ドキュメントを読めばわかる事を質問に来る相手にドキュメントを読ませる方法
調べものをしていたら先輩の無慈悲な「ドキュメント読んだらわかる」発言に物申したいというブログエントリが目についたので、思ったことを書き留めておきます。
ドキュメントを読めと言うのなら、ドキュメントを読むよう仕向けるスキルが必要です。それは質問が来た後だけはなく、質問が来る前に対処するスキルでもあります。
一応私のキャリアについて紹介しておくと、こんな感じです。
- 既に引退した老人。
- 主に外資半導体業界で半導体及びソフトウェアのサポート歴30年超。
なお、この稿で扱うのはドキュメントを読めば解決する話に限ります。
ドキュメントを読んだ方が得だと思わせる事が重要
当たり前のことですが、私が就いていた技術サポート業務では顧客に対して命令形で話すことなどできません。そして顧客は自分の仕事の障害を短時間で取り除くために質問をするので、最短で話を済ませようとします。今のようにチケットシステムが普及する前は電話で聞かれることも多くありました。こういった質問者は当然のようにドキュメントなんか読みたくないと考えています。日本企業がまだ強かった時代に英語のドキュメントを読まそうとしていたのですから、そりゃ抵抗されました。
さて、サポート業務では複数の方向から何度も何度も同じことを聞かれます。電話がメールになり、チケットになろうと、同じことを何度も聞かれて説明するのは苦痛です。ましてやドキュメントを読めばわかることを説明するのは本当に苦痛です。
顧客とサポートは違う方向を向いています。
- 顧客は質問の答えを短時間に得たい。
- サポートはドキュメントを読めばわかることを説明したくない。
この両者の利害は一致しないように見えます。しかし、もし一致させることができるのなら、両者ともにハッピーになります。もちろん、顧客を新人と読み替えても同じです。
ここで「俺は俺。新人が読もうが読むまいが知ったっこっちゃない」という人もいるかもしれません。こういったスタンスの人に私からかける言葉は特にないのですが、もしそういう部下がいるなら早いうちに追い出すか再教育した方がいいです。その人の後輩が育たないということは、部門の生産性がその分伸び悩むということですので。
無論、サポートに話を戻しても同じです。顧客の生産性が伸びないといいうことは、自社製品の市場競争力が上がらないということです。
人がドキュメントを読むことで得をする文化を育てる
「ドキュメントを読め」で済ませる文化は、顧客も新人も育てないので会社や部門にとって有害です。では、どうすればいいのでしょうか。以下では「後輩にドキュメントを読んでほしい先輩、顧客にドキュメントを読んでほしいサポート」のために経験的な対症療法を書き記します。
大事なことは、相手(新人、顧客)に、「ドキュメントを読むことは得だ」と納得させることです。得というのは「問題を早く解決できる」「自分の能力が上がる」ということです。ドキュメントを読むことは時間がかかっていつまでも問題が解決しないと相手は思っています。この考えを変える必要があります。
変える方法ですが、ぶっちゃけ体に覚えさせるしかありません。幸いドキュメントなんか1冊を1回読んで済むものじゃありません。これを利用して何度も読ませればいいのです。スポーツの素振りと同じです。もちろん、読めと言って「はいそうですか」と読むはずがありません。読ませ方というものがあります。
回答とドキュメントリンクを必ずペアにする
これが一番重要です。
質問に回答するときや、何らかの指摘をするときには、必ず回答や指摘とドキュメントリンクをペアにします。リンクはURLである必要はありません。「XXというドキュメントの第YY節」くらいで十分です。そうして、
- 回答は最低限相手の要求を満たす要約とする。
- 回答にはその他考慮すべきことや重要な周辺技術があることを示唆し、それがリンク先に書かれていることを示す。
というスタンスをキープします。ある程度の労力は必要ですが、1から10まで回答に書くよりもはるかに回答者の負荷は少ないため相当楽になります。回答を受け取る人も突き放されたような感覚が小さくて済みます。
この形式の回答を受け取った人はいくらかでもドキュメントを読んで問題を解決するでしょう。それは成功体験としてその人の中に残ります。
上記の回答を繰り返す
これは重要なことですが、継続を怠ると文化として根付きません。ですから、サポートや先輩がこの方法を粘り強く実行しなければなりません。最初のうちはなかなか相手に受け入れてもらえない場合もあるでしょうが、とにかく続けます。体に覚えさせる、と書いたのはこういうことです。
そのうち、相手側に変化が起きます。
- 質疑の度にドキュメントをめくることで、ドキュメントのどこに何があるかイメージがつかめてくる。
- 成功体験が積み重なることにより、ドキュメントを読んで問題を解決したという自信がつく。
自信は大事です。そしてこれこそが重要ですが、ドキュメントを読んで自分で解決できるようになると、問題解決へのスピードが上がります。これは正のフィードバックとなり、顧客や後輩の能力がぐいぐい上がり始めます。
その副次効果として質問が減るわけです。
同じことを何度も聞かれるときのボトムアップな対策
少し視点を変えましょう。質問は1回されるだけでも気が重いものですが、同じことを何度も聞かれるとたとえ違う相手からであってもうんざりするものです。
しかし、同じことを何度も聞かれるということは、「もう一度聞かれる」とわかっているという事です。聞かれるとわかっている事への対策については、ボトムアップとトップダウンの方法があります。
ボトムアップの方法としてすぐ思いつくのはFAQです。
とにかく、よく聞かれる問題にはFAQを作るべきです。少なくとも、2度聞かれたら2回目のやり取りはすぐ取り出せるようにして3回目はコピペで済ませるべきです。それらを部門サーバーにアップロードして全員から見えるようにしておけば、さらに良いです。そしてFAQの内容を先の通り簡易回答とドキュメントのURLのペアとしておけば、新人は一層ドキュメントを読むことになりますし、同僚の生産性向上、部門内での知識共有になります。
同じことを何度も聞かれるときのトップダウンな対策
FAQはよくある質問に対するボトムアップな対策ですが、トップダウンな対策としてはドキュメントの体系をあらかじめまとめておくという方法があります。
今時はどんな製品も複雑化が進み、多くのドキュメントが付いてきます。しかしその結果、どのドキュメントをいつ(つまり、何を解決したいときに)読めばよいのかわからないという問題が生じました。結果的にせっかく用意したドキュメントは読まれず、口頭質問が飛んでくることになります。
スライドでもWikiでもいいので、「このドキュメントにはこういうことが書いてある、こちらのドキュメントにはこういうことが書いてある」ということをまとめたドキュメント目録のようなものを一部作っておくと便利です。新規の顧客や入って来たばかりの新人への最初のトレーニング資料として使えますし、「何を読んだらいいかわからない」と言われたときに、「先日渡した目録のここに書いていますよ」と誘導することもできます。
目録を相手が読むようになれば、ドキュメントへ向き合う態度も変わるでしょう。
まとめ
サポートなんて何でも知っているような顔をしていますが、顧客が実務を始めると早晩知識レベルで追い越されてしまいます。
こっちは複数の製品、複数の顧客をかかえているのにあっちはひとつの製品を深掘りし続けているのですから当たり前です。結果的に手に負えない質問が来るようになるのですが、顧客に市場競争力のある製品を開発してもらうには、早くそういうレベルになってもらう必要があります。バンバン売ってがっぽがっぽ儲けてこっちに金を払ってもらわないと困るのです。
そういうわけで、
「手におえない質問が来るまでの時間」
が、短ければ短いほどサポート業務の品質が良いと言えます。努力すればするほど首を絞めるわけですね。因果な商売です。これに比べれば「新人が育てば自分が楽になる」先輩稼業なんか気楽そうでうらやましい限りです。
ともかく、質問されるのが嫌で「ドキュメントを読め」と言うのなら
- 相手にドキュメントを読む癖がつくよう誘導する。
- 発生すると分かっている問題(質問)には始めから対処する。
ことが重要です。
最後に組織の話をしましょう。『F**k you!と言いたいのをぐっとこらえてFAQを書いている人』を、組織はきちんと評価して報いるべきです。そうすればやがてドキュメントを読ませる文化が組織に根付いていくでしょう。
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