Rust の Move と C++ `std::move` の比較/コンパイル結果
Q: 所有権というコーディング上の概念に興味は無いです
文責 @ ChatGPT
非常に良い視点です。
では「所有権の概念」ではなく、Rust の move がコンパイル後にどのような実際のメモリ操作・コード生成をするかを、
C++ の std::move との比較という純粋な技術的観点で説明します。
✅ 結論を先に言うと
Rust の move は C++ の std::move とは全く違うレイヤーで動作します。
| 観点 | Rust | C++ (std::move) |
|---|---|---|
| 性質 | 言語仕様レベル(コンパイラの所有権トラッキングに内在) | 単なるキャスト(T&& への型変換) |
| 実際のコード生成 | 通常は単純なメモリ転送(memcpy)またはレジスタムーブ | ムーブコンストラクタ/アサイン演算子の呼び出しに展開される |
| 実行時の動作 | 追加処理なし(コンパイル時に意味が確定) | コンストラクタやデストラクタのコードが実行される可能性あり |
| 最適化後の結果 | 多くの場合「単なる値のコピー」 | ユーザー定義ムーブがある場合はそれが呼ばれる |
🔬 Rust の「Move」はどんな機械命令になるのか
Rust では「ムーブ」と言っても LLVM IR のレベルでは単なる bitcopy です。
例:
#[derive(Debug)]
struct Point { x: i32, y: i32 }
fn main() {
let p1 = Point { x: 10, y: 20 };
let p2 = p1; // ← Move
}
これを rustc --emit=llvm-ir で見ると(簡略化):
%Point = type { i32, i32 }
define void @main() {
entry:
%p1 = alloca %Point
%p2 = alloca %Point
; p1 初期化
store i32 10, i32* getelementptr(%Point, %Point* %p1, i32 0, i32 0)
store i32 20, i32* getelementptr(%Point, %Point* %p1, i32 0, i32 1)
; p2 = p1 (Move)
call void @llvm.memcpy.p0i8.p0i8.i64(
i8* bitcast(%Point* %p2 to i8*),
i8* bitcast(%Point* %p1 to i8*),
i64 8,
i1 false
)
ret void
}
→ 実態は llvm.memcpy(単純なビットコピー)
所有権の無効化 (p1 が使えなくなる) は 静的解析情報としてのみ存在。実行コードには現れません。
🧩 C++ の std::move の場合
struct Point { int x, y; };
int main() {
Point p1{10, 20};
Point p2 = std::move(p1);
}
std::move は実際には:
static_cast<Point&&>(p1)
に展開され、
次に呼ばれるのは ムーブコンストラクタ:
Point(Point&& other) noexcept {
x = other.x;
y = other.y;
}
これが存在しない場合は、コピーコンストラクタかデフォルトメンバーのコピーが呼ばれます。
つまり、C++ では「std::move」自体は何もしませんが、「ムーブコンストラクタ」という 実行時の関数呼び出し に発展します。
LLVM IR でも関数呼び出し命令(call)として現れます。
⚙️ ヒープデータ構造の場合(例:String)
Rust
let s1 = String::from("abc");
let s2 = s1; // move
生成コード:
-
String構造体(ptr, len, cap の 3ワード)を memcpy。 - ポインタ先(ヒープ領域)はコピーしない。
- destructor (
drop) はs2に対してのみ呼ばれる。
→ memcpy 3ワード + drop の1回だけ。
C++
std::string s1("abc");
std::string s2 = std::move(s1);
生成コード:
-
std::stringのムーブコンストラクタ呼び出し。 - 中でポインタを転送し、
s1の内部ポインタをnullptrにする。 - destructor は
s2とs1の両方で呼ばれるが、s1は空状態。
→ ムーブコンストラクタ呼び出し + 関数実行 + destructor 2回。
🧠 要約:実際のメモリ操作的な違い
| 動作 | Rust | C++ |
|---|---|---|
| コンパイル時に Move 判定 | ✅(型システム内で強制) | ❌(std::move はただのキャスト) |
| 実行時に呼ばれる関数 | 無し | ムーブコンストラクタ/アサイン演算子 |
| 実際の命令 |
memcpy(固定サイズコピー) |
関数呼び出し or コピー演算子 |
| 構造体メンバの再設定 | 無し(元の変数は無効化されるだけ) |
nullptr 代入などムーブ側が明示的に行う |
| drop/destructor | 新しい所有者のみ | 両方(ムーブ元もデストラクタ呼ばれる) |
💡 一言でまとめると
Rust の move は LLVM レベルでは単なる「memcpy+静的無効化」。
C++ の std::move は「ムーブコンストラクタ呼び出しを誘発するキャスト」。
希望があれば、String の move に対応する LLVM IR / アセンブリ(x86-64)を抜粋して、
「どの命令がどの部分をコピーしているか」まで分解して見せることもできます。
見てみたいですか?
Q: 元の値をクリアするという処理は LLVM で行われている? それともコンパイル時に保証できているからスキップしている?
文責 @ ChatGPT
非常に鋭い質問です。
答えを先に言うと:
✅ Rust は「元の値をクリアする処理」を LLVM に生成しません。
それは「実行時に不要」だからであり、コンパイル時に完全に保証されているためです。
以下、実際のメモリ操作の観点で詳しく説明します。
1️⃣ Rust の Move は「意味上の移動」であって「値の無効化操作」ではない
Rust における
let s2 = s1; // move
という文の意味は:
-
s2にs1の値をビット単位でコピー(memcpy)。 -
s1は以後 アクセス禁止(未定義動作扱い) になる。
ここで「禁止」は コンパイル時のみの制約 であり、
実行時には s1 のメモリはそのまま残っていても構わない。
2️⃣ LLVM IR での表現
Rust コンパイラ(rustc)は move によって、
単に LLVM の memcpy(またはレジスタ転送)命令を生成するだけです。
例:
call void @llvm.memcpy.p0i8.p0i8.i64(
i8* %dest,
i8* %src,
i64 <size>,
i1 false
)
この後に「src のメモリをゼロクリアする」といった命令は出ません。
3️⃣ なぜ「クリア不要」なのか
理由①:型システムが「ムーブ後の使用禁止」を保証している
Rust の borrow checker は「s1 をムーブした後にはアクセスできない」と静的に証明しています。
つまり:
- 以後
s1を読み書きするコードは存在しない。 - よって
s1のメモリが残っていても 観測不可能。
→ したがって、ゼロクリア等は「安全性」に寄与しない。
理由②:最適化上の都合
memset などを挿入してクリアしても意味がない(アクセスされない)ため、
LLVM の DCE(Dead Code Elimination)やメモリ最適化フェーズで削除されます。
つまり、仮に rustc が「安全のために memset(0)」を入れても、
LLVM がそれを検知して「観測されないから不要」と判断し消します。
理由③:ゼロクリアはセキュリティ目的ではない
Rust の所有権モデルは 安全性(use-after-free, double free の防止) にフォーカスしており、
機密データの消去(例:パスワードメモリの消去)は意図していません。
(それをしたい場合は zeroize crate などを使う。)
4️⃣ C++ との違い(比較のため)
C++ のムーブコンストラクタは、ムーブ元を「安全に再利用可能」にするため、
ムーブ後にポインタを nullptr にするなどの「明示的クリア処理」を行います。
例:
String(String&& other) noexcept {
this->ptr = other.ptr;
other.ptr = nullptr; // ← クリア
}
Rust ではこの「再利用」という概念が存在しないため、
物理的なクリアは不要かつ生成しない。
5️⃣ 実際のメモリ状態を観察すると
次のコードを考えます:
#[derive(Debug)]
struct Foo { p: *mut u8, len: usize }
fn main() {
let a = Foo { p: 0x1234usize as *mut u8, len: 10 };
let b = a; // move
// a は以後使えない
}
a のスタック領域には依然として {0x1234, 10} という値が残っています。
ただし Rust の仕様上、それにアクセスする手段が無い(使うとコンパイルエラー)。
→ 実行時には何も触らない。
✅ まとめ
| 項目 | Rust | C++ |
|---|---|---|
| Move 後の元変数をクリア | ❌ しない | ✅ 明示的にすることが多い |
| 理由 | 型システムが「以後アクセス不可」を保証 | ムーブ元を再利用可能にするため |
| 実行時挙動 | memcpy のみ | コンストラクタ+内部クリア |
| LLVM での命令 |
memcpy のみ(memset 無し) |
関数呼び出しとストア命令(store null 等) |
| セキュリティ的ゼロ化 | ユーザが明示的に行う (zeroize crate 等) |
同様(std::secure_clear 等) |
要するに:
Rust の「move 後に元を無効化」は 実行コードでは何も行わず、
静的解析レベルで「そのメモリを触れない」ことを保証して終わり です。
希望があれば、String の move に対応する LLVM IR の抜粋(Rust 1.82 などの出力)を実際に示して、
本当に memset が生成されていないことを確認することもできます。
興味ありますか?