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なぜ短期投資はギャンブルと言われるのか?〜幾何ブラウン運動に基づく数理的説明〜

2024/10/06に公開

はじめに

どんな人向けの記事?

  • 資産運用に興味のある方
  • 短期投資はギャンブルと言われる理由を知りたい方
  • ボラティリティ(リスク)を考慮した株価変動・新NISA投資シミュレーション興味がある方

内容

本記事では、ファイナンス理論に基づいた株価変動のシミュレーションを行います。具体的には、下記の性質を考慮した解析・考察を行います。

  • リターンのみの決定論的な議論ではなく、リスクを考慮した確率的な議論を行う。
  • モンテカルロ的なシミュレーションではなく、理論的な解析を行う。

本記事を理解することで、下記を数理的に説明できるようになります。

  • 短期投資がギャンブルだと言われる所以
  • シャープレシオが重要な理由

本記事の前提

真偽はともかく、本記事では株価(市場平均)がブラック–ショールズモデルに従うと仮定した時に、どのような性質を持つのかを理論的に解析します。なお、この解析自体は全く新しいことはなく、私自身の株式投資の握力を高めるために備忘録的に書き留めていることに留意ください。

私の投資方針

私の投資方針

私は基本的には上記の幾何ブラウン運動を信じ、全世界株式やS&P500インデックスへの投資をコアに、サテライトとしてNASDAQ100や高配当ETF、債券等に投資しています。

幾何ブラウン運動の良い性質として、株価が指数で表現できることから必ず0以上になるという性質が自然に組み込まれていることがあります。また、歴史を見ても長期的な株価推移としては指数関数的に増加しているのは事実であり、個人的にはシンプルながらある程度は信頼できるモデルであると認識しています。

もちろん過去は未来を保証しないことには留意する必要があります。

今回の解析からわかったように、基本的には長期間株式を保有することで、(資本主義社会&人口増加が続く限りは)株式投資は報われる確率が高まっていきます。よって、余剰資金が入り次第、全世界株式等の投資信託やETFを買い持ちして、税金や手数料といったコスト最小化のために極力売らないようにします。もし売るときは、必要なときに必要な分だけ売り、それまでは買い続けるつもりです。出口戦略等についてはまたの機会に紹介できればと思います。

ちなみに、私の投資方針は"S&P500最強伝説"さんにめちゃくちゃ影響を受けてます。

金融モデルの定式化

いもす金融理論[1]を参考に、金融モデルを定式化します。

ブラック–ショールズモデル

ブラック–ショールズモデルとは、1種類の配当のない株と1種類の債券の2つが存在する証券市場のモデルです。さらに連続的な取引が可能で、市場は完全市場であることを仮定しています。

そして、時刻 t における株価を S_tとします。株価は以下の確率微分方程式に従うとします。

\begin{align} {\displaystyle dS_{t}=\bar{\mu} S_{t}dt + \sigma S_{t}dB_{t}} \end{align}

ここで、B_t は標準ウィーナー過程であり、\sigma, \bar{\mu} は定数で、\sigma はボラティリティ(リスク)、\bar{\mu} はドリフト(算術平均リターン)です。式(1)は株価の動きが幾何ブラウン運動で表されることを意味します。

伊藤の公式

確率過程{X_t}が確率微分方程式

dX_t = f(t)dt + g(t)dB_t

に従うとき、h(t, x)t, xについて二階連続微分可能とすると

\begin{align} dh(t, X_t) = h_t(t,X_t)dt+ h_x(t,X_t) \left[f(t)dt + g(t)dB_t\right] +\frac{1}{2} h_{xx}(t,X_t) g(t)^2 dt \end{align}

が成立します[2]。ここで、h_t(t,x),h_x(t,x),h_{xx}(t,x)の定義は下記のとおりです。

h_t(t,x) =\frac{\partial h(t,x)}{\partial t},\quad h_x(t,x) =\frac{\partial h(t,x)}{\partial x},\quad h_{xx}(t,x) =\frac{\partial^2 h(t,x)}{\partial x^2}

幾何ブラウン運動の変形

X_t,f(t),g(t),h(t,x)を下記のように定義します。

X_t=S_t,\quad f(t)=\bar{\mu}S_t,\quad g(t)=\sigma S_t,\quad h(t,x) = \ln x

このとき、

h_t(t,x) = 0,\quad h_x(t,x) = \frac{1}{x}, \quad h_{xx}(t,x) = -\frac{1}{x^2}

となるから、幾何ブラウン運動を表す確率微分方程式(1)は伊藤の公式(2)により、下記の確率微分方程式に変形できます。

\begin{align} d\ln S_t &= \left(\bar{\mu}-\frac{\sigma^2}{2}\right)dt + \sigma dB_t\nonumber\\ &= \mu dt + \sigma dB_t \end{align}

ここで、\displaystyle \mu=\bar{\mu}- \frac{\sigma^2}{2}幾何平均リターンと呼ばれます。また、dB_tはブラウン運動(ウィーナー過程)の増分を表します。

幾何ブラウン運動の解析解

初期時刻 t_0=0 における株式の初期値をS_0とするとき、微分方程式(3)の解は下記の通りです。

\begin{align} S_{t}&=S_0\exp\left[\left(\bar{\mu}- \frac{\sigma^2}{2}\right)t+\sigma B_t\right] \end{align}

ウィーナー過程は B_t\sim\mathcal{N}(0,t)となることから、式(4)は下記のように表現できます。

\begin{align} \ln \frac{S_{t}}{S_0}&\sim \mathcal{N}\left(\left(\bar{\mu}- \frac{\sigma^2}{2}\right)t,\sigma^2{t} \right)\nonumber\\ &=\mathcal{N}\left(\mu t,\sigma^2{t} \right) \end{align}

式(5)は、幾何ブラウン運動に従う金融商品の満たす確率分布を表します。

解析解の数理的考察

解析式(5)から、株価(市場平均)がブラックショールズモデルに従って変動すると仮定すると、下記のような解釈ができます。

  • 株価は平均的には、幾何平均リターン\muに従って指数関数的に成長する。
  • ただし、投資期間 t が短いとき\mu t \ll \sigma\sqrt{t} となるため、ボラティリティ(ノイズ)が支配的となる。これが、短期投資がギャンブルと言われる所以である。
  • しかし、下記を満たす期間投資t_{eq}が経過すれば、約84%[3]の確率で元本割れしない。
\begin{align} \mu t - \sigma\sqrt{t}&=0 \nonumber\\ \Leftrightarrow t_{eq}(-\sigma) &= \frac{\sigma^2}{\mu^2}=\frac{1}{s_r^2} \end{align}

ここで、s_rはボラティリティに対する幾何平均リターンの比(いわゆるシャープレシオ)を表します。

  • 式(6)は、株価が-\sigmaで下振れた際の元本割れ解消までの投資期間 t_{eq}(-\sigma) が、シャープレシオの二乗に反比例することを示している。
  • さらに、株価が-\sigmaで下振れた際の株価が極小になる投資期間 t_{\rm min}(-\sigma)は下記のように見積もることができる。
\begin{align} \frac{d}{dt}\left(\mu t - \sigma\sqrt{t}\right) = 0\nonumber\\ \Leftrightarrow t_{\rm min}(-\sigma) &= \frac{\sigma^2}{4\mu^2}=\frac{1}{4s_r^2} \end{align}
短期投資と長期投資の境界はどこか?

前節で述べた通り、株価が幾何ブラウン運動を続ける限り、短期投資はギャンブルに近いことがわかりました。それでは一体どの程度の期間保有すれば長期投資と言えるのでしょうか?

明確な答えはありませんが、わかりやすい指標として本記事では期待値と標準偏差が一致するタイミングを短期投資と長期投資の境界と捉えることにします。その根拠としては、このタイミングを過ぎれば \pm1\sigma 以内の変動に対して期待値が支配的となるためです。そして、このタイミングは前節で導いた t_{eq}(-\sigma) の値と一致します。

まとめると、短期投資と長期投資の境界はシャープレシオの二乗の逆数とみなすことができます。このことから、できるだけ短期間で運要素を減らした投資をするためにはシャープレシオを大きくすることだけを考えれば良いことがわかります。もちろん、投資リターンの期待値は幾何平均リターンのみに依存するため、どちらを重視するかは個々人の価値観に依存します。

一点注意としては、銀行預金ならボラティリティが 0 であるからシャープレシオは無限大だと考える人もいるかも知れませんが、これは危険な考えです。というのは、今回の解析ではインフレ率を考慮していません。預金金利がインフレ率を上回っていなければ、銀行預金はシャープレシオがマイナス無限大となる、負けが確定した投資対象となることを忘れてはなりません。

シミュレーション

※ここでは、2024年5月5日時点での実績データを使用しています。

S&P500(1992-2024)の場合

  • ドル建てのSRP500の過去実績(1992-2024)を用いて評価します。
  • 結果は下記の通りです。参考までに、ドル建ての全世界株式連動指数:ACWIの成績(1987-2023)も記載しています。
パラメータ 記号 S&P500 ACWI 保守的想定
幾何平均リターン \mu 10.25% 7.99% 5.0%
リスク \sigma 14.81% 15.22% 20.0%
シャープレシオ s_r 0.65 0.51 0.25
-\sigma 下振れ時の元本復帰までの期間(目安)
★長期投資とみなせる保有期間の目安
t_{eq}(-\sigma) 2.4年 3.8年 16.0年
-\sigma 下振れ時の資産大底タイミング(目安) t_{\rm min}(-\sigma) 0.6年 1.0年 4.0年

シミュレーション結果

株価倍率

ケース 株価
S&P500
1992-2024

\mu=10.25%, \sigma=14.81%, s_r=0.65
ACWI
1987-2023

\mu=7.99%, \sigma=15.22%, s_r=0.51
保守的想定
\mu=5.00%, \sigma=20.00%, s_r=0.25

こうしてみると、過去のS&P500インデックスの成長速度がいかにすごかったかがわかります。ドル建てで見ているというのはありますが、シャープレシオもかなり高く、投資効率が非常に良いですね。

※"seed = 23"は、乱数を用いて生成した株価変動の一例です。

新NISA資産額

ここでは、上記の保守的想定で株価変動をした場合に、新NISAへの積立額に対してどれだけ資産が増えていくかをシミュレーションしてみます。

リターンだけを考慮したシミュレーション(本記事での中央値:黄破線)はブログやYouTubeでもよく見かけますが、ボラティリティも考慮したシミュレーション結果はあまり見ないので、わりと価値があるグラフと思ってます。

ちなみにここでは、0年目から投資をしているとしています。

毎月の積立額 新NISAのみ資産額
\mu=5.00%, \sigma=20.00%, s_r=0.25
30万円
15万円
10万円
5万円

まあ月並みですが、ここで言いたいことは長期的に資産を最大化したければ、早めに新NISAの枠は埋めたいよね、ということです。


まとめ

本記事では、株式の市場平均がブラック–ショールズモデルに従うと仮定したときに、伊藤の公式を用いることで確率変数としての株価が満たす確率分布を解析的に導出しました。

解析解の形から、株価倍率の対数は下記の特徴を持つことがわかります。

  • 平均:幾何平均リターン×経過時間 (\mu t)
  • 標準偏差:リスク(ボラティリティ)×経過時間の1/2乗 (\sigma \sqrt{t})

つまり株式(市場平均)の保有期間が短い時、ボラティリティによる変動が支配的となります。これが、短期投資がギャンブルと言われる所以です。

銀行預金は最も流動性の優れた資産であると同時に、インフレ率が預金金利を上回っている限り、銀行預金は負けが確定した投資商品となることを忘れず、適切なリスクを取って資産形成を続けていきたいです。

ここまで見ていただきありがとうございました。次回もぜひ、よろしくお願いします。

参考記事

脚注
  1. ブラックショールズ方程式 ↩︎

  2. On a Formula Concerning Stochastic Differentials ↩︎

  3. 1σ以内に収まる確率は68%ですが、残り32%の内下振れる確率は16%だけです。 ↩︎

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