誰でもわかる日本のDX入門
DXについての解説です。
「DXってよく耳にするけど、結局なんなのかよくわからない」、「採用面接でDXに対する考えを聞かれたらどうしよう」、「上司からDXを進めろと言われたけど何すればいいの?」、「DXレポート?そういえば読んだことないな」といった方向けに、ざっくりDXをご理解いただくことが目的です。
- 2022年6月30日に Easy Easy というエンジニア コミュニティ主催のオンライン イベントで、もう少しブラッシュアップした内容をお話ししました。その時のスライドも置いておきます。
- 所属する会社のブログでは、もう少し詳しくDXを解説しています。もし、業務でDX推進やAI導入などをご検討中でしたら、この記事よりも以下の「本当にわかる DX 入門」の連載がオススメです。
はじめに
DXはデジタル トランスフォーメーションの略です。
言葉の意味をご説明したいところなのですが、言葉が乱用されすぎてしまい、もはや意味などなくなってしまいました。人によって指している内容やその解釈がマチマチで、しかもどれも間違いではなかったりするので、とても一言では説明できません。
当初はここまで混乱してはいなかったのですが、国の狙いとIT業界の思惑と一般企業の理解不足が相まって、混沌としたDXブームができあがってしまいました。
DXを理解するためには混乱前まで一度戻るのが良いかと思いますので、この記事では、DXブームのきっかけとなった「DXレポート」まで立ち返り、それによって日本で起きたことを追ってみます。
DXレポート
日本におけるDXブームのきっかけは、2018年9月に経済産業省が発表した「DXレポート」です。このレポートは「日本はこのままだとヤバいぞ!」と警鐘を鳴らしたもので、衝撃的な内容だったために注目を集めました。
以下、私の理解を簡単にまとめます。
IT技術で新しいビジネスをしないと日本は取り残される
海外では、ITを活用して業界の常識を変えたビジネスがたくさん生まれています。
例えば、ECサイトを大きく変えたAmazon、タクシーの運転手と顧客をつないだUber、家や部屋を宿泊場所として提供できるようにしたAirbnbなど、業界を変革したビジネスの成功事例を皆さんも耳にしたことがあるかと思います。
しかし、日本では、大半の企業でIT技術の活用が単なる効率化に留まってしまい、新しいビジネスがなかなか生まれません。このままでは日本は世界から取り残されてしまいます。
データが活用できない状態になっている
日本でITを活用した新しいビジネスが生まれない原因の1つは、既存のシステムが事業ごとに分かれていたり、そのシステムが事業や業務専用になりすぎていて、中身のデータが他のことに利用しにくいためです。ここを解決しないと、ITでデータを活用した新たなビジネスは作れません。
ビジネスの核になっているシステムがヤバい
ところが、新たなビジネスを作ろうとか以前に、現状のビジネスの維持が相当ヤバい状況です。
多くの日本企業では、ビジネスの核となる業務のシステム化を10年も20年も前に実施済みです。それ以降はこの大昔に作ったシステムに対して、秘伝のタレのように継ぎ足し継ぎ足しで機能の追加や改修を繰り返し、ずっとずっと使い続けているのです。
こんな状態なのでシステムは技術的負債[1]の塊です。以下の図は日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)による企業のIT予算配分の調査結果で、「ラン・ザ・ビジネス」がシステムの維持管理の予算、「バリュー・アップ」がシステムの価値を上げるための予算を示しています。これを見ると、約8割がシステムの維持管理に使われていることが分かります。ITで新しいことに挑戦するお金はほとんどありません。
さらに悪いことに、この秘伝のタレに詳しいベテランの方の退職時期が迫っています。昔のメインフレームと呼ばれる動作環境にCOBOLなどの年代物の開発言語、そして継ぎ足し継ぎ足しで複雑化した仕様、これを若い世代へ引き継ぐのは大変です。
さらに追い打ちをかけるのが、使っているメインフレームのメーカー サポートの打ち切りです。メインフレームの業界からはほとんどのメーカーが撤退してしまいましたので、このままではシステムの運用・保守ができなくなってしまい、ビジネスが止まってしまいます。何かに移行しないといけません。
ITわかる人が足りない問題
これらの問題を解消するためにはITエンジニアが必要ですが、その人材不足も深刻です。
経済産業省、厚生労働省、文部科学省の三省連携による「IT人材需給に関する調査」では、すでに2018年時点でIT人材が22万人不足しており、2030年には45万人くらい不足するかも、と予想しています。
2025年の崖
DXレポートでは、これらの課題を放置すると2025年には最大12兆円/年(2018年の約3倍)の経済損失が生じると予想し、これを「2025年の崖」と呼んでいます。
解消のシナリオ
DXレポートでは、これらの課題を解決するために、次の提言をしています。
[2]に対して
一般企業課題は一気には解消はできないので、まず既存システム対して、刷新するのか塩漬けするのかなどを仕分けて計画を立てましょう。そして、その計画を実行しながら技術的負債を解消し、そこで浮くヒト・カネを新しいIT技術に回し、それを新ビジネスの創出へつなげましょう。
[3]に対して
IT企業IT企業側は、システムの維持・保守で稼ぐのではなく、最先端の技術分野を身につけましょう。そして、受託開発ではなく最先端の技術をサービス提供する形のビジネスへ転換しましょう。
また、一般企業のIT開発をサポートする際は、一緒に企業の利益を上げることを考えられるパートナーになりましょう。
ここまでがDXレポートの概要です。
この解消のシナリオは間違っていないと思いますが、直近利益を犠牲にしつつ将来に向けて動きましょうという提言なので、なかなか容易なことではありません。
DXレポートによる混沌の幕開け
DXレポートの目的はDXの推進、つまり、デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを作り出したりビジネスを変革したりすることを推進させようとしています。
しかし、このDXレポートではDXの推進を阻害してしまう課題の話もていねいに語られています。前述のようなデータの活用環境が整っていない、古いシステムの維持にコストがかかりすぎる、IT人材が足りない、何もしないと25年の崖がくる、といったようなお話です。そして、それらの課題の多くは実はDXとは関係なく、以前からあるITの課題なのです。
このDXレポートによって日本はDXに目覚めますが、昔からのITの課題がていねいに語られていたことが混沌を招いてしまいました。
IT企業の動き
DXレポートを読んだIT企業は、自社の製品・サービスに「DXにオススメ」といったキャッチを付けて売り始めました。幸いなことにDXレポートにはこれまでのITの課題の話がたくさん書いてありますので、そのどれかに絡めば決してウソではありません。
- DXのためには新たなデジタル技術の活用が必要なので、流行りのAIやRPAなどを使った製品・サービスがオススメです。
- DXのためには古いシステムを使い続けられないので、新しいシステムやクラウドへの移行がオススメです。
- DXのためにはデータ活用が必要ですが、紙だと活用できないので電子化がオススメです。
- DXのためにはIT人材が必要なので、IT人材を育成したり提供したりするサービスがオススメです。
こうして、ほとんどのIT関連の製品・サービスがDXにオススメなものになってしまいました。
一般企業の動き
毎日のようにDXというキーワードを耳にするようになり、一般企業側は何もしないと取り残されてしまいそうな危機感を持ちます。でも、肝心のDXがなんだか良く分かりません。そんなところにIT企業から「DXにオススメ」な製品やサービスの提案が来ます。渡りに船とはこのことですね。やっぱりITの専門家は頼りになります。
こんな感じで世の中が回ってしまい、気がついたら「DXとはDXにオススメな製品・サービスを導入すること」というおかしな解釈ができあがってしまいました。AIを導入すればDX、RPAを導入すればDX、古いシステムを新しいプラットフォームやクラウドに移行すればDX、ITで何かやればもうDXです。
でも、DXレポートにおける本来のDXの部分、つまり「デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを作り出したりビジネスを変革したりすること」をやってくれる製品・サービスなどありませんから、日本では本来のDXがちっとも進みません。
また、現状の業務のままで新しいプラットフォームに移行したりRPAで自動化したりすると、本来のDXにおける「ビジネスモデルの変革」を自らやりにくくしてしまう可能性がでてきます。一度システムを完成させてしまったら、その業務を変更する際はシステムも変更しないといけません。変にシステム化してしまうと、DXが進まないどころか課題を増やしてしまう恐れすらあるのです。
IT人材ビジネスの動き
DXレポートのおかげかどうかは分かりませんが、IT人材が足りないという事実も大きく広まりました。かつてはIT土方[4]とか新3K(きつい、帰れない、給料安い)[5]とか言われていたソフトウェア エンジニアですが、最近は引く手あまたでウハウハな職業になったらしく、未経験エンジニアの育成ビジネスなども活況な模様です。
ただし、DXに必要な人材はこれまでとは異なるので注意が必要です。
前述の「ITわかる人が足りない問題」のご説明で、三省連携による「IT人材需給に関する調査」のグラフを引用しましたが、実はこの調査結果をきちんと読むと、従来型のIT人材は余ってしまうという予測になっています。IT人材全体は確かに足りないのですが、その内訳は、従来型のIT人材が足りないのではなくDXで必要とされる先端のIT人材が足りないのです。
以下のグラフは同じ調査結果からの引用ですが、従来型のIT市場は小さくなっていくことが分かります。また、赤線の「Reスキル率」というのは、従来型のIT人材から先端のIT人材へとスキルを転換していく割合を示しています。
足りないのは従来型のIT人材ではないので、未経験の方が今のIT人材を目指すのは危険です。ウハウハなのは今だけで、予測が正しければ近い将来に従来型のIT人材は余り始めてしまいます。また、現役のIT人材の方々も、スキルの転換を前提にキャリアパスを考えていかないと、IT土方へ逆戻りしてしまうかも知れません。
これでは日本のDXが進まない
こんな感じで、日本ではDXが単なるITの課題解決とごっちゃになってしまいました。これでは、本来のDXがなかなか進みません。
情報処理推進機構(IPA)が企業にDX推進の自己診断アンケートを実施したところ、未着手の企業が約3割、全社戦略が不明確な中での散発的な取り組みにとどまっている企業が約4割で、きちんと全社戦略としてDX実現を目指すことができている先行企業は1割にも満たないことがわかりました。
このIPAのサイトでは回答企業名も公開されていますが、名だたる企業が並ぶにも関わらずこの結果です。
DXレポート2
2018年9月のDXレポートで「日本はこのままだとヤバいぞ!」と警鐘を鳴らした経済産業省ですが、日本のDXがおかしな方向に進んでしまったため、2020年12月に再び「DXレポート2」で警鐘を鳴らしています。
このレポートでは一般企業の経営者がすべきことがまとめられていますので、私の理解を簡単にまとめます。
コロナ禍でわかったこと
コロナ禍で深刻な影響を受けた企業が多い中、デジタルなサービスは大きく伸びました。AmazonなどのECサイトが分かりやすいですが、ECサイトに限らず、デジタル化の動きはコロナ禍が終息しても元に戻ることはないでしょう。そのため、企業は、デジタルに慣れてデジタルが当たり前になってきた顧客に引き続き対応していく必要があります。
また、コロナ禍で事業環境が大きく変化し、突然の在宅勤務やWeb会議などを強いられることになりましたが、このような大きな変化でも、経営トップが号令をかけることで迅速に対応できることが分かってきました。つまり、本来のDXが目指していたデジタルによるビジネスの変革も、経営トップが主導すれば実現できる可能性を示しています。
企業が取り組むべきこと
直ちに(超短期)
まず、今回のコロナ禍のような迅速な対応が必要な事項は、経営トップのリーダーシップの下で、市販の製品・サービスの導入を検討してください。
ただし、これらのツールはあくまでも「手段」であり「目的」ではありません。ツールを入れてもDX推進のスタート地点に立てるだけなので、その先の取り組みへとつなげていく必要があります。
短期
短期の施策としては、DX推進体制の整備が必要です。
経営層や事業部門、IT部門間で、DX推進の目的や戦略、その進め方の共通理解を形成する必要があります。また、経営層が推進してチェックする体制を作らないといけません。
ここを現場丸投げにしてしまうと、現場に本来の目的や戦略が伝わらず、IT企業の言いなりでDXなツールの導入が目的にすり替わってしまいます。
中長期
中長期の施策としては、環境の変化に迅速に対応できる体制の確立が必要です。
自社の製品やサービスをなるべく短期で作って市場に出し、その反響を見て短期で改善するサイクルを回し続ける必要があります。そのためには、それができる開発体制の確立が必要で、IT企業との関係構築も重要になるでしょう。
また、各企業がそれぞれで似たような仕組みを作るのは無駄なので、そういったものは企業間で共用することによりコストを下げて、各社が本来の投資へお金を回せるような取り組みも必要です。
これらを実現するためには、人材も重要です。変革を主導できるような人材や、思い描いた製品・サービスをきちんとシステムとして実現できる技術者が必要です。
これらが企業が取り組むべき内容ですが、いずれもかなり難しいことですよね。企業間の仕組みの共用などは政府の支援も不可欠になってきます。そのため、このレポートでは、政府の政策の方向性についても語られています。ご興味のある方は、ぜひ実際のレポートをご参照ください。
DXレポート2.1
DXレポート2では一般企業とIT企業との関係についてはサラッとしか語られていませんでしたが、その部分を補足した「DXレポート2.1」が2021年8月に公開されました。
こちらについても私の理解を簡単にまとめてみます。
一般企業とIT企業の良くない関係
本来のDXを進めるためには、デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを作り出したり変革したりする必要がありますが、必要となるデジタル技術はIT企業が持っています。そのため、DXの推進はIT企業と一緒にやっていく必要があります。
でも、今のIT企業はDXの推進まではなかなか手伝ってくれません。「言われたシステムを作ります。それには◯◯人月かかるので◯◯円払ってください。でも、そのシステムでDXが成功するかどうかは知りません。」というスタンスなのです。これでは一緒には進められません。
DX実現における企業のあるべき姿
このレポートでは、DX実現における業界構造のあるべき姿をまとめています。
この図の下半分が現状です。大企業をトップとした中小零細企業の下請け構造です。
これに対して、DXを実現した状態が上半分です。製品やサービスを素早く作って市場に追従していくためには、大企業主体で巨大なピラミッド構造を作っている場合ではありません。さまざまなサービスを素早く結びつけて作り上げる必要があるため、ネットワーク的な構造になります。
この理想の構造における企業の姿には、図にある①から④の4パターンがあります。
①企業の変革を共に推進するパートナー
企業のDX推進をお手伝いする企業です。お客様のDX実現を目的に、一緒にがんばってくれる方々です。前述の図で下半分から上半分に変わっていくお手伝いをする役目です。成果報酬形のDXコンサルといったイメージでしょうか。
②DXに必要な技術を提供するパートナー
企業のDX推進を技術面でお手伝いする企業です。①と同様に、前述の図の下半分から上半分に変わっていくお手伝いをする役目です。これまでのIT企業に近い形ですが、図に「伴走」とあるように、DX推進を一緒にがんばってくれるところがポイントです。
③共通プラットフォームの提供主体
企業間や業界間で共用できる仕組みを提供する企業です。DXレポート2で企業が取り組むべきことの1つに、「各企業がそれぞれで似たような仕組みを作るのは無駄なので、そういったものは企業間で共用できるように」といったお話がありましたが、この部分をサービスとして提供する企業です。
④新ビジネス・サービスの提供主体
お客様にサービスを提供する企業です。これまでの一般企業の位置ですが、自分ですべてを作り上げるのではなく、提供されているサービスを組み合わせているところがポイントです。
企業がDXを進めるために
今後は、各企業がこの①から④のどれに該当するのかを判断したり、その分類において理想にどれくらい近づけているのかを評価したりするための指標を整備していく予定とのことです。
DXレポートの次回予告
DXレポート2.1の最後に続編の予告がありました。日本のDX推進のために様々な対応策の検討が進んでおり、続編ではそれらを取りまとめる予定とのことです。
2018年9月のDXレポートで火蓋が切られた経済産業省と日本企業との攻防(?)は、これからも目が離せませんね。日本で本来のDXが進んでいくことを願うばかりです。
おわりに
経済産業省のDXレポートのご紹介を中心に、日本におけるDXについてご説明いたしました。この記事が、みなさまのDX理解の一助になりましたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
(おまけ)
所属する会社のブログでは、この記事をブラッシュアップして、もう少し詳しくDXを解説しています。もし、業務でDX推進やAI導入などをご検討中でしたら、ぜひご参照ください。
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