PID制御は思った以上に完成されている:AITLを実装して分かったこと
はじめに
AIやLLMを用いた制御が注目される中で、
「従来の制御理論は限界に近いのではないか」
「AIを使えば、もっと賢く制御できるのではないか」
と考える人は多いと思います。
私自身もその一人でした。
そこで PID × FSM × LLM を組み合わせた
AITL(Adaptive / Intelligent Triple-Layer)制御 という構成を考え、
Pythonで実装し、PID単体との比較検証を行いました。
結論から言うと、
現状の制御理論(特にPID)は、想像以上に完成度が高く、
AITLを用いても明確な優位性を示すのは難しい
という結果になりました。
本記事は、その検証過程と、そこから得られた冷静な考察をまとめたものです。
なぜ AITL を作ろうとしたのか
AITLの発想はシンプルです。
- PID:実時間制御(最内層)
- FSM:状態監督・モード切替(中間層)
- LLM:設計・再同定・判断支援(最外層)
「PIDは速いが固定的」
「FSMで異常を検知し」
「LLMが人間の代わりに再設計する」
—— そんな期待を持っていました。
特に、
外乱が大きい系
長期運用で特性が変化する系
では効果があるのではないかと考えていました。
比較対象:PID単体を“正攻法”で実装する
重要なのは、
PIDを雑に扱わないことです。
今回の検証では:
- P / I / D 全項を使用
- 外乱入力を明示的に付加
- 発散条件・飽和条件も含めて評価
- 「I項をゼロにする」などの八百長はしない
という前提で、
普通に設計されたPID を基準にしました。
結果として、
適切にチューニングされたPIDは、
- 外乱に対して安定
- 応答が速い
- 振る舞いが説明可能
- デバッグが容易
という、非常に強い性能を示しました。
AITL(PID × FSM × LLM)を足してみる
次に、FSMとLLMを追加しました。
- FSM:外乱増大や応答劣化を検知
- LLM:PIDゲイン再設計の方針を生成
- 再同定後、PIDを再投入
構造としては間違っていません。
「人がやっていることを分離した」だけです。
しかし実際には、
- 再設計に時間がかかる
- 設計意図がブラックボックス化する
- PID単体との差がグラフ上で明確に出ない
という問題が顕在化しました。
結果:明確な優位性は示せなかった
正直に言うと、
この条件では、PID単体に対する明確な勝ちは出ませんでした。
性能面でも、運用面でも、
- 安定性:PIDで十分
- 応答性:PIDが速い
- 説明性:PIDが圧倒的に有利
- 保守性:PIDの方が現実的
という結果です。
なぜ PID はここまで強いのか
理由は明確です。
- 理論が成熟している
- 現場知見が数十年分蓄積されている
- 「壊れにくさ」を前提に設計されている
- 数学的に説明できる
普通に設計されたPIDは、すでに最適解に近い
—— それが今回の実感でした。
それでも AITL が意味を持つとしたら
AITLが完全に無意味だとは思っていません。
意味を持つ可能性があるのは:
- 無人・遠隔システム
- 長期自律運用(宇宙・深海など)
- 人が頻繁に再設計できない環境
- 「制御の外側(判断・再構成)」を扱う層
つまり、
制御性能を直接上げる技術ではなく、
設計や判断を整理するフレーム
としての価値です。
結論
AIやLLMを使った制御は魅力的です。
しかし、実装して比較してみると、
今の制御理論は、もう十分に強い
という現実に直面します。
これは失敗ではありません。
現実を検証した結果です。
AITLは、
PIDを置き換えるものではなく、
必要になったときに思い出す設計の補助線
として位置づけるのが、最も誠実だと感じています。
おわりに
「AIを使えば何かが劇的に良くなる」
そう簡単ではありません。
でも、
やってみて、線を引けた
それ自体が、技術者としての成果だと思っています。
同じように悩んでいる方の
参考になれば幸いです。
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