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サピエンス全史:書評

2022/11/05に公開

記事を書くことになった経緯

この記事は「サピエンス全史」という本の書評です.

先月(2022年10月初頭),ノーベル賞が発表された.友人とノーベル賞の内容について話しているときにノーベル生理学・医学賞に話題が移った.今年のノーベル生理学・医学賞を受賞したのは「人類の進化」について研究しているスバンテ・ペーボ博士だ(参考[1]).

ペーボ博士は絶滅した人類の遺伝情報を解析する技術を確立し,4万年前のホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)の骨に残っていた遺伝情報を詳しく調べ,ホモ・サピエンス(現生人類)と比較した.その結果,ホモ・サピエンスのDNAにホモ・ネアンデルターレンシスのDNAが数%混入していることが明らかになった.

ペーボ博士は上記以外にも,数万年前に絶滅した他の人類(他のホモ属,つまり,ホモ・ネアンデルターレンシス,ホモ・デニソワなど)の遺伝情報が標高の高い土地での生存を有利にしたり,ウィルスに対する免疫の反応の仕方に影響することも突き止めた.これは現生人類(ホモ・サピエンス)の体の仕組みをより深く理解するのにつながっている.

この記事を書くきっかけになったのは,このペーボ博士のノーベル賞受賞にある.友人と話しているときに「そういえば,数年前にサピエンス全史(参考[2])という本が話題になったけどどんな内容だったっけ?」と聞かれた.私はこの「サピエンス全史」を1~2年前に購入して上巻だけ読んだが内容については忘れてしまっっていた.

その友人に「サピエンス全史の内容について教えてくれ」と言われ,それについて承諾してしまい,その1か月後(つまり2022年11月,この記事を書いている時期)に内容を教えることになった.この記事はその備忘録&書評である.私が読んだことがあったのは上巻のみだったが,これを機に下巻も読んだ.

あまり本の内容について書きすぎると,著作権侵害に当たるので,目次や帯に書いている程度の情報に留める.ただ,科学的事実や歴史についてはそもそも著作権が存在せず,それについて列挙することは著作権侵害に当たらない.ただし,著者の主張や考察は著作権に該当する.本記事で列挙する著者の主張は目次の内容と帯の内容程度のものである.万が一,本記事が著作権や同一性保持権を侵害しているという旨の連絡を,著者・訳者・出版社およびその代理人などから受けた場合,本記事は直ちに削除する.

サピエンス全史でのおおまかな主張

サピエンス全史では以下の主張をしている.

  • ホモ・サピエンスがここまで発展できたのは「虚構」を信じる力を得たからである.

そして,ホモ・サピエンスの歴史の中で以下の4回つの革命が起きた.これらの革命の前後でホモ・サピエンスの生活はガラリと様変わりする.(1~3の革命が主で,4の革命はあくまでもプラスアルファ的存在)

  1. 認知革命(7万年前)
  2. 農業革命(1万2千年前)
  3. 科学革命(500年前:西暦1500年頃)
  4. 産業革命(200年前:西暦1800年頃)

本書の中では明示していないが,4つの革命のきっかけは全て「虚構」を信じることができるようになったからであるとしている.少なくとも私は著者がそう暗示しているように感じた.この能力は他のホモ属が有していない,ホモ・サピエンス特有の能力である.

この本は人類の歴史そのものについて解説した本ではない.現代社会は「虚構」の上に成り立っており,その「危うさ」を指摘した本である.猿人~人類の進化の歴史(500万年前~数万年前)そのものについて知りたい人は参考[3]に挙げた書籍などを参考にした方が良い.

サピエンス全史はサピエンス全史で面白かったが,参考[3]も図版が綺麗で分かりやすく面白かった.人類(ホモ属)がどういった経路で世界中に散らばって行ったかなども地図付きで解説しており,様々なホモ属の復元模型も示されている.

以下の記事は,ホモ・サピエンスの発展の歴史と著者の意見を受けての私の感想である.

認知革命(7万年前)

「虚構」の始まりは,神様や守護神といった想像上の存在である.あるいは,村の掟といった法律の起こりのようなもの.「虚構」を認知できるようになったことによって,150を超える個体が一つにまとまれるようになった.これはホモ・サピエンスの重要な特徴で,チンパンジーなどの他の哺乳類はせいぜい50~100個体の集団が限界である.これを認知革命と言う.「虚構」を認知できるようになったのは,複雑な言語機構を獲得したためであると考えられている.

同一の「虚構」を信じるホモ・サピエンスは,集団の力で他の動物(他のホモ属を含む)を圧倒するようになった.この「虚構」を信じる力は良くも悪くもホモ・サピエンスの社会に大きな影響を及ぼし続ける.(貨幣,法律,国家,宗教,倫理観,etc...)

農業革命(1万2千年前)

農業革命とは安定的な食糧確保を目的として起こったとされている.農業革命により,穀物の栽培と家畜の飼育をするようになり,ホモ・サピエンスは一か所に定住するようになり,さらに一つの集団が巨大化していく.

農業革命によりホモ・サピエンスが全体として得られるようになった総カロリー量は増加し,人口が飛躍的に増加した.人口が増加したからといって,ホモ・サピエンスが幸福になったかというと,そういうワケでは無い.むしろ個人レベルで見ると不幸になったとも言える.

狩猟採集生活では,その日に必要な分だけ食料を採取するだけだったので労働時間も短かった.また,雑食だったため栄養バランスも良く,農耕民に比べて栄養障害を起こしていたり,寿命が短かったというデータもない.これは狩猟採集民の遺骨などを科学的に分析した結果分かっている事実である.

農業革命により,食生活は穀物に偏ることになり栄養バランスは悪くなった.また,日の出から日の入りまで農作物と家畜の世話に追われ,一般的な農民の労働時間は伸びた.また,一か所に集団で定住し家畜を飼育することが,感染症流行の温床となった.これは,常に移動し続ける狩猟採集民には起こりえないことである.また,農業革命により肥沃な土地を巡って争い・戦争も起こるようになる.所有物の概念も生まれ,支配者層と非支配者層に分かれ始める.

穀物を栽培し,家畜を飼育すれば安定的に食料を確保できるようになれば,自分たちは幸せになれるという淡い期待は多くの人々にとって「虚構」だったとも言える.

科学革命(500年前:西暦1500年ごろ)

西暦1500年頃はレオナルド・ダ・ヴィンチなどが活躍した時代である.コロンブスに代表される西洋人が新大陸を発見し,新大陸の征服をしていった時代でもある.この時代に科学革命が起きた.

科学革命とは「無知を自覚できるようになった」革命のことである.科学革命以前は,この世界の重要なことの全ては宗教的経典に書かれているとされていた.個人が疑問に感じることの殆どは,宗教的経典に書かれているとされ,知りたいことがあれば経典を調べるのが一般的であった.そして,経典は人類の長い歴史や経験に基づき書かれているため,そこに含まれる生活の知恵・教訓は大まかに正しかった.経典に書いていない事は些末な疑問であるとされ,重要視されていなかった.つまり,経典に書かれていいなことへの疑問(無知)は長らく無視・軽視されてきた.科学革命以前において,ホモ・サピエンスの大多数は無知を自覚できていなかったのである.

海を渡り,新大陸を発見した西洋人はこれまでの常識(経典に書いていること)が通用しない出来事に多く遭遇するようなる.そこで役に立ったのが科学だった.科学は未来を予測できる.つまり,未知と遭遇したときに役に立つ.科学が役立つことに庶民レベルで気づき始めた.

科学革命以前において支配者層は,自分の支配を正当化して社会秩序を維持してもらうことを願って,聖職者・哲学者・詩人などにお金を与えた.医薬品の発明・武器の発明・経済成長の促進といった期待はそこになかった.この頃から,支配者層が科学がもたらす技術や科学そのものに投資し始める.

科学革命は経典が絶対でないことを認めるとともに,無知を強烈に自覚することをもたらした.科学革命とともに経済発展が加速し始める.

産業革命(200年前:西暦1800年頃)

1700~1800年頃になると,科学の発展に伴い蒸気機関が発明される.蒸気機関は熱的なエネルギーを力学的なエネルギーへと変換する機構である.これにより,機械に大きな労働をさせることができるようになった.これが産業革命である.

産業革命以降,ホモ・サピエンスは人口を更に爆発的に伸ばし,種として繁栄した.一方で支配者層と非支配者層の格差は更に拡大した.種全体としては繁栄したと言っても良いかもしれないが,大多数の個々人が幸福になったかどうかには疑問が残る.

機械により労働が楽になるという期待は虚構で,白熱電球などの発明により夜も働けるようになった(働かされるようになった).産業革命により人々の経済格差は更に拡大し,労働時間は更に伸びた.また,戦争の規模も巨大化した.人々の生活が科学にって豊かになるという言説も,また虚構かもしれない.(科学は現代における神話であり虚構かもしれず,いわゆる神話を真面目に信じていた古代人を笑うことはできない.)

現代:幸福とは何か?人類はどこに向かうのか?

近年のクローン動物の研究やコンピューター技術の発達,ロボット義手の開発(身体機能の拡張)などに代表されるように科学技術の発展はさらに加速している.科学技術の行く先について予想困難なレベルに現代はなりつつある.そして,科学によって人類は果たして幸せになっているのかも不明である.これまでの歴史を振り返る限り,個々人レベルではむしろ人類の発展に伴い不幸せになってきている.

幸福とは何か?,何を目的として人類は行動していくべきなのかを真面目に考え直さなければならないステージに現代はきている.そして,幸福とは何かを考えるために仏教の思想が,近年,注目を浴びつつある.

仏教の教えに瞑想がある.瞑想は心を無にし,感情の揺れを抑えるトレーニングである.自分のやりたいと思うことや快適に思うことを追い求めることが幸せに繋がるとは限らない.人生において,快適に思う出来事もあれば必ず不快に思う出来事も起こる.快適に思うことを求めすぎると,不快に思うことが起こった時の感情の落差が大きくなってしまう.この感情の落差は「不幸せである」と感じる原因になる.これを回避するのが仏教の瞑想である.瞑想により感情の落差起因の不幸せは回避できる.

幸せとは何か?を個々人がしっかりと考えなければならない.そして,大多数の個々人が幸せとは何なのかを自覚した結果,「虚構」を信じることにより発展してきた現代社会は崩れ去ってしまうかもしれない.

全体を通しての感想

この本の価値は,薄々皆が気づいていたことや何となくボンヤリと感じていたことを,データに基づき客観的に,そして現代風に明言したことにあると思う.しかも,きちんとした立場のある人間が語ったことに意義がある.データに基づく考察や提示される具体例が多いため,本書の主張には説得力がある.推定される部分や断定できない部分はそう明記されている.なるべく主観にならないような配慮も感じられた.

一部極論(暴論・論理の飛躍)のように感じる箇所もあるが,その他の箇所でデータに基づく客観的考察がなされているので,思わず著者の主張に飲み込まれそうになる.ベストセラーになるのも頷ける.

もう1点,注意点を挙げるとするならば,本書で語られるのは西洋人側の歴史観であること.征服された側(アメリカ大陸先住民,オーストラリア大陸先住民,少数民族,アフリカ部族など)の視点はあまり無い.征服された側の民族は客観的な記録を持っていることが少ないため,仕方が無いかもしれない.(征服された時点で客観的記録が残っていたとしても,征服した側が記録を抹消しているはずであることも原因の一つ.)

本書の訳書は2016年が初版で(原著は2011年が初版),その後ベストセラーになった.この時期以降,本書で語られている内容について,(自分の意見のように)語る論客・コメンテータ・(陰謀論者)が増えた気がする(これについて,論客・コメンテータを非難する意図はない).それだけこの本が世間に与えた影響が大きかったということの証拠でもあると思う.類書に「銃・病原菌・鉄」(参考[4])がある.こちらはまだ読んでないので読んでみたいと思った.

参考

[1]. 2022年のノーベル生理学・医学賞に「人類の進化」の研究者(ノーベル賞2022 NHK特設サイト)
[2]. Yuval.Noah.Harari,(訳:柴田裕之). "Sapiens: A Brief History of Humankind(サピエンス全史)", 河出書房新社. 2016年.
[3]. Telmo, Valery,(訳:エラリー, 篠原, 竹花, 監修:小野). "人類史マップ", National Geographic. 2021年.
[4]. Jared.Mason.Diamond, (訳:倉骨彰). "Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies(銃・病原菌・鉄)", 草思社, 2000年

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