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ソフトウェアのサポート業務とはどのようなものか

2020/09/25に公開

はじめに

ソフトウェアの世界にはいろいろな仕事があります。何も知らない人から見て一番脚光を浴びがちなのが開発者、とくにプログラマーでしょう。スーパープログラマーを題材とした漫画やアニメ、映画はたくさんあります。しかし、それ以外の仕事は実際やってみないと想像しづらいことより、あまり実情が知られていません。本記事ではそれらの中からサポートエンジニアに注目して、この職種がどういうものなのかについて書きました。対象読者は開発者、とくに自分で作ったものを自分ないし近しい人だけが使うという経験しかしていない駆け出しの開発者です。

サポートエンジニアといっても色々なものがありますが、ここではSI企業において顧客システムでトラブルが起きたときにSEの依頼を受けて問題を解決するエンジニア、という極めて単純な定義をしておきます。開発者がサポートエンジニアを兼ねるケースとそうでないケースの両方がありますが、本書ではどちらでもかまいません。

筆者はかつてSI企業において社会インフラを支えるような大きなシステムについてのLinuxカーネルの開発、サポートを数年経験しました。本記事はそんな筆者がこれまでに体験したこと、見聞きしたことをもとに書いています。筆者の経験は非常に狭い範囲についてのものなので本記事の内容が当てはまらない環境はいくらでもあるでしょうが、少なくともサポート経験者の一人からはこう見える、という観点で見ていただけたらと思います。

本記事を書いた動機は次のようなものです。

  • サポート業務がなんであるか、どういう魅力があるのかについて知ってほしい
  • 開発とサポートが相互に補完し合う、それぞれ別種の能力が必要であることを理解してほしい
  • 上記を踏まえて、開発に比べてサポートが簡単な、一歩下のものであるとかいう雰囲気が[1]あるのを何とかしたい

前置きが長くなってしまいましたが、次節から具体的な話をします。

顧客およびSEの価値観を理解する

顧客およびSEの価値観(以降顧客とSEは価値観を共有しているものとして顧客の価値観と記載)がサポートエンジニアと異なっていることによって両者の会話がまったく成立しないということが多々あります。やや極端ですが、SEであるAさんと、開発者出身で最近サポートエンジニアになったBさんの例を考えてみましょう。二人の価値観は次のようなものです。

  • Aさん価値観: トラブルなくサービスを継続できるのが好ましい
  • Bさんの価値観: 好きなプログラミング言語を使って美しいコードを書くのが好ましい

すでに嫌な予感がプンプンしていますが、この不一致によって発生するのが以下のような世にも恐ろしい会話です。

  • Aさん「先日報告した問題について現状を教えてほしい」
  • Bさん「(ソースを見せながら)これはfooクラスのbarというメソッドがO(n)なのでnが増えたときにスケールしないことが問題です」
  • Aさん「??? 問題はいつまでに解決する見込みでしょうか」
  • Bさん「ここのコードは腐っているので1週間くらいかけて根本的に作り直したほうがいいです。」
  • Aさん「なんとか影響を最小限におさえて短期間で仮修正ができないでしょうか」
  • Bさん「そんなダサいことはしたくありません」
  • Aさん「???」

ここでの問題は、システムのユーザはあくまで顧客であるのに対してBさんが顧客の価値観を無視して自分の好きなことを言っていることにあります。優秀とされるプログラマがサポート業務はまったくできないというのはよくある話ですが、そのうちの少なからぬ数がこれにあてはまります。

このようなことを避けるために、Bさんには相手の立場に立って顧客の価値観を第一に、自分の価値観は第二に考えるという発想の転換が必要でしょう。これがどうしてもできない、やりたくないという人は別の人にサポートを任せるとよいでしょう。ただしそのときに「自分の価値観を理解しないAは程度が低い」というような驕った考え方をするのではなく、「自分はコードは書けるがサポートはできない。自分とサポートエンジニアはお互いに補完し合おう」と考えるほうが建設的でしょう。

システムへの影響は最小限に

あるソフトウェアのバージョンアップによって何らかの問題が発生したとします。ここでは簡単のために前バージョンと現バージョンの間に100コミットあり、かつ、再現手順は明らかになっているものとします。このとき根本原因を知るための愚直ながら確度が高い方法のひとつにbisectというものがあります。具体的には、まず前バージョンから50コミット目で再現試験をして、問題が発生したら次は25コミット目で再現試験を…という手順を繰り返して対数オーダーで根本原因となるコミットを突き止めるという方法です[2]

では顧客システムでバイナリサーチを試せるでしょうか。答えはほとんどの場合は否です。なぜかというと顧客システムでソフトウェアのバージョンを入れ替えるということは、そのたびにシステムが停止する、それによって顧客のサービスが停止するということを意味します。したがって、このようなことを何度も試させてくれるという可能性は低いでしょう。その他にも開発環境でしか使えないような性能劣化の激しいログやトレースの有効化などは、そうそう使わせてもらえないでしょう。このため、サポートエンジニアは常に問題の切り分けをするための手段を多く持っておく、および、それらがどのような条件で使えるかを把握しておく必要があります。

依頼は具体的に、数は最小に、意図は明確に

みなさんはご自身がお持ちの何らかの製品のサポートを受けたことが少なからずあると思います。そのときのことを考えてみてください。ただでさえ問題が発生していて面白くない気分なのに次から次へと新たな依頼をされたらどう思うでしょうか。おそらくは段々イライラしてくるのではないでしょうか。これと同じことがコンピュータシステムにおいても言えます。

SEへの依頼は回数が増えれば増えるほど相手の負の感情を増幅させます。それに加えて依頼の意図が不明であればあるほどSEのサポートエンジニアへの不信感が増えます。このようなことをを避けるために、SEへの依頼の数は最小限にして、かつ、それぞれの依頼は何をしたいがために何をしてほしいのかを明確にする必要があります。サポートエンジニアの依頼の裏にある意図を読み取って回答してきてほしいという安易な考え方は捨てましょう。

依頼回数についてもう少し細くしておきます。依頼回数に限りがあるなかで調査を進めるためには次のような方法があります。

  • システム稼働時の要所要所でログをとる
  • 同、メトリクスを採取する
  • システムの異常終了時にコアダンプ(異常終了時のメモリの中身を保持したファイル)をとる

サポートエンジニアには、これらの状況証拠から逆算して根本原因を見つける探偵のような能力が必要になります。それに加えて依頼回数、およびその際の影響範囲を最小限におさえなければならないという制約もあります。この手の能力はプログラミング能力とはまた別種の能力であり、優秀なプログラマがトラブルシューティングは苦手ということはよくあります(その逆も然りです)。

どれも事後に仕掛けて再度再現を試みるのは大変ですので、可能な限り常に採取できるようにしておくとよいでしょう。

ログやメトリクスについては、採取するのは開発者であるものの、どのようなログやメトリクスがあれば調査が楽かはサポートの視点が必要です。このため、開発とサポートは密に連携してサービスレベルの向上に取り組むとよいでしょう。それに加えて開発者はサポートの視点を身につけるために一度はサポート業務を経験するとよいと筆者は考えます。実際筆者は両方経験したことによりソフトウェア技術者として大きく成長できたことを常々実感しています。

記憶ではなく記録をもとに調査する

SEへ問い合わせをする際は可能な限りソフトウェアの出力ベースで話をする必要があります。なぜかというと人は悪意が無くても無意識に嘘をつくからです。一番有名なのは「何もしてないのに壊れた」というやつです。典型的なのは以下のような会話です。

  1. SE「昨日から問題が発生するようになった」
  2. サポートエンジニア「問題発生前後で何かしましたか」
  3. SE「なにもしてない」
  4. 後日調査に疲れ果てたサポートエンジニア「(ソフトウェアのバージョン変わってるし…)」

このようなことを避けるために、確認はSEをはじめとする関係者の記憶に頼るのではなく、ソフトウェアのログなどの記録に頼るべきでしょう。たとえば上記の問答でいうとサポートエンジニアは「ソフトウェアのアップデートログを見せてください」などのようにするとよかったでしょう。これを踏まえて、システムの状態が変化するときにはどこにどのような記録が残るかについては押さえておくべきでしょう。

サポートが複数階層に分かれる場合

前節まではSEから問題発生時に特定コンポーネントに直接調査依頼が来るという想定でした。しかしシステムがある程度以上の規模になると複数階層になっていることがほとんどです。具体的にはSEが一次サポートエンジニアに調査依頼をすると、そこで切り分けをした上で関係していそうなコンポーネントのサポートエンジニアにさらに調査を振り分ける、というようになります。なぜこのようなことをするかというと、例えばシステムが二つのコンポーネントA,Bから構成されているとして、すべての問題報告がAとB両方のサポートエンジニアに降ってくると効率が悪いからです。

一次サポートエンジニアには開発者、および一つのコンポーネントのサポートエンジニアとはまったく別種の能力が必要になります。まず、特定のコンポーネントに対する深い知識というよりも、守備範囲となる複数のソフトウェアについての浅く広い知識が必要になります[3]

一次サポートエンジニアは関係者の数が多いです。SEからの報告をもとに各コンポーネントのサポートに対して依頼をして、回答を得て、場合によっては督促をして、さらにSEに報告して…と、たくさんのタスクを同時並列でこなす必要があります。場合によっては先に進めるためにできることがなくなったように見える状態で関係者全員で協議する会を設けて調整をする必要も出てくるでしょう。

わたしは一次サポートエンジニアの経験は無いので確たることは言えませんが、サポートエンジニアをやるとして、システムのより広い範囲を見渡したい、そこで発生する物事の中心にいるハブになりたいようなかたは一次サポートが向いているのではないかと思います。

おわりに

サポートエンジニアは問題発生時に何が起きたかを証拠をもとに仮説を立ててそれを検証していく探偵のようなことを主にやりたい人には魅力的だと思います。また、サポートエンジニアを体験することによって、ソフトウェアを開発するときに何に気を付ければ問題解決が早まるか、および解決できる確率が高まるかということを身をもって知れるため、開発者として一皮むけるためにも有用です。

この記事を読んでサポートエンジニアがどのようなものであるのかがわかってくれる人、および自分もやってみようと思ってくれる人が増えることを願っています。また、問題発生時にSE、サポートエンジニア、開発者が一丸となって建設的に解決をめざすケースが増えることを祈っています。

脚注
  1. とくにサポートを知らない開発者から ↩︎

  2. gitにはまさにこういうことをするためのbisectというサブコマンドがあります ↩︎

  3. たまに深く広い知識を持つスーパーサポートエンジニアもいます ↩︎

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