preemptible という英単語について調べた
きっかけ: GCPのPreemptible VM instances
GCPのCompute Engineにおいて、プリエンプティブル (Preemptible) インスタンスというのがあります。これの技術的詳細は今回本題ではないですが、ごく軽く私の理解で触れますと、以下のような特徴があります。AWSでいうスポットインスタンスに相当する理解です[1]。
- 通常より低価格
- GCP側の都合で突然インスタンスを停止される可能性がある
- 最長24時間で必ず停止される
さて、ここで私は Preemptible という単語が聞き慣れず、気になりました。
- 接頭辞
pre-
や接尾辞-ible
が付いているように見えるが、元の形は? - 単語としての意味は?
英語の専門家では全くないので不正確だと思いますが、わかる範囲で調べました。
辞書で歴史をたどる
preemptibleという単語ですが、例えば英辞郎 on the Webだと載っていないなど、既にレア単語感が漂います。
英語圏の複数のオンライン辞書で当たってみました。主に以下3つを見ました。以下ではLEXICOの説明を主に引用していきます。
preemptible
ADJECTIVE
That may be pre-empted.
意味: それはpre-emptされるかもしれない
まだ、なんのこっちゃですね。
Origin
Mid 19th century; earliest use found in Lawrence (Kansas Territory) Republican. From pre-empt + -ible.
予想通り由来は pre-empt + -ible.
でしたので、次は pre-empt
を見に行きます。
pre-empt (preempt)
Origin
Mid 19th century back-formation from pre-emption.
pre-emption
という単語が先にあって、そこからpre-empt
という動詞を逆成したとあります。ではpre-emption
に行きます。
pre-emption (preemption)
Origin
Early 17th century from medieval Latin praeemptio(n-), from the verb praeemere, from prae ‘in advance’ + emere ‘buy’.
17世紀始めにラテン語から入った語とのことです。単語の意味を考える上では大差なさそうですが、英語に入ってきてからpre-が付いたわけではなく、ラテン語の時点でprae-が付いた状態で入ってきた、ということが特筆すべき点に思えますね。
単語の意味についてはWiktionaryも参考になります。Originからもわかるように、「先に買う」、もう少しちゃんと言うと「買うチャンスがほかの人に提供される前に、ある人が先んじて何かを買うこと」というのが元々の意味です。そこから派生して、特にコンピューティング用語としては「(後で再開する前提での)急なタスクの一時的な中断」、いわゆる「割り込み」に近い意味になった、という理解をしました。
話を戻して、preemptibleのときに示した That may be pre-empted.
という意味の説明は、「それは横取りされるかもしれない」という日本語訳になると解すると、GCPの「プリエンプティブル」インスタンスという用語が腹落ちしますね。Googleに横取りされるかもしれないインスタンスです。
emption
ここまでpreemptibleの由来を英語の範疇でたどる限り、一切pre-
が外れることなく終わってしまいました。では、pre-
が無い emption
という語は英語にあるのでしょうか?と気になったので調べてみました。結論から言えばあります。
Origin
Late Middle English (in an earlier sense). From classical Latin emptiōn-, emptiō act of buying, purchasing, thing bought, purchase, deed of purchase from empt-, past participial stem of emere to buy (from the same Indo-European base as Old Church Slavonic imati to seize, collect, Lithuanian imti to take) + -iō.
emptionもラテン語から来ているそうですが、その時代がLate Middle English(中英語の後期)というのが注目すべき点です。英語史については、詳しくはこちらなどを参照してください: https://ja.wikipedia.org/wiki/英語史
中英語は1066年~15世紀後半ということで、 pre-emptionが17世紀に入ったということと比べると何百年も差があります。別の時代でそれぞれ輸入されてきた言葉ということですね。ですからpreemptibleを英語として遡る過程では、emptionのようなpre-が付いていない単語は出てこなかったようです。
意味としては「買うという行為」ですが、Wiktionaryではobsoleteと示されています。preが付いたほうの単語だけ生き残ったということになりますね。これは珍しいのではないでしょうか。
コンピューティング分野でのpreemption
preemptible, preemptionの意味については前述もしましたが、Wikipediaにも日本語で記事があります。
これは読めば理解できますが、GCPのインスタンスの話と微妙にかみ合わないように感じる点があります。上記Wikipediaでは「後でそのタスクを再実行するという意味も含む」とあります。しかし、GCEのプリエンプティブルとは、要は急にインスタンスを削除(Terminate)され、それでおしまい、という仕様です。どこに再実行(復活可能)の要素はあるのでしょうか?
プリエンプティブルインスタンスには、永続ディスクをアタッチできます。したがって、止められた後にまた立てるプリエンプティブルインスタンスに同じ永続ディスクをアタッチすれば、データを継続して処理ができそうです。
ディスクのことまでを意図してpreemptibleと言っているのか、または、単に割り込んで止めてしまう処理だけをpreemptionの意味と捉え、preemptionが発生するインスタンスですよと言っているのか。はっきりとはわかりません。後者だと思っていたほうが自然な気はします。
preemptible の表記
表記ゆれが色々あるようです。
- preemptible
- pre-emptible
- preëmptible
ë
が出てくるのは古い綴りとのことです。 https://en.wiktionary.org/wiki/preëmpt#Usage_notes
preemptible の発音
「プリエンプティブル」とカタカナ発音すると、耳慣れない単語なこともあって舌が回らなくて、私はしばしば言い間違えています。
LEXICOによると (https://www.lexico.com/definition/pre-emptible)、発音は /ˌpriːˈɛm(p)tɪbl/
または/prɪˈɛm(p)tɪbl/
とのことで、pがカッコ書きになっています。「プリエンティブル」のようにプを抜いて言うようにすると、結構言いやすくなる気がします。
よく発音も意味も似た単語として preemptive というのもあります。舌が回らなくて「プリエンプティブ」と言ってしまうとこっちになってしまいます。参った。
まとめ
- Preemptible Instance は、「(GCPから)横取りされうるインスタンス」という意味と捉えるとよさそう。「後で再開する」的な意味は薄そう。
- 元になった単語preemptionの原義は「買うチャンスがほかの人に提供される前に、ある人が先んじて何かを買うこと」というような意味。
- preemptible という単語は、preが最初からついた状態でラテン語から入ってきているような感じ。
- preemption が借用での大元の形。そこから preempt が逆成。そして-ibleが付いた形も生まれた。
- なおpreが無いほうの単語 emption は輸入時期が違い、今では廃れた。
- 日本語でカタカナ発音するときは個人的には「プリエンティブル」と「プ」を抜いて言うようにしようかなと思いました。(書くときはどうしようか...)
繰り返しますが素人の調査なので、間違っていたらすみません。
-
GCEのPreemptibleインスタンスは、価格が固定な点はAWSのスポットインスタンスとは異なる ↩︎
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