修士(工学)を1年で早期修了して博士に進んだ話
はじめに
初めまして、せおいと申します。
私は2024年3月に博士前期課程(修士課程)を早期修了し、同年4月に博士後期課程(博士課程)に進学しました。
普段は画像処理に関する研究を行っています。
私は元々、別のプラットフォームで発信の場を持っていました。
しかし、文章で物事を表現するほうが自分の性格やライフスタイルに合っていると思い、Zennを始めることにしました。
今後は技術系のテーマも積極的に発信していきたいと考えていますが、本記事では、私の自己紹介をします。
タイトルにあるように、少々珍しい手順で博士課程に進む機会に恵まれたので、少しは発信する価値があるのではないかと感じています。
進路に悩む学生の方々には一つの事例を、社会人の方々には一人の学生の奮闘記をお届けします。
学部時代
研究室選択
私は、自分の将来について考えることが不得意です。
大学進学時に工学部を選んだのは、周りがそのように勧めてきたからでした。
B3(学部3年)のときに、所属コースの各研究室がどんなことに取り組んでいるのかを概説する講義を受けました。
その中で私の興味を引いたのが、画像処理です。
同研究室の先生は人柄も良いため、画像処理を研究したいと思ってからは、迷うことはありませんでした。
私の大学では、B4に上がるときに研究室を選びます。
大学やコースによって違いがあるようですが、基本的には、成績(総点やGPAなど)が良い人が有利なルールだと思います。
私は勉強に関しては人並み以上に得意なので、問題なく件の研究室に入ることができました。
卒業研究と進学決意
これも色々な文化がありそうですが、私の研究室では、現役の先輩が取り組んでいる研究テーマを引き継ぐことが多いです。
私自身も、当時M2(修士2年)だった先輩の研究テーマを引き継ぎ、先生がやりたいと言っていたアイデアを組み込む方向性で卒業研究を行うことになりました。
大学院入試を受け、画像処理やプログラミングについて体系的に学んだ後、9月から本格的に卒業研究を始めました。
10月には、B4が研究室のメンバと先生に進捗を発表することが通例となっています。
先輩の力も借りながら1か月間で多少の成果を出すことができ、発表会を無事に終えました。
その発表会の後(当日か後日だったかは忘れましたが)、修士課程の早期修了と博士課程への進学を先生に打診されました。
文部科学省[1]によれば、日本の工学分野における修士課程から博士課程への進学率は約6%です。
修士課程を修了して就職するか、博士課程に進むかは、非常に大きな決断です。
しかし、その重大さに反して、それほど悩まずに(良くも悪くも楽観的に)進学を決意しました。
なぜなら、特に進路選択において、私なりに大切にしていることがあったからです。
それは、
- 何が最善の選択なのか、事前には分からない。
努力を重ね、後から振り返って「最善だった」と思えるようにすることが大切である。 - 「最善だった」と思うために努力は必須だが、運の巡り合わせも絡む。
後者はどうしようもないので、流れに身を任せ、ある程度は楽観的になることも必要である。
ということです。
何やら名言風ですが、要約すると「努力しろ、そして楽観的にもなれ」という、見方によっては矛盾した主張のような気もします。
ただ、私の経験を振り返ってみると、人の勧め(大学進学)や何となくの直感(研究室選択)に基づいて意思決定をしてきましたが、間違ったと感じることは一つもありません。
その理由を分析してみたときに、上記の言葉が抽出されたというわけです。
話を戻すと、卒業論文は余裕を持ってまとめることができ、2023年3月に学士号を取得、同年4月に修士課程に進むことになりました。
修士時代
早期修了
言葉としては既に出ていますが、そもそも早期修了とは何でしょうか。
良いソースが見当たらなかったので私の認識で説明すると、客観的かつ優れた業績を有する者であれば、規定の期間(修士課程2年、博士課程3年)以内であっても、該当の学位取得が認められる制度です。
客観的かつ優れた業績とは、学会や論文誌に投稿し、受理された研究成果です。
ここで大事なのは、早期修了では就学年数を短くできるのであって、進学や学位取得の権利は付随しないということです。
したがって、早期修了の準備と並行して博士課程の入学試験を受け、修士論文を執筆し、それぞれに合格する必要があります。
相当なハードスケジュールとなることを覚悟しなければなりません。
早期修了の経歴は、その人物の研究者としての能力が高いことを示す強力な武器になると言えます。
そのため、就職活動や科研費の申請などにおいて、多少なりとも有利な状況を作ることができます。
デメリットがあるとすれば、DC1[2]に採択されにくいことでしょうか。
早期修了、かつ博士課程進学を見据えた場合、M1の5月にはDC1申請書類を書かないといけません。
しかし、そのときはまだ研究経験が浅く、客観的な業績も皆無なので、研究者としての自分をアピールすることが非常に難しいです。
私自身もDC1は残念ながら不採択となり、現在はDC2の結果を待っている状況です。
以上が、早期修了の概要とメリット・デメリットです。
ここからは、修士の1年間を前半と後半に分けて話を進めていきます。
前半戦:苦悩
M1の4月(厳密にはB4の3月)から9月中旬頃までの期間を前半戦とすれば、それは苦悩という言葉に集約できます。
大学院の講義、論文執筆、書類作成、研究に追われ、目先のことで精一杯で、「自分には早期修了は無理だ」という悲観的な感情が心の中で叫び続ける日々でした。
講義のプレゼン資料を準備するために、日付が変わるまで研究室に残っていたこともありました。
機械翻訳は邪道だと考えているので、英語論文は全て自力で執筆しました[3][4]。
将来像を描くことが不得意で、研究者としてアピールできることが何一つない中、可能な限り全力を尽くしてDC1の申請書類を書きました。
それらの合間を縫って、修士学生としての研究に取り組みました。
この頃の研究活動では、思うような成果が出ませんでした。
当時は卒業論文を拡張する形で進めていましたが、今振り返ると、あの手法では限界があります。
また、論文調査も不十分でした。
研究の進め方の王道は、従来手法からヒントを得つつ、自分のオリジナリティを創出することだと今では考えています。
それに比べれば当時やっていたことは、当てもなく、暗闇の中でただもがいているだけの虚しい作業だったように思います。
今以上に、研究者として未熟でした。
後半戦:結実
M1の9月中旬から翌年3月までの期間を後半戦とすれば、それは結実という言葉に集約できます。
あらゆることが少しずつ上昇気流に乗り、早期修了に向けて大きく加速していきました。
論文の採択・不採択の結果が9月末に出揃い、客観的な業績として十分な数の成果発表の機会に恵まれました[5]。
これを以て早期修了の申請が通り、博士課程の入学試験(11月末実施)を受けることになりました。
9月末には研究も大きく前進し、補佐的な役割として考えていた画像処理が期待以上に良く機能したため、それをメインに据える方向性に舵を切りました。
提案手法の説明性も向上し、専門外の方にも比較的伝わりやすい研究内容になりました[6]。
暗闇の中でもがき続けていたら、不意に光で照らされたような感覚です。
はっきり言って、幸運でした。
この頃は、講義の課題、研究、入試や学会発表の準備のために休まず研究室に行っていましたが、調子が良かったこともあり、全く苦ではありませんでした。
その勢いのまま入試と修士論文の審査に合格し、早期修了を達成することができました。
今思うこと
私は努力家であり、運に恵まれています。
以前からそう感じていましたが、早期修了を先生に打診され進学を決意してからの期間で確信しました。
特に早期修了を達成できたのは、明らかに努力と運のお陰です。
「努力しろ、そして楽観的にもなれ」という私の経験則があることを思い出してみると、研究が思うように進まなかったときは、全く楽観的ではありませんでした。
しかし、それは研究に対する向き合い方が間違っていたのであって、たまには目を背けて先行研究や別分野の研究を調査したり、意味もなく休んだりすることを通じて、新たなインスピレーションを待つことも大切です。
それが、研究における楽観的な態度ではないでしょうか。
読者の方に伝えたいこと
記事をここまで読んでくださったあなたは、今、進路の決定で悩んでいますか?
大学進学、研究室選択、大学院進学、就職、転職。
人生に大きく関わる意思決定をするのは、容易ではありません。
何が最善の選択なのか、事前に熟考する気持ちはよく分かります。
しかし、いくら考えたところで、その選択で未来の自分が喜んでいるのかどうか、現在の自分が知る方法はありません。
だから、考えるのはそこそこで止めて、選択した状況の中で最大限の努力を続け、幸運を待ち、結果として後から振り返ったときに「最善だった」と思えるようにすることが良いのではないかと、私は考えています。
私自身、博士課程への進学が良かったのかどうか、まだ判断できる状況にありません。
一緒に努力し、楽観的になってみませんか。
おわりに
本記事では、早期修了に関する私の経験をまとめてみました。
進路やキャリアプランの一例として、少しでも参考になれば幸いです。
冒頭の繰り返しになりますが、技術系のテーマ(画像処理やプログラミングなど)についても発信していきたいと考えています。
今後ともよろしくお願いします。
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文部科学省、学士課程修了者の進学率の推移、https://www.mext.go.jp/content/1423020_012.pdf (2024年6月16日アクセス) ↩︎
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日本学術振興会の特別研究員。博士学生の学費・生活費を支援することにより、研究に打ち込むための環境を整える制度です。 ↩︎
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日英翻訳はしていませんが、英語の推敲ツールはたまに利用していました。 ↩︎
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学会発表をせずに修士課程を修了する学生もいる中で、私が書いた英語論文は1、2本どころではありません。具体的な数は伏せておきます。 ↩︎
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記事の構成上、前半戦と後半戦に分けていますが、実際には6月頃から少しずつ結果が通知されていました。 ↩︎
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DC1不採択の理由の一つとして、当時の研究内容が説明しづらかったことも挙げられるかと個人的には思っています。 ↩︎
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