Auto-KDKで始める自作キーボード入門
はじめに
自作キーボードは、その個性的な外観や打鍵感、そして何よりも自分好みにカスタマイズできる点が魅力です。既製品にはない自由な設計は、多くのユーザーにとって大きな喜びとなっています。しかし、自作キーボードの世界に足を踏み入れようとする初心者にとって、数多くの部品、専門用語、そして複雑に見える設計と組み立てのプロセスは、大きな障壁となることがあります。
本稿では、そのような初心者に向けて、カスタムキーボードの基本的な知識を解説し、さらに自作キーボードの設計を容易にするツール「Auto-KDK(Auto-Keyboard-Design-Kit)」を紹介します。Auto-KDKを利用することで、初心者でも複雑な設計プロセスを自動化し、オリジナルのキーボードを比較的簡単に作成することが可能です。本稿を通じて、自作キーボードの基礎を理解し、Auto-KDKを活用してあなただけのキーボード作りに挑戦してみましょう。
自作キーボードの世界へようこそ
自作キーボードとは?
自作キーボードとは、市販の完成品とは異なり、個々の部品を自分で選び、組み立てて作るキーボードのことです(厳密な定義はありません)。この方法により、キーの感触、打鍵音、外観など、あらゆる要素を自分の好みに合わせて細かくカスタマイズできます。市販のキーボードは一定の仕様で大量生産されるため、カスタマイズの自由度は限られています。自作キーボードは、まさに自分だけの理想のキーボードを追求できる手段と言えるでしょう。
基本的な部品
自作キーボードは、いくつかの基本的な部品から構成されています。それぞれの部品がキーボードの機能や使い心地に影響を与えるため、その役割を理解することが重要です。
- PCB(プリント基板): キーボードの電子回路が組み込まれた基板で、キースイッチやコントローラーなどの部品を接続します。
- キースイッチ: キーを押した際の入力を検知する部品で、キーキャップの下に配置されます。スイッチの種類によって、押した時の感触(タクタイル感の有無、クリック音の有無)や重さが異なります。代表的な種類として、リニア(滑らかな押し心地)、タクタイル(押下時にクリック感がある)、クリッキー(押下時にクリック音とクリック感がある)などがあります。
- プレート: キースイッチをPCBに固定する際に、スイッチをきれいにそろえて並べるための板です
- ケース: PCBやプレートなどの内部部品を収め、保護する外装部分です。ケースの材質や形状は、キーボードの外観だけでなく、打鍵音や安定性にも影響を与えます。
- キーキャップ: キースイッチの上に取り付ける、プラスチックや金属製のカバーで、文字や記号が刻印されています。キーキャップの形状(プロファイル)や材質によって、指のフィット感や打鍵感が変わります。また、日本語配列(JIS)と英語配列(ANSI)があり、配列によってキーの数や配置が異なります。
- スタビライザー: スペースバーやShiftキー、Enterキーなど、サイズの大きなキーが、端を押した際にぐらついたり、正常に反応しなかったりするのを防ぐための部品です。
キーボードのレイアウト
キーボードのレイアウトは、キーの数や配置を指します。自作キーボードでは、標準的なレイアウトに加えて、人間工学に基づいた様々なレイアウトを選択できます。
標準的なロースタッガード配列以外にも、タイピングの効率や快適性を追求した様々なレイアウトが存在します。例えば、左右分割型キーボードは、キーボードが左右に分離しているため、肩を開いた自然な姿勢でタイピングでき、肩こりの軽減に繋がる可能性があります。また、キーが格子状に配置されたオーソリニア配列や、縦方向にキーがずれたカラムスタッガード配列は、指の上下運動だけでタイピングできるため、指の負担を軽減できると言われています。
ファームウェアの役割
ファームウェアは、キーボードに内蔵されたマイコン上で動作するソフトウェアで、キーボードの「脳」とも言えます 1。キーが押されたときに、どのキーコードをコンピューターに送信するか、LEDの制御、マクロ機能など、キーボードのあらゆる動作を制御しています。
自作キーボードの世界では、オープンソースのファームウェアが広く利用されています。代表的なものとして、QMK Firmware、Vial、ZMK Firmwareなどがあります。
- QMK Firmware: 非常に高機能でカスタマイズ性が高いオープンソースのファームウェアです。キーマップの自由な変更はもちろん、マクロ機能、レイヤー機能、LED制御など、豊富な機能を備えています。ただし、高度なカスタマイズにはプログラミングの知識が必要となる場合があります。
- Vial: QMK Firmwareをベースに開発された、よりユーザーフレンドリーなインターフェースを持つファームウェアです。専用のソフトウェアやWebサイトを通じて、リアルタイムにキーマップを変更したり、マクロを設定したりすることができます。ファームウェアの書き換え(フラッシュ)が不要なため、初心者にも扱いやすいのが特徴です。
- ZMK Firmware: 主にワイヤレスキーボード向けに設計されたファームウェアで、省電力性に優れています。Bluetooth接続やレイヤー機能などをサポートしており、ワイヤレスで快適なキーボード環境を構築するのに適しています。
Auto-KDKでは、有線キーボード用にVial、無線キーボード用にZMK Firmwareの設定ファイルを自動生成する機能が搭載されています。
Auto-KDK入門
Auto-KDKとは? その主な機能
Auto-KDKは、キーボードの設計プロセスを自動化することを目的としたツールと、専用のコントローラーボードのセットです。ユーザーが定義したキーレイアウトに基づいて、PCB(プリント基板)、ケース、そしてファームウェアの設定に必要なファイルを自動的に生成します。
Auto-KDKには、有線接続用のコントローラーボード(RP2040ベース、Vial/QMK対応)と、無線接続用のコントローラーボード(nRF52840ベース、ZMK対応)の2種類があります。これにより、ユーザーは自分の用途や好みに合わせて接続方式を選択できます。
Auto-KDKを利用することで、キーボードの設計に関する専門的な知識がなくても、比較的簡単にオリジナルのキーボードを作成できるため、初心者にとって非常に強力なツールとなります。
基本的な使い方
- レイアウト: まず、Auto-KDKのツール上で、希望するキーボードのレイアウトを定義します。これには、キーボードの種類(分割型または一体型)、使用するキースイッチの種類(MXまたはChocV2)、そしてキーボードのサイズ(行数と列数)などを選択する作業が含まれます。
- PCB: レイアウトが定義されると、Auto-KDKは自動的にPCB(プリント基板)の設計データを生成します
- ケース: Auto-KDKは、定義されたレイアウトに基づいて、キーボードを収めるためのケースのデザインも自動的に生成します。ケースは3Dプリンターでの製造を想定した2ピース構造になっています。ケースのデザインでは、チルト角(キーボードの傾斜)やベゼルの太さなど、いくつかのカスタマイズオプションが用意されています
より詳細な使い方については、公式リポジトリを参照してください。基本的にはキー配置を指定するだけで、あとはツールが自動で設計してくれます。
Auto-KDKを使うメリット
Auto-KDKを利用することには、自作キーボード初心者にとって多くのメリットがあります。
- 初心者でも簡単にキーボード設計が可能: Auto-KDKの視覚的なインターフェースと自動化された機能により、プログラミングや電子回路の専門知識がない初心者でも、容易に自分の理想とするキーボードを設計できます。
- PCBやケースの自動生成: 手動でCADソフトウェアなどを使ってPCBやケースを設計する手間が省け、時間と労力を大幅に節約できます。
- ファームウェア設定の簡略化: 選択したレイアウトとコントローラーボードに合わせて、適切なファームウェア(VialまたはZMK)の設定ファイルを自動的に生成するため、複雑なファームウェア設定に頭を悩ませる必要がありません。
- 設計データの共有やエクスポート: 生成された設計データは、保存したり、他の人と共有したり、必要に応じてエクスポートしてさらにカスタマイズしたりすることが可能です。
- 拡張モジュールのサポート(開発中): トラックボールやエンコーダーなどの拡張モジュールも、レイアウトインターフェースから簡単に追加できるようになる予定です。
- JLCPCB/3DPとの連携による発注の容易さ: 生成されたPCBデータは、EasyEDAというオンラインの基板設計・発注サービスと連携しており、JLCPCBでの製造までをスムーズに行うことができます。ケースもJLC3DPで製造できます。
見積金額サンプル
Auto-KDKを使って設計したキーボードをJLCPCB/3DPで製造するときの見積金額サンプルです。
ケースが付いてる自作キーボードキットとしてみると他のキットと同じ価格帯です。複数台まとめて作ったり、3Dプリンタを持ってたり、余った基板が売れたりすると少しお得感が出ると思います。
見積条件:無線コントローラ、MXスイッチ、ケース材質 LEDO6060レジン、発送 OCS
| 部品 | 40%一体型 | 40%分割型 | 60%一体型 | 60%分割型 |
|---|---|---|---|---|
| トップケース1 | 15 | 11 | 21 | 14 |
| ボトムケース1 | 20 | 11 | 29 | 15 |
| トップケース2 | 9 | 17 | ||
| ボトムケース2 | 9 | 19 | ||
| ケース送料 | 10 | 10 | 10 | 10 |
| PCBA(2枚) | 25 | 39 | 30 | 44 |
| PCBA送料 | 12 | 12 | 14 | 16 |
| 計 | 82 USD | 101 USD | 102 USD | 135 USD |
別途コントローラ、スイッチ、キーキャップ、バッテリーなどが必要です。
有線コントローラやChocV2スイッチの場合はケースの体積が減るため、ケース代がもう少し安くなります。
他の自作キーボード作成ツールとの比較
従来の自作キーボードの設計方法は、CADソフトウェアなどを用いてPCBやケースを自分で設計する必要があり、電子回路や3Dモデリングの知識が求められました。これに対して、Auto-KDKはこれらの複雑なプロセスを自動化し、初心者でもアクセスしやすい方法を提供します。
QMK ConfiguratorやVIAといったツールは、主にキーマップのカスタマイズに特化しており、PCBやケースのデザイン機能は備えていません。QMK Configuratorは、キーマップをGUI上で設定し、ファームウェアをコンパイルするためのツールであり、VIAは、対応するキーボードのキーマップをリアルタイムに変更できるツールです。Auto-KDKは、これらのツールとは異なり、ハードウェアの設計からファームウェアの設定まで、キーボード全体を包括的にサポートする点が大きな特徴です。
このように、Auto-KDKは、統合的なアプローチに焦点を当てることで、他のツールとは一線を画しています。特に、PCBとケースの自動生成機能は、自作キーボードのハードルを大きく下げる独自の利点と言えるでしょう。
まとめ
Auto-KDKは、自作キーボードの世界への入り口として、初心者にとって非常に強力なツールであると言えます。視覚的なインターフェース、PCBやケースの自動生成、そしてファームウェア設定の簡略化といった機能は、これまで自作キーボードに興味を持ちながらも、その複雑さに躊躇していた人々にとって、大きな一歩を踏み出すきっかけとなるでしょう。
読者の皆さんは、ぜひこの機会にAuto-KDKを試してみて、自分だけのオリジナルキーボードの設計に挑戦してみてください。様々なレイアウトやオプションを試したり、オンラインコミュニティで他のユーザーと交流したりすることで、さらに自作キーボードの世界を楽しむことができるでしょう。Auto-KDKは、あなたの理想のキーボード作りを強力にサポートしてくれるはずです。
Discussion