必要条件の意味で「必要」という用語を使う際には「すくなくとも」という枕詞をつけるとよい

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主張

下記の理由により必要条件の議論は混乱することがあるので表題の対策を行うのがいいのではないかと思っている

  1. 我々の日常のコミュニケーションで2条件間の関係を議論するとき、意図せず十分条件を議論しているかのように感じられてしまうことがある。
  2. 論理学の必要条件で使われる「必要」という用語の意味が日常用語とは異なっている。

1の具体例

個人が大人であるための条件は自立して活動できることである

という文には論理的には3つの解釈がある。

  • 十分条件だけを述べている。筆者は自立して活動できるのであれば大人とよんでいいと考えている
  • 必要条件だけを述べている。大人は自立して活動できるべきと考えている
  • 両方を述べている。自立して活動していることと大人であることを同一視している。

しかし筆者の主張がどれなのか上の一文だけからは明確でない。厳密に用語が定義されている世界と異なり、日常会話では2条件が等価であることはまずないので、必要か十分か必要十分かというのは文意を問う以前にあまり問題にならず、2条件に強い関係がありニアリーイコールであるという事を述べれば十分で、上のような文はほぼほぼ必要十分条件と解釈できる。「ための条件」という部分にこだわると十分条件のみともとれなくはないが、必要条件のみという解釈はやや不自然というところではないだろうか。

2の具体例

一方で、法律や規則に関わる分野では文が述べる範囲に厳密さが求められるので必要十分条件でないと困るケースがありそうだ。しかしその場合でも「必要」という用語が日常用語として使われていて紛らわしいことがある。

普通自動車免許を取得するには満18歳以上であって運動能力や聴力、矯正視力に問題がないことが必要である

という文を読む時、文面上は「必要」とあるが、この文は免許取得資格の必要十分条件を述べていると考えられる。個人によって解釈の差があるかもしれないが、少なくとも上の文面を見て「必要条件では困る、十分条件でないと困る」と言い出す人はいないと思える程度には、十分条件を述べていそうに思える。

問題点

上の例のように、2条件の関係をこのような形式で述べる時、必要条件か十分条件かの響きは曖昧になり、必要十分条件を含意してしまう傾向が我々の日常の言葉にはある。特に必要条件である時はその旨を明示しないと見落とされがちである。

一方、計算機科学や数学の議論では前提から導かれる必要条件を議論することが頻繁に求められる。「~が必要条件である」と述べている間はテクニカルタームとして明確だが「~が必要である」と述べてしまうと必要条件の意味で言ったのか、日常用語での用法なのかが混ざってきて自分でも混乱する。

サービスAの起動のためには起動コマンド実行時にサービスBとサービスCが開始していることが必要である

この文を読んだとき、筆者が必要条件の意味で使っていたとしても、読者が意識的に注意して読んでいない限りは、サービスBとサービスCが開始していればサービスAは開始できるだろうと推測してしまう。

対応策

このような場合、「すくなくとも~が必要である」のように「すくなくとも」という枕詞をつけるとよいのではないかと思う。

サービスAの起動のためにはすくなくとも起動コマンド実行時にサービスBとサービスCが開始していることが必要である

とすることによって「日常用語の意味での『必要』とは違いそうである」「十分条件とは限らないかもしれない」というニュアンスを自然に込めることができて、予期しない誤解を回避することができる。この一文を読んだ読者はサービスBとCの起動以外にもチェックすべき項目がある(可能性がある)ことを理解できるだろう。

いずれにしても、2条件間の議論は十分条件を含意するようにとらえられがちなので、必要条件のみを議論する場合はかなり記述を注意するのがよさそうだ。

Discussion

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