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論理的推論とは?エンジニアが知っておくべき思考の技術

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最初の投稿のテーマとしては少々難しいテーマを選んでしまった感もあるが、
ソフトウェアエンジニアに必須のスキルである「論理的推論」を取り上げてみた。

はじめに

コードレビューで「なぜこの実装にしたんですか?」と問われて、
言葉に詰まってしまった経験がある。
頭の中では確かに理由があったはずなのに、
それを相手に伝える言葉が見つからない。
あるいは、バグの原因を説明する時に、
「なんとなくここが怪しいと思って」としか言えずに、
もどかしい思いをしたことがある。

そんな時、自分に足りないのは論理的に考える力なのだと思う。
でも論理的であるということは、
決して冷たく機械的になることではない。
むしろ、自分の思考に筋道を通すことで、
相手に届く言葉を見つけることなのかもしれない。

今日は、論理的推論について考えてみたい。

推論という営み

推論とは何だろうか。
ソフトウェアエンジニアのための論理スキルを扱った記事によれば、

前提となる文をつなげて組み立て、結論となる文を導くこと

だという。
言葉にするとシンプルだが、
実際にやってみると、これがなかなか難しい。

例えば、システムが突然重くなった時のことを思い出してみる。
頭の中で、いくつかの可能性が浮かんでくる。
データベースの負荷かもしれない。
メモリリークかもしれない。
外部APIの応答が遅いのかもしれない。
これらの「かもしれない」を整理し、
根拠を持って一つずつ検証していくプロセス。
それが推論なのだと思う。

推論には大きく分けて三つの種類がある。

演繹は、一般的なルールから個別の状況を考える方法だ。

  • 「メモリリークがあるとシステムが重くなる」という知識があって、
  • 「このシステムでメモリ使用量が増え続けている」という事実から、
  • 「メモリリークが原因でシステムが重くなっている」と結論づける。

確実性の高い推論だが、前提となるルールが正しくなければ、
結論もまた間違ってしまう。

帰納は、個別の事例から共通のパターンを見つけ出すことだ。

  • 「画面Aでこの操作をするとエラーが出る」
  • 「画面Bでも同じ操作をするとエラーが出る」
  • 「画面Cでも同じだった」

そこから「この操作は、どの画面でも同じエラーを引き起こすのではないか」
という仮説を立てる。
テストを広げていく時の、あの感覚に近い。

アブダクションは、結果から原因を推測することだ。
デバッグの時によく使う。

  • 「このエラーが出るということは、おそらくここの処理で例外が発生している」
  • 「このデータの不整合は、並行処理での競合状態が原因かもしれない」

最も可能性の高い説明を探す作業だが、
間違っていることも多い。
だからこそ、検証が大切になる。

日々の仕事の中での推論

実際の業務で、これらの推論がどのように働いているかを見てみたい。

ある日、Webアプリケーションで間欠的にエラーが発生するという報告があった。
再現性が低く、ログを見ても明確な原因がわからない。
こんな時、どう考えを進めるだろうか。

まず、演繹的に考えてみる。
「間欠的なエラーは、リソースの枯渇や競合状態で起こることが多い」
これは経験から得た一般的な知識だ。
「このアプリケーションでメモリ使用量の推移を見ると、時間とともに増加している」
これは観測できる事実だ。
ならば「メモリリークが原因でエラーが発生している可能性が高い」
と結論づけることができる。

次に、帰納的なアプローチを試してみる。
エラーログをじっくり眺めていると、あるパターンに気づく。

  • 「平日の午後2時頃にエラーが集中している」
  • 「別の日も同じ時間帯にエラーが多い」
  • 「休日にはほとんどエラーが発生していない」

これらの観察から、「アクセス数が多い時間帯にエラーが発生するのではないか」
という仮説が生まれる。

そして、アブダクション的な推論も働く。

  • 「なぜ午後2時なのだろうか」
  • 「この時間帯に何か特別な処理が動いているのだろうか」
  • 「あるいは、この時間帯に特定のユーザー行動が集中するのだろうか」

結果から原因を探る作業だ。

実際には、これらの推論を組み合わせながら、
原因を絞り込んでいくことになる。
一つの推論方法だけでは見えないことも、
異なる角度から考えることで見えてくることがある。

設計の場面でも、同じような思考が働く。
APIのレスポンス形式を決める時を考えてみよう。

  • 「RESTful APIでは一貫性のあるレスポンス形式が重要だ」
  • 「エラーハンドリングを適切に行いたい」
  • 「フロントエンド側での処理も簡潔にしたい」

これらの前提から、
「統一されたエンベロープ形式を採用しよう」
という結論に至る。

でも、この推論が正しいかどうかは、
前提の正しさと、論理の筋道の両方にかかっている。

「真」と「妥当」について

推論が正しいと言えるためには、二つの条件 がある。
一つは内容が正しいこと、もう一つは筋道が通っていることだ。
前述の記事では、これを「真」と「妥当」という言葉で説明している。

「真」 とは、前提や結論の内容が事実に基づいているかということだ。
例えば、「このライブラリはセキュアだ」という前提があったとしても、
実際にセキュリティ監査を受けていなければ、
その前提は「真」とは言えない。
どんなに論理的に話を組み立てても、
出発点が間違っていれば、結論もまた間違ってしまう。

「妥当」 とは、前提から結論への道筋が適切かということだ。
たとえ前提が正しくても、
そこから飛躍した結論を導いてしまえば、
それは妥当な推論とは言えない。

「パフォーマンステストで問題なかった」という前提から
「本番環境でも大丈夫だ」と結論づけるのは、
一見すると合理的に見える。
でも、テスト環境と本番環境の違いを考慮していない。
データ量、ユーザー数、ネットワーク環境、
これらの違いが結果に影響する可能性がある。
前提は真でも、推論の筋道に問題がある。

両方が揃って、初めて正しい推論と言えるのだと思う。

でも実際の仕事では、完璧な情報が揃うことは稀だ。
限られた情報の中で、最善の判断を下さなければならない。
そんな時に大切なのは、
自分の推論の限界を理解しておくことかもしれない。
「この前提が間違っていたら、結論も変わるかもしれない」
「この推論には、こんな仮定が含まれている」
そういう意識を持っていれば、
後で新しい情報が得られた時に、
柔軟に考えを修正することができる。

陥りやすい罠

論理的に考えているつもりでも、
知らず知らずのうちに罠にはまってしまうことがある。

一つは、確証バイアスと呼ばれるものだ。
自分の仮説に都合の良い情報ばかりを集めてしまう。
「きっとデータベースの問題だ」と思い込んでしまうと、
データベース関連の証拠ばかりを探してしまう。
他の可能性を見落としてしまうかもしれない。

もう一つは、急いで結論を出そうとすることだ。
プレッシャーがかかっている時ほど、
十分な検証をせずに原因を特定したくなる。
「たぶんこれが原因だろう」という推測で動いてしまう。
後になって、それが間違いだったと分かることも多い。

そして、前提の見落とし。
当たり前だと思っていることを、
明示的に確認しないまま推論を進めてしまう。

  • 「このAPIは常に正常なレスポンスを返す」
  • 「ユーザーは想定通りの操作をする」
  • 「ネットワークは安定している」

これらの暗黙の前提が崩れた時、
推論全体が成り立たなくなってしまう。

完璧な推論は難しいけれど、
これらの罠を意識しているだけでも、
間違いを減らすことができるのではないだろうか。

日常の中での推論

論理的推論は、特別な技術ではないと思う。
日々の仕事の中で、少し意識を向けるだけで、
自然と身についていくものなのかもしれない。

コードレビューの時、
「なぜこの実装にしたのか」を説明する際に、
演繹、帰納、アブダクションのどれを使っているかを
意識してみる。

「一般的には〜だから」(演繹)
「過去の事例から〜と考えられるから」(帰納)
「この結果から推測すると〜だから」(アブダクション)

設計資料を書く時、
自分の判断の根拠を明文化してみる。
どんな前提に基づいて、
どのような筋道で結論に至ったのか。
後から見返した時に、
その時の思考過程がわかるように。

そして何より、間違いを恐れないこと。
推論は仮説であって、真実ではない。
新しい情報が得られれば、
考えを変えることをためらわない。
そういう柔軟さも、
論理的であることの一部なのだと思う。

おわりに

論理的推論について考えてみた。
論理的推論は、思考に筋道を通すための道具であり、
相手に自分の考えを伝えるための言葉でもある。

完璧である必要はないと思う。
大切なのは、自分がどのように考えているかを
自分自身で理解していることなのかもしれない。
そして、その思考過程を相手と共有できること。

コードレビューで言葉に詰まった時も、
バグの原因を説明する時も、
少し立ち止まって考えてみる。

自分は、どんな前提に基づいて、
どんな筋道で、
その結論に至ったのか。

そうやって、一つひとつ積み重ねていくことで、
論理的に考え、論理的に伝える力が
少しずつ身についていく。


参考文献

この文章を書くにあたって、望月信昭さんの「論理のかたち。推論とは|ソフトウェアエンジニアのための論理スキル[実践編]」を参考にさせていただきました。
論理的推論の基本的な分類と概念について、とても分かりやすく解説されています。
ありがとうございました。

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