理団体に報告し、使用料を支払います。
必要になったシステムの開発
テロッパー 兼 楽曲情報表示システム
テロッパー 兼 楽曲情報表示システム(Donguri)を開発しました。ReactでダッシュボードとOBSのブラウザソースで取り込むための表示部分を作成し、それらを中継するサーバーをGoで書きました。
Donguriのダッシュボード。ここでテロップの切り替えと楽曲情報の確認をする
こちらを操作し、あらかじめ作成しておいたパフォーマンス情報及び楽曲情報をテロップ表示部分に送っています。
私はCSVで出力した楽曲リストとWebサイト用に準備した企画情報のJSONから必要な項目を抜き出して、出演団体ごとにまとめたJSONを生成する部分を主に担当しました。こちらは使い慣れているGoで適当に実装しました。
配信システム
生配信は独自のサイトで行いました。実際に映像を配信するサイトは、さくらインターネット様にImageFlux Live Streamingをご協賛いただき、構築しました。
配信画面の他、タイムテーブルを表示する機能や、スタンプでリアルタイムにリアクションができる機能を実装しました。
また、ImageFluxに映像を送信するために、ImageFluxのチャンネル作成APIを叩き、WebRTC Native Client Momoを操作するようなツールをGoで製作しました。このツールは、映像の送信が正常に行えているか監視する機能も持ち、問題が発生した際にパトライトが光るような仕組みも構築しました。
こちらの技術的な詳細については、後日別の記事を公開する予定です。
結びに
音源を含めて映像をインターネット生配信する方法について、主に著作権処理の観点から雙峰祭での事例をまとめてみました。一元化された情報がなく、探り探りではありましたが、無事に生配信を実施することができました。
筑波大学学園祭実行委員会情報メディアシステム局の紹介
筑波大学学園祭実行委員会は筑波大学の学園祭「雙峰祭(そうほうさい)」を開催しています。参加企画向けシステムの開発や、Webサイトの制作、独自の生配信プラットフォームを通じた映像配信などをしています。
情報系に限らず様々な学生が1~2年生を中心に活動しています。少しでも面白そうと感じた筑波大生の方や入学予定の方は、info@sohosai.com
よりお気軽にお問い合わせください。
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